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18 帰宅
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「リリアーヌ! おかえり。やっと帰って来てくれたな」
「リリアーヌ、顔をよく見せてちょうだい。ずっと会いたかったのよ」
玄関の前で両親が待ち構えていた。
平民騎士に使った聖水代金をもらいに、仕方なく帰ってきたけれど、やっぱり親の顔を見ると心がざわつく。早く片付けよう。
「ただいま、お父様、お母様。神殿での暮らしがとても忙しく充実していたので、ご無沙汰していますわ」
さあ、早く中へと父に背を押されて家の中に入りながら、隣にいる母の様子をうかがった。母は少し痩せて、以前よりもやつれて見えた。
「お母様もお変わりないようでよかったですわ」
「ええ、あなたも。いつものリリアーヌね。どこも困ったところはない?」
「全て順調ですわ」
確かめるように左手に触ってくる母に、我慢が限界になる。
「それで、私の弟のセドリックはどこにいるのかしら? ああ、地下室?」
母の肩がびくりと震えた。
「リリアーヌ?」
「いやだわ。お母様、ただの冗談よ」
顔色が悪くなった母に、にっこり笑ってごまかす。どうしても、嫌味を言わずにはいられない。
「リリアーヌ、その冗談は面白くないな。セドリックは乳母が世話をしている」
「ふふふ、ごめんなさい、お父様。弟に会うのが楽しみで、つい。それよりセドリックの魔法属性は何だったの?」
「私と同じで風属性だよ」
「まあ、良かったわ。さすが嫡男ね」
くすっと笑って、母の側によって耳打ちした。
「もしも病気になったら、お父様が魔力譲渡してくれるわね」
「! リリアーヌ、あなた……」
母が呆然とした顔になった。
私はぷいと背を向けて父に駆け寄った。
以前のリリアーヌがしていたのを真似て、父におねだりしないと。
父の腕を掴んで、上目遣いでねだる。
「お父様、私、欲しい物があるの。リリアーヌのお願いを叶えてくださいね」
「ああ、もちろんだよ。何でも叶えてあげるよ」
「本当? 嬉しい。お父様、大好きよ」
目じりにしわを作りながら、娘のおねだりに満足した顔の父。父は私のことをリリアーヌだと疑いもしないのね。
「お母様も早くいらして?」
立ちすくむ母にも笑いかける。
「! ええ、ええ、リリアーヌ」
母は戸惑いながらもそばに寄ってきた。
まるで、本当に仲の良い家族のようね。
リリアーヌの演技をすることが苦痛でたまらない。
早く神殿に戻りたい。
セドリックはよく寝ているみたいで、晩餐の後で、乳母が連れてくるそうだ。お小遣いが足りないと父にねだると喜んで金貨がたくさん入った袋をもらえた。それどころか、ドレスや宝石を買うようにと商人を呼び寄せてくれた。ちょうどよかった。神殿の聖女への土産にお菓子や綺麗な小物を買おう。神殿での立場を上げるためには賄賂が必要でしょう?
「それで、騎士団での件は聞いているが、怪我をしたそうじゃないか。神殿騎士では守りきれなかったのか。苦情を申し立てておいたぞ」
怪我といっても、素足で瓦礫を踏んでしまっただけだった。あんな華奢な靴を履いていった私が悪いのだ。
「私の不注意だったのよ。神殿のせいじゃないわ。靴が脱げてしまっただけよ。新しい靴を買えば済むから騒ぎ立てないでちょうだい」
「そうか? ところで、アルフレッド殿下の怪我はお前の贈った聖水で、一瞬で治ったそうだな。娘が優秀で私は鼻が高いぞ」
「ええ、そうよ。私の聖水は他の聖女のと比べ物にならないくらいの価値があるのよ」
和やかに父と会話しながら食事をする。ずっと会ってなくても、どこからか私の情報を仕入れているようね。でも、話しかけてくるのは父だけ?
「お母様? 手が止まってらしてよ。どこか具合が悪いのかしら?」
ナイフを持ったまま黙って私をじっと見つめるお母様に笑いかける。
「そうね。少し疲れてるのかもしれないわね」
「まあ、たいへん。子育ては忙しいものね。後で私の聖水を送るわ」
「優しい子だね。リリアーヌは」
「だって、大好きなお母様のためですもの。ね、お母様」
食事が終わったころ、乳母が赤子を抱いて部屋に入ってきた。
「ああ、来たか。お前の弟だよ」
赤子は乳母の腕の中で、大きな緑色の目を見開いていた。
銀色の髪は私と同じ。でも、瞳の色は父譲りね。
もっと嫌な気持ちが湧き上がってくるかと思ったけど、赤子を見ても何も感じなかった。
こんなものなの?
