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第2部 魔法学校編
40 白猫(8年前)
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今から8年前、復讐を決意した翌日、伯父様が家にやってきた。王太子の婚約者になれという王命を持って。
「ふざけるな! オリヴィアのことを忘れたのか?! それに、レティは……。兄さんも知ってるのに、なぜ? ありえない!」
父様が正論を怒鳴る前で、伯父様は冷静に語った。
「オリヴィアのことなら決着はついている。彼女は広い領地を慰謝料として与えられた。この国を出ていても、そこからの収入は彼女の物だ。それを使って、今では帝国で成功している」
「だけど、レティは!」
「正式な婚約者にはさせない。一時的に婚約者候補になるだけだ。それで王命には従ったことになる。絶対に結婚はさせない。約束する」
「王家は、勝手に人の子を!」
「お前の子じゃないだろう。だいたい今までずっと放置していたじゃないか。自分の子でさえ」
「!」
父様ががっくりとうなだれた。
私は少し離れた場所で、椅子に座って二人の様子をながめた。膝の上にはスノウが座っている。ほんのり温かい猫型契約獣の、柔らかな銀色の毛並みをゆっくりとなでた。
「こちらで条件をつけることができる。どんな条件でも飲ませる」
感情をすべて消し去ったかのように、静かな伯父様の声が響いた。父様が私の方を見た。そして、語りかけた。
「レティ。俺と行こう。この国を出て、帝国へ行こう。そしたら、王家も追っては来ない。俺は……、リョウを守れなかったが、おまえをリョウのかわりに守りたいんだ……」
この国を出て帝国へ行く? それもいいかもしれない。そうね、いずれはそうしたい。でも、今じゃない。
「わたしは行けない。やらないといけないことがあるの」
誘いを断られた父様は、顔をゆがめてうつむいた。
私は、言葉を続けた。
「父様も、まだ、どこにも行っちゃだめだよ。だいたい、母様はどうするの?」
大げんかしていた。出て行ってって言われてた。
「彼女とは別れたよ。昨夜、離婚届を渡された」
ああ、母様は悲しみに耐えられなかったんだ。
もともと、母様が一方的に父様を慕っていた。それに流されるように父様は関係を持ち、一夜の過ちでリョウ君が生まれた。そう話しているのを聞いたことがある。あやまちなんかじゃない。リョウ君は、奇跡だったんだよ。でも、その奇跡は奪われた。
「そう、それなら、父様は勇者の遺産探しに専念できるね」
私がそう言うと、父様はショックを受けたように全身を震わせた。
「遺産なんか、もう、どうでもいい! 俺が、俺が勇者の遺産を探したせいで、リョウが!」
「ちがう!」
私は大声で叫んだ。
「違う! 父様のせいじゃない! 誰かが、リョウ君を殺したの! 本当は私が殺されるはずだったの!」
涙がぽろぽろ零れ落ちた。
そうだよ。私のせいなんだ。責められるのは本当は、私。
「どういうことだ? 殺されたとは?」
驚く父様の隣で、伯父様がいぶかしむように聞いて来た。
私は貴族学園から送られてきたチョコレートの話をした。それを食べたせいで、リョウ君の魔力が暴走し、魔王の魔石が反応してしまったと。
「誕生日のチョコレートは貴族学園の伝統だが……。だが、あれはタンポポ組には送られないはずだ。薔薇組だけの特権だ」
私の話に目を見開いて驚いた後で、伯父様はまばたきをして、冷静に語った。
プレゼントは薔薇組だけ? そういえばチョコレートは薔薇の形をしてた。
「それを見せてくれ。私が調べよう。もしも、それがレティシアの命を狙っていたのだとしたら、王太子との婚約の話が出たことと関係が……」
!
そうだ。私を殺す理由なんて心当たりはなかったけど、もしも、それが王族の政治にかかわることなら。私は巻き込まれたの? そのせいで、リョウ君が?
