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19 金色の訪問者
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「お嬢様、朝からお勉強ですか? がんばってますね」
マーサが朝食を届けに来た。
いつもだったらまだ寝ている時間だけど、やる気になった私は、身支度を済ませて机に向かっている。
「学園に入学することになったの。勉強だけでも人並みになりたいから」
「貴族の学園って、どんな勉強をするんですか?」
「国の歴史や礼儀作法とか。詩文と計算も」
「へえ、うちの甥っ子が通った平民学校と同じですね」
掃除をしながら話しかけてくるマーサに、教科書から顔をあげずに答える。
「そうね。少し似てるわね」
違うのは、貴族には魔法の授業があるってこと。
昔は、火、風、水の三大魔法に分かれて研究発表が行われていたそうだ。今ではそれはなくなり、魔石の補充の授業が中心になっている。結界魔道具の魔石に魔力を補充することが、最重要だから。それから、魔物討伐の実技があるみたいだけど。
私は三大魔法は使えないから、魔法以外のことを完璧にしなきゃいけない。
お母様の使っていた教科書には、アンダーラインがあちこちにひいてあって、メモ書きもたくさんある。
お父様の方は、落書きだらけだ。似顔絵がたくさん書いてある。あ、これはお母様の横顔だ。
20年以上前の教科書から、お父様とお母様の授業風景が浮かんでくる。きっと、お父様はお母様のことを、ずっと見つめていたのね。私も、学園に通ったら、クラスメイトと一緒に授業を受けたりできるのかな。
「今日は、この治癒草を売って来たらいいんですね」
今朝摘んだばかりの治癒草を入れたかごを見て、マーサが聞いた。
「そうなんだけど……待って、これもお願い」
裁縫箱から糸を取り出す。
朝日にキラキラ光っている糸。赤に黄色、紫にオレンジ、薔薇の色で染めた魔物蟹の糸だ。
それから、ひときわ輝く金色の糸。
少し迷ったけど、全部かごに入れる。
勉強しなきゃいけないから、刺繍する時間なんてないから。
でも……。
かごの中から、金色の糸を取り除く。
王族の金色を売るのは、やっぱりまずいよね。
いっしょに青い糸も取りだして、裁縫箱に戻した。
「この糸を売って来て」
「魔物蟹の糸に色を付けたんですか? キラキラ光って綺麗ですね。高く売れそうですよ」
染色不可能な魔物の糸にどうやって色を付けたのか、マーサは聞かない。必要ないことには立ち入らず、私の好きにさせてくれる。亡くなった乳母とは正反対の態度に、初めはとまどったけど、今はちょうどいい。
マーサが買い出しに言った後も、私は窓辺の机でお母様の使っていた教科書を読んでいた。礼儀作法は公爵家に行った時に家庭教師から少し習ったけれど、それ以外の勉強はほぼ初めてだった。読み書きと簡単な計算だけは、乳母に教わっていたけれど。私が学園に行くなんて、誰も思ってもなかっただろうから。
お母様のメモを読んでも、意味の分からない言葉がたくさん並んでいる。
私は、本当にだいじょうぶ?
魔法以外も、全部ダメダメじゃない。
「はぁ……」
空になったティーカップを持ってキッチンに向かう。
玄関の方から、がたんと物音がしたと思ったら、悲鳴が聞こえた。
「うわあっ!」
ガサガサと音を立てながら、黒光りする魔物蟹が数匹、一目散に逃げるのが見えた。
「なんだよ、これ。大きすぎだろ。あ、アリアちゃん! カギ開けて」
格子戸から見えるのは、灰色のマントをかぶった背の高い男性。フードを持ち上げると、まぶしい金色の髪が見えた。
え?!
リュカ様?!
急いで、結界石の鍵を解除して、扉を開ける。
「やあ、おはよう。うん、今日もかわいいね」
太陽のようにさわやかにほほ笑むリュカ様を見て、自分の服装を思い出して恥ずかしくなる。
ああ、もう。しわしわの部屋着のワンピース。
王族に会うのにふさわしくない。
っていうか。
うちの家は、王族が来るようなところじゃない!
「どうして? どうして家に?」
「近くまで来たからね。ちょっと寄ってみたんだ」
「ちょっと寄ってって、そんな場所じゃないです。それに、学園は?」
お兄様からは、学園祭の準備で忙しいから会えないって手紙が来ていた。
リュカ様も生徒会の一員じゃないの?
「うーん、さぼり。学園祭のことはギルベルトがやってくれるから任せてる」
「そんなのでいいんですか?」
「いいの、いいの。俺よりも仕事できるのがいっぱいいるから。ああ、あれが治癒草の栽培所? ずいぶん適当に植えてるんだね」
リュカ様は中庭に生い茂る治癒草を指さした。
植えてるんじゃなくて、勝手に生えて来たんです。
特に手入れもしてないのに。
と言おうと思ったけど、リュカ様がどんどん廊下を進むので、駆け足で追いかける。
あ、もう、そっちは寝室!
