【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜

白崎りか

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4 赤い血が落ちると

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 背丈を超える高さの薔薇が植えられた迷路は、お母様が子供の頃に作らせたそうだ。広くて複雑な迷路には、客人は立ち入れないようにしてある。

 ここでなら、一人で思いっきり泣ける。そう考えて、迷路を奥まで進んだけれど、先客がいたようだ。

「ああ。ったく、出口はどこだよ」

 ぼやき声とともに、ガサゴソと茂みをかき分ける音が聞こえて来た。無理やり迷路を突破しようとしているみたいだ。
 こじ開けられた薔薇の垣根から、顔をかばうように腕を上げた人が出て来た。
 黒い袖を肘までまくった腕からは、茨に刺されたのか、一筋の血が伝い、真っ赤なしずくが地面に落ちそうになっている。

 ──土に血を吸わせてはなりません

 すばやく彼に駆け寄って、手に持ったままのハンカチを腕に押し当てたのは、乳母の教えが心に刻まれていたから。

 地面に落ちる前に、赤い血はハンカチに吸い取られた。ほっとしながら見上げると、濃い金色が目の前にあった。

 見開かれた金色の目が私を見つめている。
 精悍な顔立ちの中で光る真昼の太陽のような金色の目。長いまつげまで金色だ。そして、陽光に輝く短い黄金の髪。

 王族だ。

 私はあわてて、地面にひざまずいた。

「申し訳ありません!」

 なんて失礼なことをしてしまったんだろう。
 いきなり、腕に触れるなんて。

 ──土に血を吸われると、魔物に生気を奪われます

 乳母の迷信を真に受けて、とっさに動いてしまうなんて。

「顔をあげて、立ってくれ」

 王族の男性は、私に手を伸ばした。

「驚かせてごめん。立ち入り禁止の場所に入り込んだ俺が悪いんだ。ハンカチを血で汚させてしまったね」

 畏れ多くて震える私の肩に手を置き、男性は私を立ち上がらせた。

「申し訳ございません」

 私はもう一度謝ってから、顔をあげた。

 ギルお兄様と同じぐらいの背丈。同じぐらいの年齢の男の人。
 輝く金髪を短く切りそろえたこの方は、きっと第二王子のリュカ様だ。

 お兄様から話を聞いたことがある。学園のクラスメイトで、一緒に生徒会に入った第二王子を誕生会に招待したのだろう。

「あの、お怪我は……?」

 公爵家で改良された薔薇の棘は鋭い。王族に怪我をさせたのなら、そのままにしておくことは公爵家の不名誉になる。

「ああ、たいしたことない……ん? あれ?」

 左腕をさすったリュカ様は、首をかしげた。

「傷がない?」

「見て」というように、私の目の前に筋肉質な腕が示された。拭われた血は乾き、もう出血していない。傷口はどこにも見当たらない。

「そのハンカチは、ポーションがかかっていたりする?」

 冗談めかして、王子はそう言った。薬屋で売っているポーションは、傷を治すことができるけど、高級品だ。もちろん私が刺繍しただけのハンカチに、そんな力があるわけはない。

 私は、折りたたまれたハンカチを見つめた。
 真っ白なハンカチは、中心部以外は赤い血に染まっていた。
 でも、治癒草の形に刺繍した盛り上がった部分は白いままだ。魔物蟹の白糸は何物にも染まらないから。

 ……! え? 白?!

「そのハンカチって、緑色の刺繍がしてなかった?」

 困惑する私に、リュカ様が問いかけた。
 緑色の糸で刺繍をしてあったのに、白糸の刺繍になっている。色が抜けた?

 どうして……?

 訳が分からず、答えられないでいると、リュカ様は面白いものを見つけたかのようににっこりと笑った。

「話を聞かせてくれるよね」


 そして、私は迷路の出口までリュカ様を案内する間、秘密にしようとした染色魔法のことを白状する羽目になった。
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