上 下
65 / 70
第2部 魔法学校編

65 すてきな婚約者〜ベアトリス〜(魔法学校1年時)

しおりを挟む
魔法学校一学期の終わりの時期です。
※※※※※※※※※

 私はベアトリス・シルバスター。公爵家の長女よ。魔法学校に通う1年生。同じクラスの王太子とは婚約者候補という関係よ。

 はっきり言って、王太子はクズね。

 顔は、まあまあだけど、あの選民思想と変にこじれた劣等感で、王子としての評判は最悪ね。まあ、気の毒に思わないこともないわ。国王が妻を捨てて真実の愛の相手を選んだせいで、王子なのに紫眼を持たなかったんだもの。それは、彼のせいではないわ。貴族や使用人に陰口をたたかれて、腹が立つのは分かるわ。でも、だからって暴力や暴言で返すのは、本当に愚かね。

 まあ、そういう小心者だから、私がちょっと優しくしてあげたら、すぐに懐いたから、操りやすいっていうのは都合がいいわね。

 なにしろ、わが国は精霊王の結界によって守られているのだから。国王だけがこの契約を持続できる。だから、どんなに国王が人間的に問題があっても、王命に逆らえないのよ。

 先の王はまだ良かったけど、今の国王はダメね。凡庸で愚鈍どころか、仕事は宰相任せで、ちょっと非難されたら相手を殺そうとする。早く退位してほしいわ。

 その代わりにビクトル王子が国王になるっていうのも、問題だけど。私がうまく操縦できるように、教育を受けて来たのよ。バカな王が2代続くと大変だもの。

 仕方ないわ。私はシルバスター公爵の娘だもの。それが私の義務よ。

 そう納得していたの。でも、ある日、宰相のハロルド・ゴールドウィンが訪ねて来たの。

「国王を退位させましょう」

 両親との話し合いの席には、私も呼ばれた。そして、金髪に紺色の目をした宰相は、そう言った。

「今更なにを? 貴公は、オリヴィア殿が王宮を追放された時も、何もしなかったではないか。どういう心境の変化だ?」

 父の質問に、宰相はゆっくりと言葉を返した。

「妹の時とは事情が違います。この先、王家に紫眼の王女は生まれません。ここで、精霊王の結界の契約は終わるのです」

 どういうことかしら? 確かに、王太子の魔力はとても低いわ。水色の瞳が表しているもの。でも、私との子なら、少しは魔力が高くなるんじゃない? 向こうもそれを期待しているもの。私の子がまた魔力の高い子と結ばれれば、いずれは紫眼にもどるのじゃないの?

「聖女リシアと精霊王の契約です。聖女リシアの教えでは、夫婦間の不貞行為を許しません。不貞で生まれた王太子には、精霊王の加護は得られないでしょう」

 宰相の説明に首をかしげる。王太子はフローラ妃の娘よね。不貞ではないわ。確かに、生まれた月を考えたら、結婚前から男女間の関係にあったかもしれないけど。……あ!

 そうよ。白い結婚で婚姻無効を宣言する前に、フローラ妃は妊娠していたのよね。

「ベアトリス嬢。あなたは王太子と結婚しても、子供に紫眼を授けることはできないでしょう」

 宰相の紺色の目が私をまっすぐに見た。その瞳のなかに、私を憐れむ感情が見えた。私の父よりは若いと言っても、ずっと年上のはずなのに、宰相は若々しく見える。
 今までずっと独身なのはなぜかしら。悪女オリヴィアの兄として責任を取ったなんて噂する人もいるけど、そんなわけないわ。この人の頭の中には何があるのかしら? 彼について知りたいと思ってしまった。

「それは、貴公の養女を王太子妃にするために、シルバスター家に身を引けといっているのか?」

 父が宰相を探るように目を細めた。
 宰相の養女は、紫眼のクリス様の娘のレティシアさんね。

 でも、レティシアさんは、王太子に嫌われているわ。紫眼を持っているだけで、憎まれているのよ。どんなに王太后が婚約者にしようとしても、あの調子では無理でしょう。それに、そもそもレティシアさんには、貴族の責任感が皆無よ。王妃になれる器じゃない。勉強はできるようになったみたいだけど、進級テストに受かったからと言って、学校での社交を投げ出すなんて、貴族として致命的な欠点よ。成績優秀でも、貴族としては落第生ね。

 私の考えには、みんな同意見だった。

「レティシアを王太子にやるつもりはないよ。王太子は排除する」

 きっぱりと言い切った反逆の言葉に、両親は無言になった。

「では、次の王には誰がなるのですか? まさか王女様ですか?」

 両親の代わりに私が質問した。王女マリアンヌは王太子よりはマシね。暴力を振るわないところだけね。でも、流され安く、周囲の都合の良い嘘をすぐに信じてしまう愚かさは一緒よ。たとえ、王配にしっかりとした者をつけたとしても、どうなのかしら? 自分のことを聖女リシアの生まれ変わりだなんて言ってるのよ。予言の王女は紫眼なのに。何を考えてるのかしら。ううん、何も考えてないのよね。彼女はありえないわ。


