66 / 70
第2部 魔法学校編
66 王家の呪縛〜国王アルフレド〜
しおりを挟む
僕には姉がいた。
生まれた時から一緒に育った、とても大切な人。忙しくて会ってくれない父や、子供に興味のない母と違い、彼女はいつも一緒にいてくれた。
手をつないで庭を駆け巡り、一緒にお菓子を食べて、僕が眠るまで本を読んでくれる。
優しくて美しい彼女は、僕の唯一の家族で、かけがえのない存在だった。
やがて、成長して彼女が本当の姉ではないと知ると、僕にとって彼女は、世界でたった一人の女性になった。
本当の姉ではないけれど、いつか結婚して本当の家族になりたい。
幼い僕は心にそう決めた。彼女を誰よりも愛していた。
でも、違った。父と母は僕の婚約者を勝手に決めてしまった。
その婚約者は、彼女とは正反対のきつい顔をして、僕をにらんだ。
「お見合いの席にまで、乳姉弟のフローラを連れてくるなんて、本当に愚鈍な王子様ね」
僕が彼女と一緒にいて、何が悪い!
つないだ手をほどこうとするフローラを僕は抱き寄せた。
「僕が愛するのはフローラだけだ。お前は愛されることのない王妃になるのだ!」
王命は絶対で、国民は誰も逆らえない。なぜなら、国王は、この国の結界の誓いを破ることができる唯一の力を持つからだ。
だから、父に王命を出された僕は、この生意気な従妹と結婚しなくてはいけない。
ああ、僕はなんて不幸なんだ。王家に予言の王女を誕生させるために、自分を犠牲にしなくてはいけないなんて。世界一不幸だと思う。
愚かな婚約者は、僕に愛されようとしないだけではなく、頭も悪かった。凡庸で平凡な王子と僕が陰口を言われる一方で、婚約者は文字も読めない落ちこぼれと笑われていた。
気分が良かった。いつも僕は、従弟たちと比べられて平凡だって言われて、悔しい思いをしていたから。
もっともっと婚約者の悪口が聞きたくて、僕は彼女の悪い噂を流させた。事実と違っても構わない。皆が彼女を嫌えばいい。
だってそうだろ? 子供でも読める絵本さえ読めない。自分の名前を書くことで精一杯な愚か者なんだから。
それに比べて僕のフローラは、優しいだけじゃなくて賢かった。
◇◇◇◇◇◇◇
5才の時、貴族学園でフローラは、僕と一緒の薔薇組に入園した。うるさく言うやつもいたけれど、僕の姉として一緒に育った彼女には、その権利がある。おばあさまも許してくれた。
卒園時には、フローラは僕に続き、3位の成績で表彰された。納得いかなかったのは、ハロルドが1位だったことだ。彼は従弟だから、王家の呪いには縛られない。誰とでも結婚できるくせに、僕を抜かして1位になるなんて、ずるいじゃないか。
僕を1位にするように学園長を脅したけれど、父に止められた。王族はえらいのに、なぜ父が僕を止めるのか分からない。ただ、腹が立った。
だから、僕は下僕に命じて、卒園祝いの薔薇の形のチョコレートに毒薬を入れさせた。ハロルドは、それを食べて寝込んだらしい。ははっ、いい気味だ。
僕の苦難の日々は続く。
ハロルドの弟、クリストファーは、さらに生意気だった。従弟のくせに僕より目立つ。メイドたちは彼の容姿をほめてばかりだ。そして、魔力も僕より高くて、成績もいい。契約獣の白狼を見せつけられた時には、こいつを殺そうと思った。
だから、何度も毒を送り付けた。食事や菓子にも毒を入れさせた。でも、むかつくことに一度も食べない。本当に嫌なやつだった。
魔法学校に入ってからも、許せないことが多かった。王子である僕よりも従弟ばかりが褒められる。なぜ、高貴な王子の僕をもっと敬わない。いつも人の輪の中心にいる従弟たちを殺してやりたいと思った。特に、フローラを苦しめる悪女オリヴィアを。
「少しは人の目を気にしてくれる? 一応、私が婚約者なのよね。パーティのエスコートぐらいしなさいよ」
図々しい女だ。僕とフローラの邪魔をする。
「ちょっと、イチャイチャするならせめて隠れてやってよ。人通りの多い中庭で、口づけなんかしないでよ。気持ち悪いったら」
