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26 金の糸
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「しょっぱい」
私の頬をなめたリュカ様は、そう言って顔を放した。
「!……」
びっくりした。
リュカ様の黄金の瞳が怪しく光って、私を見る。
「な、な」
なにするんですか!
そう言って怒りたかったのに、口は開かないし、体に力も入らない。心臓だけが、まわりに音が聞こえそうなぐらい、ドキドキと鼓動を打っている。
しばらくの間、私達は無言で見つめ合ったけれど、ふいにリュカ様が笑い出した。
「ふっ、ははは。人の涙なんて初めて舐めたけど、別においしいものじゃないね」
「え?」
「ごめんって。ちょっとふざけただけだよ。あんまりきれいに泣いてるから」
「ふざけ……って」
「うん、さあ、糸もできたし。これはどうやって乾かすの?」
バシャッと大きな音をたてて、リュカ様はバケツの水を捨てた。そして、底に張り付いた糸の塊を持ち上げた。
冷たいしずくが顔にとんだ。
「あ、それは、外に干します」
頬にかかった水を拭うと、熱もすっと引いていく。
この人は、こう言う人だ。
自由に遊びまわってる王子様。
世間での評判通りなんだから。
誤解してはだめ。そうよ。そんなことあるわけない。
私は色なしなのだから。
「え? じゃあ、今すぐ使えないの?」
「はい、乾いてからじゃないと、くっつくので。あの、糸ができたら王宮にお持ちします?」
「うーん。すぐに金色の糸が欲しいんだけどな」
「あ、それなら」
気まずい空気を振り払いたくて、私は、さっと立ち上がって、裁縫箱を取りに行く。
中には、金色の糸が残っている。
良かった。これだけは売らずに取っておいて。
「ああ、これこれ。もらっていい?」
「もちろんです。リュカ様の色なので、あ」
リュカ様の手が裁縫箱の中から、金色の糸束をつまんで取り出した。それと一緒に青い糸も。
青い糸を目で追った私を見て、リュカ様は何も言わずにそれを裁縫箱に戻してくれた。
「他の色の糸はどうしたの?」
「薔薇色の糸は、全部売りました」
薔薇の色に染めた魔物蟹の糸は、良い値段で売れた。売る前に、アンドリューさんがいくつかの実験をしたらしい。普通に縫うことができるのかとか、色落ちしないかとか。
私が刺繍をしたら、薔薇の香りがしたけれど、他の人の刺繍ではそんなことはなかった。色が変わることもなかった。
最高品質の珍しい刺繍糸として、高値で売れたそうだ。大人気なので、もっと持ってきてほしいって。
「そうか。俺も、アリアちゃんの刺繍したハンカチが欲しかったんだけどな」
「私の刺繍なんて。王宮にたくさんいるお針子さんには、かないませんから」
「そうかな? でも、アリアちゃんの刺繍は特別だから」
特別。そう言ってもらえると嬉しいけれど。
薔薇の匂いや治癒の効果のある刺繍は、確かに珍しいけれど、香水やポーションで置き換えられるのに。
「今度、俺にも作ってよ」
「はい。そんなものでよかったら。いつもいただいてばかりなので。あ、あの、髪飾りもありがとうございます。リュカ様のお金で買ったって」
「ああ、気にしないで。アリアちゃんは、金色を身につけるといいよ」
「はい。ルルーシア様の侍女だって分かってもらえるからですよね。助かります」
「うーん、まあ、そういう意味じゃないんだけどね」
リュカ様はふんわりと笑った。
その後、マーサが来て、リュカ様が持ってきてくれた食事を温めてくれて、二人で食べた。
ほとんどは、リュカ様のお腹に入ったけれど、私も少しずつ食べる量が増えてきた。
「狩りに行くから、残念だけど、しばらく来れない」
そう言って、リュカ様が帰った後、裁縫箱を片付けていると、髪が顔にかかった。耳にかけようとしたら、その感触がさっき干したばかりの魔物蟹の糸みたいだなって思った。
もしも、糸と同じように、私の髪も染めることができたなら……。
裁縫箱を開けて、青い糸を取り出す。
お兄様の青色。お母様と同じ公爵家の青。
水の魔力が私にもあるって分かったのだけど、
――もしも、私にこの青があったなら
髪に触りながら、心の中で願う。
「ふふ、ばかみたい」
私の髪は銀色のまま。染まることはない。
貴族の髪色は生まれた時から変わらない。染めることなんてできない。私は一生無色のままだ。
でも……。
それでも、水の魔力があるって言ってくれた。
それがほんの少しでも。
両親と同じ魔力を持っていることが、うれしくてたまらなかった。
教えてくれたリュカ様に感謝した。
リュカ様って、とてもいい人なのかも。
ちょっと強引で、自分勝手なところはあるけれど。
いつもおいしいお菓子を持ってきてくれるし、勉強も教えてくれる。
魔物蟹の巣も、取り除いてくれたし。
それに……。
リュカ様の唇が触れた頬に手を当てる。
……ううん、やっぱり、勝手な人よ。
お兄様とは全然違うんだから……。
私の頬をなめたリュカ様は、そう言って顔を放した。
「!……」
びっくりした。
リュカ様の黄金の瞳が怪しく光って、私を見る。
「な、な」
なにするんですか!