「私がなりますよ」

 そう宣言した宰相に、私たちは息をのんだ。

「私の父は先代国王の弟ですからね。血筋的には問題ありません」

「だが、貴公は紫眼ではない。それならばまだ、クリストファー殿の方が」

「クリスは国王になど、絶対にならないですよ。それに、紫眼でないのは、王太子と王女も同じだ」

 そうね。王太子の薄い水色の目に比べて、宰相の目は魔力の多い紺色だわ。そして、ゴールドウィン家は王族と言ってもいいほど血が近いものね。

 よく考えると、それもいいかもしれないと思えて来た。今も宰相が国王の仕事をすべてやっているのだから、彼が国王になって何も困ることはないわ。ただ、一つだけ。

「貴公が国王になったとして、王妃が不在だぞ。独身主義をやめなければならないぞ」

 父の言葉から、もう、宰相が王になる考えに賛成していると感じられた。

「そう、それを頼みにきました。ジュエニー・シルバスター嬢に結婚を申し込みたい」

 ! 叔母様と?

「ジュエニー殿は、まだ婚約者もいないという。私は年上だがどうだろうか。彼女に未来の王妃になってほしい」

 叔母様は、27歳。まだ結婚してない。なぜって、叔母様は、「私は冒険者になる」なんて勝手なことを言って、ダンジョンに入り浸っているから。でも、対外的には領地で療養してるってことになってる。叔母様に王妃なんて絶対無理だ。それなら、

「私が結婚します!」

 両親が何か言う前に、私が言ってやった。

 驚きを隠すように瞬きをした宰相に、私は自分の優位性を示した。

「私は、王太子妃教育も済ませました。勉強も社交も得意です。未来の王妃にふさわしいのは叔母ではなく私です」

「いや、しかし。年齢が離れすぎているし、君は王太子の婚約者候補じゃないか」

「でも、ビクトル様は王太子ではなくなるのでしょう? 私は王太子でないビクトル様とは結婚しませんわ。責任を取ってください」

 にっこり笑ってそう言うと、宰相は何度も瞬きをした。
 少し、動揺してる? もうひと押し。

「ゴールドウィン家とシルバスター家の縁組により、他の貴族家の支持を得られますわ。これが一番いい方法です」

「そうだな。その通りだ。ジュエニーは、その、体が弱いので王妃は無理だからな」

「ベアトリスの方が王妃には向いているわ。この子は年齢よりも大人びてますものね」

 叔母様のことを表に出したくない両親は、私に同意した。
 そして、その場で、私と宰相の婚約は調った。

「ハロルド様」

 一番美しく見えるように微笑んで、宰相の目を見つめると、彼はまた、瞬きした。

「これからよろしくお願いしますね」

 この人が私の夫になるのね。ビクトル様よりもずっといいわ。


 帰り際に、ハロルド様がお父様におかしな頼みごとをしていた。

「そちらの使用人で不要な者がいたら、娘にチョコレートを送ったことにしてほしい」って。

 その時は何のことか分からなかったけど、後日、レティシア様と話をすると理由が分かった。

 そうね、彼女に復讐なんて似合わないもの。そういうのは、もっと成熟した大人でないとね。
 自分好みの成熟した大人の婚約者ができて、私はとても満足している。


※※※※※※
 
 ジュエニー叔母さんは、この後、ハロルドの仲介で辺境伯の長男とお見合いします。二人は意気投合、似た者夫婦になります。
 プロポーズの言葉は「一緒に修行者のダンジョン99階を目指そう」でした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

婚約破棄された聖女がモフモフな相棒と辺境地で自堕落生活! ~いまさら国に戻れと言われても遅いのです~

銀灰
ファンタジー
生まれながらに、その身に聖なる女神の力を宿した現人神、聖女。 人生に酷烈たる天命を負った、神と人に献身の奉じを約束した存在――聖女ルールゥは、己の存在意義をそのようなものであると固く信じていたのだが……。 ある日ルールゥは、婚約を結んでいた皇子から婚約破棄を言い渡されてしまう。 曰く、昨今の技術発展に伴い聖女の力が必要とされなくなり、その権威が失墜の一途を辿っているからだという。 罵詈雑言と共に婚約破棄を言い渡されただけではなく――近く、聖女としての責務も解かれると宣告される。 人々に忘れ去られ、天命の意味を失い――ルールゥは追われるように国を後にする。 聖女に寄り添う神獣のミハクを旅の共に、艱難辛苦を乗り越え、住み良い辺境の地を発見し、そこで新たな生活が始まろうとしていたのだが――。 その地で待っていたのは、もふもふな相棒と過ごす、自堕落な生活だった!? 与えられた天命を捨て、心を取り戻し、新たな天命の意味を見出す物語。 働くって、クソです!?

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。

SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。 そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。 国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。 ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。 お読みいただき、ありがとうございます。

私を虐げてきた妹が聖女に選ばれたので・・・冒険者になって叩きのめそうと思います!

れもん・檸檬・レモン?
ファンタジー
私には双子の妹がいる この世界はいつの頃からか妹を中心に回るようになってきた・・・私を踏み台にして・・・ 妹が聖女に選ばれたその日、私は両親に公爵家の慰み者として売られかけた そんな私を助けてくれたのは、両親でも妹でもなく・・・妹の『婚約者』だった 婚約者に守られ、冒険者組合に身を寄せる日々・・・ 強くならなくちゃ!誰かに怯える日々はもう終わりにする 私を守ってくれた人を、今度は私が守れるように!

処理中です...