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4 赤髪の女の正体は?
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「ここがソフィア様のお部屋です」
不愛想なメイドが私を狭い部屋に案内した。
北向きの窓のある客室だ。
もしかして物置だったのかもしれない。
部屋の中には、平民が使うような粗末な家具が並んでいる。
男爵家での行儀見習い初日。わずかな荷物とともにやって来た私を迎えたのは、態度の悪い執事とメイドだった。そして、赤髪の女。
女はにやりと笑って、運ばれたスーツケースを開けて、床に中身をぶちまけた。
「きゃぁ、何をするのですか、ソフィア様!」
メイドが悲鳴を上げるのにも構わず、赤髪の女は私のドレスを足で踏みつけて、宝石箱から転がり落ちたペンダントを自分の首にかけた。
「部屋が気に入らないからって、いきなり荷物を散らかして暴れるなんて」
「怖いわ。これだから嫌われ者のうそつき令嬢は」
悲鳴を聞いて集まったメイドたちが、口々に私の悪口を言う。彼女たちにも、赤髪の女は「見えない」のね。
「あははは、あなたの味方なんてどこにもいないわよ。私がやったって言ってごらん。うそつき令嬢の言うことなんて、誰も信じないんだからね」
私のドレスをビリビリと破りながら、赤髪の女は大笑いした。
その後も、メイドが運んできた食事は、赤髪の女によって床に投げ捨てられた。メイドたちは「食事が気に入らないってソフィア様が暴れているんです」と男爵に泣きついた。
「乱心したか。おとなしくしていろ」
行儀見習いに来て数日で、私は食事も与えられずに、部屋に鍵をかけて閉じ込められてしまった。
「そんな顔しないで。私は大丈夫よ」
――いつまで我慢すればいい?
そう問いかける護衛騎士のリオンに、私はにっこりと笑いかける。
「あなたと二人きりになれたのだもの。悪いことばかりじゃないわ」
不機嫌そうにドアの外をにらんでいたリオンは、私の言葉に首をかしげる。
「ここは新しい館でしょう? 家具も新品。だから、とても静かで心地いいのよ」
王都のはずれに建てたばかりの男爵家のタウンハウスは、私を煩わせる喧騒から程遠い。
「ねえ、散歩に行きましょう。夜の川辺を歩くのも楽しいわよ」
――お嬢様のお望みなら
「ふふ、楽しみね。あなたと二人で歩いていると、いつも新たな発見があるもの。それに、あなたが私を守ってくれるでしょう?」
部屋の窓を開けて、冷気を吸い込む。2階の窓枠から身を乗り出すと、リオンがふうわりと私を浮かせてくれる。
ゆっくりと、庭先に降り立つ。
私たちは、静かな夜の散歩を楽しんだ。
皆が寝静まったころに、館に戻って来た私とリオンは、音を立てずに階段をのぼる。
主寝室のあたりから話し声が聞こえて来た。
「いつまで幽霊のふりを続けるんだ?」
「だって、面白いんだもん。頭からワインをかけた時の、あの子の顔見た? みんな笑いをこらえるのに必死だったわよ」
「相手は伯爵令嬢だぞ。いくらうそつきで王妃から嫌われていると言っても、子供の頃の話だろう?」
「なあに? ほだされたの? ダメよ。あなたには私だけなんだから。それに、使用人たちもみんなノリノリなのよ。明日はどんないたずらをしてやろうかしらって、アイデアを出してくれるのよ」
「はぁ、ほどほどにしておけよ。俺が男爵でいるためには、貴族の妻が必要なんだからな。あまりいじめるな」
「だって! 悔しいじゃない。私が平民だから結婚できないなんて。ねえ、約束してよ。私たちの子供をあの子が産んだことにして跡継ぎにするって」
「ああ、分かってるって。でも、そのためには、早く子供を作らないとな。さあ、今から仕込んでやるぞ」
「きゃぁ! あ、ん、もう」
顔をしかめるリオンをなだめて、私は彼と二人の部屋に戻った。
あなたたちのたくらみなんて、最初から分かってたわよ。
ありがとう。私と婚約してくれて。
私は彼らに感謝した。
その後も、赤髪の女と召使いによるいたずらは続いた。
私の髪を引っ張り、足を蹴る女を見えないふりでやり過ごすのは難しかった。何よりも、リオンが限界だった。
絶対に彼らには手を出さないでね。
そう命令しているけれど、私が傷つけられることが彼には我慢できないみたいだ。
些細ないたずらが大きくなり、身の危険を感じるころ、ようやく彼がやって来た。
