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28 茶色に変えて
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「見た物の色に染めることができるんですよね」
マーサと一緒に糸を売りに行ったら、アンドリューさんに大歓迎されて、別室に案内された。
「貴族のご令嬢から、刺繍糸の注文が入っているのです。自分の髪色とそっくりの糸が欲しいとのことですが、見つからなくて困っていたところです」
アンドリューさんが言うには、婚約者に自分の髪色の物を贈ることが、貴族の間で流行しているそうだ。つまりは、私にその令嬢をこっそり盗み見て、糸を染色してほしいってこと。
いつもの10倍の金額を提示されて、私はすぐに頷いた。店員に紛れて、こっそり髪色を見て、その場で糸を染めれば良い。そう言って、マーサが私に渡したのは、茶色のウィッグだった。
「伯母さん! なんて失礼なことを! 申し訳ありません」
アンドリューさんは、血相を変えて土下座した。
貴族は髪色を誇りに思っているから、平民の茶色を身につけさせることは最大の侮辱にあたるそうだ。
でも、私は色なしとして育ったから、そんな特権意識はなかった。むしろ、少しわくわくした。
マーサから渡された茶色いのウィッグをかぶって、鏡の前に立った。
「! 私、平民になったみたい!」
もちろん、目は銀色のままだけど、茶色の髪色になった私は、全く別人のように見えた。
「こういうのもありますよ」
続いて、マーサは灰色のガラスの入った眼鏡を渡してくれた。
すぐに、それもかけてみる。
鏡に映るのは、いつも見慣れた自分じゃなかった。
「伯母さん! なんて物を勧めるんですか! お嬢様は貴族なんですよ」
「別に本人が気にしてないんだから、いいんじゃない? まあ、でも、お嬢様の美しさは、こんなものではごまかせないねぇ」
「それは、たしかに。茶色をまとっても、とても平民には見えませんね」
大きな丸い眼鏡は不格好だったけど、色なしじゃなくなったみたいで、楽しくなる。
鏡をじっと見つめる。これをつけていると、私は、後ろ指をさされることはなくなるの?
平民のふりをして、街を歩くこともできる?
「ダメですよ。お嬢様。こんなに綺麗な女の子が一人で歩いていると誘拐されますからね。平民だと思われたら、不埒な輩が近寄ってきます」
使用を制限されてしまった。
でも、店員のふりをして、こっそりと糸を染色するのは、すごく緊張した。
だって、その令嬢の一人が、ブリーゼさんだったから。
「私の色の糸は用意できてるの?」
「友達も連れて来てあげたわ。学園祭までに飾りひもを作って婚約者に贈るのよ」
「あと、2週間しかないのよ。さっさと出しなさいよ」
水色、桃色、緑色。
貴族ならではの髪色の三人の令嬢が、アンドリューさんに命令していた。
私は接客員の後ろに隠れながら、こっそりと眼鏡をずらして、手の中の糸を染め上げる。
学園祭で、婚約者に飾りひもを渡すのが流行してるみたいね。
「メイドにいくつか作らせたんだけど、どれもいまいちなのよね。私の髪色と微妙に違ってるの」
「この店には、全く同じ色があるって本当でしょうね」
「私のこの美しい緑色とそっくり同じものを出しなさいよ。ギルベルト様の青髪を飾るのは、私の緑色よ」
店員にそっと糸を手渡して、こっそりと部屋を出て行く。
気づかれなかったよね。どうせ、貴族の令嬢は平民の顔なんて見ようともしないんだから。
隣室に行ってからも、ブリーゼさんたちの声が響いていた。
「このブローチ、いいでしょう? ギルベルト様にもらったのよ。私は、とっても愛されているの。このリボンもね、ギルベルト様の色よ。ほら、きれいな青。 私には青色だけを身に着けてほしいんですって。ギルベルト様の愛が重くって、困ってしまうわ」
「全身、青色で素敵だわ。さすがは、未来の青の公爵夫人ね」
「毎日、遅くまで、ギルベルト様の生徒会が終わるのを待ってるんでしょう? ブリーゼ様は、とっても献身的なのね」
「まあ、うふふ。ギルベルト様はね、いつも私を心配してくれて、待たずに帰るようにって言ってくれるのよ。私と早く結婚したいんですって」
「本当に仲が良い婚約者同士で、うらやましいわ」
「そうなのよ。最近は、ギルベルト様ったら、ずっと私のことを見ててくれるのよ。前みたいに、他の女生徒と話をすることもなくなったしね」
ブリーゼさんはギルお兄様とずっと一緒に過ごしているんだ。
私には、契約結婚って言ったのに。
子供を生ませて閉じ込めるなんて、ひどいことを言ってたのに。
本当は、プレゼントを贈り合う仲の良い婚約者同士だったの? どういうこと? もしかして、お兄様は、私に嘘をついているの?
もう、わけが分からなくなった。
二人の結婚をやめさせなきゃいけないって思ったけど。
でも、二人はうまくやってるんじゃない?
ブリーゼさんはとても意地悪だけど、ちゃんと友達もいる。
もしかして、意地悪するのは私にだけ?
