【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜

白崎りか

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6 黄金の招待状

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 リュカ王子からの招待状が届いたのは、ギルお兄様の誕生会の一週間後だった。

 刺繍途中のハンカチを机に置いて、メイドから受け取った封筒を開けた。
 乳母が昨年亡くなってから、この家で一人で暮らしている。日中は通いのメイドが炊事や洗濯掃除などを手伝いに来るけれど、夜は一人だ。
 貴族令嬢としてはありえない生活だけれど、貧しい子爵家の厄介者の私は、そんな生活にもすっかり慣れた。

 手紙を読み終え、側にある箱をメイドのマーサに渡した。中からガサゴソと音がする。昨夜捕まえた魔物蟹が入っているのだ。

「まあ、大きい。これなら、良いハサミが取れますよ。いつも売ってる糸も太いから、良い値段がつくんですよ」

 マーサは、私が捕まえた魔物蟹や糸を換金して、生活費に変えてくれる。魔物蟹の糸は丈夫で切れないので、大人気なのだ。そして、その切れない糸を切ることができるのは、魔物蟹の足のハサミだけ。だから巨大化した魔力蟹は高値で売れる。

「これを売ったお金で、リボンを買ってきてほしいの。王宮に招待されたから、お母様のドレスを手直しして着て行こうと思って」

 古いドレスでも、リボンを飾れば少しは見られるようになるかもしれない。裾に薔薇色の刺繍をしようかな。そうしたら、王宮に行くのに恥ずかしくないドレスになる?

「まあ、王家の方に会われるのですね。なんて名誉なことでしょう」

 マーサはふくよかな体をゆすって、大げさに喜んでくれた。
 平民の彼女は茶色の髪をしている。生え際には白い髪が混ざっている。
 生涯髪色の変わらない貴族と違って、平民の茶色の髪は年を取ると白髪になるそうだ。それでも、魔力なしの色なしだなんて蔑まれたりなんかしない。平民は、わずかな魔力しか持たず、魔法を使えないのが当たり前だから。

 もしも私が、平民として生まれていたら、誰にも後ろ指さされることなく、幸せに生きられたのかな?

 平民……。
 それもいいかもしれない。もしも、自分で生計を立てられるなら。

「ねえ、マーサ。私の刺繍って売れると思う?」

「え? お嬢様の刺繍ですか? ちょっと見せてくださいね」

 作りかけのハンカチを渡すと、マーサはじっくり見てうなずいた。

「はいはい。とてもお上手ですね。ですが、売れるかどうかは……」

 そうだよね。お兄様は褒めてくれるけど、素人の子供の作品だものね。でもね、私の刺繍には、他にはない特徴があるのよ。

「あら、これ、いい匂いがしますね」

 それに気が付いたマーサが、くんくんと匂いを嗅ぐ。

「薔薇の香りがするでしょう?」

 私は自慢げに言った。
 薔薇の色に染めた糸で刺繍したのだ。
 糸自体は何の匂いもしなかったけれど、刺繍をしたら、ほんのり薔薇の香りがするようになった。
 これなら商品になるんじゃないかな?

「本当にいい匂いですね。香水をつけたんですか?」

 ! 香水!? ……ああ、そうか。香水ね……。

 薔薇の香りがする刺繍なんて珍しい! って喜んでいたけれど、香水をつければ同じになるんだ。
 がっかりだ。
 私にしかできない特別な魔法だって思ったのに。
 香水をつけるだけで、そんなこと誰でも簡単にできるんだ。

 はぁ、やっぱり、私は何の価値もない。無価値の色なしね。

 落ち込んだ私を見て、マーサは取って付けたように、「刺繍の腕が上達しましたね」とお世辞を言ってから、洗濯するために部屋を出て行った。


 ため息をついて、王宮からの招待状をもう一度見つめる。

 5日後、迎えの馬車を送る、とリュカ王子からの命令だ。
 王宮に来て、妹の王女様に会ってほしいそうだ。

 以前、ギルお兄様から聞いたことがある。私と同じ年齢の王女様は、変わり者で人前にはめったに表れないそうだ。城に引きこもって、王女の仕事である浄化もしたことがないなど、あまりいい噂はないみたい。

 リュカ様は、私を王女様に会わせて何がしたいのかな?

 気は進まないけれど、しがない子爵令嬢の私は王族の命令に従うしかない。
 リュカ様は気さくな方で、私の拙いマナーを咎められることはなかったし、むしろ、畏まった話し方を嫌がった。でも、王女様はどうなんだろう?
 マナーの本で、王族への礼儀作法を勉強しておこうかな。

 裁縫用具を片付けようと、魔物蟹の黒いハサミを手に取った。裁縫箱の中には、薔薇色の糸に交じって、ひときわ輝く金色の糸がある。そして、その下には隠すようにしまった青い糸。そっと、その青い糸に触れる。ギルお兄様の青……。
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