【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜

白崎りか

文字の大きさ
上 下
3 / 41

3 青いドレス

しおりを挟む
 メイドが持ってきてくれたレモンケーキは、いつもよりも酸っぱく感じた。
 お兄様と一緒に食べたら、とても甘く感じるのに。一人で飲む紅茶も、なんだか苦い……。

 薔薇の形の角砂糖をポトンポトンと紅茶に落として、スプーンでぐるぐるかき混ぜる。

「ううっ、甘すぎ……」

 無理やりのどに流し込む。その後で口に詰め込んだレモンケーキはもっと酸っぱくて、涙がにじんだ。

 ギルお兄様の婚約者。
 思ってた人と全然違った。お兄様よりも一つ年下で、私の二つ年上の伯爵令嬢。くねくねした濃い緑色の髪をしていた。きっと風の魔力が多いんだ。

 優しい人だったらいいなって思ってた。
 お兄様と結婚できる幸せな人。
 色なしの私とも仲良くしてくれたらいいなって……。

 ぜんぜん、違った。

 私のことを嫌ってる。
 もう、ここには来ない方がいいのかな。
 お兄様とも、もう会えなくなるの?

 一人ぼっちのティータイムを素早く終わらせて、糸を手に立ち上がる。早く全部染めてしまおう。

 小道を歩いて、目についた薔薇に近寄って染め上げる。
 ポシェットの中に、染まった糸を放り込む。
 選びきれないほど美しい薔薇がたくさん咲いていて、思ったよりも時間がかかった。

 あと残る白糸は二つだけ。

 何色にしよう? まだまだ欲しい色はいっぱいある。

 オレンジとピンクのまだらに色づく満開の花びら? それとも、黄緑から黄色へと変わる蕾? 


 薔薇選びに夢中になっていると、すぐ後ろで気配を感じた。振り向いた瞬間、顔に何かがぶつけられた。

「これ返すわ!」

 地面にひらりと落ちたのは、私がギルお兄様にプレゼントしたハンカチだった。

「ギルベルト様に近づかないでよ! ギルベルト様は私の婚約者なのよ! こんなハンカチで、取り入ろうとするなんて。色なしのくせに!」

 緑色の目を吊り上げて私をにらみつけるのは、ブリーゼさんだった。

「ギルベルト様は、私と結婚するのよ。ギルベルト様が愛していいのは、私だけ! 色なしのあなたには、同情してるだけよ。ギルベルト様にふさわしいのは、魔力のある私よ!」

 うつむいて、土の上のハンカチを見つめた。私の精いっぱいの刺繍。まるでごみクズのように捨てられている。

「ああ、いやだわ! これ見よがしに、青いドレスを着たりして。これ以上、ギルベルト様に迷惑かけないでよ! 不吉な色なしの姿を見せないで! さっさと出て行って!」

 黙りこんで下を向いている私に、ブリーゼさんはキンキンした大声をぶつけてきた。絶え間なく続くどなり声に、頭が痛くなる。私は何も返さずに、ただ黙ってうつむいていた。

 そして、しばらくたった後、もうこれ以上ひどい言葉が思いつかなかったのか、青いドレスをひるがえして去って行った。……ギルお兄様の髪の色と同じ青いドレスだ。

 涙があふれてくる。そっと目をこすった。そして、ぬれた手で自分の着ている青いドレスの裾をつまんだ。

 ブリーゼさんと全く同じ色のこのドレスは、今日のためにお兄様が私にプレゼントしてくれたものだ。お金がない私は、お兄様に甘えて、この青いドレスを喜んで着てしまった。

 分かってる。着るべきじゃなかったのよね。
 でも、お兄様はいつも、私が青を身に着けると喜んでくれるから……。本当の妹みたいだって言って……。

 ドレスの裾が地面に付かないように持ち上げて、しゃがんでハンカチを拾う。

 魔法が使えたことに浮かれていた。そんなもの、何にもならないのに……。このハンカチみたいに、必要とされずに捨てられるだけ。

 私は無価値の色なしで、取るに足らない存在……。ただ、同情からくる優しさにすがって、お情けで生きているだけ……。お兄様は、私がかわいそうだから優しくしてくれるの?