私が不吉な色なしで、お兄様に迷惑をかけているから。
だったら、私さえお兄様の前から消えればいいんだ。私が邪魔者なだけだったんだ。
そうね……。
三人の令嬢は、渡された糸に満足して帰って行った。
アンドリューさんからは、最初に提示された額よりもたくさんの金貨をもらえた。
マーサと一緒に糸を売りに行ったら、アンドリューさんに大歓迎されて、別室に案内された。
「貴族のご令嬢から、刺繍糸の注文が入っているのです。自分の髪色とそっくりの糸が欲しいとのことですが、見つからなくて困っていたところです」
アンドリューさんが言うには、婚約者に自分の髪色の物を贈ることが、貴族の間で流行しているそうだ。つまりは、私にその令嬢をこっそり盗み見て、糸を染色してほしいってこと。
いつもの10倍の金額を提示されて、私はすぐに頷いた。店員に紛れて、こっそり髪色を見て、その場で糸を染めれば良い。そう言って、マーサが私に渡したのは、茶色のウィッグだった。
「伯母さん! なんて失礼なことを! 申し訳ありません」
アンドリューさんは、血相を変えて土下座した。
貴族は髪色を誇りに思っているから、平民の茶色を身につけさせることは最大の侮辱にあたるそうだ。
でも、私は色なしとして育ったから、そんな特権意識はなかった。むしろ、少しわくわくした。
マーサから渡された茶色いのウィッグをかぶって、鏡の前に立った。
「! 私、平民になったみたい!」
もちろん、目は銀色のままだけど、茶色の髪色になった私は、全く別人のように見えた。
「こういうのもありますよ」
続いて、マーサは灰色のガラスの入った眼鏡を渡してくれた。
すぐに、それもかけてみる。
鏡に映るのは、いつも見慣れた自分じゃなかった。
「伯母さん! なんて物を勧めるんですか! お嬢様は貴族なんですよ」
「別に本人が気にしてないんだから、いいんじゃない? まあ、でも、お嬢様の美しさは、こんなものではごまかせないねぇ」
「それは、たしかに。茶色をまとっても、とても平民には見えませんね」
大きな丸い眼鏡は不格好だったけど、色なしじゃなくなったみたいで、楽しくなる。
鏡をじっと見つめる。これをつけていると、私は、後ろ指をさされることはなくなるの?
平民のふりをして、街を歩くこともできる?
「ダメですよ。お嬢様。こんなに綺麗な女の子が一人で歩いていると誘拐されますからね。平民だと思われたら、不埒な輩が近寄ってきます」
使用を制限されてしまった。
でも、店員のふりをして、こっそりと糸を染色するのは、すごく緊張した。
だって、その令嬢の一人が、ブリーゼさんだったから。
「私の色の糸は用意できてるの?」
「友達も連れて来てあげたわ。学園祭までに飾りひもを作って婚約者に贈るのよ」
「あと、2週間しかないのよ。さっさと出しなさいよ」
水色、桃色、緑色。
貴族ならではの髪色の三人の令嬢が、アンドリューさんに命令していた。
私は接客員の後ろに隠れながら、こっそりと眼鏡をずらして、手の中の糸を染め上げる。
学園祭で、婚約者に飾りひもを渡すのが流行してるみたいね。
「メイドにいくつか作らせたんだけど、どれもいまいちなのよね。私の髪色と微妙に違ってるの」
「この店には、全く同じ色があるって本当でしょうね」
「私のこの美しい緑色とそっくり同じものを出しなさいよ。ギルベルト様の青髪を飾るのは、私の緑色よ」
店員にそっと糸を手渡して、こっそりと部屋を出て行く。
気づかれなかったよね。どうせ、貴族の令嬢は平民の顔なんて見ようともしないんだから。
隣室に行ってからも、ブリーゼさんたちの声が響いていた。
「このブローチ、いいでしょう? ギルベルト様にもらったのよ。私は、とっても愛されているの。このリボンもね、ギルベルト様の色よ。ほら、きれいな青。 私には青色だけを身に着けてほしいんですって。ギルベルト様の愛が重くって、困ってしまうわ」
「全身、青色で素敵だわ。さすがは、未来の青の公爵夫人ね」
「毎日、遅くまで、ギルベルト様の生徒会が終わるのを待ってるんでしょう? ブリーゼ様は、とっても献身的なのね」
「まあ、うふふ。ギルベルト様はね、いつも私を心配してくれて、待たずに帰るようにって言ってくれるのよ。私と早く結婚したいんですって」
「本当に仲が良い婚約者同士で、うらやましいわ」
「そうなのよ。最近は、ギルベルト様ったら、ずっと私のことを見ててくれるのよ。前みたいに、他の女生徒と話をすることもなくなったしね」
ブリーゼさんはギルお兄様とずっと一緒に過ごしているんだ。
私には、契約結婚って言ったのに。
子供を生ませて閉じ込めるなんて、ひどいことを言ってたのに。
本当は、プレゼントを贈り合う仲の良い婚約者同士だったの? どういうこと? もしかして、お兄様は、私に嘘をついているの?
もう、わけが分からなくなった。
二人の結婚をやめさせなきゃいけないって思ったけど。
でも、二人はうまくやってるんじゃない?
ブリーゼさんはとても意地悪だけど、ちゃんと友達もいる。
もしかして、意地悪するのは私にだけ?
私が不吉な色なしで、お兄様に迷惑をかけているから。
だったら、私さえお兄様の前から消えればいいんだ。私が邪魔者なだけだったんだ。
そうね……。
三人の令嬢は、渡された糸に満足して帰って行った。
アンドリューさんからは、最初に提示された額よりもたくさんの金貨をもらえた。
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