月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
9 / 214
【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

3 星降りの花

しおりを挟む

「最初は何か薬でも用意するべきかと思ったのですが・・・」

 そう言って、フェイは地面に置かれたままのカップへと視線を落とした。

「私のところにも、物凄く甘いって言ったこの子の声がちゃんと聞こえていたよ」

 その言葉にカイもまた地面のカップを見ていた。

 青々とした細長い葉々の中に、埋もれるようにしてある取り立てて特徴のない無地のカップを二人がただ見詰めているという光景。
 私は二人が見ているものを見ないように、それ以上に、二人のどちらとも目が合わないように、周囲を確認していて気付かない様子を装いながら、全力で顔を逸らし続けた。
 寧ろ、何処かに行っていようと考えたぐらいなのだが、何故か抱き締めたままのカイの腕から抜け出す事が出来なかったのだ。全然力を入れている風でもないのにだ。

「貴方の方が知っていると思いますが、星降りの花の花弁を浮かべた水を甘いと感じる時は怪我をしている時です」

 逃げ出そうとしていた私に気付いていていたのだろう、率直に告げて来るフェイに、私は逃走を諦め、体から力を抜いた。

「怪我なんて、私は、」

 逃走は見送ったが、抵抗は諦めていない。
 無駄な抵抗だと分かってはいるが、嘘でもないのだ。
 災禍の顕主魔物等の王との戦いで負った傷は、眠っている間に全て治っていた。

「分かっているのに気付かないふりをするのと、気付かれていると気付いているのに、知らないふりをするのは、触れて欲しくない事なのだと一定の理解はしますが、この場合は無駄です」

 優しげな面持ちだと言うのに、フェイは私へと向ける眼差しにはっきりと無駄を宣言して来る。

「そうだな、外傷的な怪我は確かに癒えている。今も癒えていないのは心の方の怪我だ」
「・・・・・・」
「心の傷は見えない分、治しにくい。治ったと思っても、簡単に開いてしまう事の厄介さすらある。ですから、まず、自覚して下さい」

 言われてしまったと、内心だけで溜め息をつくが、それでも何かを反論するべきではないと言うのは分かる。
 私はフェイの言葉とカイの常緑の瞳にただ頷く事で答えとした。

「はぁ、分かりました。こちらで勝手に気にしておくことにします」

 素直に頷いた筈なのに、今度こそ溜め息を吐かれてしまった。
 私は何故だと思い憮然とするが、同時に気になっていた事もあり、遠く追いやりそうになる意識を何となく引き留めて、聞いておく事にした。

「と言うか、何か口調が変わっていないか?」
「こちらが素です」
「いやいや、こっちに馴れて口調が崩れるなら分かるが、何で最初より丁寧なものになっている?」
「不快だと言うなら考えますが、まあお気になさらずに」

 何気に“考える”とは言ったが、“戻します”や“直します”とは言っていない。
 特に気にする訳でないのだが、恐らくあの飄々とした口調が戻って来る事はないのだろうとそんな気がした。

「フェンは最初丁寧で、何時の間にか崩れていたから逆なんだな」

 そこの違いが懐かしくなっただけなのだ。

「以前に、この口調で接していたところ慇懃無礼だと仰って下さったお方がおられまして。ええ、それ以来ですね、最初のアレで通していたのは」

 一体誰に言われたと言うのか、気になったが、何処か据わって見えるフェイの視線の鋭さに、これ以上の話題として触れるのは不味い気がして口を噤む事にした。

「因みに、蕾華らいかの魔女です」
「・・・・・・」

 せっかく聞くのをやめたのに、何故か答えは告げられて、何か顔にでも出していたのかと、思わず自分の頬へと手を持っていってしまった。

「顔に書いてあるとか、分かりやすい表情の変化があるとかではありませんよ?今は別ですけど、貴方の場合行動から読めると言うものでもありませんし」

 今は、と言うのは頬へと持って言った手の動きからと言う事だろう。その動作だけでこちらの思っている事を悟り、この会話をしているのだと。

「・・・・・・」

 でも、ならばどう言う事なのかと思った。今は、と敢えて言うのであれば先程までは違うと言う事なのだから。

「はは、銀礫ぎんれき翠翼すいよくか、もとから相性は悪くないが、そうでなくても、二人は気が合いそうだ」
「まあ、悪くないと思っていた」
「!?」

 楽しげで、何処か嬉しそうなカイのの言葉に私は素直に思ったことを告げた。
 そして、告げながらも、先程までの事を考えていた私は、その瞬間の驚いたようなフェイの表情を見逃してしまっていた。

「いや悪くないは、違うか。嬉しいんだと思う。普通に話していて楽しいしな」

 違うと言った言葉に目を閉じ、けれど、嬉しいと聞いた言葉に目を見張る。そして楽しいしと続いた事でフェイはとうとう左手で自分の目もとを覆い隠してしまった。
 私はそんなフェイの様子にすら気付いていていなくて、楽しいしと言った瞬間に自分が浮かべたらしい自然な微笑みにすら無自覚だった。
 そうしてカイは一人、そんなやり取りと反応の違いを、可笑しそうに見ていて、邪魔にならないよう声を出さずに笑い続けていたのだ。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

処理中です...