「誰が送ってきたの? 誰がリョウ君を殺したの?」
震える私の手を、膝の上の猫が慰めるようにぺろぺろ舐めた。
「……わからない。が、やはり、そんな危険があるのならば、クリスと帝国に逃げる方がいいのかもしれない。いくら王家の命令でも、子供の命が優先だ。頼めるか、クリス」
「分かった。すぐに出発しよう。でも、出国許可が」
「辺境伯に頼もう。オリヴィアの時も力になってもらった。あの領地から行けば……」
二人は出国の手順について話し始めた。
「いやよ!」
私は二人の会話をさえぎるように叫んだ。
「このままにはしない! 仕返しするの! リョウ君を殺したやつを、野放しになんかさせない! 」
私の剣幕に驚いた二人は、必死でなだめにかかった。犯人は自分たちが見つける。いつか罪を償わせるからと。
でも、私は譲るわけにはいかなかった。
「いや! 私が復讐するの。リョウ君の仇は私が取るの」
「そんな危険なことを子供がしてはだめだ」
「そうだ。それに、帝国にはオリヴィアがいる。レティは無力な子供だ。安全な場所に逃げよう」
「いやって言ってるでしょ!」
私の話を聞かない伯父様たちに腹が立った。私は立ち上がって叫ぶ。膝の上から、スノウがひらりと床に降りた。
「わたしは、無力な子供なんかじゃない。私には力がある」
腕を伸ばして、スノウをすくって抱き寄せた。出会った時は手のひらサイズだった白猫は、両腕で抱えるほどの大きさになっている。
「ねえ、スノウ。伯父様たちに本当の姿を見せて。私の契約獣、光の精霊王の姿を!」
白猫は銀色の瞳をきらりと光らせて、驚く二人の伯父の前で変身を解いた。
光り輝く銀色の精霊王。6枚の羽根を広げて宙に浮かぶ美しい男性の姿で、ルシルは私に向って笑った。
「契約者よ。君の望みを叶えよう」
そして、私は王太子の婚約者候補になった。復讐のために。
「ふざけるな! オリヴィアのことを忘れたのか?! それに、レティは……。兄さんも知ってるのに、なぜ? ありえない!」
父様が正論を怒鳴る前で、伯父様は冷静に語った。
「オリヴィアのことなら決着はついている。彼女は広い領地を慰謝料として与えられた。この国を出ていても、そこからの収入は彼女の物だ。それを使って、今では帝国で成功している」
「だけど、レティは!」
「正式な婚約者にはさせない。一時的に婚約者候補になるだけだ。それで王命には従ったことになる。絶対に結婚はさせない。約束する」
「王家は、勝手に人の子を!」
「お前の子じゃないだろう。だいたい今までずっと放置していたじゃないか。自分の子でさえ」
「!」
父様ががっくりとうなだれた。
私は少し離れた場所で、椅子に座って二人の様子をながめた。膝の上にはスノウが座っている。ほんのり温かい猫型契約獣の、柔らかな銀色の毛並みをゆっくりとなでた。
「こちらで条件をつけることができる。どんな条件でも飲ませる」
感情をすべて消し去ったかのように、静かな伯父様の声が響いた。父様が私の方を見た。そして、語りかけた。
「レティ。俺と行こう。この国を出て、帝国へ行こう。そしたら、王家も追っては来ない。俺は……、リョウを守れなかったが、おまえをリョウのかわりに守りたいんだ……」
この国を出て帝国へ行く? それもいいかもしれない。そうね、いずれはそうしたい。でも、今じゃない。
「わたしは行けない。やらないといけないことがあるの」
誘いを断られた父様は、顔をゆがめてうつむいた。
私は、言葉を続けた。
「父様も、まだ、どこにも行っちゃだめだよ。だいたい、母様はどうするの?」
大げんかしていた。出て行ってって言われてた。
