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15 家庭教師

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 来月、私の誕生パーティが開かれるそうだ。
 離宮の使用人は皆、その準備のために王宮に引き抜かれていった。
 人がいなくなった離宮に、ドレスの入った箱が運ばれてきた。これを着て来いとのことだ。

 何でいまさら誕生パーティ?

 この15年間、一度も祝われたことはない。
 確かに私は来月16歳になる。正確には、133歳。まあ、本当の誕生日はもっと後だけど。

 見捨てられた人形姫の誕生パーティに、国中の貴族を呼ぶらしい。
 レドリオン公爵と王妃は何を考えてるんだろう?

 私は箱の方をちらりと見た。真っ白なドレスが入っている。あまりいい生地じゃない。それに、白はパーティにふさわしくない。死んだ人に着せる服が白色だからだ。

「王女様! 見つかりましたよ。帝国人の家庭教師!」

 マリリンがスキップをしながら入って来た。嬉しそうに、ハタキを手でくるくる回す。

「すっごいかっこいい男の人です。25歳で、男盛りで、色気がすごいの。どうしよう。私、好きになっちゃうかも!」

「勝手に好きになれば。……信用できそうな人なの?」

 帝国人なんて全員信用できない。でも、帝国語を習うためには妥協するしかない。

「父さんは、信用できるって言ってました。聖女様の話に何時間も付き合ってくれたんだって。良い人で間違いないです!」

 聖女マニアのマリリンの父の話は、とても長いそうだ。それに付き合えるくらいなら、私に帝国語の発音を教えるくらいの根気はあるだろう。

「明日から連れて来てちょうだい。裏門は出入り自由よ」

 捨てれられた人形姫の離宮には、使用人はマリリンしかいなくなった。侵入し放題だ。


 ◇◇◇◇◇

「いやぁ、お美しい。その紫の瞳! 聖女フェリシティ様と全く同じ。金の髪も神々しい!」

 マリリンによく似たピンクの髪の中年男は、入ってくるなり大声で私を褒め讃えた。
 無礼で大声なところがよく似てる。私は、これでも王女なのよ。

「父さん! だめだって。王女様にちゃんと挨拶して」

 さすがにマリリンがたしなめた。
 私は、中年男の後ろに立っている、黒いフードをかぶった男が気になった。彼が、帝国語の教師?

「ああ、申し訳ありません。本日は、お日柄もよろしく……ご注文の家庭教師を連れてまいりました!」

 マリリン父が紹介する男が、フードを取った。

 真っ黒の髪。背が高くて、騎士のような体格。

 え?

「初めてお目にかかります。フェリシティ王女様。ジンと申します」

 あの時の男だ! 教会にいた魔物のような黒い髪と目!

「王女様の家庭教師を務められること、大変光栄に思います」

 男は、慇懃に私に挨拶をする。精悍な顔には、作り笑顔を浮かべている。

 思わず後ずさった私に、空気の読めないマリリン父は話を続ける。

「やあ、めちゃくちゃかっこいい商人さんでしょう? 帝国人特有の黒髪をしているけど、彼はね、母親が我がエヴァン王国の出身なんですよ」

 私の国の民?

「ええ、私の母は、帝国に売られたエヴァン王国出身の元奴隷なのです」

 えっ?! 私の民が奴隷に?

 衝撃的な言葉に、恐れが吹き飛ぶ。

「我が国の民を奴隷にするなど、許されていません」

 絶対に、私が許さない!

「いやぁ、それがですね、王女様。結構よくあるんですよ。親が子を帝国に売ったり、盗賊に攫われて奴隷として売られたり。もちろん違法ですがね、ほんと良くある話なんですよ」

「そんな……じゃあ、本当に……」

 無理矢理攫われたり売られて、奴隷にされるなんて。
 違法奴隷が大勢いるなんて。
 そんなこと考えもしなかった。

「幸い、母は私を産んだ後、奴隷の身分から解放されました。母のお陰でエヴァン王国語が話せるので、私は商人になり、こうして王国にやってきた次第です」

 作り笑顔を浮かべた男は、私の前に来て頭を下げた。

「どうか、私に王女様の家庭教師を務めさせてください。母が申しておりました。高貴な紫をもつ王族は、国民の希望だと。半分王国人の血を持つ私には、とても光栄なことなのです」

 そう言って、頭を上げた男の口元は笑みの形を作っているけれど、黒い瞳は笑っていない。

 教会で私に会ったことを、この男は気が付いていないのだろうか?
 薄暗かったし、私はフードをかぶっていた。
 顔は見られてなかったよね。

「できるだけ早く帝国語の発音を覚えたいの。毎日来られる?」

「毎日ですか?」

 さすがに、彼にも予定はあるだろう。でも、こんな恐ろしい男の授業は、集中してさっさと終わらせたいのだ。

 男は少し考えてから、うなずいた。

「大丈夫です。そのかわり、報酬の方は」

 ああ、お金ね。
 私は、マリリン父の方をちらっと見た。私の収入は全て彼に管理してもらっている。治癒石や果樹園を売ったお金がかなりあるだろう。

「分かってますよ。治癒石の優先販売ですね」

 親指を立てて、マリリン父は簡単に請け負った。

「ありがとうございます。本当にありがたい。治癒石のような貴重品が手に入るなら、私はなんでもいたしましょう。これがあれば、母の体も癒えるでしょう」

「お母様は病気なの?」

 私の愛する国民は奴隷として売られて、いったいどんな扱いを受けたのだろうか? 

「足が悪いのです。ですが、治癒石があれば、きっと良くなります。オークションでは、手に入れることができませんでしたが、伝手を使ってマリソル商会長にお会いできて本当に良かった。なるほど、王女様が見つけたのですね。聖女フェリシティ様が残した治癒石を」

 私がこっそり作って売っている治癒石のことが、聖女の遺産として噂になっているようだ。気をつけよう。私が作っていると知られたくない。

 私はあいまいに微笑んだ。

「おお! 聖女フェリシティ様の偉大な遺産! すばらしいでしょう! いや、私も一つ王女様にいただく約束をしてましてね。家宝にしますよ。もったいなくて死んでも使えません! 王女様は離宮に残っていた治癒石を見つけられたそうなんです。それは、紫の目を持つ王族にしか見つけられないと言われた通り! なんとすばらしい!」

 マリリン父が興奮したように話し続けた。

 ちょっと、この人、口が軽すぎない? ああ、もううるさい。誰か止めないの?

 大声で聖女談義をするマリソル商会長にうんざりして、娘のマリリンを見ると、彼女はうっとりと、帝国人の男を見ていた。

「うふ……かっこいい」

 よだれが出そうなぐらい口を開けている。

 どうして、私にはこんな手下しかいないのかしら。

 マリソル商会長の話に相づちを打っていた黒髪の男は、流し目で私を見た。
 その瞳は、獲物を狙うかのようにギラギラと光っていた。
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