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27 青い悲しみ
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侍女教育を受けて、家に帰って宿題をする。それから、マーサと一緒に食事をする。ギルお兄様からは手紙が届くけど、会うことはない。
そんな毎日を過ごしていると、玄関でノックの音がした。
もしかしてリュカ様?
そう思って、ドアを開けたら、
「アリア! どういうことだ! 王女の侍女になるなんて!」
ギルお兄様が立っていた。
久しぶりに会ったお兄様は、とても険しい顔をしていた。
「お兄様?」
今まで、そんな風にどなられたことはない。
びっくりした私は、立ちすくんでしまう。
「侍女として学園に行くなんて。そんなこと、絶対だめだ! アリアは色なしで病弱なんだから、家で静養していないといけないんだ!」
いつもは柔らかく微笑みを浮かべるお兄様が、青い目を険しく光らせて近寄ってくる。
こわい。
大好きなお兄様なのに、なぜかそう思ってしまった。
それに、お兄様の言葉を受け入れることができなかった。
「わたし、色なしだけど、病弱じゃない。だから、学園に行っても大丈夫だし、侍女教育でもほめてもらってるの」
病弱で家にこもってないといけないなんて、そんなことなかった。乳母にそう言われて育ったけど、外に出ても大丈夫だった。髪色を隠す必要はあったけど、買い物にも行けたし、この前は、生まれて初めてお店で食事した。楽しかった。
そう続けたかったけど、唇を指で押さえられる。お兄様の冷たい指先が私の言葉を止めてしまう。
「だめだよ。アリアはそんなことしてはいけないよ。学園はとても危険な場所だ。行く必要なんてない。アリアは今のままでいいんだ。頼むから、僕を不安にさせないでくれ。アリアに何かあったら、生きていけない」
お兄様はいつものように私をぎゅうっと抱き寄せて、髪にキスを落とした。
「王女に無理強いさせられたんだね。かわいそうに。きっとあの方は自分の研究に、色なしのアリアを使おうと思っているんだ。僕が何とかしてあげるから。父に言って、陛下に嘆願してもらおう」
そんなの、だめ。公爵様に迷惑はかけられない。それに、私は、侍女として王宮に行くことが嫌じゃなくなってる。少し、期待しているから。色なしの私にも、できることがあるかもしれないって。
でも、お兄様の青い瞳を見上げると、口が開けなくなる。
言わなきゃいけないのに。こうして、お兄様に迷惑をかけ続けることなんて、ダメなのに。
私は、お兄様に守ってもらわなくても、大丈夫。
ちゃんと言わないといけない。
言いたいの。
「お兄様、あのね。ブリーゼさんのこと……」
私のためにブリーゼさんと結婚しないで。
そう言いたかった。ずっと。
「ブリーゼ嬢? ああ、気にすることはない。今日も、まとわりついて来たけれど、振り払って来た。もしかして、彼女に何かされたのか?」
「それは……、そういうのじゃなくてね」
やっぱり、お兄様はブリーゼさんのことを好きじゃないんだ。迷惑に思ってるの? だったら、結婚なんてしないで。
「お兄様には好きな人と結婚してほしいの。だから、私のための婚約なんて、やめて」
ああ、やっと言えた。心の奥底では、お兄様には誰とも結婚してほしくないって思ってた。だから、好きな人と結婚して、なんて言葉は、今までは言いたくなかった。でも、今なら、お兄様に伝えられる。私よりも大切な人ができてたとしても、それでお兄様が幸せになるのなら。きっと、祝福できる。少しだけ、自分に自信がついた今なら。
私はお兄様の腕の中から逃れて、口角をあげて微笑みを作った。
「お兄様には、愛する人と幸せな結婚をしてほしいの」
「アリア。何を言ってるの?」
でも、お兄様は、心底訳が分からないと言う顔をしていた。
「貴族の結婚とは、後継者を作るための手段だよ。青の公爵家の次代を生むことが、僕の義務だ。結婚は好きな相手とするものではないよ」
そして、面白い話をしたとでもいうように、小さく笑った。
「アリアは純粋でかわいいね。たしかにブリーゼ嬢はいろいろ厄介なところがある令嬢だ。結婚して、子供が生まれれば、別宅に閉じ込めて、外に出さないようにしよう。そのための契約結婚だ」
そんな。
優しいお兄様の口から出てくるなんて、到底信じられない言葉だった。
貴族の義務? 確かに、三大公爵家は後継者を必要としている。広大な領地の結界に魔力を補充できるような跡継ぎは、絶対に必要だ。
でも、そんな……。子供を生ませて閉じ込めるなんて。
そんなひどいことをお兄様が考えているなんて。
「お兄様。ダメです。そんなの。お兄様には幸せになってほしいの」
「幸せ? アリアがこうして僕の側にいることが、一番の幸せだよ」
首を振る私を閉じ込めるかのように、きつく抱きしめて、お兄様は優しくささやいた。
「大切なアリアが、元気に生きてくれることが、心の底からうれしいんだよ。だから、危険なことはしないでほしい。王族の横暴は僕が何とかするからね。病弱で外に出れないって分かってもらえれば、命令も取り消されるだろう」
違う。私は病弱じゃない。
それに、私は……。
お兄様の腕は私の背中にしっかりと回されて、びくともしなかった。
大好きなお兄様。私のことを一番に考えてくれる優しいお兄様。
でも、それなのに……。
なぜ、この腕の中から逃げたいと思ってしまうのだろう。
そんな毎日を過ごしていると、玄関でノックの音がした。
もしかしてリュカ様?