本当に、嫌な女だ。なぜ、こんな奴と結婚しなくてはいけないのだ。ああ、勇者の予言さえなければ。
魔法学校を卒業してすぐの結婚式、そして初夜。
「王命なのよ。わかってるでしょう? 従うしかないのよ。逆らえば、うちの領地の結界を解いて、領民を皆殺しにすると国王に脅されているわ。お互い気持ち悪いのを我慢して、さっさと子供を作って終わらせるわよ」
嫌で嫌でたまらない。フローラ以外と交わるなんて。
でも、国王の命令には逆らえない。僕は薬を飲んで、最悪の夜を終えた。
そして、翌日。
最近、体調を崩しがちだった父王が死んだ。
僕は悔しくて仕方なかった。
なぜ、もう1日早く死んでくれなかったんだ! そうすれば、あんな女と結婚しなくて済んだのに!!
いや、待て。1日だけだ。たった1日だけの結婚。そんなものは、なかったことにすればいいんだ。今は僕が国王だ。誰も僕には逆らえない。そうだ、今度こそ、僕はフローラと結婚する。
その日のうちにフローラに事情を話し、王妃にすると約束して、彼女と結ばれた。
幸せになれると思っていたんだ。
即位式で、神官を買収して、白い結婚を理由にオリヴィアを追い出した。今まで、僕を不幸にした仕返しに、公爵家に戻った彼女を毒殺するように下僕に命じた。
毒殺は失敗したけれど、邪魔者はいなくなった。ハロルドだけは、反省したのか、妹の扱いに抗議することもなかったので、僕の下で働かせてやった。仕事は嫌いだ。そんなことをするよりも、フローラと一緒にいたい。だから、ハロルドが代わりに仕事をすると言ったので、やらせてやったんだ。
しばらくの間は、本当に幸せだった。
誰にも邪魔されずに、フローラと愛し合える。二人の真実の愛を広めるため、芝居を流行らせたりもした。
フローラが息子を産んだ時、王家の呪いが発動した。
息子の目は紫ではなく、薄い水色だった。
どういうことだ? なぜ、勇者は、聖女リシアは僕を苦しめる?
憎くて憎くて仕方ない。フローラを責める声まで聞こえた。一言でも、フローラを悪く言う使用人は、全員辞めさせた。そして、下僕に命じる。全員殺せと。
次に生まれたのは娘だった。娘もやはり、紫眼を持たなかった。
だが、この子の容姿は描き直させた聖女リシアの絵によく似ていた。使用人は僕の機嫌をとるために、予言の王女にそっくりだとほめそやした。
そうか、この子は予言の王女なのかもしれない。僕の子供が予言の王女だ。
ピンクブロンドの髪にピンクの眼の娘が予言の王女などではないことは分かっていた。それでも、フローラに似せて描かせた聖女の肖像画を見るたびに、僕の子供が予言の王女だと自分でも信じるようになった。
評判の悪い息子よりも、予言の王女かもと思える娘の方がずっとかわいかった。
なのに、母上は、貴族学園で本物の予言の王女に似た娘を見つけたと言う。あの、憎らしいクリストファーの娘だそうだ。王族でもないくせに、紫眼を持つ。その娘を息子の婚約者にしようとした。
そんなことは許さない。クリストファーの娘などいらない。
僕は下僕に命じて、毒を送らせた。残念ながら、死んだのはその娘ではなく、双子の弟の方だった。でも、クリストファーの悲しがる顔を想像したら、笑いが止まらなかった。
そして息子の魔法学校の卒業式。すべては順調に進んでいた。あの女がまた現れるまでは。
オリヴィアは毒で死に損なった後、帝国の第三皇子のハーレムに入ったと聞いていた。第三皇子は、即位式に側室を3人も連れて来た女好きだ。そのハーレムの一員として、みじめに生きるがいいと思っていたのに。
いつの間に、皇妃になったのか? 皇帝と一緒になって、生意気にも我が国に乗り込んできた。
娘の卒業を祝いに来たと言う。娘? クリストファーの娘が、オリヴィアの娘だと? 意味が分からなかったけれど、そいつは隣に精霊王を侍らせて、僕を断罪した。
許せない。精霊王は僕の娘のものだ。あいつらはいつも僕のものを奪う。周囲の評判も、学校の順位も、今まで全てゴールドウィンに奪われた。今度は、ついに、王位まで奪われてしまった。
それは、正当なる血筋の僕のものだ!
