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第2話 押しかけ弟子の揺らがぬ決意
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見つめ合う青年と、カムイ。
時間にしておよそ一分くらいだろうか。
ようやく沈黙から脱した青年は、微妙に困惑した顔をして首をことりと傾けた。
「弟子……って、急にそんなことを言われても」
「貴方は魔王を倒した英雄なんでしょう!? オレ、世界で一番の冒険者になるのが目標なんです! そのために勉強がしたいんです、お願いします、先生!」
先生、と呼ばれて青年はますます困惑したようだった。
彼は救いを求めるようにアンドレにちらりと視線を向けた。
「あの、この子は……?」
「その子はカムイっていうんだ。冒険者志望でな……悪い子じゃないんだが……」
「……そうですか」
アンドレの一言で、彼が言わんとしていることの大体を察したらしい。青年は指先で頬を掻いた。
それから膝を折ってカムイと目線の高さを合わせて、言う。
「ええと……カムイ君、だったね。冒険者に憧れて目指すのは君の自由だからそれを咎めることは僕はしないけれど、僕を先生にしても君が得られるものは何もないよ。悪いことは言わないから、冒険者の先生が欲しいなら他の人を選びなさい。此処には、毎日大勢の冒険者さんが来るんでしょう?」
「英雄以上の先生なんて見つかるもんか! オレはただの冒険者になりたいんじゃない、世界一の冒険者になりたいんだ! お願いします先生、オレを先生の傍に置いて下さい! 何処までも付いて行きますから!」
やんわりと「関わるな」と言ったつもりが、カムイには全く通じていない。
何が何でも弟子になる、一緒に旅に連れて行ってもらう、という強い決意の光を少年の瞳の奥に見つけて、青年は心底困った様子で溜め息をついた。
「……駄目だよ、僕に付いて来るなんて。僕にはそんな価値はないよ」
これ以上相手をしていると厄介な方向に話が転がっていくと判断したのだろう。青年はカムイから視線をそらして立ち上がり、言った。
「それでは、僕は調査に行きます。お話、ありがとうございました」
「おう、あまり役に立てなくてすまんな。英雄様にこんな言葉を言うのはナンセンスなのかもしれないが、気を付けて行くんだぞ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「先生! オレも一緒に行く……」
「君は駄目だよ。付いて来ないで」
身を乗り出しかけたカムイをぴしゃりと一喝して、青年は冒険者ギルドから去っていった。
残されたカムイは、両手をきゅっと握って青年が出て行った出口の方を見つめながら、呟いた。
「オレ、諦めるもんか……絶対に付いて行く、先生に、オレが弟子になることを何が何でも認めてもらうんだ!」
決意の言葉を口にして、だっと駆け出していく。
「あ、こら! カムイ!」
アンドレが慌てて呼びかけるが、その時には既にカムイの姿は建物の中から消えていた。
カムイは、冒険者が日々どれほどの過酷な生活を送っているかを知らない。このまま無理矢理青年に付いて行って、彼は果たして何を目にしてどんな思いを胸に抱くのだろうか。
何でもいいから怪我だけはしないでほしいと独りごちて、アンドレは深く溜め息をついたのだった。
街の隣に広がるこの森は、魔物狩りのために冒険者が頻繁に足を踏み入れている場所ではあるが、その環境は決して穏やかなものではない。
深く入り組んだ地形、そこかしこに身を隠して獲物を狙うために目を光らせている魔物や野生の獣たち……自然の驚異に翻弄されて命を落とした人間は決して少なくはない。
そんな天然の迷宮とも呼べる鬱蒼とした緑の世界を、青年は無言のまま草を掻き分けながら進んでいく。
その後ろを必死に付いて歩くのは、青年の背中しか目に入っていない冒険者志望の少年。
青年は、自分の背後を歩くカムイの存在に気付いていた。
本当は、街中で気配に気付いていた時点で彼を追い返すべきだったのだろう。その気になれば自分の能力を使って彼を撒くことも十分にできたはずだ。
何故、それをやらなかったのか。わざわざこうして彼を連れ歩くような状況を作り出してしまったのか。
今となっては、分からない。しかし今からこの一般人同然の少年をこんな環境の中に置き去りにするわけにもいかず。
遂に観念した彼は、歩の速度を遅めてカムイの横に並び、声を掛けた。
「……僕は、君の先生には相応しくはないよ」
唐突にそんな言葉を掛けられたからか、カムイが不思議そうな顔をして青年の顔を見つめている。
青年は自嘲気味に力のない微笑を零して、言った。
「僕が世間で何と呼ばれているか知ってるかい。『孤高の死神』というんだ」
そういえば冒険者ギルドにいた冒険者が彼のことをそんな名前で呼んでたな、とカムイは思った。
「過去に僕に関わった人間は、全員死んだ。それは一緒に魔王と戦ってくれた仲間たちも例外じゃない。戦いの末に満身創痍になった皆を殺して、その命を糧にして僕はただ一人生き残ったんだ。そうしなければ、僕は帰ってくることができなかったから。……分かったかい、僕は、人から尊敬されるような人間なんかじゃないんだよ」
仲間殺しという汚名を着た英雄。その名を聞いた者は、皆例外なく震え上がる。
