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9 ブルーデン家
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「ブルーデン家の歴史は、王家と同じくらい長いですわ。建国女王が精霊と契約し、この国が作られた時に、宰相となったのが始まりだと言われていますわね」
私は、にやにや笑いのアーサーをお茶とお菓子でもてなしながら、彼が喜ぶ話題を探した。
「ふん、分かってるじゃないか。俺様の家はえらいんだ。今は、他の貴族たちが大きな顔してるけど、この国一番の貴族は俺様のブルーデン家なんだ」
彼は、自分の家柄以外に誇れるものが何もないのだ。だから、ことあるごとに由緒正しいブルーデン家の次男であることを自慢する。
「おまえの母親のレドリオン公爵家なんて、昔はただの貧乏貴族だったんだからな。今は帝国に媚びを売って、金を稼いで王妃にまでなったが。あのレドリオン家の赤茶色の髪は、高貴とは程遠い。みすぼらしい」
「そうですわね。わたくしは、王家の金髪と紫の目に生まれて運が良かったですわ」
「ああ、おまえのその色がなければ、父上もさすがに、俺の婚約者にしようとはしなかっただろう。王族の紫は貴重だからな」
「ブルーデン家の青銀の髪と紺碧の瞳も美しいですわ」
「まあ、そうだろう。俺様の家は純血の貴族だからな。はは」
アーサーを適当におだてながら会話を続ける。そして、従者の様子を伺う。
ブルーデン家は、その血筋と歴史以外は何も残っていないのだ。アスラン様の代わりに家を継いだ弟は、あまり賢くなかったようだ。保守的で、今までの自分たちの生活を守ることしか考えなかった。結果、帝国と結びついたレドリオン家に権力や財力を持っていかれた。
でも、国民を奴隷にし、売ろうとしているレドリオン家に対抗できるとしたら、ブルーデン家しかない。
建国女王の時代から続く家柄は、国民には人気がある。そしてブルーデン家は純血主義で外国人を嫌っている。だから、私は彼を利用する。
「ブルーデン家のアスラン様についての書物を読みました。すばらしい方でしたわ。農業政策や食料生産計画、治水、防災等、大災害の時代に、多くの国民の命を助けたのです。そんな方を先祖に持つブルーデン家は、我が国の誇りです」
「おおそうか。よく分かってるじゃないか。うん、我が家はすごいのだ。ははは。で、アスランって誰?」
心からの称賛の言葉にアーサーはにんまり笑った後で、従者にアスランについて聞いた。
「四代前の当主の兄にあたられます。国民のために、数々の政策を提案しましたが、その後、家を出たとか」
「なんだ、うちから出て行ったのか。そんな奴はどうでもいいや」
従者の説明に興味をなくしたようなので、急いで付け加える。
「アスラン様は、大災害の時に生贄となった聖女様の婚約者だったのです。きっと聖女様が連れ去られた精霊界を探しに行ったのですわ。真実の愛を貫いたのですね。とても、ロマンチックですわ」
自分をこんな風に語るのは気恥ずかしいのだけど、アーサーはこういう恋愛小説を愛読している。
「なんだその話は。初めて聞いたぞ。おい、本当か?」
「はい。そのように伝わっております」
従者の返事に、アーサーは大いに興味を持ったようだ。
「生贄の聖女とその婚約者か。面白いな」
「アスラン様はとても賢くて、賢者と呼ぶにふさわしい方とか。そう、ちょうどアーサー様のように、ブルーデン家の特徴の青銀の髪と紺碧の瞳を持ってらしたようですわ」
「はは、俺の先祖が賢者か。いいな、その話。もっと聞きたい。うちに記録は残っているか? そうだ。小説を書かせて、皆にも知らせてやろうではないか」
「きっとベストセラーになりますわ」
「芝居を作ってもいいかもな。歌も作らせよう。最近はなんでも帝国の物がもてはやされるが、わが国の芸術はどこの国より優れているのだ。よし、ブルーデン家の先祖の賢者アスランの話を世界中で流行らせてやるぞ!」
アーサーはやる気に満ちた目をして、従者を急かして帰った。従者も頭の中で考えを巡らせているようだった。ブルーデン公爵家の地位を少しでも押し上げるのに利用できそうだとでも思っているのだろう。
こんなことでアスラン様の名前を使うのは、抵抗があるけれど。
でも、かつての栄光を忘れられない国民に、この話は響くだろう。
精霊の力に頼り切った国民は、労働するかわりに、芸術を愛することに時間を費やしてきた。美しい歌や踊り、絵や彫刻、物語。全ての美しい物を愛する国民たち。100年以上経った今でも、彼らの嗜好は変わらない。
生贄の聖女と賢者の悲恋物語は、きっと良い娯楽になるだろう。
「ルリ」
テーブルに影を作る大木を見上げて呼ぶ。
枝に止まっていた青い鳥が、私の呼びかけに降りて来た。
「聖女さま。なに?」
青い鳥は、ティーカップの隣で、頭をかたむけて私に問いかける。
「もう読み終わったからこの本は返してきて。それと、他の本も適当に盗って来て」
テーブルの上の本をくちばしでつかんで、鳥の精霊はすっと、転移した。
精霊界で100年もの間、金色の卵を1人で温めるだけの日々を耐えられたのは、精霊のルリのおかげだった。迷い込んできた死にかけの下級精霊を神聖力で治療した。力を得て、上級精霊に変異したルリは、私のために今のように空間を移動して、帝国から本を持ってきてくれた。
様々な分野の書物を読むことで、私の知識は増えた。