無知な家来どもは、あいつらの言いなりになってしまった。僕のフローラと子供たちは、帝国に連れて行かれてしまった。
そして、僕は、薄汚い牢獄に捕らえられている。
王に対して、このふるまい!
ここを出たら全員殺してやる!
「差し入れだ」
フードをかぶった男が、檻の前に立った。僕にチョコレートの箱を差し出した。薔薇の形のチョコレートだ。なつかしい。
牢獄ではまともな食事が出なかったため、久しぶりの菓子を、僕は両手でつかんで急いで口に放り込んだ。ああ、甘い。うまい。
「息子は、それを食べて勇者になったよ」
チョコレートを口にほおばりながら見上げると、その男はフードを取った。
金色の髪に紫眼が見えた。
憎い、クリストファー・ゴールドウィン!
怒鳴りつけてやろうとした。呪いの言葉を吐いてやる。
けれど、
「ごほっ、ごほ、うっ、ごほっ、ごっ」
言葉は何も出なかった。
代わりに、真っ赤な血が口からこぼれた。
「……」
クリストファーは、僕を感情の読めない紫の瞳で見つめた。
それが、僕がこの世で見た最後の光景だった。
※※※※※※※
毒チョコレート事件の真犯人です。
実の父親に殺されそうになったことを、レティシアに知らせないように、秘密裏に処理しました。
生まれた時から一緒に育った、とても大切な人。忙しくて会ってくれない父や、子供に興味のない母と違い、彼女はいつも一緒にいてくれた。
手をつないで庭を駆け巡り、一緒にお菓子を食べて、僕が眠るまで本を読んでくれる。
優しくて美しい彼女は、僕の唯一の家族で、かけがえのない存在だった。
やがて、成長して彼女が本当の姉ではないと知ると、僕にとって彼女は、世界でたった一人の女性になった。
本当の姉ではないけれど、いつか結婚して本当の家族になりたい。
幼い僕は心にそう決めた。彼女を誰よりも愛していた。
でも、違った。父と母は僕の婚約者を勝手に決めてしまった。
その婚約者は、彼女とは正反対のきつい顔をして、僕をにらんだ。
「お見合いの席にまで、乳姉弟のフローラを連れてくるなんて、本当に愚鈍な王子様ね」
僕が彼女と一緒にいて、何が悪い!
