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39 黒い帝国人

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 黒いドレスに黒い靴。黒の宝石。

 目の前に並べられた品に、ため息をつく。
 魔物と同じ帝国人の色。
 そんな色は、身につけたくない。

「王女様、そろそろ着替えないと、間に合いませんよ」

 マリリンが時間を気にして私を急かす。

「これは着たくないわ。クローゼットに入っている別のドレスをもってきて」

「他にもドレスを買ったんですか? どんなドレスですか?
 ……え? これ?」

 取り出したドレスの色を見て、マリリンは気まずそうな顔をした。

「綺麗な青色でしょう?」

 紺にも碧にも見える色のドレスは、アスラン様の瞳の色だ。銀色に青い刺繍をしたリボンは、アスラン様の髪の色。
 同じ色合いのドレスを探して、ルリに盗って来てもらった。すばらしいドレスの代金に、金貨と治癒石をたくさん置いて来てもらったわ。

「……アーサー様とは、婚約解消したんですよね」

「そうよ」

「じゃあ、この色はちょっと……」

 マリリンは、かわいそうな子を見るような顔をした。

「アーサーの色じゃないわよ。アスラン様の色よ」

「いや、でも……」

「聖女フェリシティの婚約者は、賢者アスランなのよ。いいから、早く着替えを手伝って」

「王女様……、もう、あんな男のことは忘れましょうよ」

「アーサーとは関係ないって言ってるでしょう!」

 違うって言ってるじゃない、もう。

 しぶるマリリンに、無理やり着付けをさせて、アスラン様の色を身に着けて鏡を見る。

 金色の髪はハーフアップにして、首には大きな青い宝石をつけた。

 私が精霊界に行く時にしていた格好とよく似ている。
 あの時は、精霊宰相が迎えに来たけれど、今日は、帝国人が私を連れて行こうとしている。
 私は国のために、売られようとしている。

 もう、そんなことはさせない。


 エスコートもなしに会場に入って来た私に、貴族たちは嘲笑を浮かべる。この前までは、建国の炎に入った本物の王女だって言ってたくせに。

 困窮したブルーデン公爵家は、レドリオン公爵家と手を結んだ。
 純血主義の貴族はもういない。
 目先の利益に目がくらんで、帝国と手を組むことにしたのだろう。

 国王は帝国の皇弟と笑顔で握手をしている。
 あの黒髪の壮年の男が皇帝の弟ね。隣に若い黒髪の男がいる。二人の容姿は少し似ている。
 彫りの深い魅力的な顔立ち。
 マリリンが、いつもよだれを垂らして見ていた男らしい美貌。

「えっ!? 王女様、あの陛下の側にいるのって……。えええ? どうして彼が?!」

 来賓席にいる男に気が付いて、マリリンが小さく悲鳴を上げた。

「やっと来たか。フェリシティ、こちらに来い。おまえの婚約者だ」

 国王が私を呼び寄せる。
 貴族たちが私に注目する。帝国に売られていく王女を見ている。

「我が国の第一王女と帝国の皇族、ジンソール・ハビル・マグダリス殿との婚約が整った。祝いだ! 帝国は、我が国に多額の金銭援助をしてくださる!」

 パチパチパチ

 拍手が響く。
 そして、来賓席から、彼が降りて来る。
 わたしに近づいて、黒い瞳を輝かせて、笑いかける。

「フェリシティ。迎えに来た。俺と帝国へ行こう」

 ……ああ。
 うそつきな帝国人。
 あなたは、商人ではなくて、皇帝の孫。

「行かないわ」

 私の返事にジンは、顔をしかめる。
 また断られるとは、思ってなかったみたいね。

「なぜ? 俺はおまえを愛している。必ずおまえを幸せにしてやる」

 私を幸せにする? そんなこと、あなたにできるわけない。

「ジンソール・ハビル・マグダリス。それがあなたの本当の名前。……あなたは成人してるのね」

 国王が告げた彼の本名を呼ぶ。名前の後につく「ハビル」とは、帝国語で成人した男と言う意味だ。

「ああ、そうだ。成人して、皇族としての身分を手に入れた。皇太子の六番目の息子だが、自分の屋敷と財産もある。不自由はさせない」

「帝国の成人の条件を知っているわ」

 ジンは、私の言葉に眉をひそめた。
 私がそれを知らないとでも思ってた?

「成人の条件はね、息子が生まれることよ。それが、帝国の皇族が成人する条件なのでしょう? つまり、あなたには、妻と子がいるのよね。だったら、あなたは、私を幸せになんてできないわ」

「それは……」

「帝国人が複数の妻を持つことは、知ってるわ。でもね。エヴァン王国では、伴侶は一人だけなの。たった一人だけと結婚するの。不貞は許されない。浮気相手は、殺されても仕方ない。この国ではね、浮気相手の産んだ私生児は、罪の子になるの。親の罪を償わなくてはいけないのよ」

 いつもそう言われていた。
 父の浮気相手の母は処刑された。私生児として生まれた私は、罪の子として虐げられてきた。
 そんな私が、二番目の妻として幸せになれるとでも?

「帝国では、それが普通なんだ! 男は女を守って大事にする。ここで暮らすよりも、おまえは俺の元で幸せにしてやれる。今よりずっと、裕福な暮らしを与えてやれる!」

「お断りよ!」

「なぜだ!? そんな色のドレスを着て、おまえは妹の婚約者になった男に、まだ未練でもあるのか?」

 にたにた笑っているアーサーとカレンの姿が目の端に見えた。
 そんなもの、あるわけないじゃない。

「私は、フェリシティ・エヴァン。私の婚約者は、ずっとアスラン様、ただ一人よ」

「何を言っている? フェリシティ、俺の手を取れ。おまえを手に入れるために、俺がどれほど力を尽くし、犠牲を払ったか」

「そんなの知らないわ」

 きっぱり断ると、ジンは私にギラギラした黒い目を向ける。
 伸ばされた手を、振り払う。

「どういうことかね。エヴァン国王」

 ざわめく貴族たちの間に、皇弟の声が響いた。

「貴国は、我が国に恥をかかせるつもりか?」

「そんな、滅相もない。おい! フェリシティ、命令を聞け! 王命だ! おまえは帝国に嫁ぐのだ!」

 国王は大声で私に命じる。
 でも、そんな命令には従うつもりはない。

「この国の王族は他国に嫁げません。それは、建国女王の時代からの決まりです。私はこの国の王女です。決まりには従わないといけないのです。王女は国から出られません」

「そんな決まりなど知らぬ! だいたい、おまえは私の娘ではない。先王の私生児かなんか知らないが、私生児は本物の王女ではない! おまえは、王女などではない!」

 国王が私を罵った時、頭の中で何かが外れる音がした。

 ――私生児は王女ではない。

 ――私は、王女じゃない。

 ああ、呪いが解けた。
 国王の口から、私の存在を否定する言葉を聞いただけなのに。
 こんなに簡単なことだったなんて。

 今なら、きっと、結界の外に出て行ける。
 はやく、出て行こう。
 こんな国、大きらい。
 うそつきな帝国人の顔も見たくない。

「ルリ!」

 私は精霊を呼ぶ。

「やっとこの国から出て行けるわ。もう、こんな国、うんざりよ!」

 私を捕まえようと手を伸ばすジンに、別れを告げる。

「奥さんと息子さんを大切にしてあげてね」

 そして、長い間、囚われていた自分を解放したのだ。
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