4 / 41
4 赤い血が落ちると
しおりを挟む
背丈を超える高さの薔薇が植えられた迷路は、お母様が子供の頃に作らせたそうだ。広くて複雑な迷路には、客人は立ち入れないようにしてある。
ここでなら、一人で思いっきり泣ける。そう考えて、迷路を奥まで進んだけれど、先客がいたようだ。
「ああ。ったく、出口はどこだよ」
ぼやき声とともに、ガサゴソと茂みをかき分ける音が聞こえて来た。無理やり迷路を突破しようとしているみたいだ。
こじ開けられた薔薇の垣根から、顔をかばうように腕を上げた人が出て来た。
黒い袖を肘までまくった腕からは、茨に刺されたのか、一筋の血が伝い、真っ赤なしずくが地面に落ちそうになっている。
──土に血を吸わせてはなりません
すばやく彼に駆け寄って、手に持ったままのハンカチを腕に押し当てたのは、乳母の教えが心に刻まれていたから。
地面に落ちる前に、赤い血はハンカチに吸い取られた。ほっとしながら見上げると、濃い金色が目の前にあった。
見開かれた金色の目が私を見つめている。
精悍な顔立ちの中で光る真昼の太陽のような金色の目。長いまつげまで金色だ。そして、陽光に輝く短い黄金の髪。
王族だ。
私はあわてて、地面にひざまずいた。
「申し訳ありません!」
なんて失礼なことをしてしまったんだろう。
いきなり、腕に触れるなんて。
──土に血を吸われると、魔物に生気を奪われます
乳母の迷信を真に受けて、とっさに動いてしまうなんて。
「顔をあげて、立ってくれ」
王族の男性は、私に手を伸ばした。
「驚かせてごめん。立ち入り禁止の場所に入り込んだ俺が悪いんだ。ハンカチを血で汚させてしまったね」
畏れ多くて震える私の肩に手を置き、男性は私を立ち上がらせた。
「申し訳ございません」
私はもう一度謝ってから、顔をあげた。
ギルお兄様と同じぐらいの背丈。同じぐらいの年齢の男の人。
輝く金髪を短く切りそろえたこの方は、きっと第二王子のリュカ様だ。
お兄様から話を聞いたことがある。学園のクラスメイトで、一緒に生徒会に入った第二王子を誕生会に招待したのだろう。
「あの、お怪我は……?」
公爵家で改良された薔薇の棘は鋭い。王族に怪我をさせたのなら、そのままにしておくことは公爵家の不名誉になる。
「ああ、たいしたことない……ん? あれ?」
左腕をさすったリュカ様は、首をかしげた。
「傷がない?」
「見て」というように、私の目の前に筋肉質な腕が示された。拭われた血は乾き、もう出血していない。傷口はどこにも見当たらない。
「そのハンカチは、ポーションがかかっていたりする?」
冗談めかして、王子はそう言った。薬屋で売っているポーションは、傷を治すことができるけど、高級品だ。もちろん私が刺繍しただけのハンカチに、そんな力があるわけはない。
私は、折りたたまれたハンカチを見つめた。
真っ白なハンカチは、中心部以外は赤い血に染まっていた。
でも、治癒草の形に刺繍した盛り上がった部分は白いままだ。魔物蟹の白糸は何物にも染まらないから。
……! え? 白?!
「そのハンカチって、緑色の刺繍がしてなかった?」
困惑する私に、リュカ様が問いかけた。
緑色の糸で刺繍をしてあったのに、白糸の刺繍になっている。色が抜けた?
どうして……?
訳が分からず、答えられないでいると、リュカ様は面白いものを見つけたかのようににっこりと笑った。
「話を聞かせてくれるよね」
そして、私は迷路の出口までリュカ様を案内する間、秘密にしようとした染色魔法のことを白状する羽目になった。
ここでなら、一人で思いっきり泣ける。そう考えて、迷路を奥まで進んだけれど、先客がいたようだ。
「ああ。ったく、出口はどこだよ」
ぼやき声とともに、ガサゴソと茂みをかき分ける音が聞こえて来た。無理やり迷路を突破しようとしているみたいだ。
こじ開けられた薔薇の垣根から、顔をかばうように腕を上げた人が出て来た。
黒い袖を肘までまくった腕からは、茨に刺されたのか、一筋の血が伝い、真っ赤なしずくが地面に落ちそうになっている。
──土に血を吸わせてはなりません
すばやく彼に駆け寄って、手に持ったままのハンカチを腕に押し当てたのは、乳母の教えが心に刻まれていたから。
地面に落ちる前に、赤い血はハンカチに吸い取られた。ほっとしながら見上げると、濃い金色が目の前にあった。
見開かれた金色の目が私を見つめている。
精悍な顔立ちの中で光る真昼の太陽のような金色の目。長いまつげまで金色だ。そして、陽光に輝く短い黄金の髪。
王族だ。
私はあわてて、地面にひざまずいた。
「申し訳ありません!」
なんて失礼なことをしてしまったんだろう。
いきなり、腕に触れるなんて。
──土に血を吸われると、魔物に生気を奪われます
乳母の迷信を真に受けて、とっさに動いてしまうなんて。
「顔をあげて、立ってくれ」
王族の男性は、私に手を伸ばした。
「驚かせてごめん。立ち入り禁止の場所に入り込んだ俺が悪いんだ。ハンカチを血で汚させてしまったね」
畏れ多くて震える私の肩に手を置き、男性は私を立ち上がらせた。
「申し訳ございません」
私はもう一度謝ってから、顔をあげた。
ギルお兄様と同じぐらいの背丈。同じぐらいの年齢の男の人。
輝く金髪を短く切りそろえたこの方は、きっと第二王子のリュカ様だ。
お兄様から話を聞いたことがある。学園のクラスメイトで、一緒に生徒会に入った第二王子を誕生会に招待したのだろう。
「あの、お怪我は……?」
公爵家で改良された薔薇の棘は鋭い。王族に怪我をさせたのなら、そのままにしておくことは公爵家の不名誉になる。
「ああ、たいしたことない……ん? あれ?」
左腕をさすったリュカ様は、首をかしげた。
「傷がない?」
「見て」というように、私の目の前に筋肉質な腕が示された。拭われた血は乾き、もう出血していない。傷口はどこにも見当たらない。
「そのハンカチは、ポーションがかかっていたりする?」
冗談めかして、王子はそう言った。薬屋で売っているポーションは、傷を治すことができるけど、高級品だ。もちろん私が刺繍しただけのハンカチに、そんな力があるわけはない。
私は、折りたたまれたハンカチを見つめた。
真っ白なハンカチは、中心部以外は赤い血に染まっていた。
でも、治癒草の形に刺繍した盛り上がった部分は白いままだ。魔物蟹の白糸は何物にも染まらないから。
……! え? 白?!
「そのハンカチって、緑色の刺繍がしてなかった?」
困惑する私に、リュカ様が問いかけた。
緑色の糸で刺繍をしてあったのに、白糸の刺繍になっている。色が抜けた?
どうして……?
訳が分からず、答えられないでいると、リュカ様は面白いものを見つけたかのようににっこりと笑った。
「話を聞かせてくれるよね」
そして、私は迷路の出口までリュカ様を案内する間、秘密にしようとした染色魔法のことを白状する羽目になった。
6
お気に入りに追加
398
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

