月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

7 脱走

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 一度は促されるまま目を閉じ、けれど深く眠る事は出来なかった。
 何の心配もいらないとばかりに、目もとを撫で目蓋を下ろさせたカイの仕種と、直前まで見ていた優しく穏やかな笑み。
 本当に何も気にする事はないのだとただ安心して、

ーー何をしたんだ、貴方達は

 目を開き、私は身体を起こした。
 ただの問い掛け、けれどあの言葉に切り裂くような鋭さを感じたのは、私自身の心持ちの為だろうか。
 
 魔物等の王を討伐したと告げられ、私はそれを信じた。
 自分の目では何一つ確認してはおらず、なのに、私はただ堪えられなくなって、安易に逃げる事を選んだのだ。

 明かりの落とされた室内で、私の暗闇に馴れた目が窓の位置を捉える。
 厚手のカーテンで遮られているが、僅に隙間から入り込んできている冴えた光の色が床へと筋を引いていた。
 階下に気配が二つ。光の筋を眺めながら、その“下”の状況を感じ取る。

「あちらはまだ話し中。何か積もる話しでもありそうだったし、気を使っておくか」

 聞かせたくない話しか、気を遣わせる内容か。ただ長話をしたかっただけかもしれないが、あの場から離されたのだからこちらも近付くべきではないだろうと私は考えた。

 呟き、一つ頷く。未だ本調子から程遠い、もたつく手足を動かしてベッドから抜け出すと、私は壁にかけられていた青灰色のローブコートを着込み直しながら窓を開いた。

 入り込んでくる、冷たくも澄んだ空気が心地好かった。
 眼前のすっかり日の落ちきった夜空に、かなり細くその身を削った月が浮かんでいた。
 そして、窓枠に足をかけ、私は少しばかり気合いと共に、躊躇なくその身を虚空へと放り出した。
 覚悟していた衝撃をそのまま足だけで耐えるのではなく、コテージに寄り添って生えている大樹の幹をクッションにし 、枝にも体重を分散させて段階的に地面へと降り立つ。

「目が覚めた時のあの場所、あそこで良いか」

 危なげない着地から、私はカイに運ばれた道を逆順に歩いて行く。

「本当に治りがいまいち。いや寝過ぎなだけか?それに歩幅が狭い。十代後半ぐらいの身体かと思ったが、半ばぐらいにまで縮んでるなこれは」

 そう言えばフェイも十四、五歳とか言っていたし、と諦め混じりの文句を呟きながらも、自身の状態を確認していた。
 少し歩けばもたつく手足には馴れたが、どうにも体力そのものが落ちているらしい。そして、歩けどもなかなか進んで行かない事に眉根を寄せ顔を顰めてしまった。

「カイも、フェイも身長が高かったんだから、ふたりから二、三センチぐらい貰えば私も、」

 出来る出来ないは置いておいて、想像するだけなら自由なのだ。
 暗視が可能なレベルで夜目が利く為に、ほぼ存在していない足場を行く道程は問題ないのだが、分かっている道筋をなかなか進んで行けない事には若干辟易してしまう。
 けれど、止める事なく足を進めていけば、やはり何れは目的の場所に着くもので、そうして、森の中に開かれた空間その中央付近に星降りの花が群生しているのを見付けた。

「あの日と同じ感じか」

 細い茎の先で、釣り鐘のように垂れ下がった白い小さな花々が揺れる。

「ん?赤い・・・」

 視界に入ったその色彩に、一瞬あの時流した血の痕が残っているのかと思ったが、そんな事ある筈がないとその一点を凝視する。

「赤い、星降りの花。変種か?」

 それは、花が持つその色彩以外は星降りの花そのものだった。 
 この場所でその一株だけが赤い花を咲かせていたのだ。

「珍しいし、後で効能がどうなっているか調べるかな」

 星降りの花は一晩で開花を終えてしまう為、採集をどうするか悩んだが、そのまま手折って良いものかも分からなかった為、先ずは株から三本伸びた茎の一本分だけ持って行く事にした。

「さて、目的を果たすか」

 三輪程の花をつけた茎を手に立ち上がると、私は星の瞬く夜空を仰いだ。


ー星々の瞬き 導の星光 銀礫ぎんれきの魔女の繋がりチェインたる貴方を喚ぶ おいで、アンティキティラー

 歌うように願うように、彼方の空へと乞い、こいねがう。

 吹く風が星降りの花々を揺らす。地上にある星が流れるように白い光を散らし、瞬かせる。

ーフィーー

 高い笛の音に似た鳴き声を聞き、私は思わず笑みを溢した。
 羽ばたく羽音はなく、その飛行は酷く静かだった。
 光を纏っていると言うよりも光そのものを編み上げたかのように、その羽一本一本が淡く瞬いている。
 眼下に私の姿を見付け、滑空に入りながらも大きく広げた翼と尾羽で急減速をかける優美な鳥の姿。私はローブを纏ったままの右腕を差し出し、その鳥、私の繋がりチェインアンティキティラを歓迎した。

「はい、そこまでだ」
ーフィ、フュイ?ー
「キティ!?」

 降り立つ筈の腕、遮るように立った雄鹿の角に止まり小首を傾げる白い小型の猛禽の姿。
 遮ったのはカイで、既に着地の体勢にあったアンティキティラが、丁度良く自分が止まる場所に来た角に定位置の如く止まってしまったのも仕方がないとは思う。
 思うが、何か釈然としなかった。

「あ、たぶん、物凄く悔しい」

 思い至り、納得して一つ私は頷いた。
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