11 / 70
第1部 貴族学園編
11 冒険者ギルド
しおりを挟む
翌日、貴族学園のスパルタ式教育をこなした後で、私とリョウ君はメイドと一緒に冒険者ギルドに寄ることにした。人生初のギルド。リョウ君は朝からそわそわしている。
「いよいよだね。ぼく、わくわくする。父様みたいな冒険者がいっぱいいるかな?」
「うーん。父様と同じSランク冒険者は、世界に3人しかいないんだって」
「そうなんだ。でも、勇者様も冒険者だったんだよ! ギルドを作ったのも勇者様だって。嬉しいな。冒険者ギルドに行くのって、勇者様にちょっとだけ近づいたみたいだよ」
無邪気に喜んでいるリョウ君に、昨日、母様から聞いた話を思い出して憂鬱になる。
冒険者ってそんなにいいものじゃないみたい。この国ではダンジョンにしか出ない魔物を、わざわざ倒しに行くんだよ。当然、死ぬ危険もある。そんな仕事をするのは、一攫千金を狙う貧乏な命知らずばかりで、気性が荒い人の集まりだっていうのが貴族の考え。だから、貴族の依頼を受けられるAランクになるには、礼儀作法を学ぶ必要がある。さらに、Sランクになるには、礼儀作法に加えて、知識、教養、高い魔力が必要だ。父様は貴族を辞めたけど、貴族だったからこそSランクの素養があった。どんなに実力があっても教養がなかったらBランクで止まってしまう。
そして、そのBランク以下の冒険者は、ならず者に近いっていうのが母様の意見。人一倍人間嫌いの母様には、雇っていいのはAランク冒険者だけと言われたけど……。
「レティシア様、こちらです」
考え込んでいると、いつの間にか馬車はギルドの前に着いていた。
メイドのメアリに抱っこされて馬車から降りた。王都の職人街の外れにあるギルドの建物は、実用性重視の装飾のない四角い箱型だ。
「姉さま」
不安そうなリョウ君の手を強く握って、メアリに続いてドアをくぐった。
事前に連絡をしていたので、貴族の対応に慣れている中年の副ギルド長がロビーの一角の応接コーナーで対応してくれた。5歳の子供だけど、一応男爵家だからか、とても丁寧にもてなしてくれる。
「なるほど、貴族学園の運動会の護衛役ですか」
「うん、僕たちの契約獣を探しに行く予行演習だよ」
「そうですね、しかし」
浮かない顔の副ギルド長は、私たちの依頼に首を横に振った。
「申し訳ありません。王都ギルド所属のAランク冒険者は、1年前から予約が入っています」
ああ、やっぱりそうか。Aランク冒険者って、あまりいないんだよね。当然、争奪戦があっただろうし。
「じゃあ、Bランクの人は?」
リョウくんの質問に、副ギルド長はまた首を振った。
「貴族学園の来園許可はAランク冒険者にしか出ておりませんので、Bランク冒険者は園に入れないと思います」
「そんな」
ああ、やっぱりこうなった。母様の話を聞いていて、嫌な予感がしたんだよね。でも、じゃあ、どうする? 護衛役なしで出場する?
「それじゃ、父様を呼んでくれますか? ぼくの父様は、クリストファー・ゴールドウィンです。Sランク冒険者です!」
「ええっ!」
リョウ君の発言に、お茶を持ってきてくれた受付の女の人が、大声で悲鳴を上げた。
「うそっ! クリス様の子供! やだ!」
「えっ!? 紫眼のクリス様の! きゃ、どの子、どの子? 見たい!」
「あの子たちが?! えぇ、なんだ、全然似てない」
「うそ、クリス様の子だっていうのに、その程度? 母親が残念なのね」
「それなら私の方がいい女なのに。ちょっと、今からでもいけるんじゃない」
冒険者の女性や受付嬢が、好き勝手に言っている。全部丸聞こえだ。
「すみません。失礼なことを……。ここは、あまり、お貴族様の来られるような場所ではないので」
副ギルド長はたしなめるような視線を女性たちに送って、困ったような顔で私達を見た。
「いえ、気にしませんから」
仕方なく、私がフォローすると、隣でリョウ君は、ばっと立ち上がった。
「みんな、ぼくよりも父様のことを知ってるんだ。ねえ、副ギルド長さん、父様は今どこにいるの? 僕の運動会に来てほしいんだ。帰ってくるように言ってよ」