そう言って怒りたかったのに、口は開かないし、体に力も入らない。心臓だけが、まわりに音が聞こえそうなぐらい、ドキドキと鼓動を打っている。
しばらくの間、私達は無言で見つめ合ったけれど、ふいにリュカ様が笑い出した。
「ふっ、ははは。人の涙なんて初めて舐めたけど、別においしいものじゃないね」
「え?」
「ごめんって。ちょっとふざけただけだよ。あんまりきれいに泣いてるから」
「ふざけ……って」
「うん、さあ、糸もできたし。これはどうやって乾かすの?」
バシャッと大きな音をたてて、リュカ様はバケツの水を捨てた。そして、底に張り付いた糸の塊を持ち上げた。
冷たいしずくが顔にとんだ。
「あ、それは、外に干します」
頬にかかった水を拭うと、熱もすっと引いていく。
この人は、こう言う人だ。
自由に遊びまわってる王子様。
世間での評判通りなんだから。
誤解してはだめ。そうよ。そんなことあるわけない。
私は色なしなのだから。
「え? じゃあ、今すぐ使えないの?」
「はい、乾いてからじゃないと、くっつくので。あの、糸ができたら王宮にお持ちします?」
「うーん。すぐに金色の糸が欲しいんだけどな」
「あ、それなら」
気まずい空気を振り払いたくて、私は、さっと立ち上がって、裁縫箱を取りに行く。
中には、金色の糸が残っている。
良かった。これだけは売らずに取っておいて。
「ああ、これこれ。もらっていい?」
「もちろんです。リュカ様の色なので、あ」
リュカ様の手が裁縫箱の中から、金色の糸束をつまんで取り出した。それと一緒に青い糸も。
青い糸を目で追った私を見て、リュカ様は何も言わずにそれを裁縫箱に戻してくれた。
「他の色の糸はどうしたの?」
「薔薇色の糸は、全部売りました」
薔薇の色に染めた魔物蟹の糸は、良い値段で売れた。売る前に、アンドリューさんがいくつかの実験をしたらしい。普通に縫うことができるのかとか、色落ちしないかとか。
私が刺繍をしたら、薔薇の香りがしたけれど、他の人の刺繍ではそんなことはなかった。色が変わることもなかった。
最高品質の珍しい刺繍糸として、高値で売れたそうだ。大人気なので、もっと持ってきてほしいって。
「そうか。俺も、アリアちゃんの刺繍したハンカチが欲しかったんだけどな」
「私の刺繍なんて。王宮にたくさんいるお針子さんには、かないませんから」
「そうかな? でも、アリアちゃんの刺繍は特別だから」
特別。そう言ってもらえると嬉しいけれど。
薔薇の匂いや治癒の効果のある刺繍は、確かに珍しいけれど、香水やポーションで置き換えられるのに。
「今度、俺にも作ってよ」
「はい。そんなものでよかったら。いつもいただいてばかりなので。あ、あの、髪飾りもありがとうございます。リュカ様のお金で買ったって」
「ああ、気にしないで。アリアちゃんは、金色を身につけるといいよ」
「はい。ルルーシア様の侍女だって分かってもらえるからですよね。助かります」
「うーん、まあ、そういう意味じゃないんだけどね」
リュカ様はふんわりと笑った。
その後、マーサが来て、リュカ様が持ってきてくれた食事を温めてくれて、二人で食べた。
ほとんどは、リュカ様のお腹に入ったけれど、私も少しずつ食べる量が増えてきた。
「狩りに行くから、残念だけど、しばらく来れない」
そう言って、リュカ様が帰った後、裁縫箱を片付けていると、髪が顔にかかった。耳にかけようとしたら、その感触がさっき干したばかりの魔物蟹の糸みたいだなって思った。
もしも、糸と同じように、私の髪も染めることができたなら……。
裁縫箱を開けて、青い糸を取り出す。
お兄様の青色。お母様と同じ公爵家の青。
水の魔力が私にもあるって分かったのだけど、
――もしも、私にこの青があったなら
髪に触りながら、心の中で願う。
「ふふ、ばかみたい」
私の髪は銀色のまま。染まることはない。
貴族の髪色は生まれた時から変わらない。染めることなんてできない。私は一生無色のままだ。
でも……。
それでも、水の魔力があるって言ってくれた。
それがほんの少しでも。
両親と同じ魔力を持っていることが、うれしくてたまらなかった。
教えてくれたリュカ様に感謝した。
リュカ様って、とてもいい人なのかも。
ちょっと強引で、自分勝手なところはあるけれど。
いつもおいしいお菓子を持ってきてくれるし、勉強も教えてくれる。
魔物蟹の巣も、取り除いてくれたし。
それに……。
リュカ様の唇が触れた頬に手を当てる。
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お兄様とは全然違うんだから……。
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