急いでドアの前に回り込む。
「応接室は向こうです。で、何の御用ですか?」
「うん、妹の侍女になることについてね。君の保護者の許可を取ったよって知らせにね」
「保護者?……あ、わざわざありがとうございます」
ああ、本当は私が手紙を出さなきゃいけないんだった。
叔父一家のことが苦手で、ほとんど連絡は取らなかったから……。
マーサが朝食を届けに来た。
いつもだったらまだ寝ている時間だけど、やる気になった私は、身支度を済ませて机に向かっている。
「学園に入学することになったの。勉強だけでも人並みになりたいから」
「貴族の学園って、どんな勉強をするんですか?」
「国の歴史や礼儀作法とか。詩文と計算も」
「へえ、うちの甥っ子が通った平民学校と同じですね」
掃除をしながら話しかけてくるマーサに、教科書から顔をあげずに答える。
「そうね。少し似てるわね」
違うのは、貴族には魔法の授業があるってこと。
昔は、火、風、水の三大魔法に分かれて研究発表が行われていたそうだ。今ではそれはなくなり、魔石の補充の授業が中心になっている。結界魔道具の魔石に魔力を補充することが、最重要だから。それから、魔物討伐の実技があるみたいだけど。
私は三大魔法は使えないから、魔法以外のことを完璧にしなきゃいけない。
お母様の使っていた教科書には、アンダーラインがあちこちにひいてあって、メモ書きもたくさんある。
お父様の方は、落書きだらけだ。似顔絵がたくさん書いてある。あ、これはお母様の横顔だ。
20年以上前の教科書から、お父様とお母様の授業風景が浮かんでくる。きっと、お父様はお母様のことを、ずっと見つめていたのね。私も、学園に通ったら、クラスメイトと一緒に授業を受けたりできるのかな。
「今日は、この治癒草を売って来たらいいんですね」
今朝摘んだばかりの治癒草を入れたかごを見て、マーサが聞いた。
「そうなんだけど……待って、これもお願い」
裁縫箱から糸を取り出す。
朝日にキラキラ光っている糸。赤に黄色、紫にオレンジ、薔薇の色で染めた魔物蟹の糸だ。
それから、ひときわ輝く金色の糸。
少し迷ったけど、全部かごに入れる。
勉強しなきゃいけないから、刺繍する時間なんてないから。
でも……。
かごの中から、金色の糸を取り除く。
王族の金色を売るのは、やっぱりまずいよね。
いっしょに青い糸も取りだして、裁縫箱に戻した。
「この糸を売って来て」
「魔物蟹の糸に色を付けたんですか? キラキラ光って綺麗ですね。高く売れそうですよ」
染色不可能な魔物の糸にどうやって色を付けたのか、マーサは聞かない。必要ないことには立ち入らず、私の好きにさせてくれる。亡くなった乳母とは正反対の態度に、初めはとまどったけど、今はちょうどいい。
マーサが買い出しに言った後も、私は窓辺の机でお母様の使っていた教科書を読んでいた。礼儀作法は公爵家に行った時に家庭教師から少し習ったけれど、それ以外の勉強はほぼ初めてだった。読み書きと簡単な計算だけは、乳母に教わっていたけれど。私が学園に行くなんて、誰も思ってもなかっただろうから。
お母様のメモを読んでも、意味の分からない言葉がたくさん並んでいる。
私は、本当にだいじょうぶ?
魔法以外も、全部ダメダメじゃない。
「はぁ……」
空になったティーカップを持ってキッチンに向かう。
玄関の方から、がたんと物音がしたと思ったら、悲鳴が聞こえた。
「うわあっ!」
ガサガサと音を立てながら、黒光りする魔物蟹が数匹、一目散に逃げるのが見えた。
「なんだよ、これ。大きすぎだろ。あ、アリアちゃん! カギ開けて」
格子戸から見えるのは、灰色のマントをかぶった背の高い男性。フードを持ち上げると、まぶしい金色の髪が見えた。
え?!
リュカ様?!
急いで、結界石の鍵を解除して、扉を開ける。
「やあ、おはよう。うん、今日もかわいいね」
太陽のようにさわやかにほほ笑むリュカ様を見て、自分の服装を思い出して恥ずかしくなる。
ああ、もう。しわしわの部屋着のワンピース。
王族に会うのにふさわしくない。
っていうか。
うちの家は、王族が来るようなところじゃない!
「どうして? どうして家に?」
「近くまで来たからね。ちょっと寄ってみたんだ」
「ちょっと寄ってって、そんな場所じゃないです。それに、学園は?」
お兄様からは、学園祭の準備で忙しいから会えないって手紙が来ていた。
リュカ様も生徒会の一員じゃないの?
「うーん、さぼり。学園祭のことはギルベルトがやってくれるから任せてる」
「そんなのでいいんですか?」
「いいの、いいの。俺よりも仕事できるのがいっぱいいるから。ああ、あれが治癒草の栽培所? ずいぶん適当に植えてるんだね」
リュカ様は中庭に生い茂る治癒草を指さした。
植えてるんじゃなくて、勝手に生えて来たんです。
特に手入れもしてないのに。
と言おうと思ったけど、リュカ様がどんどん廊下を進むので、駆け足で追いかける。
あ、もう、そっちは寝室!
急いでドアの前に回り込む。
「応接室は向こうです。で、何の御用ですか?」
「うん、妹の侍女になることについてね。君の保護者の許可を取ったよって知らせにね」
「保護者?……あ、わざわざありがとうございます」
ああ、本当は私が手紙を出さなきゃいけないんだった。
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