上 下
24 / 33

24 魔物

しおりを挟む
 今日もいつものように聖水を作る。聖なる泉の水の入ったガラス瓶を片手で持って魔力を込めると、虹色に輝く聖水に変わる。
 最近、慣れて来たのか一瞬で聖水を作ることができるようになった。神殿に提出する分は10個と決まっているのだけれど、その何倍も作れそうだ。でも、どんなに作っても、その収益は全て神殿のものになるから、わざわざ教える必要は感じなかった。
 私の仕事は、この10個の聖水と、アルフ様へ献上する1本の聖水を作ることだけ。治癒魔法は全く使えないから、他にはすることがない。貴族の聖女とお茶をしたり、毎日のように会いに来てくれるアルフ様と二人で話をしたり、楽しく過ごす日常。こんなに幸せでいいのかしら。

 たまに、

「私たちは、毎日忙しく治療院に通っているんですよ!」

 と、オディットがお茶会に乗り込んで文句を言ってくる。

「魔法が全く使えないリリアーヌ様はともかく、他の聖女は切り傷ぐらいは治せるんだから、治療院に来てくださいよ!」

 聖女の制服を血で汚したオディットが、お茶とお菓子の並ぶテーブルをにらみながら言った。

 私は他の聖女たちと顔を見合わせた。
 明らかな、私に対する侮辱だ。

「貴族の聖女は平民の治療院には行かなくても許されるのよ。今更そんなことを言われても困るわ」

「そうよ。そういうのは神殿長のお気に入りの平民のあなたの仕事でしょ」

「わたくしは、半年後には伯爵家に嫁ぐことが決まっているのですもの。平民から病をもらうと支度がおくれてしまうじゃない」

 必死な形相で怒鳴るオディットに対して、貴族の聖女はのんびりとお茶を飲みながら返した。
 平民の治療は主に平民聖女がすること。これは、ここでは常識だ。もしも、平民のせいで、貴重な聖属性の貴族の聖女が危険にさらされたら、神殿はこの国では大きな批判の対象になるだろう。

「あなたたちは、それで恥ずかしくないんですか? 病人に貴族も平民もないんですよ!」

 束ねたピンク色の髪を振り乱して力説するオディットを、年配の聖女がたしなめながら退出させるのがいつものことだった。
 これだけ無礼なふるまいをしてもオディットが咎められないのは、彼女の実力と、神殿長の擁護のせいでもある。
 聖水では私には及ばないものの、治療魔法はかつてないほどの力を持つからだ。大聖女になるのはオディットに違いないと信じる者も多くいる。何より、平民には圧倒的に人気があるのだ。だから、私達は内心この無礼な聖女に不満を抱きつつも、直接対立するのは避けていた。
  
 その日も、私達は午前中に聖水作りを終え、庭でのんびりとお茶会を開いていた。私に会いに来たアルフ様も招待して、一緒に和やかにお菓子をつまんでいた。

「リリアーヌ様は本当にお優しくて美しくて、次の大聖女にふさわしいですわ」

「私達もリリアーヌ様を応援していますわ」

 隣り合って座った私とアルフ様を、お茶会に招いた貴族の聖女たちはほめそやしてくれる。

「本当にお二人はお似合いですわ」

「このお二人にお仕えできるのは、聖女として誉れです。わたくしが嫁いで神殿を出た後も、仲良くしてくださいね」

 私が褒められるのを、アルフ様は優しく微笑んで聞いている。テーブルの上で私の手にアルフ様の手が重なった。

「リリーは聖女たちに好かれているのだね。人に尊敬されることも上に立つ者として大切なことだ。さすが僕の選んだリリーだ」

「全てアルフ様のおかげですわ。アルフ様がいつも会いに来てくださるから、私は幸せでいられるんです。その幸せな気持ちを皆様におすそ分けしているだけですわ」

「うれしいことを言ってくれるね。皆にも言っておこう。陛下の許しを得たので、私達は婚約することになった。婚約披露パーティを開くので、ぜひ参加してくれ」

 アルフ様の言葉に、テーブルに着いている聖女たちから歓声が上がった。

「まあ、素晴らしいです!」

「おめでとうございます!」

「ぜひ、パーティでお祝いさせてください」

 口々に祝いの言葉を告げられて、私はアルフ様と顔を見合わせて微笑み合った。この美しい太陽のような方の婚約者になれた! 私は幸せだわ!

「殿下! 大変です。街に魔物の群れが現れました!」

 和やかなお茶会が破られたのは、騎士が庭に駆け込んできたからだった。

「街に魔物が? どういうことだ?」

 アルフ様は微笑みを消し去り、厳しい顔をしてその伝令の騎士に対峙した。

「鳥型の魔物のようです。現在、下町の市場が襲われています。騎士団はすでに向かいました。殿下にも協力してほしいと仰せです」

「そうか、私の光魔法なら鳥型の魔物にも有効だな。すぐに行こう」

「それから、神殿にも協力要請が出ています。治療院で聖女オディット殿が治療にあたっていますが、怪我人が多いので、できれば他の聖女様にも来てほしいと」

「オディットがいるのか。それなら、十分ではないか?」

 オディットが活躍したら彼女の評判がまた上がってしまう!
 私はアルフ様の腕につかまって立ち上がった。

「私も行きます」

 アルフ様は戸惑うような視線を私に向けた。

「危険だからリリーはここにいた方がいい。それに……」

 治療魔法が使えないから。そう続けたかったのが分かってしまった。いやだ。負けたくない。オディットには負けない。

「大丈夫です。私も聖女ですから。必ずアルフ様のお力になって見せます」

「私も行きます」

「わたくしも!」

 私に続いて、貴族の聖女たちも手を挙げた。
 オディットの活躍で、肩身の狭い思いをしているのだ。ここで何もせずに、神殿で隠れているわけにはいかない。

「分かった。ただし、危険な場所には行かないでくれ。君が安全でないと、僕は戦えないから」

「アルフ様もお気をつけて」

 じっとアルフ様の青い瞳を見つめると、アルフ様は私の額に口づけを落として、ぎゅっと抱きしめてくれた。

「リリー、愛してる。戻って来たら、婚約の手続きをしよう」

「私もお慕いしております」

 温かいアルフ様の腕の中に、ずっと包まれていたかったけれど、今は一刻を争う時、私は急いで自室に着替えに行った。用意するものがたくさんある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

聖女であることを隠す公爵令嬢は国外で幸せになりたい

カレイ
恋愛
 公爵令嬢オデットはある日、浮気というありもしない罪で国外追放を受けた。それは王太子妃として王族に嫁いだ姉が仕組んだことで。  聖女の力で虐待を受ける弟ルイスを護っていたオデットは、やっと巡ってきたチャンスだとばかりにルイスを連れ、その日のうちに国を出ることに。しかしそれも一筋縄ではいかず敵が塞がるばかり。  その度に助けてくれるのは、侍女のティアナと、何故か浮気相手と疑われた副騎士団長のサイアス。謎にスキルの高い二人と行動を共にしながら、オデットはルイスを救うため奮闘する。 ※胸糞悪いシーンがいくつかあります。苦手な方はお気をつけください。

処理中です...