【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜

白崎りか

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11 色なしの赤子

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「魔法塔から盗んできたのね? 今頃、大騒ぎになってるわよ」

 リュカ様の手の中の白い石を見て、王女様はあきれたようにつぶやいた。そして、「早くやってみせて」とせかした。

「これを握ってくれる? 魔力があるなら色が変わるよ」

「え?」

 リュカ様は私の手の平を開かせて、その上に冷たい石を置いた。
 二人の金色の視線が、手の上の白い石に注がれる。
 私も期待を込めて白い石を見つめた。
 でも、

「白いな」

「無色ね」

 ずきっと胸が痛んだ。無色だってことは知ってるのに。
 でも、魔力もぜんぜんないの?

「うーん、どういうことなんだろう?」

「外に出るほどの魔力はないってことじゃない? 平民と同じよ。生きるのに支障はないけれど、魔法は使えない。ううん、違う。魔法は使えているのよね?」

「そうだ、アリアちゃん、例の糸は持ってきた?」 

 リュカ様は、治癒草の緑に染めた糸を出すように言った。
 ポシェットから出した糸を、王女様は奪うように手に取った。そして、ためらうことなく、机の上にあった小さなナイフで自分の指を傷つけた。

 ぽたり、と緑の糸に赤い血が落ちる。

 でも、糸は緑色のままだ。赤い色は重ならない。糸にはじかれた血は、机の上にそのまま落ちる。

 その様子をじっと観察した王女様は、今度は糸を傷口に近づけた。

「治らないわね」

 王女様は首を振った。そして、興味をなくしたように、机の上にポイと糸を投げ捨てた。

「待ってください!」

 私は急いで、ポシェットからハンカチを取り出した。
 以前と同じように、治癒草の緑の糸で刺繍をしたハンカチだ。
 糸自体には魔力はないけれど、刺繍になら……。

 私からハンカチを受け取った王女様は、刺繍した部分を傷口に当てた。

「あら」

 すっとハンカチをのけて、刺繍の部分をリュカ様に見せる。

「傷が治ったわ。それに、色が変わってる」

 王女様の指の傷跡はなくなり、そして、ハンカチの刺繍部分の緑が真っ白になった。

「すごいじゃないか! 刺繍が治癒の魔法になるなんて」

 リュカ様が笑顔になって、喜んでくれる。
 うれしい!
 私にも魔法が使える。役に立つ魔法が!

 でも、王女様は、

「だけど、それって、初級ポーションと同じよね。むしろ、刺繍する手間を考えると、錬金術で増産できるポーションの方が効率が良いわ」

 と、厳しくて的確な意見を言った。

 ああ、そうか。
 初級ポーション……。
 確かに、そっちの方が使い勝手がいいかも。
 刺繍は無駄に時間がかかるし、小さな傷を治すことができるだけだ。
 初級ポーションの方がずっといい。

 大喜びした自分が恥ずかしくなった。
 やっぱり、私は無価値だった。

「いや、でもさ、アリアちゃんはすごいよ。独特な魔法だよ。糸を染めて、それで刺繍をしたら魔力を含むなんてさ。今までそんな魔法を使える人はいなかっただろう?」

 リュカ様は私を慰めようと、気を使って励ましてくれる。
 でも、私の気持ちはどんどん沈んでいく。
 もうやだ。
 帰りたい。

 王女様はさらに追い打ちをかけた。

「役に立たない魔法よね。水の系統では、水鏡に景色を映す魔法が使える者がいたこともあるそうよ。あと、霧に人影を映す魔法もあったみたいね。それらは、なかなか有用だったのだけど。あなたの、魔物の糸を染色して、魔力を少し充填するってだけじゃね。意味ないわね」

 ずきずき。胸が苦しくなる。
 何の役にも立たなかった。
 やっぱり、私は色なしの役立たず。

 ここで泣いちゃいけないのは分かってるのに、視界が曇ってくる。私は唇をかんで、涙が零れ落ちないように、大きく瞳を見開いた。

「ああ、アリアちゃん、大丈夫? ルルーシア、すこしはアリアちゃんの気持ちも考えろよ」

 リュカ様が胸ポケットからハンカチを取り出して、私の目に当ててくれた。
 きっと高級なシルクのハンカチだ。ひんやりして、すべすべしている。私の端切れで作ったハンカチが恥ずかしい。

「別に、本当のことを言っただけでしょう? それに、魔力があったって、どうせ結界の維持にしか使わないんだから。魔力の種類にこだわることはないわよ。ねえ、ところで、この色を奪った草は、その後はどうなったの? 枯れた?」

 緑色をもらった後の治癒草のことかな?

