アメミヤのよろず屋

高柳神羅

文字の大きさ
上 下
168 / 176

第168話 スプライトの楽園

しおりを挟む
 天空神殿は、一体空のどの辺りの高さに浮かんでいるのだろう。
 足場から下を覗いてみた限りでは、陸地も海も見えなかった。雲が遥か下にちらほらと浮かんでいるのが見えたくらいだ。
 ということは、少なくとも雲の上──それも世界中のどんなに高い山の頂上に登ったとしても欠片も姿が捉えられないような高さを飛んでいるということくらいは分かる。
 それだけの高さにあるから此処の気候は常に一定で、とても穏やかな環境だ。
 天国と言っても過言ではないような、そんな雰囲気がある。
 しかしそんな場所にも、争いの種はある。
「何で僕ばっかり!」
 僕は体勢を低くして、頭上を旋回するウィンド・スプライトの群れを必死に避けていた。
 此処には、どういうわけか悪天候でもないのに大量のスプライトがいる。
 それが僕を見つけるなり問答無用で飛びかかってくるのだから、僕としてはたまったものではない。
 魔術を使える人間ならわざわざ僕を狙わなくてもシャーリーンさんもキクもいるのに、そちらには何故だか見向きもしないのだ。
 この場で唯一魔力を持たない人間であるクレハが、暢気に僕とウィンド・スプライトの追いかけっこを眺めている。
「楽しそうやんなぁ、シルカ」
「楽しそうに見えるのか、これが!」
 僕は怒鳴った。
 これをお遊戯会か何かと思っているなら、あいつはいっぺん医者に頭の中を診てもらった方がいいと思う。
「キク、氷魔術だ! こいつらを撃ち落としてくれ!」
 キクがこくこくと頷いて、掌を宙に向けた。
「アイシクルランス!」
 ばすっ、と氷の槍がウィンド・スプライトを射抜いた。
 しかし、此処にいるウィンド・スプライトは一匹だけではない。
「アイシクル……」
 僕も振り向きながらウィンド・スプライトを狙って掌を翳す。
 と、ぐきっと音がして足首が妙な方向に傾いた。
「バレットォ!?」
 僕は仰向けにひっくり返った。
 何とか意地で唱え切った魔術は、氷の礫をウィンド・スプライトたちに浴びせる。
 礫を受けた残りのウィンド・スプライトが、蒸発するように消滅した。
 何とか駆除できて良かった。
 僕は立ち上がろうと地面に手をついた。
 途端、びきっと足首に激痛が走る。
 どうやら、ひっくり返った時におかしな風に足首を捻ってしまったらしい。
「やばい、足首やった!」
「何や、貧弱やなぁシルカ!」
 あっはっは、と大笑いするクレハ。
「そんなんやと冒険者は務まらんよ? もっと体鍛えな!」
「馬鹿! 僕は冒険者は引退したんだって言っただろ!」
 ふー、と深呼吸をする僕。
 此処でクレハを怒鳴りつけたところで足の怪我が治るわけではない。無駄なことをしても体力がなくなるだけだ。
 僕の様子を見つめながら、シャーリーンさんが近付いてきた。
「……怪我をなさったのですか?」
「足首を、ちょっと」
 僕の足首にそっと手を触れるシャーリーンさん。
「オールキュア」
 彼女の手が、淡い黄金色の光に包まれる。
 彼女から温かいものが流れてくるのを、僕の足は感じ取った。
 まるで足首だけがお湯に浸かっているような感覚だ。
 シャーリーンさんの手から光が消える。
 彼女は僕の足首から手を離し、言った。
「完全に治るまで少し時間はかかりますが、これで大丈夫だと思います」
「……ありがとう」
 今のは治癒魔術の一種か。
 治癒魔術といえばヒーリングという魔術が一般的に広く知られているが、それとは違うものらしい。
 ヒーリングは裂傷や打撲のような外的要因によって負った怪我は治せるが、捻挫のような代物は治せない。それを考えると、今彼女が僕に使った魔術は相当高等なもののようである。
 僕はクレハを呼んだ。
「足が治るまでおぶってってくれるか」
「しゃあないのう」
 クレハは肩を竦めて、僕の体の下に腕を差し入れた。
 そして、そのまま僕をお姫様抱っこした。
 僕はぎょっとして足をばたつかせた。
「おい、おぶってって言ったのに……」
「どっちも大して変わらへんよ。ほれ、大人しくしい。地面の外に落としてまうで」
 移動できると判断したのか、シャーリーンさんは踵を返して先へと進み始めた。
 そんなこともあって、僕は目的の場所に着くまでクレハの腕に抱かれて運ばれることになった。
 こんな姿、みっともなくて知り合いには絶対に見せられないな。
 このことは、僕だけの秘密にしておこう。
 クレハの腕の中で揺られながら、僕はそう思ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!(改訂版)

IXA
ファンタジー
凡そ三十年前、この世界は一変した。 世界各地に次々と現れた天を突く蒼の塔、それとほぼ同時期に発見されたのが、『ダンジョン』と呼ばれる奇妙な空間だ。 不気味で異質、しかしながらダンジョン内で手に入る資源は欲望を刺激し、ダンジョン内で戦い続ける『探索者』と呼ばれる職業すら生まれた。そしていつしか人類は拒否感を拭いきれずも、ダンジョンに依存する生活へ移行していく。 そんなある日、ちっぽけな少女が探索者協会の扉を叩いた。 諸事情により金欠な彼女が探索者となった時、世界の流れは大きく変わっていくこととなる…… 人との出会い、無数に折り重なる悪意、そして隠された真実と絶望。 夢見る少女の戦いの果て、ちっぽけな彼女は一体何を選ぶ? 絶望に、立ち向かえ。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

処理中です...