つないだ手をほどこうとするフローラを僕は抱き寄せた。
「僕が愛するのはフローラだけだ。お前は愛されることのない王妃になるのだ!」
王命は絶対で、国民は誰も逆らえない。なぜなら、国王は、この国の結界の誓いを破ることができる唯一の力を持つからだ。
だから、父に王命を出された僕は、この生意気な従妹と結婚しなくてはいけない。
ああ、僕はなんて不幸なんだ。王家に予言の王女を誕生させるために、自分を犠牲にしなくてはいけないなんて。世界一不幸だと思う。
愚かな婚約者は、僕に愛されようとしないだけではなく、頭も悪かった。凡庸で平凡な王子と僕が陰口を言われる一方で、婚約者は文字も読めない落ちこぼれと笑われていた。
気分が良かった。いつも僕は、従弟たちと比べられて平凡だって言われて、悔しい思いをしていたから。
もっともっと婚約者の悪口が聞きたくて、僕は彼女の悪い噂を流させた。事実と違っても構わない。皆が彼女を嫌えばいい。
だってそうだろ? 子供でも読める絵本さえ読めない。自分の名前を書くことで精一杯な愚か者なんだから。
それに比べて僕のフローラは、優しいだけじゃなくて賢かった。
◇◇◇◇◇◇◇
5才の時、貴族学園でフローラは、僕と一緒の薔薇組に入園した。うるさく言うやつもいたけれど、僕の姉として一緒に育った彼女には、その権利がある。おばあさまも許してくれた。
卒園時には、フローラは僕に続き、3位の成績で表彰された。納得いかなかったのは、ハロルドが1位だったことだ。彼は従弟だから、王家の呪いには縛られない。誰とでも結婚できるくせに、僕を抜かして1位になるなんて、ずるいじゃないか。
僕を1位にするように学園長を脅したけれど、父に止められた。王族はえらいのに、なぜ父が僕を止めるのか分からない。ただ、腹が立った。
だから、僕は下僕に命じて、卒園祝いの薔薇の形のチョコレートに毒薬を入れさせた。ハロルドは、それを食べて寝込んだらしい。ははっ、いい気味だ。
僕の苦難の日々は続く。
ハロルドの弟、クリストファーは、さらに生意気だった。従弟のくせに僕より目立つ。メイドたちは彼の容姿をほめてばかりだ。そして、魔力も僕より高くて、成績もいい。契約獣の白狼を見せつけられた時には、こいつを殺そうと思った。
だから、何度も毒を送り付けた。食事や菓子にも毒を入れさせた。でも、むかつくことに一度も食べない。本当に嫌なやつだった。
魔法学校に入ってからも、許せないことが多かった。王子である僕よりも従弟ばかりが褒められる。なぜ、高貴な王子の僕をもっと敬わない。いつも人の輪の中心にいる従弟たちを殺してやりたいと思った。特に、フローラを苦しめる悪女オリヴィアを。
「少しは人の目を気にしてくれる? 一応、私が婚約者なのよね。パーティのエスコートぐらいしなさいよ」
図々しい女だ。僕とフローラの邪魔をする。
「ちょっと、イチャイチャするならせめて隠れてやってよ。人通りの多い中庭で、口づけなんかしないでよ。気持ち悪いったら」
本当に、嫌な女だ。なぜ、こんな奴と結婚しなくてはいけないのだ。ああ、勇者の予言さえなければ。
魔法学校を卒業してすぐの結婚式、そして初夜。
「王命なのよ。わかってるでしょう? 従うしかないのよ。逆らえば、うちの領地の結界を解いて、領民を皆殺しにすると国王に脅されているわ。お互い気持ち悪いのを我慢して、さっさと子供を作って終わらせるわよ」
嫌で嫌でたまらない。フローラ以外と交わるなんて。
でも、国王の命令には逆らえない。僕は薬を飲んで、最悪の夜を終えた。
そして、翌日。
最近、体調を崩しがちだった父王が死んだ。
僕は悔しくて仕方なかった。
なぜ、もう1日早く死んでくれなかったんだ! そうすれば、あんな女と結婚しなくて済んだのに!!
