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第1部 貴族学園編

7 幼児教育はハードモード

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「おはよう! リョウ君」
「おはよう! レティシアちゃん」

 貴族学園に通いだしてから、数日が経った。
 母様とは違って、私とリョウ君はタンポポ組ではそれなりの人気者になった。なにしろ、私の友達は、クラスで1番地位と権力を持つ子爵令嬢ルビアナちゃんだもんね。
 リョウ君も、子爵令息のポール君と勇者の話で仲良くなったみたい。勇者の遺産を探すSランク冒険者の父は、子供達のあこがれの存在なんだって。

「ねえ、今日は何して遊ぶ?」
「他にも面白い遊び教えてよ」

 登園するなり、タンポポ組の子供たちに囲まれた。

「おはよう。一緒に遊ぼう」

 リョウ君は、にこにこしてみんなと挨拶している。
 うん、かわいい。我が弟は素直で純粋な5歳児。貴族社会でやっていけるかなって心配だったけど、この調子だと大丈夫だね。姉さまは、大事な弟が笑顔でいることがうれしいよ。

「みなさん! 今日からお勉強が始まりますよ。毎週テストがありますからがんばってね」

 マーガレット先生が、男性を連れて部屋に入ってきた。
 え? テスト?

「お勉強は、国語と算数、地理と歴史、音楽に美術ですよ。それから外国語もしっかり習いましょう。帝国語は必須ですね。そして、契約獣を得るためには、体力も必要になります。体育は特にがんばりましょうね。再来月は運動会があるので、その練習もしましょうね。あと、もちろん、礼儀作法の勉強もありますよ。遊ぶ時間は、それが全部終わってからですよ」

 なんと! ここはお勉強系幼稚園ですか? 

 あまりにもハードなスケジュールで、タンポポ組のみんなは、くたくたになった。特に、体育。


「はあ、はあ」

 きつい。きつすぎる。タンポポ組のみんなは、運動場をひたすら走らされている。

「レティシアちゃん、遅れてるぞ! リョウ君は見込みがあるな。よし、もう一周! 走るぞ!」

 体育教師としてやってきた騎士団の青年が、リョウ君と一緒に私を一周追い越して行った。
 私はそれを見送ってから、ふらふらとその場にしゃがみこんだ。
 もう無理。なにこれ? 私は5歳児だよ! 耐久走的な走り込みって必要なの?!

「あら、ふふふ。Sランク冒険者の娘なのに、残念ね。もう脱落なの?」

 マーガレット先生が日傘をさしながら、私の隣に来て笑った。なぜか私はマーガレット先生に嫌われているみたい。

「そんなに体力がないんじゃ、ダンジョンで契約獣を見つけられませんよ。しっかりなさい」

 あう。ダンジョン……。
 この貴族学園は契約獣を見つけるための教育機関として作られたんだって。だから、ダンジョンに入るための体力づくりが基本だ。でも、ルビアナちゃんもアニータちゃんも、なんでこんなに体力あるの? いやいや、私がなさすぎるの? 双子ってことになってるけど、リョウ君は私より一回りは大きい。私が小さすぎるんだけどね。そして体力もなさすぎる、私って。

 マーガレット先生に何も言い返せずに、ふらふらと運動場の横の休憩所へ移動して、コップの水を飲んだ。今日は暑いから熱中症に注意しなきゃね。

 はあ、生き返る。ぬるい水を飲んで呼吸を落ち着けてから、走り続ける子どもたちを眺めた。日差しがまぶしいよ。
 1人、2人と脱落者が出る中で、リョウ君はまだがんばって走っている。友達のポール君も。アニータちゃんもいる。すごいなぁ、体力半端ない。

 そして、目の端に映って、どうしても気になってしまうのが、運動場の向こう側に見える園庭のブランコの方だ。見ないようにしてるんだけど、ブランコでずっと遊んでいる子たちがいる。薔薇組は、今はお勉強の時間だよね。だれも注意しないのかな。注意できないんだろうね。

 王太子はブランコがお気に入りで、毎日ほとんどの時間、教室に入らずにブランコで遊んでいる。ご友人の男の子2人と女の子1人も一緒だ。
 
 あーあ、私ものんびりしたいな。でも、この後は礼儀作法の時間だなんて。いやだなぁ。

 体育に続き、礼儀作法でも、私は先生に叱られてばかりだった。ランチタイムの食事作法から、先生への受け答えまで、全てが減点される。私のカーテシーもバランスが悪いんだって。あーもう。どうせ最近まで平民だったんだもん。仕方ないよ。って前世14歳はどこへ行ったって? 体は5歳だもん。できないってば。それに、前世でも貴族の礼儀作法なんて習わなかったもんね。

「姉さま。元気出して」

 耐久走で最後まで残ったリョウ君は、礼儀作法でも担当の先生に褒められている。なんで? リョウ君は、なんでそんなに何でもできるの? 周りの人を見て覚えたって言うけど、見ただけでできるものなの?

 しょんぼりしているとリョウ君が私の頭をなでてくれた。ああもう、私が姉さんなのに。情けないよ。

 たくさん叱られて、くたくたになった授業が終わって、リョウ君と手をつないでお迎えを待った。タンポポ組の退園時間は薔薇組が帰ってからだ。そういうのは、ちゃんと上級貴族に配慮してるんで、二つのクラスの子が関わることはあまりない。私はそれでよかったと思ってるんだけど、上級貴族とお近づきになるようにって、親に言われている子もいるみたいだ。

「ねえ、レティシアちゃん。王太子様たちはいつもブランコにいるでしょ? 休み時間に私も挨拶しに行ってもいいと思う?」

 私の前に並んでいるルビアナちゃんが、振り向いて聞いてきた。

「え? 王太子様とお近づきになりたいの?」

 やめた方がいいよ。あの王子様はわがままで手に負えなそうだよ。私の心の中の忠告に、ルビアナちゃんは首を振った。

「ううん。側近候補のね、ロレンス様とお話ししたいの。伯爵家の長男だから、婚約するのにいいお相手だって、お母様が言ってるの」

「うぇー、待って、待ってよ。ルビアナちゃん。私達まだ5歳だよ。そういうのは早すぎるよ」

「どうして? 貴族学園で契約獣が決まったら、婚約する人がいっぱいいるんですのよ。いい契約獣が付いたら、上級貴族と結婚することもできるの。今から仲良くしておかなきゃ。今年は女の子が多いから、家柄のいい男の子を捕まえるのは大変だわってお母様が言ってたわ」

「えー、そうなの? 大変だね。貴族は」

 ため息をついて肩をすくめると、隣の列にいるアニータちゃんも会話に加わった。

「なんで? レティシアちゃんも貴族でいるためには結婚しなきゃだめでしょ? いい人見つけた?」

「いや、私は将来平民になるつもりだから、そういうのはいいの」

「えええっ! じゃあリョウ君は」

「ぼくは父様の後を継いで、男爵になるよ」

 そう、リョウ君は男爵になって、領民が一人もいない領地を継ぐのを目標にしている。でも、私は5歳児と婚約する気なんて全くない。将来は魔道具職人になって、平穏な平民生活を送るのが目標なのだ。だから、がんばっているみんなには言えないけど、ダンジョンで良い契約獣を見つけるなんてことにも、あんまり興味はない。

 もう、ほんと、この学園って私には必要ないよ。やめたい。
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