赤ちゃんってとても小さいのね。触っただけで壊れそう。
抱いてみるかと父に言われたけど、断った。
「お母様は抱いてあげないの?」
自分の子なのに近寄りもせず、椅子に座ったままの母の側に寄った。
「ほら、セドリックが泣き出したわ。お母様、抱いてあげて」
腕をつかんで無理やり立たせて、赤子を抱く乳母の方へ連れて行った。
乳母は赤子をあやしながら、困ったように母を見た。
「リリアーヌ、カトリーヌは疲れてるんだよ」
父が母をかばったけれど、私はそれを許せなかった。
「大丈夫よ。お母様、もしも火の魔法が暴走して弟が火傷を負っても、私の聖水があればすぐに治るわよ」
小声で囁いたら、母は目を大きく見開いて、私を見た。
「リリアーヌ、あなた、何を?」
「お父様にそっくりの可愛い弟ができて嬉しいわ」
にっこりと完璧な笑顔で母に答えた。
「リリアーヌ、顔をよく見せてちょうだい。ずっと会いたかったのよ」
玄関の前で両親が待ち構えていた。
平民騎士に使った聖水代金をもらいに、仕方なく帰ってきたけれど、やっぱり親の顔を見ると心がざわつく。早く片付けよう。
「ただいま、お父様、お母様。神殿での暮らしがとても忙しく充実していたので、ご無沙汰していますわ」
さあ、早く中へと父に背を押されて家の中に入りながら、隣にいる母の様子をうかがった。母は少し痩せて、以前よりもやつれて見えた。
「お母様もお変わりないようでよかったですわ」
「ええ、あなたも。いつものリリアーヌね。どこも困ったところはない?」
「全て順調ですわ」
確かめるように左手に触ってくる母に、我慢が限界になる。
「それで、私の弟のセドリックはどこにいるのかしら? ああ、地下室?」
母の肩がびくりと震えた。
「リリアーヌ?」
「いやだわ。お母様、ただの冗談よ」
顔色が悪くなった母に、にっこり笑ってごまかす。どうしても、嫌味を言わずにはいられない。
「リリアーヌ、その冗談は面白くないな。セドリックは乳母が世話をしている」
「ふふふ、ごめんなさい、お父様。弟に会うのが楽しみで、つい。それよりセドリックの魔法属性は何だったの?」
「私と同じで風属性だよ」
「まあ、良かったわ。さすが嫡男ね」
くすっと笑って、母の側によって耳打ちした。
「もしも病気になったら、お父様が魔力譲渡してくれるわね」
「! リリアーヌ、あなた……」
母が呆然とした顔になった。
私はぷいと背を向けて父に駆け寄った。
以前のリリアーヌがしていたのを真似て、父におねだりしないと。
父の腕を掴んで、上目遣いでねだる。
「お父様、私、欲しい物があるの。リリアーヌのお願いを叶えてくださいね」
「ああ、もちろんだよ。何でも叶えてあげるよ」
「本当? 嬉しい。お父様、大好きよ」
目じりにしわを作りながら、娘のおねだりに満足した顔の父。父は私のことをリリアーヌだと疑いもしないのね。
「お母様も早くいらして?」
立ちすくむ母にも笑いかける。
「! ええ、ええ、リリアーヌ」
母は戸惑いながらもそばに寄ってきた。
まるで、本当に仲の良い家族のようね。
リリアーヌの演技をすることが苦痛でたまらない。
早く神殿に戻りたい。
セドリックはよく寝ているみたいで、晩餐の後で、乳母が連れてくるそうだ。お小遣いが足りないと父にねだると喜んで金貨がたくさん入った袋をもらえた。それどころか、ドレスや宝石を買うようにと商人を呼び寄せてくれた。ちょうどよかった。神殿の聖女への土産にお菓子や綺麗な小物を買おう。神殿での立場を上げるためには賄賂が必要でしょう?
「それで、騎士団での件は聞いているが、怪我をしたそうじゃないか。神殿騎士では守りきれなかったのか。苦情を申し立てておいたぞ」
怪我といっても、素足で瓦礫を踏んでしまっただけだった。あんな華奢な靴を履いていった私が悪いのだ。
「私の不注意だったのよ。神殿のせいじゃないわ。靴が脱げてしまっただけよ。新しい靴を買えば済むから騒ぎ立てないでちょうだい」
「そうか? ところで、アルフレッド殿下の怪我はお前の贈った聖水で、一瞬で治ったそうだな。娘が優秀で私は鼻が高いぞ」
「ええ、そうよ。私の聖水は他の聖女のと比べ物にならないくらいの価値があるのよ」
和やかに父と会話しながら食事をする。ずっと会ってなくても、どこからか私の情報を仕入れているようね。でも、話しかけてくるのは父だけ?
「お母様? 手が止まってらしてよ。どこか具合が悪いのかしら?」
ナイフを持ったまま黙って私をじっと見つめるお母様に笑いかける。
「そうね。少し疲れてるのかもしれないわね」
「まあ、たいへん。子育ては忙しいものね。後で私の聖水を送るわ」
「優しい子だね。リリアーヌは」
「だって、大好きなお母様のためですもの。ね、お母様」
食事が終わったころ、乳母が赤子を抱いて部屋に入ってきた。
「ああ、来たか。お前の弟だよ」
赤子は乳母の腕の中で、大きな緑色の目を見開いていた。
銀色の髪は私と同じ。でも、瞳の色は父譲りね。
もっと嫌な気持ちが湧き上がってくるかと思ったけど、赤子を見ても何も感じなかった。
こんなものなの?
赤ちゃんってとても小さいのね。触っただけで壊れそう。
抱いてみるかと父に言われたけど、断った。
「お母様は抱いてあげないの?」
自分の子なのに近寄りもせず、椅子に座ったままの母の側に寄った。
「ほら、セドリックが泣き出したわ。お母様、抱いてあげて」
腕をつかんで無理やり立たせて、赤子を抱く乳母の方へ連れて行った。
乳母は赤子をあやしながら、困ったように母を見た。
「リリアーヌ、カトリーヌは疲れてるんだよ」
父が母をかばったけれど、私はそれを許せなかった。
「大丈夫よ。お母様、もしも火の魔法が暴走して弟が火傷を負っても、私の聖水があればすぐに治るわよ」
小声で囁いたら、母は目を大きく見開いて、私を見た。
「リリアーヌ、あなた、何を?」
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