「申し訳ございません。クリス様は、その、連絡をせずに1人で遠方に行かれることがよくありますので、どこかのギルドに立ち寄ることがあれば、ギルド職員から知らせてもらうことはできますが……。先月は、勇者が魔王を倒したと言われる洞窟に行くようだと東支部のギルドから知らせがありました」
「そうなんだ」
しゅんとなって、リョウ君は椅子に腰かけた。
その間にも、応接コーナーのまわりには冒険者があふれて、こっちを覗きながら、好き勝手にしゃべっている。
「クリスの野郎、俺の彼女を取っておいて、他の女と子供を作っていただと?」
「お前の女はクリスに相手にされてなかったじゃないか。この子供は品があるから、きっと相手は貴族だな」
「ええぇ。結局クリス様も身分が大事ってこと? 私の方がいい女よ。ずるいわ」
中にはけっこう卑猥な冗談を言う声も聞こえて来て、リョウ君の耳をふさぎたくなった。こんなところ、長くいちゃダメだ。
「もう、帰ろう。リョウ君」
リョウ君の手を引っ張って、メイドに合図してギルドを出ようとした。
「あの、副ギルド長さん」
でも、リョウ君は立ち止まって、副ギルド長の目をじっと見てから頭を下げた。
「ぼくも、将来冒険者になります。勇者の遺産を父様が見つけられなかったら、ぼくが必ず見つけます。その時は、よろしくお願いします」
頭をあげた時には、いつもの笑顔になっていた。
「帰ろう。姉さま」
「……うん」
真っすぐにこっちを見てくるキラキラした紫の目に、私は一瞬、言葉を失った。
ああ、いいな。私の弟。かわいくて、強い。
運動会の護衛役は、どこで見つけたらいいのか分からないけど、絶対、リョウ君を勝たせてあげたい。
必ず、姉さまが何とかするからね。
「いよいよだね。ぼく、わくわくする。父様みたいな冒険者がいっぱいいるかな?」
「うーん。父様と同じSランク冒険者は、世界に3人しかいないんだって」
「そうなんだ。でも、勇者様も冒険者だったんだよ! ギルドを作ったのも勇者様だって。嬉しいな。冒険者ギルドに行くのって、勇者様にちょっとだけ近づいたみたいだよ」
無邪気に喜んでいるリョウ君に、昨日、母様から聞いた話を思い出して憂鬱になる。
冒険者ってそんなにいいものじゃないみたい。この国ではダンジョンにしか出ない魔物を、わざわざ倒しに行くんだよ。当然、死ぬ危険もある。そんな仕事をするのは、一攫千金を狙う貧乏な命知らずばかりで、気性が荒い人の集まりだっていうのが貴族の考え。だから、貴族の依頼を受けられるAランクになるには、礼儀作法を学ぶ必要がある。さらに、Sランクになるには、礼儀作法に加えて、知識、教養、高い魔力が必要だ。父様は貴族を辞めたけど、貴族だったからこそSランクの素養があった。どんなに実力があっても教養がなかったらBランクで止まってしまう。
そして、そのBランク以下の冒険者は、ならず者に近いっていうのが母様の意見。人一倍人間嫌いの母様には、雇っていいのはAランク冒険者だけと言われたけど……。
「レティシア様、こちらです」
考え込んでいると、いつの間にか馬車はギルドの前に着いていた。
メイドのメアリに抱っこされて馬車から降りた。王都の職人街の外れにあるギルドの建物は、実用性重視の装飾のない四角い箱型だ。
「姉さま」
不安そうなリョウ君の手を強く握って、メアリに続いてドアをくぐった。
事前に連絡をしていたので、貴族の対応に慣れている中年の副ギルド長がロビーの一角の応接コーナーで対応してくれた。5歳の子供だけど、一応男爵家だからか、とても丁寧にもてなしてくれる。
「なるほど、貴族学園の運動会の護衛役ですか」
「うん、僕たちの契約獣を探しに行く予行演習だよ」
「そうですね、しかし」
浮かない顔の副ギルド長は、私たちの依頼に首を横に振った。
「申し訳ありません。王都ギルド所属のAランク冒険者は、1年前から予約が入っています」
ああ、やっぱりそうか。Aランク冒険者って、あまりいないんだよね。当然、争奪戦があっただろうし。
「じゃあ、Bランクの人は?」
リョウくんの質問に、副ギルド長はまた首を振った。
「貴族学園の来園許可はAランク冒険者にしか出ておりませんので、Bランク冒険者は園に入れないと思います」
「そんな」
ああ、やっぱりこうなった。母様の話を聞いていて、嫌な予感がしたんだよね。でも、じゃあ、どうする? 護衛役なしで出場する?