いや、待て。1日だけだ。たった1日だけの結婚。そんなものは、なかったことにすればいいんだ。今は僕が国王だ。誰も僕には逆らえない。そうだ、今度こそ、僕はフローラと結婚する。
その日のうちにフローラに事情を話し、王妃にすると約束して、彼女と結ばれた。
幸せになれると思っていたんだ。
即位式で、神官を買収して、白い結婚を理由にオリヴィアを追い出した。今まで、僕を不幸にした仕返しに、公爵家に戻った彼女を毒殺するように下僕に命じた。
毒殺は失敗したけれど、邪魔者はいなくなった。ハロルドだけは、反省したのか、妹の扱いに抗議することもなかったので、僕の下で働かせてやった。仕事は嫌いだ。そんなことをするよりも、フローラと一緒にいたい。だから、ハロルドが代わりに仕事をすると言ったので、やらせてやったんだ。
しばらくの間は、本当に幸せだった。
誰にも邪魔されずに、フローラと愛し合える。二人の真実の愛を広めるため、芝居を流行らせたりもした。
フローラが息子を産んだ時、王家の呪いが発動した。
息子の目は紫ではなく、薄い水色だった。
どういうことだ? なぜ、勇者は、聖女リシアは僕を苦しめる?
憎くて憎くて仕方ない。フローラを責める声まで聞こえた。一言でも、フローラを悪く言う使用人は、全員辞めさせた。そして、下僕に命じる。全員殺せと。
次に生まれたのは娘だった。娘もやはり、紫眼を持たなかった。
だが、この子の容姿は描き直させた聖女リシアの絵によく似ていた。使用人は僕の機嫌をとるために、予言の王女にそっくりだとほめそやした。
そうか、この子は予言の王女なのかもしれない。僕の子供が予言の王女だ。
ピンクブロンドの髪にピンクの眼の娘が予言の王女などではないことは分かっていた。それでも、フローラに似せて描かせた聖女の肖像画を見るたびに、僕の子供が予言の王女だと自分でも信じるようになった。
評判の悪い息子よりも、予言の王女かもと思える娘の方がずっとかわいかった。
なのに、母上は、貴族学園で本物の予言の王女に似た娘を見つけたと言う。あの、憎らしいクリストファーの娘だそうだ。王族でもないくせに、紫眼を持つ。その娘を息子の婚約者にしようとした。
そんなことは許さない。クリストファーの娘などいらない。
僕は下僕に命じて、毒を送らせた。残念ながら、死んだのはその娘ではなく、双子の弟の方だった。でも、クリストファーの悲しがる顔を想像したら、笑いが止まらなかった。
そして息子の魔法学校の卒業式。すべては順調に進んでいた。あの女がまた現れるまでは。
オリヴィアは毒で死に損なった後、帝国の第三皇子のハーレムに入ったと聞いていた。第三皇子は、即位式に側室を3人も連れて来た女好きだ。そのハーレムの一員として、みじめに生きるがいいと思っていたのに。
いつの間に、皇妃になったのか? 皇帝と一緒になって、生意気にも我が国に乗り込んできた。
娘の卒業を祝いに来たと言う。娘? クリストファーの娘が、オリヴィアの娘だと? 意味が分からなかったけれど、そいつは隣に精霊王を侍らせて、僕を断罪した。
許せない。精霊王は僕の娘のものだ。あいつらはいつも僕のものを奪う。周囲の評判も、学校の順位も、今まで全てゴールドウィンに奪われた。今度は、ついに、王位まで奪われてしまった。
それは、正当なる血筋の僕のものだ!
無知な家来どもは、あいつらの言いなりになってしまった。僕のフローラと子供たちは、帝国に連れて行かれてしまった。
そして、僕は、薄汚い牢獄に捕らえられている。
王に対して、このふるまい!
ここを出たら全員殺してやる!
「差し入れだ」
フードをかぶった男が、檻の前に立った。僕にチョコレートの箱を差し出した。薔薇の形のチョコレートだ。なつかしい。
牢獄ではまともな食事が出なかったため、久しぶりの菓子を、僕は両手でつかんで急いで口に放り込んだ。ああ、甘い。うまい。
「息子は、それを食べて勇者になったよ」
チョコレートを口にほおばりながら見上げると、その男はフードを取った。
金色の髪に紫眼が見えた。
憎い、クリストファー・ゴールドウィン!
