月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

6 星のいない間に雑談を

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「さて、要件は?」

 養い子を二階にあるらしい寝室に寝かしつけたカイ、もとい緑の賢者グリュン・マージは、フェイが食べ終わるのを待ち、食後のお茶を淹れながらもそう口火を切った。

「貴方に関してはオババからの定期連絡ぐらいだよ」
「ふーん?あちらが素だって言っていたのに、私にはで行くのか?」

 今更ではないかと思う。
 翠翼ひよくの魔女であるフェイと、常盤ときわの魔女の繋がりチェインであるカイ。
 お互い、正式に名乗った事はなかったのだが、実のところ両者の付き合いは二百年を越えている。その間、ずっと一定の距離感を保ち、フェイについてはこちらの口調でやり取りをして来たのだ。

 だからフェイは細めた双眸で、素直に思ったままを伝える事にした。

「今更だよね」

 と、肩を竦めて見せる仕種のおまけ付きだった。

「今更か」
「そうだね、きっと貴方が“月”の名前で私に呼ばれたくないであろう事と同じだよ」

 何気なくもフェイが伝えるのは、カイの呼ばれ方への拘りと、フェイ自身の口調による見せ方についてであった。
 それは、どちらも相手に対する自分の立ち位置による反応の違いであり、フェイは口調と表情、仕種等によって気安さを装い、緑の賢者グリュン・マージは名前を呼ばれない事で、それ以上を踏みこなせないようにしている。

「ああ、から貰った名前は、確かに特別だからな。信頼から外れたものには呼ばれたくないだろうな」

 何処か他人事めいていて、けれど、信頼から外れたときましたかと、フェイはその台詞を思う。
 “信頼”はされていないが、主たる者常盤の魔女とのやり取りを託される範囲の“信用”はあると、そう解釈しておく事にする。
 一つ頷くと、フェイはそれで良いのだとばかりに飄々と笑って見せた。

「でしょ?あの子が貴方を名前で呼んで(まぁ兄さん呼びの方が嬉しそうにも見えたけど)、その名前が“星”に並ぶ、空に在る“月”を意味する名前だった。貴方があの子のだって思うのもおかしくないよね?」

 途中を相手が聞こえるか怪しいレベルの小声にしながらも告げて、そんな含みをおくびにも出さず窺うように首を傾げて見せる。

「ああ、そこは“私”と言う存在の真性ベースが月と風の常葉の精霊獣だからな」
銀鹿シルフアローだったよね?人の姿を取れるとか始めて見たんだけど、やっぱり、あっちが本当なんだ?」
「そうだな、今のこの姿は仮初め、そこは常盤ときわの魔女としての特性、“幻惑”の効果だな」
「幻なの?それで」

 実体にしか見えないし、実際にその姿で料理を熟していたのをフェイは見ていた。

「実体ならあるぞ?握手でもするか?」
「幻じゃないよね!それって!」

 差し出して来た手をにぎにぎと開閉を繰り返させる様子に反射的に声を荒げてしまった。

「そこはもう、そう言うものと思って貰うしかないな」
「何で?どこら辺を!?」

 面白そうに笑われるが、本当に何なのだと言いたい。

 白銀の毛並みを持ち、風のように駆ける優美で峻厳なる鹿、それが銀鹿シルフアローと言う存在だった。
 雄の頭には、まるで大樹が枝を空へと向けて広げ伸ばしているかのような角があり、群れのリーダーはその角が受ける光の角度によって青みを帯びて見えるらしい。
 始めて緑の賢者グリュン・マージと相対したとき、そんな書物の挿し絵で見たままの姿と、挿し絵等では決して伝わって来る事のなかった神々しいまでの幻想的な姿にフェイは息をする事も忘れて見入っていた。

「それが、こんな性格だなんてね、私の夢を返して欲しいな」

 思わずと言ったように口をついて出た言葉は、紛れもないフェイの本心だった。

「こんなとは口が過ぎないか?」
「そう?」
「群れを守って戦って、相討ちみたくなって光と風に還りかけていたところを引き留められて、うっかり応えてしまって繋がりを得たチェインとなってしまったそんな訳だけど後悔はしていない」
「なら別に、がどう思ってようと、別に良いよね?」

 自分が後悔していないのなら、他者の評価なんてどうでも良い事だとフェイは言う。

「お前と違って、私は、そこまで割り切っていないんでね」
「ただのシスコンでしょ?」
「シス、はぁ?」
「私からの評価を気にし出したのも、あの子の前では格好良くありたいってコトでしょ?見栄っ張り」

 驚きからか僅に目を見張る様子に、自覚がなかったのかとフェイは内心で少しだけ驚いていた。

 常緑の瞳が、何を思っているか分からない感情の動きにその色合いを揺らす。緩やかな瞬きを一回、二回と繰り返し、そしてそれから唐突にカイは笑い出した。

「はは、真っ正面からの、飾らない言葉で示された好意に照れていたとは思えないな」
「!!?」

 今度はフェイが驚きに目を見張る番だった。
 気付かれていた事には気付いていたのだが、まさかこのタイミングで言って来るとはと思い、意味もなく、何の声も出てこない口をただ開閉させてしまう。 

「目もとを押さえていても隠しきれてなかったから、あの子も気付いていただろうな。まぁその意味までは分かっていなかっただろう・・・っ?」
緑の賢者グリュン・マージ?」

 笑みの最中で不自然に途切れた言葉。
 フェイは何事かと問うように呼び掛けたが直ぐに口を噤んだ。

「あの子が、外に出た」

 
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