やっとだ。婚姻まで後一月しかない。
不愛想なメイドが私を狭い部屋に案内した。
北向きの窓のある客室だ。
もしかして物置だったのかもしれない。
部屋の中には、平民が使うような粗末な家具が並んでいる。
男爵家での行儀見習い初日。わずかな荷物とともにやって来た私を迎えたのは、態度の悪い執事とメイドだった。そして、赤髪の女。
女はにやりと笑って、運ばれたスーツケースを開けて、床に中身をぶちまけた。
「きゃぁ、何をするのですか、ソフィア様!」
メイドが悲鳴を上げるのにも構わず、赤髪の女は私のドレスを足で踏みつけて、宝石箱から転がり落ちたペンダントを自分の首にかけた。
「部屋が気に入らないからって、いきなり荷物を散らかして暴れるなんて」
「怖いわ。これだから嫌われ者のうそつき令嬢は」
悲鳴を聞いて集まったメイドたちが、口々に私の悪口を言う。彼女たちにも、赤髪の女は「見えない」のね。
「あははは、あなたの味方なんてどこにもいないわよ。私がやったって言ってごらん。うそつき令嬢の言うことなんて、誰も信じないんだからね」
私のドレスをビリビリと破りながら、赤髪の女は大笑いした。
その後も、メイドが運んできた食事は、赤髪の女によって床に投げ捨てられた。メイドたちは「食事が気に入らないってソフィア様が暴れているんです」と男爵に泣きついた。
「乱心したか。おとなしくしていろ」
行儀見習いに来て数日で、私は食事も与えられずに、部屋に鍵をかけて閉じ込められてしまった。
「そんな顔しないで。私は大丈夫よ」
――いつまで我慢すればいい?
そう問いかける護衛騎士のリオンに、私はにっこりと笑いかける。
「あなたと二人きりになれたのだもの。悪いことばかりじゃないわ」
不機嫌そうにドアの外をにらんでいたリオンは、私の言葉に首をかしげる。
「ここは新しい館でしょう? 家具も新品。だから、とても静かで心地いいのよ」
王都のはずれに建てたばかりの男爵家のタウンハウスは、私を煩わせる喧騒から程遠い。
「ねえ、散歩に行きましょう。夜の川辺を歩くのも楽しいわよ」
――お嬢様のお望みなら
「ふふ、楽しみね。あなたと二人で歩いていると、いつも新たな発見があるもの。それに、あなたが私を守ってくれるでしょう?」
部屋の窓を開けて、冷気を吸い込む。2階の窓枠から身を乗り出すと、リオンがふうわりと私を浮かせてくれる。
ゆっくりと、庭先に降り立つ。
私たちは、静かな夜の散歩を楽しんだ。
皆が寝静まったころに、館に戻って来た私とリオンは、音を立てずに階段をのぼる。
主寝室のあたりから話し声が聞こえて来た。
「いつまで幽霊のふりを続けるんだ?」
「だって、面白いんだもん。頭からワインをかけた時の、あの子の顔見た? みんな笑いをこらえるのに必死だったわよ」
「相手は伯爵令嬢だぞ。いくらうそつきで王妃から嫌われていると言っても、子供の頃の話だろう?」
「なあに? ほだされたの? ダメよ。あなたには私だけなんだから。それに、使用人たちもみんなノリノリなのよ。明日はどんないたずらをしてやろうかしらって、アイデアを出してくれるのよ」
「はぁ、ほどほどにしておけよ。俺が男爵でいるためには、貴族の妻が必要なんだからな。あまりいじめるな」
「だって! 悔しいじゃない。私が平民だから結婚できないなんて。ねえ、約束してよ。私たちの子供をあの子が産んだことにして跡継ぎにするって」
「ああ、分かってるって。でも、そのためには、早く子供を作らないとな。さあ、今から仕込んでやるぞ」
「きゃぁ! あ、ん、もう」
顔をしかめるリオンをなだめて、私は彼と二人の部屋に戻った。
あなたたちのたくらみなんて、最初から分かってたわよ。
ありがとう。私と婚約してくれて。
私は彼らに感謝した。
その後も、赤髪の女と召使いによるいたずらは続いた。
私の髪を引っ張り、足を蹴る女を見えないふりでやり過ごすのは難しかった。何よりも、リオンが限界だった。
絶対に彼らには手を出さないでね。
そう命令しているけれど、私が傷つけられることが彼には我慢できないみたいだ。
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やっとだ。婚姻まで後一月しかない。
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