上 下
1 / 33

1 断罪

しおりを挟む
「残念だ、リリー。妹を殺した君とは一緒になれない。君は聖女にふさわしくない」

 その断罪は婚約披露パーティ直前に、王宮の控室で行われた。

 その日、リリアーヌは迎えに来てくれなかった王子に胸騒ぎを感じながら、王家の馬車で城に向かった。
 リリアーヌが案内された控室には、アルフレッド王子だけでなく、聖女オディットがいた。二人は膝を寄せるように隣り合って座っていた。

 アルフレッドはリリアーヌを見ると、苦々し気に顔をしかめた。
 
「リリー。君が妹を殺して、その魔力を奪った証拠がある。そのような恐ろしい犯罪者と結婚することはできない。聖女としての資格を剥奪し、婚姻の約束はなかったものとする」

 テーブルの上に置いてあった書類の束を、アルフレッドはリリアーヌに向けて放り投げた。リリアーヌは避けることもせずに、それを体で受け止めた。腕に当たってバラバラになって落ちていく紙の束を目で追いながら、リリアーヌは止めていた息を吐いた。

 ああ、そうなのね。ついに知られてしまったのね。

 体中の力が抜け、リリアーヌはその場に崩れ落ちた。

 待ち望んだ婚約発表の日だった。もう少しで王子妃になれるところだったのに……。
 なぜ今なの? もう、あのことを知る人は誰もいないのに。
 もしかして、オディットが……?

 オディットはアルフレッド王子に寄り添うようにすわり、涙のにじんだ桃色の目でリリアーヌを見た。
 その悲しげな瞳と目があった瞬間に、リリアーヌはこの女の仕業なのだと確信した。オディットの目の中に、隠しきれない愉悦の色を見たからだ。ああ、この女は心の中では私のことを笑っているのね。

「君は妹を虐待し、何年もの間、無理やり魔力を奪って来た。そして最後には殺して、魔力核を奪ったんだ。なんと恐ろしい人だ。私が愛したのは偽りの姿だったんだな。聖女オディットが教えてくれるまですっかり騙されていたよ」

 アルフレッドはそう言って、オディットの肩を抱き寄せた。
 少し前まで、アルフレッドの優しい眼差しはリリアーヌのものだったのに、今はオディットに向けられている。悔しさと悲しさが入り混じって、リリアーナの目に涙が溢れた。

 アルフ様に一目惚れをしたあの日から、彼のためだけにずっと努力してきたのに。なぜ今になって、オディットに奪われないといけないの?! 

「これには事情があるのです」

 何を言ってもいまさら無駄だろうと思いながらも、リリアーヌはアルフレッドをまっすぐに見つめて、そう言った。
 でも、アルフレッドから返された強い拒絶の眼差しに、もうそれ以上言葉を続けることはできなかった。

 そうね。言ってもきっと信じてはもらえない。嘘つきだと余計に憎まれるだけよね。

「リリアーヌ様は恐ろしいわ。あの時、そんな恐ろしいことが行われると知っていたら、妹さんを助けてあげられたのに。あの哀れな子は使用人ではなく、あなたの妹だったのね。私はずっと騙されていたのです。殿下、私、何もできなかった自分が許せないです」

「オディット。君のせいではないよ。そんな恐ろしいことが実際に行われるなんて、誰も想像できないよ」

 涙を見せるオディットをアルフレッドは優しく抱き寄せた。

 うそつきなオディット。

 リリアーヌはアルフレッドの胸にすがりつくオディットをにらみつけた。私からアルフ様と大聖女の地位を奪うために、あなたが証拠を捏造したのでしょう? だって、証拠なんて残っているわけないもの。関わった人間は全て消えた。生きているのは共犯者だけ。家族と魔法医は絶対に秘密を漏らさないわ。

 それにね、オディット、あなたも私の中では、共犯者なのよ。

 リリアーヌは、どうしてもオディットを糾弾せずにはいられなかった。

「オディットさんはうそつきね。あなたは知っていたじゃない。だって、あなたは助けを求められたでしょう? 姉に魔力を奪われてるって。あなたはそれを止めずに見殺しにしたくせに、今になって、私を陥れるために都合よく思い出したというの? ふふ、ふふふ」

 ああ、なんて滑稽なんだろう。私が聖女にふさわしくないと言うのなら、罪深いオディットもふさわしくないわ。あの時、助けることができたはずなのに。

「う、嘘よ。」

 オディットの顔には焦りが浮かんでいた。

 やっぱり、覚えているのね。自分がどんなに残酷なことをしたのかを。リリアーヌはもっと言ってやろうとオディットの方に一歩近づいた。

「オディットに近づくな。この悪女め! 認めるのだな。妹の魔力核を移植したことを。聖女になるために妹を殺したことを」

 アルフレッドはオディットを守るように立ち上がって、美しい顔をしかめてリリアーヌを罵った。

 私に愛をささやいたアルフ様は、もうどこにもいないのね。私が好きになった優しいアルフ様は幻想だったのかしら。

 もう、どうだっていい。もう、疲れた。こんな結末になるのなら、あの時、目覚めなければ良かった。
 こんなことになるんだったら、私が生まれなければよかったのに!