あなたを愛する心は珠の中
れもんぴーる
恋愛
侯爵令嬢のアリエルは仲の良い婚約者セドリックと、両親と幸せに暮らしていたが、父の事故死をきっかけに次々と不幸に見舞われる。
母は行方不明、侯爵家は叔父が継承し、セドリックまで留学生と仲良くし、学院の中でも四面楚歌。
アリエルの味方は侍従兼護衛のクロウだけになってしまった。
傷ついた心を癒すために、神秘の国ドラゴナ神国に行くが、そこでアリエルはシャルルという王族に出会い、衝撃の事実を知る。
ドラゴナ神国王家の一族と判明したアリエルだったが、ある事件がきっかけでアリエルのセドリックを想う気持ちは、珠の中に封じ込められた。
記憶を失ったアリエルに縋りつくセドリックだが、アリエルは婚約解消を望む。
アリエルを襲った様々な不幸は偶然なのか?アリエルを大切に思うシャルルとクロウが動き出す。
アリエルは珠に封じられた恋心を忘れたまま新しい恋に向かうのか。それとも恋心を取り戻すのか。
*なろう様、カクヨム様にも投稿を予定しております

あなたへの愛は枯れ果てました
しまうま弁当
恋愛
ルイホルム公爵家に嫁いだレイラは当初は幸せな結婚生活を夢見ていた。
だがレイラを待っていたのは理不尽な毎日だった。
結婚相手のルイホルム公爵であるユーゲルスは善良な人間などとはほど遠い性格で、事あるごとにレイラに魔道具で電撃を浴びせるようなひどい男であった。
次の日お茶会に参加したレイラは友人達からすぐにユーゲルスから逃げるように説得されたのだった。
ユーゲルスへの愛が枯れ果てている事に気がついたレイラはユーゲルスより逃げる事を決意した。
そしてレイラは置手紙を残しルイホルム公爵家から逃げたのだった。
次の日ルイホルム公爵邸ではレイラが屋敷から出ていった事で騒ぎとなっていた。
だが当のユーゲルスはレイラが自分の元から逃げ出した事を受け入れられるような素直な人間ではなかった。
彼はレイラが逃げ出した事を直視せずに、レイラが誘拐されたと騒ぎ出すのだった。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う
miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。
それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。
アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。
今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。
だが、彼女はある日聞いてしまう。
「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。
───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。
それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。
そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。
※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。
※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

公爵令嬢は運命の相手を間違える
あおくん
恋愛
エリーナ公爵令嬢は、幼い頃に決められた婚約者であるアルベルト王子殿下と仲睦まじく過ごしていた。
だが、学園へ通うようになるとアルベルト王子に一人の令嬢が近づくようになる。
アルベルト王子を誑し込もうとする令嬢と、そんな令嬢を許すアルベルト王子にエリーナは自分の心が離れていくのを感じた。
だがエリーナは既に次期王妃の座が確約している状態。
今更婚約を解消することなど出来るはずもなく、そんなエリーナは女に現を抜かすアルベルト王子の代わりに帝王学を学び始める。
そんなエリーナの前に一人の男性が現れた。
そんな感じのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる