月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

5 常盤の家

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「着いた」

 端的にカイは告げるが、そこはただの森との境にしか見えない場所で、そこでようやく私は、先程まで自分のいた場所が森の中にぽっかりとあいた、背の高い木々に日の光が遮られてしまう事のない、草花達の場所とでも言うべきところだった事に気が付いた。

「ようこそ、常盤ときわの魔女の家へ。常盤ときわの魔女が繋がりチェインたるカイが歓迎する」

 カイの告げる歓迎の言葉。それが鍵だったのだろう。
 パチッと何かが弾けるような微かな音とともに、一瞬目の前の景色が不確かに揺らめいた。
 そして、気が付けば、目の前に小屋と言うには立派過ぎるコテージが存在していた。

「お?何か立派になってないか?」

 記憶の中の情景と重ならない住まいの様子に私は目を瞬かせた。
 けれど、見上げる木造りのコテージは、傍らにある、建物よりも更に大きな木と寄り添っていて、その自然と調和した佇まいはかつてのままだと、懐かしさに込み上げて来るものがあった。

「誰かさんのお風呂好きがマトゥヤにうつってね、完備する為に建て直したんだ」
「大事だろ?お風呂」

 私は大真面目だった。
 旅の途中なら考慮はするが、余暇の解放感や癒しには必須だろうと思うのだ。水浴びも嫌いではないが、熱めのお湯に浸かるあの瞬間が、何よりの癒しの瞬間だと思っていた。
 そして、だからこそ、聞き逃す事のなかった完備していると言う言葉に、私の精神は何処までも高揚して行くのだった。

妖精女王マトゥヤ?」
緑の魔女グリュン・マトゥヤだな。人の中にあって、堂々と魔女を名乗っているのだから大概だ」
「街の子供等に薬師のオババなんて言われて喜んでいたからね、そこのテーブル。翠翼すいよくはそちら側に座って」

 会話を続けながらもコテージの中に入ると、重厚な木の落ち着いた香りで満ちていた。
 マトゥヤの匂いだと、やはり感じている懐かしさに室内を見回すと、そこはリビングとキッチンが一体型となっているようで、私は部屋の中央にあるテーブルに備え付けられた椅子の一つへと下ろされた。
 そしてカイはフェイを促すと、オープンキッチンとなっている区画に足を進めて行ってしまう。

「彼は貴方のだと思っていました」

 見送るカイの後ろ姿から目を放し、勧められた椅子へと座るとフェイはそう口を開いた。

「言っていただろ常盤ときわの魔女の繋がりチェインだって、カイは私の兄さんで養い親でもあるけれど、マトゥヤに寄り添うものだよ」
使い魔ファミリア下僕サーヴァントなんて言っている同胞ならいますが、繋がりチェインですか」

 魔女と共にあり、魔女の力を安定、或いは増幅させる存在。彼等は魔女の身を守り、また、その意思を第一のものとする。
 だいたいの魔女にはカイのような存在がいて、けれど、使い魔ファミリア下僕サーヴァント等と言う呼び方から分かるかもしれないが、関係性や在り方等はそれぞれのものがあるのだった。

「そう、私はここに置いていかれて、マトゥヤが養ってくれた。その時からカイは兄さんで、でもマトゥヤは放浪大好き魔女だから、マトゥヤが不在の時は、兄さんが養い親になる」
「成る程」
翠翼すいよくが最初に私へ使った緑の賢者グリュン・マージの名も、もともとはマトゥヤの事だったんだがな、気が付いたら私のこととして押し付けられていた」

 戻ってきたカイが、会話を引き継ぎながらお茶と軽食をテーブルに用意してくれる。
 
「どうぞ、オイル漬けした茸のキッシュと紅茶だ」
「あ、有り難うございます」
「私は、寝起きだから後で」
「分かってる。木苺のジャムを添えているから、お茶だけ飲んで、もう一眠りするといい」

 もとから軽食はフェイの分だけにしていたらしく、流石に手慣れていると感心してしまった。

「マトゥヤは薬師としての腕は文句なく最高峰なんだが、料理に関しては任せると後悔する事になる」

 フェイの視線に気付いたか、カイは渋い顔をして伝えていた。
 料理どころか、マトゥヤの身の回りの事は一通り熟す事が出来るカイには、私も世話になりっぱなしで、そう言う意味でもやはり養い親だったのだ。

「薬膳料理って言っていたな。効能は保証されているし、私は結構好きだったが」
「貴重な薬草を惜し気もなく使っていたからな、効果は常盤ときわの魔女の名にかけて確かだったろうが、あれは調理ではなくて、何処まで行っても調薬の延長線上みたいなところがあった」

 ジャムを紅茶に溶かし、私は甘酸っぱい香りと味を楽しむ。
 テーブルの向かい側では、頂きますと小さく呟き、口にしたキッシュの味に僅に目を見張り、そうして口もとを弛めるフェイの様子を見ていた。
 口にあったのだろうと思うと、私も嬉しくなり、窺い見ればカイの表情もまた楽しげだった。

「美味しいです。素晴らしいと思います」
「それは何より」

 そうして、会話を中断して食事を堪能するフェイをそのままに、お茶を飲み終えた私はカイの無言の圧力に苦笑を返し、再び運ばれる事で、直ぐ様ベッドの上の人となっていた。
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