そして、私の守るべき国のいびつさに気が付いた。
建国女王は、奴隷にされた人々を哀れに思い、ただ守ったのだ。
真綿にくるむような優しさで、彼らを保護し続けた。
誰からも脅かされない場所を作り、幸せだけを与えて。
私は、にやにや笑いのアーサーをお茶とお菓子でもてなしながら、彼が喜ぶ話題を探した。
「ふん、分かってるじゃないか。俺様の家はえらいんだ。今は、他の貴族たちが大きな顔してるけど、この国一番の貴族は俺様のブルーデン家なんだ」
彼は、自分の家柄以外に誇れるものが何もないのだ。だから、ことあるごとに由緒正しいブルーデン家の次男であることを自慢する。
「おまえの母親のレドリオン公爵家なんて、昔はただの貧乏貴族だったんだからな。今は帝国に媚びを売って、金を稼いで王妃にまでなったが。あのレドリオン家の赤茶色の髪は、高貴とは程遠い。みすぼらしい」
「そうですわね。わたくしは、王家の金髪と紫の目に生まれて運が良かったですわ」
「ああ、おまえのその色がなければ、父上もさすがに、俺の婚約者にしようとはしなかっただろう。王族の紫は貴重だからな」
「ブルーデン家の青銀の髪と紺碧の瞳も美しいですわ」
「まあ、そうだろう。俺様の家は純血の貴族だからな。はは」
アーサーを適当におだてながら会話を続ける。そして、従者の様子を伺う。
ブルーデン家は、その血筋と歴史以外は何も残っていないのだ。アスラン様の代わりに家を継いだ弟は、あまり賢くなかったようだ。保守的で、今までの自分たちの生活を守ることしか考えなかった。結果、帝国と結びついたレドリオン家に権力や財力を持っていかれた。
でも、国民を奴隷にし、売ろうとしているレドリオン家に対抗できるとしたら、ブルーデン家しかない。
建国女王の時代から続く家柄は、国民には人気がある。そしてブルーデン家は純血主義で外国人を嫌っている。だから、私は彼を利用する。
「ブルーデン家のアスラン様についての書物を読みました。すばらしい方でしたわ。農業政策や食料生産計画、治水、防災等、大災害の時代に、多くの国民の命を助けたのです。そんな方を先祖に持つブルーデン家は、我が国の誇りです」
「おおそうか。よく分かってるじゃないか。うん、我が家はすごいのだ。ははは。で、アスランって誰?」
心からの称賛の言葉にアーサーはにんまり笑った後で、従者にアスランについて聞いた。
「四代前の当主の兄にあたられます。国民のために、数々の政策を提案しましたが、その後、家を出たとか」
「なんだ、うちから出て行ったのか。そんな奴はどうでもいいや」
従者の説明に興味をなくしたようなので、急いで付け加える。
「アスラン様は、大災害の時に生贄となった聖女様の婚約者だったのです。きっと聖女様が連れ去られた精霊界を探しに行ったのですわ。真実の愛を貫いたのですね。とても、ロマンチックですわ」
自分をこんな風に語るのは気恥ずかしいのだけど、アーサーはこういう恋愛小説を愛読している。
「なんだその話は。初めて聞いたぞ。おい、本当か?」
「はい。そのように伝わっております」
従者の返事に、アーサーは大いに興味を持ったようだ。
「生贄の聖女とその婚約者か。面白いな」
「アスラン様はとても賢くて、賢者と呼ぶにふさわしい方とか。そう、ちょうどアーサー様のように、ブルーデン家の特徴の青銀の髪と紺碧の瞳を持ってらしたようですわ」
「はは、俺の先祖が賢者か。いいな、その話。もっと聞きたい。うちに記録は残っているか? そうだ。小説を書かせて、皆にも知らせてやろうではないか」
「きっとベストセラーになりますわ」
「芝居を作ってもいいかもな。歌も作らせよう。最近はなんでも帝国の物がもてはやされるが、わが国の芸術はどこの国より優れているのだ。よし、ブルーデン家の先祖の賢者アスランの話を世界中で流行らせてやるぞ!」
アーサーはやる気に満ちた目をして、従者を急かして帰った。従者も頭の中で考えを巡らせているようだった。ブルーデン公爵家の地位を少しでも押し上げるのに利用できそうだとでも思っているのだろう。
こんなことでアスラン様の名前を使うのは、抵抗があるけれど。
でも、かつての栄光を忘れられない国民に、この話は響くだろう。
精霊の力に頼り切った国民は、労働するかわりに、芸術を愛することに時間を費やしてきた。美しい歌や踊り、絵や彫刻、物語。全ての美しい物を愛する国民たち。100年以上経った今でも、彼らの嗜好は変わらない。
生贄の聖女と賢者の悲恋物語は、きっと良い娯楽になるだろう。
「ルリ」
テーブルに影を作る大木を見上げて呼ぶ。
枝に止まっていた青い鳥が、私の呼びかけに降りて来た。
「聖女さま。なに?」
青い鳥は、ティーカップの隣で、頭をかたむけて私に問いかける。
「もう読み終わったからこの本は返してきて。それと、他の本も適当に盗って来て」
テーブルの上の本をくちばしでつかんで、鳥の精霊はすっと、転移した。
精霊界で100年もの間、金色の卵を1人で温めるだけの日々を耐えられたのは、精霊のルリのおかげだった。迷い込んできた死にかけの下級精霊を神聖力で治療した。力を得て、上級精霊に変異したルリは、私のために今のように空間を移動して、帝国から本を持ってきてくれた。
様々な分野の書物を読むことで、私の知識は増えた。
そして、私の守るべき国のいびつさに気が付いた。
建国女王は、奴隷にされた人々を哀れに思い、ただ守ったのだ。
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