そう思って、ドアを開けたら、
「アリア! どういうことだ! 王女の侍女になるなんて!」
ギルお兄様が立っていた。
久しぶりに会ったお兄様は、とても険しい顔をしていた。
「お兄様?」
今まで、そんな風にどなられたことはない。
びっくりした私は、立ちすくんでしまう。
「侍女として学園に行くなんて。そんなこと、絶対だめだ! アリアは色なしで病弱なんだから、家で静養していないといけないんだ!」
いつもは柔らかく微笑みを浮かべるお兄様が、青い目を険しく光らせて近寄ってくる。
こわい。
大好きなお兄様なのに、なぜかそう思ってしまった。
それに、お兄様の言葉を受け入れることができなかった。
「わたし、色なしだけど、病弱じゃない。だから、学園に行っても大丈夫だし、侍女教育でもほめてもらってるの」
病弱で家にこもってないといけないなんて、そんなことなかった。乳母にそう言われて育ったけど、外に出ても大丈夫だった。髪色を隠す必要はあったけど、買い物にも行けたし、この前は、生まれて初めてお店で食事した。楽しかった。
そう続けたかったけど、唇を指で押さえられる。お兄様の冷たい指先が私の言葉を止めてしまう。
「だめだよ。アリアはそんなことしてはいけないよ。学園はとても危険な場所だ。行く必要なんてない。アリアは今のままでいいんだ。頼むから、僕を不安にさせないでくれ。アリアに何かあったら、生きていけない」
お兄様はいつものように私をぎゅうっと抱き寄せて、髪にキスを落とした。
「王女に無理強いさせられたんだね。かわいそうに。きっとあの方は自分の研究に、色なしのアリアを使おうと思っているんだ。僕が何とかしてあげるから。父に言って、陛下に嘆願してもらおう」
そんなの、だめ。公爵様に迷惑はかけられない。それに、私は、侍女として王宮に行くことが嫌じゃなくなってる。少し、期待しているから。色なしの私にも、できることがあるかもしれないって。
でも、お兄様の青い瞳を見上げると、口が開けなくなる。
言わなきゃいけないのに。こうして、お兄様に迷惑をかけ続けることなんて、ダメなのに。
私は、お兄様に守ってもらわなくても、大丈夫。
ちゃんと言わないといけない。
言いたいの。
「お兄様、あのね。ブリーゼさんのこと……」
私のためにブリーゼさんと結婚しないで。
そう言いたかった。ずっと。
「ブリーゼ嬢? ああ、気にすることはない。今日も、まとわりついて来たけれど、振り払って来た。もしかして、彼女に何かされたのか?」
「それは……、そういうのじゃなくてね」
やっぱり、お兄様はブリーゼさんのことを好きじゃないんだ。迷惑に思ってるの? だったら、結婚なんてしないで。
「お兄様には好きな人と結婚してほしいの。だから、私のための婚約なんて、やめて」
ああ、やっと言えた。心の奥底では、お兄様には誰とも結婚してほしくないって思ってた。だから、好きな人と結婚して、なんて言葉は、今までは言いたくなかった。でも、今なら、お兄様に伝えられる。私よりも大切な人ができてたとしても、それでお兄様が幸せになるのなら。きっと、祝福できる。少しだけ、自分に自信がついた今なら。
私はお兄様の腕の中から逃れて、口角をあげて微笑みを作った。
「お兄様には、愛する人と幸せな結婚をしてほしいの」
「アリア。何を言ってるの?」
でも、お兄様は、心底訳が分からないと言う顔をしていた。
「貴族の結婚とは、後継者を作るための手段だよ。青の公爵家の次代を生むことが、僕の義務だ。結婚は好きな相手とするものではないよ」
そして、面白い話をしたとでもいうように、小さく笑った。
「アリアは純粋でかわいいね。たしかにブリーゼ嬢はいろいろ厄介なところがある令嬢だ。結婚して、子供が生まれれば、別宅に閉じ込めて、外に出さないようにしよう。そのための契約結婚だ」
そんな。
優しいお兄様の口から出てくるなんて、到底信じられない言葉だった。
貴族の義務? 確かに、三大公爵家は後継者を必要としている。広大な領地の結界に魔力を補充できるような跡継ぎは、絶対に必要だ。
でも、そんな……。子供を生ませて閉じ込めるなんて。
そんなひどいことをお兄様が考えているなんて。
「お兄様。ダメです。そんなの。お兄様には幸せになってほしいの」
「幸せ? アリアがこうして僕の側にいることが、一番の幸せだよ」
首を振る私を閉じ込めるかのように、きつく抱きしめて、お兄様は優しくささやいた。
「大切なアリアが、元気に生きてくれることが、心の底からうれしいんだよ。だから、危険なことはしないでほしい。王族の横暴は僕が何とかするからね。病弱で外に出れないって分かってもらえれば、命令も取り消されるだろう」
違う。私は病弱じゃない。
それに、私は……。
お兄様の腕は私の背中にしっかりと回されて、びくともしなかった。
大好きなお兄様。私のことを一番に考えてくれる優しいお兄様。
でも、それなのに……。
なぜ、この腕の中から逃げたいと思ってしまうのだろう。
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