「彼女とは別れたよ。昨夜、離婚届を渡された」
ああ、母様は悲しみに耐えられなかったんだ。
もともと、母様が一方的に父様を慕っていた。それに流されるように父様は関係を持ち、一夜の過ちでリョウ君が生まれた。そう話しているのを聞いたことがある。あやまちなんかじゃない。リョウ君は、奇跡だったんだよ。でも、その奇跡は奪われた。
「そう、それなら、父様は勇者の遺産探しに専念できるね」
私がそう言うと、父様はショックを受けたように全身を震わせた。
「遺産なんか、もう、どうでもいい! 俺が、俺が勇者の遺産を探したせいで、リョウが!」
「ちがう!」
私は大声で叫んだ。
「違う! 父様のせいじゃない! 誰かが、リョウ君を殺したの! 本当は私が殺されるはずだったの!」
涙がぽろぽろ零れ落ちた。
そうだよ。私のせいなんだ。責められるのは本当は、私。
「どういうことだ? 殺されたとは?」
驚く父様の隣で、伯父様がいぶかしむように聞いて来た。
私は貴族学園から送られてきたチョコレートの話をした。それを食べたせいで、リョウ君の魔力が暴走し、魔王の魔石が反応してしまったと。
「誕生日のチョコレートは貴族学園の伝統だが……。だが、あれはタンポポ組には送られないはずだ。薔薇組だけの特権だ」
私の話に目を見開いて驚いた後で、伯父様はまばたきをして、冷静に語った。
プレゼントは薔薇組だけ? そういえばチョコレートは薔薇の形をしてた。
「それを見せてくれ。私が調べよう。もしも、それがレティシアの命を狙っていたのだとしたら、王太子との婚約の話が出たことと関係が……」
!
そうだ。私を殺す理由なんて心当たりはなかったけど、もしも、それが王族の政治にかかわることなら。私は巻き込まれたの? そのせいで、リョウ君が?
「誰が送ってきたの? 誰がリョウ君を殺したの?」
震える私の手を、膝の上の猫が慰めるようにぺろぺろ舐めた。
「……わからない。が、やはり、そんな危険があるのならば、クリスと帝国に逃げる方がいいのかもしれない。いくら王家の命令でも、子供の命が優先だ。頼めるか、クリス」
「分かった。すぐに出発しよう。でも、出国許可が」
「辺境伯に頼もう。オリヴィアの時も力になってもらった。あの領地から行けば……」
二人は出国の手順について話し始めた。
「いやよ!」
私は二人の会話をさえぎるように叫んだ。
「このままにはしない! 仕返しするの! リョウ君を殺したやつを、野放しになんかさせない! 」
私の剣幕に驚いた二人は、必死でなだめにかかった。犯人は自分たちが見つける。いつか罪を償わせるからと。
でも、私は譲るわけにはいかなかった。
「いや! 私が復讐するの。リョウ君の仇は私が取るの」
「そんな危険なことを子供がしてはだめだ」
「そうだ。それに、帝国にはオリヴィアがいる。レティは無力な子供だ。安全な場所に逃げよう」
「いやって言ってるでしょ!」
私の話を聞かない伯父様たちに腹が立った。私は立ち上がって叫ぶ。膝の上から、スノウがひらりと床に降りた。
「わたしは、無力な子供なんかじゃない。私には力がある」
腕を伸ばして、スノウをすくって抱き寄せた。出会った時は手のひらサイズだった白猫は、両腕で抱えるほどの大きさになっている。
「ねえ、スノウ。伯父様たちに本当の姿を見せて。私の契約獣、光の精霊王の姿を!」
白猫は銀色の瞳をきらりと光らせて、驚く二人の伯父の前で変身を解いた。
光り輝く銀色の精霊王。6枚の羽根を広げて宙に浮かぶ美しい男性の姿で、ルシルは私に向って笑った。
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