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3 青いドレス
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メイドが持ってきてくれたレモンケーキは、いつもよりも酸っぱく感じた。
お兄様と一緒に食べたら、とても甘く感じるのに。一人で飲む紅茶も、なんだか苦い……。
薔薇の形の角砂糖をポトンポトンと紅茶に落として、スプーンでぐるぐるかき混ぜる。
「ううっ、甘すぎ……」
無理やりのどに流し込む。その後で口に詰め込んだレモンケーキはもっと酸っぱくて、涙がにじんだ。
ギルお兄様の婚約者。
思ってた人と全然違った。お兄様よりも一つ年下で、私の二つ年上の伯爵令嬢。くねくねした濃い緑色の髪をしていた。きっと風の魔力が多いんだ。
優しい人だったらいいなって思ってた。
お兄様と結婚できる幸せな人。
色なしの私とも仲良くしてくれたらいいなって……。
ぜんぜん、違った。
私のことを嫌ってる。
もう、ここには来ない方がいいのかな。
お兄様とも、もう会えなくなるの?
一人ぼっちのティータイムを素早く終わらせて、糸を手に立ち上がる。早く全部染めてしまおう。
小道を歩いて、目についた薔薇に近寄って染め上げる。
ポシェットの中に、染まった糸を放り込む。
選びきれないほど美しい薔薇がたくさん咲いていて、思ったよりも時間がかかった。
あと残る白糸は二つだけ。
何色にしよう? まだまだ欲しい色はいっぱいある。
オレンジとピンクのまだらに色づく満開の花びら? それとも、黄緑から黄色へと変わる蕾?
薔薇選びに夢中になっていると、すぐ後ろで気配を感じた。振り向いた瞬間、顔に何かがぶつけられた。
「これ返すわ!」
地面にひらりと落ちたのは、私がギルお兄様にプレゼントしたハンカチだった。
「ギルベルト様に近づかないでよ! ギルベルト様は私の婚約者なのよ! こんなハンカチで、取り入ろうとするなんて。色なしのくせに!」
緑色の目を吊り上げて私をにらみつけるのは、ブリーゼさんだった。
「ギルベルト様は、私と結婚するのよ。ギルベルト様が愛していいのは、私だけ! 色なしのあなたには、同情してるだけよ。ギルベルト様にふさわしいのは、魔力のある私よ!」
うつむいて、土の上のハンカチを見つめた。私の精いっぱいの刺繍。まるでごみクズのように捨てられている。
「ああ、いやだわ! これ見よがしに、青いドレスを着たりして。これ以上、ギルベルト様に迷惑かけないでよ! 不吉な色なしの姿を見せないで! さっさと出て行って!」
黙りこんで下を向いている私に、ブリーゼさんはキンキンした大声をぶつけてきた。絶え間なく続くどなり声に、頭が痛くなる。私は何も返さずに、ただ黙ってうつむいていた。
そして、しばらくたった後、もうこれ以上ひどい言葉が思いつかなかったのか、青いドレスをひるがえして去って行った。……ギルお兄様の髪の色と同じ青いドレスだ。
涙があふれてくる。そっと目をこすった。そして、ぬれた手で自分の着ている青いドレスの裾をつまんだ。
ブリーゼさんと全く同じ色のこのドレスは、今日のためにお兄様が私にプレゼントしてくれたものだ。お金がない私は、お兄様に甘えて、この青いドレスを喜んで着てしまった。
分かってる。着るべきじゃなかったのよね。
でも、お兄様はいつも、私が青を身に着けると喜んでくれるから……。本当の妹みたいだって言って……。
ドレスの裾が地面に付かないように持ち上げて、しゃがんでハンカチを拾う。
魔法が使えたことに浮かれていた。そんなもの、何にもならないのに……。このハンカチみたいに、必要とされずに捨てられるだけ。
私は無価値の色なしで、取るに足らない存在……。ただ、同情からくる優しさにすがって、お情けで生きているだけ……。お兄様は、私がかわいそうだから優しくしてくれるの?
