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19 先払い
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「ふう、やったか。王女様、無事か?」
魔物を倒し終わった彼は、額の汗をぬぐって、私を振り返った。
黒い瞳が興奮したようにきらきらと光っている。
四つん這いになったままの私は、震えながら黙って彼を見あげた。
「なんだ。腰が抜けたのか。よしよし、怖かったな。もう大丈夫だぞ」
彼は、すぐ側に来て、膝をついて私を引き寄せた。そして、私の頭をゆっくりなでた。まるで小さな子供にするように、優しく何度も。
大きな手のぬくもりを感じながら、私は、ぼうっと魔物を眺めた。
私の身長の二倍ぐらいある黒いトカゲ。口にはジンの剣が突き刺さったままだ。いったいどこから入って来たの?
ルリが見回った後だ。離宮には魔物はいない。
さっきの足音は……。食料を持って来たのじゃなかったのね。
「よしよし。もう大丈夫だからな。ああ、こわかっただろう。かわいそうに」
私の髪をなでていた手は、今度は背中にまわされる。大きな手が私の背中をこするように何度もなでた。
王女に対して無礼よ。
そう言うべきなのに。
私はただ、彼にされるがままになっていた。
どうしてルリを呼べなかったの?
なぜ結界を張らなかったの?
私は無力な子供なんかじゃない。
神聖力だってある。
それなのに、初めて近くで見る魔物に怯えて、とっさに頭が働かなくて、何もできなかった。
くやしい……。
私は、幼い子供じゃないのに。
みじめだ。
「ほ、褒美をとらしぇるわ」
王女らしく威厳ある言葉を使ったのに、失敗した。声が震えて噛んでしまった。
「ふっ」
ジンは小さく笑って私の頭をなでた。
屈辱だわ。
急いで、ワンピースのポケットに手を突っ込んで、小さな石を取り出した。
そして、私の頭をなでる大きな手を引っぺがして、その手の中に握らせる。
「これは魔石? 銀色?……これは! 治癒石か?!」
「特上品よ。ちょっと虹色に光ってるでしょう?」
「すごいな……。いや、しかし、まだ契約期間は終わってないのに」
「先払いよ」
ジンは指でつまんだ治癒石を光に透かして見た。
「聖女フェリシティの遺品か……」
感動したようにつぶやいている。
彼は、マリリン父と同じで、聖女マニアだそうだ。
「ちゃんとお母様に使ってね。ほら、もう帰って」
ちょっとふらつきながら、机に手を置いて立ち上がる。
魔物トカゲの壊した部屋の惨状が目に入って、頭が痛くなる。
これの片付けをどうしよう?
私の視線に気が付いて、彼も困ったようにあごに手を置いた。
「俺の部下を連れて来て、片付けさせようか?」
ジンの部下? 商人の?
ううん。ただの商人じゃなくて、さっきのような魔法を使える貴族の商人の部下ね。そんな人は面倒だわ。
「大丈夫よ。あ、剣は持って帰ってね」
「本当に、いいのか?」
「大丈夫って言ってるでしょう。さっさと出て行って」
ジンは、巨大なトカゲの死骸から黒い剣を一気に引き抜いた。
そして、さっと一振りして黒い血を拭ってから、腰の鞘に納めた。部屋の惨状を見渡して、もう一度私を気の毒そうに見る。
私は、手を振って彼に出て行くように告げる。
「明日もちゃんと家庭教師に来てね。報酬だけを持ち逃げしないでね」
念を押すと、彼は分かっていると言うように頷いてから、心配そうに私を何度も振り返って、ようやく部屋から出て行った。
さあ、さっさと部屋を片付けよう。
「ルリ」
ジンが建物から出たのを窓から確認してから、精霊を呼ぶ。
「聖女さま!」
青い鳥の姿の精霊が、呼びかけに答えて空中に表れた。今まで、レドリオン家の様子を探りに行ってもらっていたのだ。
人間の男の子の姿になった精霊は、部屋の中を見て、満面の笑顔になった。
「ごはんだ!」
青い目をキラキラと光らせて、ルリは魔物トカゲの死体に駆け寄った。
「すごくおいしそう! 死にたての魔物!」
大トカゲの開いた口に小さな手を突っ込んで、黒くて太い舌を引きちぎった。そして、それを躊躇なく自分の口に詰め込む。
もぐもぐもぐ。手と顔を魔物の血で真っ黒に汚しながら、にっこりと幸せそうに笑う。
「ううっ」
美少年精霊の食事する姿に、吐きそうになりながら、指示をする。
「食べ終わってからでいいから、この部屋の床と壁をどこかの家から盗って来て、取り換えておいてね」
「ふゎーい」
口から魔物トカゲの肉と血をべちゃべちゃこぼしながら、ルリは元気に返事をした。
魔物を倒し終わった彼は、額の汗をぬぐって、私を振り返った。
黒い瞳が興奮したようにきらきらと光っている。
四つん這いになったままの私は、震えながら黙って彼を見あげた。
「なんだ。腰が抜けたのか。よしよし、怖かったな。もう大丈夫だぞ」
彼は、すぐ側に来て、膝をついて私を引き寄せた。そして、私の頭をゆっくりなでた。まるで小さな子供にするように、優しく何度も。
大きな手のぬくもりを感じながら、私は、ぼうっと魔物を眺めた。
私の身長の二倍ぐらいある黒いトカゲ。口にはジンの剣が突き刺さったままだ。いったいどこから入って来たの?
