【完結】見えるのは私だけ?〜真実の愛が見えたなら〜

白崎りか

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3 白花草と教会

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「リオン。教会に寄って行きましょう?」

 男爵家からの帰り道、家の手前で馬車を降りて、川沿いの道を歩く。水辺に降りようとする私に、リオンは手を貸してくれようとするけれど、私はその手を取らずに、草の生えた崖を滑るように降りる。

「見つけた」

 小さい白い花が、水際でひっそりと咲いている。
 白花草だ。一年を通して花をつけることから、庶民はこれを墓前に供える。貴族は、温室で育ている白薔薇や白百合を使うのだろうけど。

 花びらを傷つけないように、そっと摘む。手伝おうとするリオンを止める。これは私の仕事だから。

 満足いく大きさの花束を作ると、教会へと歩く。
 王都のはずれにある教会は、7歳のあの日から毎日のように通っている。運が良ければ出会えるかもしれない。今日は水の曜日だから、もしかしたら、きっと……。

 今にも崩れそうな古い建物に入ると、シスターたちが私を歓迎してくれた。彼が来ていると教えてくれる。

 今日は多めに摘んできてよかった。

 教えてくれたお礼だと、シスターたちに一輪ずつ白花草を渡す。彼女たちは嬉しそうに笑った。

「殿下!」

 教会から帰ろうとしている後ろ姿を追いかける。

 主を呼び止める無礼な娘に、側近が目を吊り上げてふり向いた。その隣の王太子様は10年前と同じ、優しい微笑みを見せてくれる。

「やあ、また会えたね。ソフィア」

「あの、これ、どうぞ!」

 私は白花草の花束を王太子様に渡した。

「はぁ?! 死者に手向ける雑草を殿下に贈るとは、なんて失礼な娘なんだ!」

 側近が私の前に立ち、怒鳴りつけるのを王太子様が止めた。

「やめろ。彼女にかまうな」

「しかし! こんな無礼者は」

「いいんだ。……ソフィア、いつもありがとう」

 王太子様は花束を受け取ってから、いたわるように私の手を取った。

「また、荒れているね。良く効くハンドクリームを贈ろう」

「……ありがとう、ございます」

 ちらっと見あげると、王太子様の肩に、女の人があごを乗せている。私と目が合うと、パチパチとまばたきをした。
 ふわふわしたピンク色の髪に水色の瞳は10年前と同じだ。変わったのは、鼻と口から黒い血を流していないこと。すっかり健康な見た目になって、キラキラした眼差しで、王太子様の横顔を愛おしそうに見つめている。白花草の花束を王太子様が持ち上げると、女の人は、大きく口を開けて、ぱくりと白い花びらを食べた。

「婚約が整ったんだって?」

 王太子様は何でも知っている。今日会ったばかりの婚約者のことも、私よりも詳しく知っているだろう。

「はい、ジョージ・クローダン男爵です」

 私が相手の名前を言うと、側近の男が顔をゆがめた。

「はっ、成り上がり男爵か。女を使って敵の情報を得た卑怯者が婚約者になるのか。うそつき令嬢にはピッタリだな」

 バカにしたように笑う側近の男に、私の騎士のリオンが剣を抜く。

「サイラスやめろ。私の側近がすまない。許してくれ」

 王太子様は、リオンに向けて謝罪した。それを受けて、彼はしぶしぶ剣をしまった。

「わたし、しばらくここには来れないかもしれません」

 10年間通った教会には、当分来ることはできないだろう。明日から、婚約者の家で住み込みで行儀見習いをすることになっている。三か月後の結婚式まで待てないらしい。父は厄介者の私を早く追い出したいのだ。

「そうか。では、時間ができたら、君の婚約者に挨拶に行こう」

「!」

「この花のお礼だ。いいね」

 紫色のまっすぐなまなざしに、こくりとうなずく。

「うそつき令嬢なんかのために、成り上がり男爵家に行くなど、殿下、気は確かですか?」

「サイラス。彼女は僕の大切な人だ。婚約相手に挨拶ぐらい構わないだろう?」

「王妃様に言いつけますよ」

「それは、やめてほしいな」

 困ったように微笑む王太子様の肩の上から、ピンク髪の女性がにらみつけると、サイラスの茶色い髪がぶわっと揺れた。彼は、寒くてたまらないというようにぶるっと身震いする。

「殿下、もう帰りましょう。ここは寒いです。風邪をひかれたら、王妃様からおしかりを受けますよ」

「そうだね。それじゃあ、ソフィア。また、ね」

「はい。エドワード殿下」

 私はお辞儀をして、王太子様を見送った。
 パチパチとまばたきをして私をじっと見つめてから、ピンク髪の女の人も王太子様の背中にくっついて帰っていく。

 この10年間、捧げ続けた白花草のおかげで、彼女はとても力のある存在になった。王太子様の望みが叶う日も近いだろう。

 王太子様は、王妃の実の息子ではない。それは誰もが知っているけれど、決して口には出せない真実。17年前、ドレス姿でパーティに出席した王妃は、昨夜自分が産んだのだと言って、赤子を見せびらかしたそうだ。建国王と同じ銀色の髪と紫の瞳をした赤子だった。ごく稀に王族の血をひく者に誕生する奇跡の紫の瞳。国王は自分の息子だと認めた。
 その数ヶ月前に、妊娠した国王の愛人が行方不明になっていた。彼女は、ピンク色の髪に水色の瞳をしていたそうだ。

 無力な国王は、宰相の傀儡だ。宰相と彼の娘の王妃に逆らえる者はこの国にはいない。  子ができなかった王妃は、国王の愛人を誘拐して監禁し、産まれた赤子を奪ったのだ。そして、自分が産んだことにした。パーティで赤子が披露された翌日、愛人の遺体が見つかった。

 王妃は、美しく育った王太子にひどく執着している。甥のサイラスに王太子を監視させ、彼の行動を制限した。もっとも、サイラスは、出来が良くない不真面目な側近で、仕事をさぼってばかりだけど。


「私達も帰りましょう、リオン」

 ブラザーとシスターたちに見送られて、私とリオンも教会を後にした。
 若いシスターは、私の護衛騎士にうっとりと見とれている。
 黒い髪に青い瞳をした長身のリオンは、婚約者の男爵と少しだけ似ている。でも、私の大切な騎士の方が、ずっとかっこいい。

 彼が微笑みを見せるのは、私だけなのよ。

 ちょっとだけ優越感を感じながら、大切な騎士と並んで歩いた。
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