 早く家に帰って、一人で思い切り泣きたかった。
 でも、帰りの馬車の時間までは、まだたくさん時間がある。

 誰にも見られない場所を探して、とぼとぼと歩いた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

銀鷲と銀の腕章

河原巽
恋愛
生まれ持った髪色のせいで両親に疎まれ屋敷を飛び出した元子爵令嬢カレンは王城の食堂職員に何故か採用されてしまい、修道院で出会ったソフィアと共に働くことに。 仕事を通じて知り合った第二騎士団長カッツェ、副団長レグデンバーとの交流を経るうち、彼らとソフィアの間に微妙な関係が生まれていることに気付いてしまう。カレンは第三者として静観しているつもりだったけれど……実は大きな企みの渦中にしっかりと巻き込まれていた。 意思を持って生きることに不慣れな中、母との確執や初めて抱く感情に揺り動かされながら自分の存在を確立しようとする元令嬢のお話。恋愛の進行はゆっくりめです。 全48話、約18万字。毎日18時に4話ずつ更新。別サイトにも掲載しております。

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!

まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。 お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。 それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。 和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。 『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』 そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。 そんな…! ☆★ 書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。 国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。 読んでいただけたら嬉しいです。

【お前を愛することはない……ことも、ない】と言ったその氷の貴公子(火属性)が描く彼女の肖像画はとても可愛い。

ぷり
恋愛
★ネトコン12一次選考通過作品(通過率約8.4%)★ お前を愛することはない、ことも……ない。  それは幼い少年と少女のお見合いの席でのトラブルであった。   彼は彼女に一目惚れだったのに素直になれないどころか、暴言を吐いてしまったのである。    果たして彼は彼女との関係修復をすることができるのだろうか?  これは小さな二人が婚約するまでの物語。  ★主人公であるルイスが6歳から話は始まりますが、メインは10歳(小等部4年生)の話となります。  ★まったりほのぼの路線で刺激の少ない物語を目指しております。  ★40話。  ※ネタバレしておくと公爵令嬢は味方?です。  ◆初めて3人称で書く習作のため、つたないところが多々あるかと思いますがどうぞよろしくお願いします。 ◆主な登場人物◆ ルイス=ヴィンケル侯爵令息 エステル=クラーセン伯爵令嬢  カンデラリア=ジョンパルト公爵令嬢 アート部長(アダルベルト美術部部長)

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。 傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。 家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。 最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。

【完結】双子の入れ替わりなんて本当に出来るのかしら、と思ったら予想外の出来事となりました。

まりぃべる
恋愛
シェスティン=オールストレームは、双子の妹。 フレドリカは双子の姉で気が強く、何かあれば妹に自分の嫌な事を上手いこと言って押し付けていた。 家は伯爵家でそれなりに資産はあるのだが、フレドリカの急な発言によりシェスティンは学校に通えなかった。シェスティンは優秀だから、という理由だ。 卒業間近の頃、フレドリカは苦手な授業を自分の代わりに出席して欲しいとシェスティンへと言い出した。 代わりに授業に出るなんてバレたりしないのか不安ではあったが、貴族の友人がいなかったシェスティンにとって楽しい時間となっていく。 そんなシェスティンのお話。 ☆全29話です。書き上げてありますので、随時更新していきます。時間はばらばらかもしれません。 ☆現実世界にも似たような名前、地域、名称などがありますが全く関係がありません。 ☆まりぃべるの独特な世界観です。それでも、楽しんでいただけると嬉しいです。 ☆現実世界では馴染みの無い言葉を、何となくのニュアンスで作ってある場合もありますが、まりぃべるの世界観として読んでいただけると幸いです。

処理中です...