ルリが見回った後だ。離宮には魔物はいない。
さっきの足音は……。食料を持って来たのじゃなかったのね。
「よしよし。もう大丈夫だからな。ああ、こわかっただろう。かわいそうに」
私の髪をなでていた手は、今度は背中にまわされる。大きな手が私の背中をこするように何度もなでた。
王女に対して無礼よ。
そう言うべきなのに。
私はただ、彼にされるがままになっていた。
どうしてルリを呼べなかったの?
なぜ結界を張らなかったの?
私は無力な子供なんかじゃない。
神聖力だってある。
それなのに、初めて近くで見る魔物に怯えて、とっさに頭が働かなくて、何もできなかった。
くやしい……。
私は、幼い子供じゃないのに。
みじめだ。
「ほ、褒美をとらしぇるわ」
王女らしく威厳ある言葉を使ったのに、失敗した。声が震えて噛んでしまった。
「ふっ」
ジンは小さく笑って私の頭をなでた。
屈辱だわ。
急いで、ワンピースのポケットに手を突っ込んで、小さな石を取り出した。
そして、私の頭をなでる大きな手を引っぺがして、その手の中に握らせる。
「これは魔石? 銀色?……これは! 治癒石か?!」
「特上品よ。ちょっと虹色に光ってるでしょう?」
「すごいな……。いや、しかし、まだ契約期間は終わってないのに」
「先払いよ」
ジンは指でつまんだ治癒石を光に透かして見た。
「聖女フェリシティの遺品か……」
感動したようにつぶやいている。
彼は、マリリン父と同じで、聖女マニアだそうだ。
「ちゃんとお母様に使ってね。ほら、もう帰って」
ちょっとふらつきながら、机に手を置いて立ち上がる。
魔物トカゲの壊した部屋の惨状が目に入って、頭が痛くなる。
これの片付けをどうしよう?
私の視線に気が付いて、彼も困ったようにあごに手を置いた。
「俺の部下を連れて来て、片付けさせようか?」
ジンの部下? 商人の?
ううん。ただの商人じゃなくて、さっきのような魔法を使える貴族の商人の部下ね。そんな人は面倒だわ。
「大丈夫よ。あ、剣は持って帰ってね」
「本当に、いいのか?」
「大丈夫って言ってるでしょう。さっさと出て行って」
ジンは、巨大なトカゲの死骸から黒い剣を一気に引き抜いた。
そして、さっと一振りして黒い血を拭ってから、腰の鞘に納めた。部屋の惨状を見渡して、もう一度私を気の毒そうに見る。
私は、手を振って彼に出て行くように告げる。
「明日もちゃんと家庭教師に来てね。報酬だけを持ち逃げしないでね」
念を押すと、彼は分かっていると言うように頷いてから、心配そうに私を何度も振り返って、ようやく部屋から出て行った。
さあ、さっさと部屋を片付けよう。
「ルリ」
ジンが建物から出たのを窓から確認してから、精霊を呼ぶ。
「聖女さま!」
青い鳥の姿の精霊が、呼びかけに答えて空中に表れた。今まで、レドリオン家の様子を探りに行ってもらっていたのだ。
人間の男の子の姿になった精霊は、部屋の中を見て、満面の笑顔になった。
「ごはんだ!」
青い目をキラキラと光らせて、ルリは魔物トカゲの死体に駆け寄った。
「すごくおいしそう! 死にたての魔物!」
大トカゲの開いた口に小さな手を突っ込んで、黒くて太い舌を引きちぎった。そして、それを躊躇なく自分の口に詰め込む。
もぐもぐもぐ。手と顔を魔物の血で真っ黒に汚しながら、にっこりと幸せそうに笑う。
「ううっ」
美少年精霊の食事する姿に、吐きそうになりながら、指示をする。
「食べ終わってからでいいから、この部屋の床と壁をどこかの家から盗って来て、取り換えておいてね」
「ふゎーい」
口から魔物トカゲの肉と血をべちゃべちゃこぼしながら、ルリは元気に返事をした。
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