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 デュボア侯爵家は、南部に豊かな領地を持つ裕福な大貴族で、何の問題もない幸せな家だった。王宮で大臣として働く夫フィリップと優しい妻カトリーヌの間に生まれた初めての子供のリリアーヌが高熱を出し、体中が紫色になるまでは。

「魔力欠乏症だと?」

「そんな! どうしてうちの娘が」

 魔力は心臓のすぐ横にある魔力核で作られる。その魔力が体を循環し、力をみなぎらせ、健康が保たれる。リリアーヌの魔力核には生まれながらの欠陥があり、生命維持に必要な魔力が不足していたのだ。魔力が不足し、欠乏症になり、肌の色が紫に変わった。


「私の魔力を娘にやってくれ。そうすれば命は助かるのだろう?」

「わたくしの魔力も使ってください。娘の為なら、何でもしますわ」

 夫妻は必死になって、魔法医に頼んだ。魔力を他人に譲渡するには酷い苦痛と代償を伴う。娘の為ならそれでもかまわない。だが、医者は難しい顔をした。

「残念ながら、お嬢様の魔力は、侯爵様の風属性でも、侯爵夫人の火属性でもなく、希少な聖属性なのです。属性が同じでなければ、譲渡はできません」

「なんてことだ」

「ああ」

 がっくりと侯爵はうなだれ、夫人は嗚咽を漏らした。

「そんな! どうにかして聖の魔力を得られないのか」

 その問いには答えられなかった。希少な聖属性の魔力の持ち主は癒しの力を持つため、聖女として神殿に管理されている数十人しか存在しない。魔力譲渡など、危険で苦痛を伴う行為を神殿が認めるわけがないのだ。

「残念ですが、」

「いやぁー!」

 打つ手はない、そう続けようとした魔法医に夫人は悲鳴をあげて取りすがった。

「お願い、何でもするわ。この子を助けて、この子を助けてください」

 夫人の必死の叫びに、夫も魔法医に詰め寄った。

「何か方法はないのか。大切の娘なんだ。まだ赤子だ。こんなに小さいのに助からないなどと、ありえないだろう。どんな方法でもいい。金はいくらでも出す。頼む」

 目の前に大量の金貨を積まれて、魔法医は少し考えてから、ある方法を伝えた。
 それは、法律で禁止された、とても恐ろしく、おぞましい方法だった。それを聞いて夫妻は青ざめてお互いの手を握りあった。そんな恐ろしいことが自分たちにできるのか。あまりにも酷い方法に、一度は断り、運命を受け入れようと思った。

 しかし、その時、赤子のリリアーヌが目を開けた。そして、か細い声で泣いた。高熱が続き、意識を失っていたのに、両親が別れを受け入れようとしたその瞬間に、目を開けて最後の力を振り絞って、かすれた声で泣いたのだ。助けを求めるように。自分をあきらめないでと訴えるように。
 妻のすがるような目に夫は決心した。

「分かった。やろう。この子の為なら、私は非道になることも厭わない」

 覚悟を決めた夫妻に魔法医は告げた。

「では、一つだけアドバイスを。決して、何があっても愛情をもってはなりません。これは娘さんを助けるために作る人形だと思うのです。もしも、自分の子供だと思えば魔力譲渡させるのをためらうでしょう。良いですか、人間だとは思わず、ただの魔力のための人形だと思うのです」

 そうして、魔法医の指示の下、夫人は一年後、秘密裏に一人の娘を産んだ。長女と全く同じ姿の聖の魔力を持つ健康な娘を。生まれたときから、魔力を譲渡する魔力人形としての娘を。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。 そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。 悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。 「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」 こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。 新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!? ⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】

小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。 これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。 失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。 無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。 そんなある日のこと。 ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。 『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。 そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜

黄舞
ファンタジー
 侯爵令嬢である主人公フローラは、次の聖女として王太子妃となる予定だった。しかし婚約者であるはずの王太子、ルチル王子から、聖女を偽ったとして婚約破棄され、激しい戦闘が繰り広げられている戦場に送られてしまう。ルチル王子はさらに自分の気に入った女性であるマリーゴールドこそが聖女であると言い出した。  一方のフローラは幼少から、王侯貴族のみが回復魔法の益を受けることに疑問を抱き、自ら強い奉仕の心で戦場で傷付いた兵士たちを治療したいと前々から思っていた。強い意志を秘めたまま衛生兵として部隊に所属したフローラは、そこで様々な苦難を乗り越えながら、あまねく人々を癒し、兵士たちに聖女と呼ばれていく。  配属初日に助けた瀕死の青年クロムや、フローラの指導のおかげで後にフローラに次ぐ回復魔法の使い手へと育つデイジー、他にも主人公を慕う衛生兵たちに囲まれ、フローラ個人だけではなく、衛生兵部隊として徐々に成長していく。  一方、フローラを陥れようとした王子たちや、配属先の上官たちは、自らの行いによって、その身を落としていく。

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

処理中です...