怒鳴りつけてやろうとした。呪いの言葉を吐いてやる。
けれど、
「ごほっ、ごほ、うっ、ごほっ、ごっ」
言葉は何も出なかった。
代わりに、真っ赤な血が口からこぼれた。
「……」
クリストファーは、僕を感情の読めない紫の瞳で見つめた。
それが、僕がこの世で見た最後の光景だった。
※※※※※※※
毒チョコレート事件の真犯人です。
実の父親に殺されそうになったことを、レティシアに知らせないように、秘密裏に処理しました。
2
お気に入りに追加
1,450
あなたにおすすめの小説
何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は
だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。
私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。
そのまま卒業と思いきや…?
「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑)
全10話+エピローグとなります。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】
小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」
私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。
退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?
案の定、シャノーラはよく理解していなかった。
聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る
月
ファンタジー
癒しの能力を持つコンフォート侯爵家の娘であるシアは、何年経っても能力の発現がなかった。
能力が発現しないせいで辛い思いをして過ごしていたが、ある日突然、フレイアという女性とその娘であるソフィアが侯爵家へとやって来た。
しかも、ソフィアは侯爵家の直系にしか使えないはずの能力を突然発現させた。
——それも、多くの使用人が見ている中で。
シアは侯爵家での肩身がますます狭くなっていった。
そして十八歳のある日、身に覚えのない罪で監獄に幽閉されてしまう。
父も、兄も、誰も会いに来てくれない。
生きる希望をなくしてしまったシアはフレイアから渡された毒を飲んで死んでしまう。
意識がなくなる前、会いたいと願った父と兄の姿が。
そして死んだはずなのに、十年前に時間が遡っていた。
一度目の人生も、二度目の人生も懸命に生きたシア。
自分の力を取り戻すため、家族に愛してもらうため、同じ過ちを繰り返さないようにまた"シアとして"生きていくと決意する。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
婚約破棄と追放をされたので能力使って自立したいと思います
かるぼな
ファンタジー
突然、王太子に婚約破棄と追放を言い渡されたリーネ・アルソフィ。
現代日本人の『神木れいな』の記憶を持つリーネはレイナと名前を変えて生きていく事に。
一人旅に出るが周りの人間に助けられ甘やかされていく。
【拒絶と吸収】の能力で取捨選択して良いとこ取り。
癒し系統の才能が徐々に開花してとんでもない事に。
レイナの目標は自立する事なのだが……。
婚約破棄された聖女がモフモフな相棒と辺境地で自堕落生活! ~いまさら国に戻れと言われても遅いのです~
銀灰
ファンタジー
生まれながらに、その身に聖なる女神の力を宿した現人神、聖女。
人生に酷烈たる天命を負った、神と人に献身の奉じを約束した存在――聖女ルールゥは、己の存在意義をそのようなものであると固く信じていたのだが……。
ある日ルールゥは、婚約を結んでいた皇子から婚約破棄を言い渡されてしまう。
曰く、昨今の技術発展に伴い聖女の力が必要とされなくなり、その権威が失墜の一途を辿っているからだという。
罵詈雑言と共に婚約破棄を言い渡されただけではなく――近く、聖女としての責務も解かれると宣告される。
人々に忘れ去られ、天命の意味を失い――ルールゥは追われるように国を後にする。
聖女に寄り添う神獣のミハクを旅の共に、艱難辛苦を乗り越え、住み良い辺境の地を発見し、そこで新たな生活が始まろうとしていたのだが――。
その地で待っていたのは、もふもふな相棒と過ごす、自堕落な生活だった!?
与えられた天命を捨て、心を取り戻し、新たな天命の意味を見出す物語。
働くって、クソです!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる