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23 本物の王女

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 バシッ。

 痛い。とっさに顔をかばったから、腕に扇が当たった。

 王妃は国王に訴えた。

「これはわたくしたちの娘ではありません。入れ替えられていたのです! 本物の王女は、ここにいるカレンです。私の愛する娘」

 カレンは優雅に礼をして、王妃の隣に並ぶ。

「陛下、ご覧ください。わたくしたちの本当の娘、カレンです。聖女フェリシティにそっくりでしょう? 彼女が本物の王女です!」

「本当だ。彼女が王女で間違いない」

「聖女様にそっくりだ。入れ替えられていたのか。なんと気の毒な」

「本物だ。カレン王女が本物だ」

 レドリオン公爵が根回ししていたのだろう。
 何人かの貴族が、王妃の話を肯定するように、大声をあげた。そして、わざとらしく質問する。

「なぜ、王女様が入れ替えられたのですか?」

「おお、よくぞ聞いてくれた。王妃様が我が家で出産した際に、メイドが孤児の赤子と入れ替えたのだ」

 あらかじめ役が割り振られていたのだろう。公爵家の派閥の貴族により、茶番劇の舞台が進行する。

「メイドは、どこかから拾って来た孤児を我が家に置いた後、本物の王女を連れて帝国に渡った。私たちは、何かがおかしいと常に思っていた。だから、ずっと探していたのだ。そして、ようやく、私は本物の王女を、私の孫を探し当てた!」

 貴族たちに向って、レドリオン公爵が演説する。その隣で、カレンは肖像画と同じ聖女の微笑みを振りまいていた。

「ああ、私の本当の娘。突然の出産だったから、メイドに騙されてしまったの。今までごめんなさい。帝国で苦労したでしょう? かわいそうに」

「いいえ、お母様。わたくし、お母様に見つけてもらって、とてもうれしいわ」

「まあ、優しい子ね」

 王妃と娘、そして公爵の茶番は続く。

「陛下、偽物の王女を直ちに処刑しましょう! 今まで我々を偽っていたのです。どこの誰ともしれぬ卑しい生まれの者が王女を騙るなど、許しておけません。さあ、今すぐ首を切りましょう!」

 国王は片肘をついて、気だるげに公爵を見ていた。ゆっくりとワインを飲み干して、じろじろとカレンを眺める。そして、ぽつりとつぶやいた。

「赤茶色の髪と目か。王族の色ではないな」

 王族の証である紫の瞳を持たない。
 国王の言葉に、貴族たちは、私とカレンを交互に見比べた。

 片方は、金髪に紫の目の王族の色をもつ人形姫。でも、王妃に実の子ではないと言われた。メイドが拾って来た孤児だと。
 もう片方は、赤茶色の髪と目の美少女。その色合いは、レドリオン公爵や王妃と同じだけれど、王族の色ではない。

「陛下? 何をおっしゃられますの? レドリオン公爵家の者は皆、赤茶の髪と目をしていますのよ。私の遺伝が強かっただけですわ。それに、カレンは、聖女フェリシティにこんなにそっくり。これこそ、彼女が王族だと証明していますわ!」

「お父様! わたしがお父様の本当の娘です。ずっとお会いしたかった」

 カレンは両手を胸の前に組んで、祈るように国王に訴える。
 国王は、その様子をじっと見てから、肖像画の方に目を向けた。

「たしかに、肖像画には似ている……。それでは、おまえたちが偽物の孤児と呼ぶこの者は、なぜ紫の目をしているのだ?」

 私を見る国王の瞳は暗く濁っている。酒浸りのせいで判断が鈍っているのだ。レドリオン公爵が持ってきた聖女フェリシティの肖像画が、カレンに似ているのは当たり前だ。きっとカレンをモデルに描いたのだろう。そんなことは分かり切っているのに、それでも、貴族たちは誰もそれを指摘しない。レドリオン公爵には逆らわずに、成り行きを見守っているのだ。彼に対抗できるのはブルーデン家だけだ。でも……。
 ブルーデン公爵の姿が見当たらない。パーティに欠席しているのか。私の味方は誰もいない。アーサーはもちろん役に立たない。

「陛下、わが国では紫の瞳は珍しいですが、帝国には、様々な目の色をした者がいるのです。外国人には、きっと紫色の瞳の持ち主も大勢いるでしょう。もしかして、その娘は、王国人ではないのでは? 何しろ、捨てられた子どもだったので」

 私が外国人だって言ってるの? それは、最大の侮辱だわ。
 レドリオン公爵の言い分に腹が立つ。

「私は、フェリシティ・エヴァン。まぎれもなく、この国の建国女王の血をひく王女よ」

 皆に向けてそう宣言すると、王妃は憎しみのこもった目で私をにらみつけた。

「卑しい孤児の分際で! おまえなどは王女ではない!」

「いいえ、王族の紫の瞳がその証拠です」

 でも、きっとそれだけでは満足しないはず。
 それならば、誰もが認めざるを得ない証拠を出すことにしよう。

「私が建国女王の血筋であることは、簡単に証明できます」

 私は広間の中央で燃える紫の炎へとゆっくり歩く。貴族たちは、私の視線の先に注目した。

 煌々と燃える炎は、大理石の床から湧き出している。そして、勢いよく天井まで燃えあがっている。
 炎の前に立って、私は、国王の方を振り返った。

 さっきまで気だるげにソファーで寝そべっていた王は、身を乗り出して、私を食い入るように見ていた。

 この国の始まりから、燃え続けている紫の炎。
 私は王にカーテシーを披露して、そして、ためらいなく炎の中に入った。

「ひっ!」

「きゃぁ」

「なんてことだ! 中に入ったぞ!」

 一瞬で炎に焼きつくされる。
 皆、そう思っただろう。

 でも、次の瞬間、私は炎を通り抜けて、貴族たちの前に再び姿を現した。

 何事もなかったかのように。

 あ、何事もなくはない。私の体や髪の毛は、少しも焼けてない。でも、身に着けていたドレスや靴が、瞬時に燃えて消滅していた。

「出て来た」

「焼けてない……」

「本物だ!」

「うわー!」

 歓声があがった。
 建国女王の炎は、その血を継ぐ者を焼くことはない。
 言い伝えの通りだった。

 ここにいる誰も、それを見るのは初めてなのだろう。

「王女様だ!」

「本物の王女様だ!」

「建国女王の子孫だ!」

 初めに叫んだのは、アーサーの兄のブルーデン公爵家の嫡男だった。そして、それに続いて、ブルーデン家の派閥の貴族たちが次々に歓声をあげる。
 アーサーは、その隣であっけにとられたように口を開けて私を見ていた。
 って、どこを見てるの?
 私の裸?!

「マリリン!」

 急いでメイドを呼ぶ。人混みの中でちらっとピンクの髪が見えて、もう一度大声を出す。

「マリリン! はやく、マント!」

 もう、本当に、気の利かないメイドね。
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