「それじゃ、父様を呼んでくれますか? ぼくの父様は、クリストファー・ゴールドウィンです。Sランク冒険者です!」
「ええっ!」
リョウ君の発言に、お茶を持ってきてくれた受付の女の人が、大声で悲鳴を上げた。
「うそっ! クリス様の子供! やだ!」
「えっ!? 紫眼のクリス様の! きゃ、どの子、どの子? 見たい!」
「あの子たちが?! えぇ、なんだ、全然似てない」
「うそ、クリス様の子だっていうのに、その程度? 母親が残念なのね」
「それなら私の方がいい女なのに。ちょっと、今からでもいけるんじゃない」
冒険者の女性や受付嬢が、好き勝手に言っている。全部丸聞こえだ。
「すみません。失礼なことを……。ここは、あまり、お貴族様の来られるような場所ではないので」
副ギルド長はたしなめるような視線を女性たちに送って、困ったような顔で私達を見た。
「いえ、気にしませんから」
仕方なく、私がフォローすると、隣でリョウ君は、ばっと立ち上がった。
「みんな、ぼくよりも父様のことを知ってるんだ。ねえ、副ギルド長さん、父様は今どこにいるの? 僕の運動会に来てほしいんだ。帰ってくるように言ってよ」
「申し訳ございません。クリス様は、その、連絡をせずに1人で遠方に行かれることがよくありますので、どこかのギルドに立ち寄ることがあれば、ギルド職員から知らせてもらうことはできますが……。先月は、勇者が魔王を倒したと言われる洞窟に行くようだと東支部のギルドから知らせがありました」
「そうなんだ」
しゅんとなって、リョウ君は椅子に腰かけた。
その間にも、応接コーナーのまわりには冒険者があふれて、こっちを覗きながら、好き勝手にしゃべっている。
「クリスの野郎、俺の彼女を取っておいて、他の女と子供を作っていただと?」
「お前の女はクリスに相手にされてなかったじゃないか。この子供は品があるから、きっと相手は貴族だな」
「ええぇ。結局クリス様も身分が大事ってこと? 私の方がいい女よ。ずるいわ」
中にはけっこう卑猥な冗談を言う声も聞こえて来て、リョウ君の耳をふさぎたくなった。こんなところ、長くいちゃダメだ。
「もう、帰ろう。リョウ君」
リョウ君の手を引っ張って、メイドに合図してギルドを出ようとした。
「あの、副ギルド長さん」
でも、リョウ君は立ち止まって、副ギルド長の目をじっと見てから頭を下げた。
「ぼくも、将来冒険者になります。勇者の遺産を父様が見つけられなかったら、ぼくが必ず見つけます。その時は、よろしくお願いします」
頭をあげた時には、いつもの笑顔になっていた。
「帰ろう。姉さま」
「……うん」
真っすぐにこっちを見てくるキラキラした紫の目に、私は一瞬、言葉を失った。
ああ、いいな。私の弟。かわいくて、強い。
運動会の護衛役は、どこで見つけたらいいのか分からないけど、絶対、リョウ君を勝たせてあげたい。
必ず、姉さまが何とかするからね。
12
お気に入りに追加
1,451
あなたにおすすめの小説
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は
だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。
私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。
そのまま卒業と思いきや…?
「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑)
全10話+エピローグとなります。
追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて
だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。
敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。
決して追放に備えていた訳では無いのよ?
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
婚約破棄された聖女がモフモフな相棒と辺境地で自堕落生活! ~いまさら国に戻れと言われても遅いのです~
銀灰
ファンタジー
生まれながらに、その身に聖なる女神の力を宿した現人神、聖女。
人生に酷烈たる天命を負った、神と人に献身の奉じを約束した存在――聖女ルールゥは、己の存在意義をそのようなものであると固く信じていたのだが……。
ある日ルールゥは、婚約を結んでいた皇子から婚約破棄を言い渡されてしまう。
曰く、昨今の技術発展に伴い聖女の力が必要とされなくなり、その権威が失墜の一途を辿っているからだという。
罵詈雑言と共に婚約破棄を言い渡されただけではなく――近く、聖女としての責務も解かれると宣告される。
人々に忘れ去られ、天命の意味を失い――ルールゥは追われるように国を後にする。
聖女に寄り添う神獣のミハクを旅の共に、艱難辛苦を乗り越え、住み良い辺境の地を発見し、そこで新たな生活が始まろうとしていたのだが――。
その地で待っていたのは、もふもふな相棒と過ごす、自堕落な生活だった!?
与えられた天命を捨て、心を取り戻し、新たな天命の意味を見出す物語。
働くって、クソです!?
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる