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9 神殿

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 王都の北にあるのが王宮で、東にあるのが神殿だ。
 広大な敷地に純白の塔がそびえたつ。三つの屋敷が繋がっている巨大な建物に、数十人の聖女と神殿の業務を執り行う神官に神殿騎士、それから多数の召使いが住んでいる。
 貴族の聖女は専属の侍女を持つことができるので、私はメアリーを連れて来た。

 神殿の門の前で出迎えてくれたのは神殿長だった。
聖属性の魔力は女性にしか出現しないので、神殿長や神官は治癒魔法は使えない。代々、神殿長は王家の傍流の者が世襲している。今の神殿長は60歳近い年齢で先代国王の弟だそうだ。
 この神殿で一番の権力を持つ神殿長も、侯爵令嬢の私には礼をつくしてくれる。神殿の中で、私の立ち位置は上から3番目になるだろう。王弟に嫁いだ大聖女、神殿長、そして豊富な魔力を持つ侯爵令嬢の私の順だ。結婚した大聖女は普段は神殿に来ることはないので、神殿長さえ味方につければ、ここでの私の地位は安泰だろう。

 メアリーに荷物の片付けを任せて、私は神殿長室でお茶をいただくことになった。金の装飾で飾られた神殿長の部屋に入ると、夢にまで見た見目麗しい王子様が座っていた。

「リリアーヌ嬢。久しぶりだね。見舞いにも行けなくて済まなかったね。こうして元気な姿を見られてうれしいよ」

 ああ、やっと会えた。

「殿下。お目にかかれて光栄です」

 私は、完璧なリリアーヌのカーテシーで挨拶を返した。うれしくて、目の縁に涙がにじんだ。

「領地での療養から帰ったばかりだろう。こんなにすぐに神殿に入って大丈夫なのかい?」

「お気遣いありがとうございます。健康になりましたので、一刻も早く聖女としてのお勤めをさせていただきたくて、神殿に移ることにいたしました」

 私の健康を気遣ってくれる、なんて優しい方なの。
 以前、迷路の隙間から見た太陽のような王子様が、まばゆい笑顔を私に向けてくれた。ああ、この方に見つめられただけで、心が温かくなる。
 王族はみんなこんなに影響力のある存在なのだろうか。
 ぼうっと見とれてしまった私の手を取り、王子様は口づけを落とした。

「さすが未来の大聖女だ。いい心がけだね。ああ、君の療養中は、聖女オディットが聖水を作ってくれていたよ。君の聖水とそん色ないと評判だったそうだが、病弱な時の君でもあれだけ素晴らしい聖水が作れたんだ。健康になったからにはもっと驚くような聖水を作れると期待しているよ」

 王子様の唇が触れた手を意識して真っ赤になっているところに、オディットの名前が聞こえて正気に返る。
 オディットの聖水? 私に付いて来たこの子の作る聖水が私と同じだなんて。
 せっかくのアルフレッド様の誉め言葉にも素直に喜べなくなる。絶対にこの子にだけは負けないわ。
 私が口を開こうとするよりも先に、後ろでかわい子ぶった声が上がった。

「私は、がんばって作っただけです! それに、聖水を作ることよりも、治療院で治癒魔法を使うことの方が得意なので、聖水作りはリリアーヌ様にお任せしますね!」

 なんてこと! オディットは私と殿下の会話に勝手に入ってきたわ。貴族の会話に平民が口を挟むなんてありえない。
 でも、どうして誰もそれを咎めないの?

「はは、血だらけの怪我人や感染症の病人をも恐れずに治癒魔法を使う聖女のことは、評判になっているようだね。これからもよろしく頼むよ」

「はいっ! お任せください。私、神殿の中にこもっているよりも、あっちこっち行く方が好きなんです」

「全く、オディット殿は。リリアーヌ殿、彼女の指導をよろしく頼むぞ。聖女は市井だけでなく貴族社会の付き合いも必要だからの。オディット殿もリリアーヌ殿の上品さを見習えば、少しはそのじゃじゃ馬も落ち着くのではないかのぉ」

「もう、神殿長様ったら」

「そうそう、神殿長のいうとおりだよ。この間の魔物討伐でも、兵士よりも先に前線へ駆けつけただろう。ずいぶん勇ましい聖女だと評判になっているよ。まあ、そんなところも君の良さなのだけどね」

「アルフレッド様だけですよ。そう言ってほめてくれるのは」

 和やかに王子と神殿長とオディットの3人での会話が盛り上がっている。私が口を挟める余地がない。

 どうして、どうして、平民の聖女なんかが。
 ここでも私は一番になれないの?
 不安が喉をせりあがってきた。
 一番にならなきゃ意味がないのに。
 一番でないと、また、利用される。
 どうしたらいいの。
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