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【序章】
序晶 別れ
しおりを挟むパチ、パチ、と焼べられた小枝が火の中で爆ぜる音が微かに届く。
日が落ちきった後の闇に沈んだ丘の上、焚き火の音を運んで来たのと同じ、吹き上がって来る乾いた風が髪を揺らし、視界の端で白銀色が無造作に跳ねていた。
岩と砂ばかりで、生命を育む事のない黒灰色の大地を渡ってきた風は荒涼としていて、けれど、澱みの核となっていた魔物等の王が倒された事で、この風が以前のように生き物の命を蝕んでしまう事はなくなっている。
そう、魔物等の王は倒されたのだ。
私が意識を取り戻した時には既に、魔物等の王と最終決戦を行った大陸中央部から、上陸に使った南端付近の浜辺近くにまで撤退が終えられていた。
そうして、無事に魔物等の王が倒された事を聞き、ついでに私が意識を取り戻す迄に丸っと三日程かかっていた事も聞かされた。
攻め上る時の、形振り構わない特攻行程で丸一日程の道行きだった事を考えると、意識のない私の存在もあり三日程も時間をかけていたのはだいぶ気遣って貰った移動だったように思う。
「アス、いた!そんなところで何やっているんだ!かなり酷い怪我なんだぞ!」
荒げる声の勢いのままに怒鳴られてしまった。
足音はしていなかったが、走って来たのだろう。僅かに乱れた呼吸が焦りと心配を伝えて来るようで、振り替える前の自分の表情に苦笑が浮かんでしまうのを止められなかった。
「勇者か」
けれど、そう告げた声音にも、向ける表情にすらも、私がその感情の余韻を窺わせる事はないのだ。
「・・・絶対に安静だとリコに言われている筈だろ!アスにはリィルの癒しも効果がないんだし、なんでっ!」
勇者と言った時に、一瞬、ほんの僅かにだが何とも言い難い表情を見せたが、直ぐにそんな事を気にしている場合ではないと思い直したのか、今代の勇者である少年はそう怒りの言葉を続けて来た。
「侍従殿と聖女殿か、動ける程度には治癒出来ているし剣聖殿に一言行ってから歩いて来たのだが、けれど、そうだな、勇者の言う通り、私に聖女殿の御力は効果がない。祈りの恩恵を受けられないからな」
「そう!リコが応急手当だけでもって頑張ってくれたけど、それでもだ!明日の朝には迎えの船も来る。海の荒れも収まっているようだから行きよりはマシな航海になるだろうけど、でも少しでも休んでいた方がいい」
「そう、だな」
素直にそう頷いて、けれど、私はその場から動こうとはしなかった。
もう一度海の方を見て、対岸の彼方に小さく見える幾つもの橙色の灯りへと意識を向ける。
勇者を行かせる為に道を切り開いた各国の兵士達があそこで夜営を行い、勇者とその仲間達の凱旋を待っているのだ。
「・・・すぐに戻らせるからな」
何かを察してくれたのか、動かない私の様子に小さく呟いたかと思えば、いつの間にか勇者が隣に来て、同じ景色を眺めていた。
「見えていないかもしれないが、一応だな、それ以上進むと、崖下の暗い海へと真っ逆さまだ。お勧めしない」
一瞬勇者は自分の足もとへと目をやり、嫌そうに顔を顰めると半歩だけ下がって、地面のぎりぎりの場所を見定めでもしようとしているかのように目を細めた。
「この大陸に来る時に見たけど、上陸出来る下の浜辺以外は、荒波に削られたむき出し岩礁地帯だった。今は海も凪いでいるけれど、それでもあの場所以外からの上陸は無理なんだろうな」
「北は、水も風も在り方が荒々しい。大地は頑健だったが、今はかなり見る影もない状態と言ったところだ」
「そうか」
他愛もない会話を交わす。
海岸沿いにあるこの場所は、実のところ荒波に深く岸壁を抉られ切り立った崖となっている。そして、その下の海は遠くから見ても分かる程の岩礁地帯が広がっていた。
この大陸はずっとそんな感じの地形が続いていて、唯一上陸が可能だった下の浜辺にも小船でどうにかと行った状態だったのだ。
「だが、なんだろうな」
「何が?」
「いや、今、想像の中で、クルスをここから飛び降りさせてみたんだが、普通に生還して来た」
「・・・・・・」
想像の中だけでとは言え、旅の仲間を断崖絶壁から飛び降りさせるとは何を考えているのかと思ったが、私もまたその様子を思い浮かべてしまい、思わず顔を顰めてしまった。
不謹慎さに気が咎めたのではなく、吹き出しかけ、それを無理矢理に押さえ込んだが為だったのだが。
勇者が私のそんな様子を見ていて、表情からでは分からないであろう内心まで見透かされているような気がして、だから私は想像出来てしまったものの一端を口に出してみる気になった。
「剣聖殿が何の気負いもなく海に飛び込んで行った」
「そうだな、真下に叩きつけられれば即死ものの岩があっても、あり得ない空中での体捌きをきめて、綺麗に回避して海へ潜って行ったな」
「避けるのが無理な状況でも、何故か拳一つか蹴りの一撃で岩が粉砕されて安全を確保していそう」
私の発言に勇者は目を見張り、けれど直ぐに同意を示すように頷いていた。
無駄なく鍛え上げられた身体と、同種の人間かを疑いたくなる程の身体能力。その二つを兼ね揃え、それでも未だ見果てぬ限界の先を突き進み続ける青年の姿を二人ともが思い浮かべてしまっていた。
そして、そんな、意味のない会話をどちらともなく続けていると不意に風向きが変わった。
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