早く家に帰って、一人で思い切り泣きたかった。
でも、帰りの馬車の時間までは、まだたくさん時間がある。
誰にも見られない場所を探して、とぼとぼと歩いた。
お兄様と一緒に食べたら、とても甘く感じるのに。一人で飲む紅茶も、なんだか苦い……。
薔薇の形の角砂糖をポトンポトンと紅茶に落として、スプーンでぐるぐるかき混ぜる。
「ううっ、甘すぎ……」
無理やりのどに流し込む。その後で口に詰め込んだレモンケーキはもっと酸っぱくて、涙がにじんだ。
ギルお兄様の婚約者。
思ってた人と全然違った。お兄様よりも一つ年下で、私の二つ年上の伯爵令嬢。くねくねした濃い緑色の髪をしていた。きっと風の魔力が多いんだ。
優しい人だったらいいなって思ってた。
お兄様と結婚できる幸せな人。
色なしの私とも仲良くしてくれたらいいなって……。
ぜんぜん、違った。
私のことを嫌ってる。
もう、ここには来ない方がいいのかな。
お兄様とも、もう会えなくなるの?
一人ぼっちのティータイムを素早く終わらせて、糸を手に立ち上がる。早く全部染めてしまおう。
小道を歩いて、目についた薔薇に近寄って染め上げる。
ポシェットの中に、染まった糸を放り込む。
選びきれないほど美しい薔薇がたくさん咲いていて、思ったよりも時間がかかった。
あと残る白糸は二つだけ。
何色にしよう? まだまだ欲しい色はいっぱいある。
オレンジとピンクのまだらに色づく満開の花びら? それとも、黄緑から黄色へと変わる蕾?
薔薇選びに夢中になっていると、すぐ後ろで気配を感じた。振り向いた瞬間、顔に何かがぶつけられた。
「これ返すわ!」
地面にひらりと落ちたのは、私がギルお兄様にプレゼントしたハンカチだった。
「ギルベルト様に近づかないでよ! ギルベルト様は私の婚約者なのよ! こんなハンカチで、取り入ろうとするなんて。色なしのくせに!」
緑色の目を吊り上げて私をにらみつけるのは、ブリーゼさんだった。
「ギルベルト様は、私と結婚するのよ。ギルベルト様が愛していいのは、私だけ! 色なしのあなたには、同情してるだけよ。ギルベルト様にふさわしいのは、魔力のある私よ!」
うつむいて、土の上のハンカチを見つめた。私の精いっぱいの刺繍。まるでごみクズのように捨てられている。
「ああ、いやだわ! これ見よがしに、青いドレスを着たりして。これ以上、ギルベルト様に迷惑かけないでよ! 不吉な色なしの姿を見せないで! さっさと出て行って!」
黙りこんで下を向いている私に、ブリーゼさんはキンキンした大声をぶつけてきた。絶え間なく続くどなり声に、頭が痛くなる。私は何も返さずに、ただ黙ってうつむいていた。
そして、しばらくたった後、もうこれ以上ひどい言葉が思いつかなかったのか、青いドレスをひるがえして去って行った。……ギルお兄様の髪の色と同じ青いドレスだ。
涙があふれてくる。そっと目をこすった。そして、ぬれた手で自分の着ている青いドレスの裾をつまんだ。
ブリーゼさんと全く同じ色のこのドレスは、今日のためにお兄様が私にプレゼントしてくれたものだ。お金がない私は、お兄様に甘えて、この青いドレスを喜んで着てしまった。
分かってる。着るべきじゃなかったのよね。
でも、お兄様はいつも、私が青を身に着けると喜んでくれるから……。本当の妹みたいだって言って……。
ドレスの裾が地面に付かないように持ち上げて、しゃがんでハンカチを拾う。
魔法が使えたことに浮かれていた。そんなもの、何にもならないのに……。このハンカチみたいに、必要とされずに捨てられるだけ。
私は無価値の色なしで、取るに足らない存在……。ただ、同情からくる優しさにすがって、お情けで生きているだけ……。お兄様は、私がかわいそうだから優しくしてくれるの?
早く家に帰って、一人で思い切り泣きたかった。
でも、帰りの馬車の時間までは、まだたくさん時間がある。
誰にも見られない場所を探して、とぼとぼと歩いた。
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