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第1部 貴族学園編

5 勇者の末裔

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『ドラゴンさんがころんだ』っていうのは、前世でいう『だるまさんがころんだ』のことね。だるまさんはこの世界に存在しないから、みんながよく知ってるドラゴンで代用する。勇者が連れていたブラックドラゴンが、子供はみんな大好きだからね。

 私は大きな木に向って立ち、背後の子供たちに向って大声でかけ声を唱えた。

「ドラゴンさーんが、こーろんだ」

 抑揚やリズムをつけて、速さを変えて唱えるのがポイント。
 唱え終わってすぐに、ぱっと後ろを振り向いて、止まれずに動いた子供を手招きする。

 初めての遊びだから、何人も捕まえた。
 私と手をつないだ子供たちは、長い列になって救助を待つ。

「ドラゴーンさんが、ころんだっ!」

 さすが貴族の子。カーテシーとかで鍛えているのかな。体幹がいいから、だんだん上手になってきたよ。じわじわと私の方へ近づいてくる。そして、動きを止めるタイミングもぴったりになった。でも、私にたどり着くまであと少しって所で、

「はい、最後の一人、リョウ君もちょっと動いたよ」

 1回目だから、かなり厳しくチェックしたよ。やったね、全員を捕まえた。みんなが捕まって手をつなぐと、連帯感が生まれて仲良くなれるよね。

「もう一回やろう!」
「もう一回!」
「ぼくもいれて!」

 子供たちがわらわら集まってきた。気分は幼稚園の先生だね。担任のマーガレット先生は、保護者とお茶会してて、園児の面倒なんてみないんだから、もうっ。

 平民の召使い先生が、事故がないように各所で園児を見守っているけれど、貴族の子供の相手をして遊ぶのは難しいみたい。いいよ、先生の代わりにお姉さんがもう一度相手をしてあげよう。っていっても、クラスの中で私が一番背は小さいんだけどね。

「面白そうなことをしてる! 俺たちも仲間に入れて!」

 薔薇組の子供たちがやって来た。その中でひときわ背の高い黒髪の男の子が目立っている。
 黒髪だ! ってことは、もしかしてブラーク辺境伯家のご子息?
 勇者の末裔の? 頭の中で、急いで貴族年鑑をめくって名前を思い出す。

「ごきげんよう。オスカー様」

 オスカー様はブラーク辺境伯爵の三男だ。貴族年鑑でしっかり覚えたもんね。超上級貴族と勇者の末裔関係だけしか覚えてないけど。だって、元日本人としては、やっぱり黒髪黒目って親近感あるしね。

 私の挨拶に続いて、側にいたルビアナちゃんとアニータちゃんたちもお辞儀した。辺境伯は上級貴族だから礼儀は大事。あとの薔薇組の子は? 知らないよ、伯爵家かな?

「ごめんね、みんなで遊んでるのに。俺たちも混ざっていい? 初めて見た遊びだけど、面白そうだよね」

 オスカー様は私をまっすぐに見つめて、それから太陽のようにまぶしい笑顔を見せた。

 なに、この子。すごく、さわやか!
 オスカー様の後ろでワイワイ言っている男の子たちとはなんか種類が違う。キラキラしたオーラがある。黒い瞳が輝いてる。

「えっと、じゃ、もう一回やります。みんな、さっき引いた線の所で並んで! はじめの一歩は、がんばって大きく取ってね!」

 私の呼びかけに、20人ぐらいの子供が線の後ろに並んだ。
 背が高いオスカー様の一歩は大きかった。しかも、鍛えてるのか、変な体勢なのに、ぴくりともせずに止まってる。

「ドラゴンさんがころんだ……アニータちゃんとディヴィット君、こっち来てね」

 動いてしまった子どもの名前を呼んで手をつないだ。
 そしてまた、大きな木にむかって目をつぶって、かけ声を唱える。

「ドーラゴンさんが、こーろんだっ!」

 素早く振り向くと、2、3人があせってぐらついた。ってオスカー様、もうこんなに近くに来たの? めちゃくちゃ早いよ。
 オスカー様の真っ黒な目をじっと見つめても、微動だにしない。仕方なくあきらめて、捕まえた子供とつないだ左手をぶんっと振って、木の幹に顔を向けた。

「ドラゴンーさんーがこーろ……!」

「捕まえた!」

 温かい手が私の左手を包んだ。びっくりして目を開けて見上げると、すぐ近くにオスカー様の顔があった。

「きゃー」
「わーっ」

 歓声をあげながら、捕まえていた子達が私の左手から抜けて逃げていく。
 あ、いけない。

「ストップー!」

 逃げる子たちに向けて大声で叫んでから、まだ私の手を握っているオスカー様の手に、もう一方の手を重ねておいた。

「オスカー様、捕まえました」

 そう言って見上げると、黒真珠のような瞳が私を映していた。

「え? 俺が捕まったの?」

 驚いたようにオスカー様は目を見開いた。

「捕まってる子を救出したら、自分も逃げないといけないんですよ」

 オスカー様は、しまったって顔をして私から手を放して、自分の頭に置いた。
 そして、黒い前髪をかきあげる。

「ああ、もう、失敗したな。じゃあ次は、俺が鬼をやるんだね」

 白い歯を見せて、さわやかに笑ったオスカー様に私は思わず見とれてしまった。
 さっきまで握られていた手が、まだ温かい気がした。

 どうしよう。……かっこいい。

 いやいや、オスカー様は5歳児だよ。かっこいいって何? 何だっていうの? そりゃあ、今は私も5歳だけどっ、前世14歳なんだから、おかしいでしょ?! 5歳児にトキメクなんて。

 我に返ってすごく恥ずかしくなったんで、「ドラゴンさんがころんだ」3回戦からは離脱宣言をして、少し離れた場所まで移動した。


 砂場の横の椅子に座って、みんなと遊んでいるオスカー様をぼうっと見ていると、ルビアナちゃんとアニータちゃんが寄ってきた。

「オスカー様って、かっこいいですわね」

「辺境伯爵家だから、男爵家の私には無理かな。でも、ルビアナちゃんは子爵家だから、いけるんじゃないの?」

「子爵家でも難しいですわ。でも、本当にあの黒い瞳がステキですわね。ね、レティシアちゃん」

「えっ?」

 金髪の子供たちの中で、一人だけ黒髪のオスカー様はとても目立つ。他の子達より頭一つ分、背が高いし。だからつい見てしまう。

「あ、うん。えっと、その。のどが渇いたからお茶を飲んでくる!」

 私は、二人に言い訳して、あわててその場を離れた。

 ああもう、きっと顔が赤くなってる。
 オスカー様をずっと見てたこと、きっと二人にバレてる。
 だって、なんで? 5歳なのに、なんでこんなにイケメンなのよ?!

 恐るべし上級貴族。顔立ちもだけど、身のこなしも、子供なのに小さい騎士って感じで、ついつい見てしまうんだもん!

 前世も今世も男性に対して耐性がない私は、ふらふらしながら保護者のいる中庭のお茶会席の方に逃げて行った。

 母様のフォローもしなきゃいけないしね。
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