「いえ、枯れてません。色を奪うって言うよりも、写すって感じなので。だから、薔薇の色を写しても薔薇自体に影響はなかったし、リュカ様も」

「ああ、うん。僕の金色に染めても、魔力に変動はなかったよ。きっと、それはアリアちゃんの魔力を使っているんだよ」

 リュカ様の金色の糸を作った話をしたら、ルルーシア様は分かりやすく顔をしかめた。金色の目がつりあがる。

「どうしてそんな危険なことを? 色なしが魔力を奪うって話を知らないの?」

 『色なしが魔力を奪う』
 子どもの頃に、乳母が読んでくれた物語。
 生まれたばかりの色なしの赤子が、母親や侍女、執事の魔力を次々と奪って殺していくという恐怖小説だ。小説の最後では、館に住む人間を皆殺しにして、亡骸の血をすすって生き延びた赤子の髪が血のように赤く染まる。
 でも、実際には、色なしにそんなことはできない。魔力なしは魔法が使えないから。というか、そもそも、他者から魔力を奪うことなんてできない。荒唐無稽な話。

 偏見に満ちた創作小説は、今では販売禁止になっている。


「ルルーシア。そんな迷信を信じてるわけないだろう? 失礼だぞ」

 リュカ様が厳しい顔で王女を注意したので、少しだけ救われる。

「でも、……そうね、悪かったわ。お詫びに、あなたを私の侍女にしてあげるわ」

 え?

 王女の言葉の意味が分からない。
 侍女? 今、そう言った?

「それはいいね! じゃあ、ルルーシアは来年、学園に入学する覚悟が決まったってことだよね」

「だって、仕方ないでしょう? 義務だもの。ほんっと、学園なんて無駄なんだけど。ああ、アリア、あなたは私の侍女兼学友として入学するのよ。いいわね。ちゃんと準備するのよ」

「それなら、僕の方から学園長に申請しておくよ。あと、アリアちゃんの学力が心配だから、家庭教師も王宮で手配した方がいいかな?」

「マナーの教師もよ。本当に子爵令嬢なの? 礼の仕方も話し方も、全然なってないわ」

「厳しいことを言うなよ。彼女は、髪色のせいで、ろくな教育を受けられていないんだから。それに両親も他界してるんだし」

「でも、一応は子爵令嬢でしょう? 入学するまでに、侍女として恥ずかしくない程度の知識を身に着けるべきね」

 私の意思などないかのように、勝手に決められていく。
 侍女? 私が王女様の? 学園に入学? 色なしの私が?

「ああ本当に、助かったよ。ルルーシアは貴族の侍女をいらないってわがままを言うからさ、学園に入学できないかもしれなかったんだ。王族は安全のために、同学年の学友兼侍女を指名しないといけないんだ。平民は入学できないだろう? アリアちゃんは一応貴族だから、学園の規則も守れるし。ああ、よかった。妹をよろしくね」

 王子の説明は、私をもっと混乱させた。

 この国の貴族は14歳から18歳までの4年間、魔法学園に入学する。私は、魔力なしだから入れないはずだ。でも、王女は私を侍女として連れて行くと言った。侍女としてなら、魔力が足りなくても特別枠で入学できるから?

 なんて、勝手なことを。
 どうして、私を?

 私の気持ちを無視して勝手に決められる。
 学園なんて行きたくないのに。
 色なしの私が行っても、何も得るものなんてないのに。
 どうせ、みんなからバカにされて、笑われるだけなのに……。
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