彼に関われば自分も殺されると誰もが恐れ、そうして、彼の名を知る者は彼から距離を置くようになった。
それは、ある意味──魔王と同じなのではなかろうか。
だから彼も、自分から必要以上に他人と関わりを持とうとはしない。仲間を作らず、一人の力だけで今までを生きてきた。
誰にとってもそれが最良なのだと、思っていたから。
「だから、お帰り。街に戻って、僕のことは忘れるんだ。……此処からならまだ街は近い、今から送ってあげるから」
「……嫌だ。帰らない」
カムイは頑なに首を振った。
彼は眉間に力を入れて、言った。
「オレは先生以外の人を先生にするなんて考えてない。先生が死神? 関わった奴は全員死んだ? そんなの、オレもそうなるなんて決まったわけじゃないだろ。先生が本物の死神かどうかはオレが自分で見て決める。……先生は優しい人だ、それくらいはオレにだって分かるよ。先生が人殺しなんかには見えない。今までの奴が死んだ理由だって、きっと何かあるんだ。オレはそう思ってる」
「……殺人鬼は、自分が殺人鬼だって人が見てすぐに分かるような顔をしないものだ。一見温厚そうに見える人間が、実はとんでもない悪人だったって話は世間にごまんとあるんだよ。僕がそういう人間じゃないってどうして言いきれるんだい? 君は何か思い違いをしているよ」
「先生、一生のお願いだ。いや、一生のお願いです! オレを弟子にして下さい! オレはどうしても世界一の冒険者になりたいんだ、そのためだったら、どんな辛い訓練にだって耐えてみせるから! お願いします!」
「…………」
腕を掴まれ、揺すられて。縋るような目で見つめられて。
それほどまでに必死になっている少年を諦めさせる言葉が、青年には見つからなかった。
青年は深い溜め息をついて──口を、開いた。
「君は、多分後悔することになるよ。僕が何故英雄になったのか、そこに至るまでに僕がどんなことをしてきたのかを知ったら。……それを知っても、それでもまだ僕の弟子になるという決意が変わらないと君が言うのなら、その時は僕も責任を取ろう。君を一人前の冒険者として育てると、約束してあげる」
「……はい!」
ぱっ、とカムイの顔が明るく輝いた。
彼は青年から手を離して、頭を下げた。
「宜しくお願いします、先生!」
「うん、その『先生』というのはちょっとね……ノエルと呼んでくれるかい。名前で呼ばれた方が、僕も気が楽だ」
青年──ノエルは頬を掻きながら、笑った。
彼が今までにどんなことをしてきて英雄となり、果てに死神と揶揄されるようになったのか、その穏やかな態度からは全く想像が付かない。
しかしそれが例えどんなに酷い話であったとしても、彼を師として仰ぐ気持ちは決して変えないと、カムイは小さな決意を胸中に抱くのだった。
時間にしておよそ一分くらいだろうか。
ようやく沈黙から脱した青年は、微妙に困惑した顔をして首をことりと傾けた。
「弟子……って、急にそんなことを言われても」
「貴方は魔王を倒した英雄なんでしょう!? オレ、世界で一番の冒険者になるのが目標なんです! そのために勉強がしたいんです、お願いします、先生!」
先生、と呼ばれて青年はますます困惑したようだった。
彼は救いを求めるようにアンドレにちらりと視線を向けた。
「あの、この子は……?」
「その子はカムイっていうんだ。冒険者志望でな……悪い子じゃないんだが……」
「……そうですか」
アンドレの一言で、彼が言わんとしていることの大体を察したらしい。青年は指先で頬を掻いた。
それから膝を折ってカムイと目線の高さを合わせて、言う。
「ええと……カムイ君、だったね。冒険者に憧れて目指すのは君の自由だからそれを咎めることは僕はしないけれど、僕を先生にしても君が得られるものは何もないよ。悪いことは言わないから、冒険者の先生が欲しいなら他の人を選びなさい。此処には、毎日大勢の冒険者さんが来るんでしょう?」
「英雄以上の先生なんて見つかるもんか! オレはただの冒険者になりたいんじゃない、世界一の冒険者になりたいんだ! お願いします先生、オレを先生の傍に置いて下さい! 何処までも付いて行きますから!」
やんわりと「関わるな」と言ったつもりが、カムイには全く通じていない。
何が何でも弟子になる、一緒に旅に連れて行ってもらう、という強い決意の光を少年の瞳の奥に見つけて、青年は心底困った様子で溜め息をついた。
「……駄目だよ、僕に付いて来るなんて。僕にはそんな価値はないよ」
これ以上相手をしていると厄介な方向に話が転がっていくと判断したのだろう。青年はカムイから視線をそらして立ち上がり、言った。
「それでは、僕は調査に行きます。お話、ありがとうございました」
「おう、あまり役に立てなくてすまんな。英雄様にこんな言葉を言うのはナンセンスなのかもしれないが、気を付けて行くんだぞ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「先生! オレも一緒に行く……」
「君は駄目だよ。付いて来ないで」
身を乗り出しかけたカムイをぴしゃりと一喝して、青年は冒険者ギルドから去っていった。
残されたカムイは、両手をきゅっと握って青年が出て行った出口の方を見つめながら、呟いた。
「オレ、諦めるもんか……絶対に付いて行く、先生に、オレが弟子になることを何が何でも認めてもらうんだ!」
決意の言葉を口にして、だっと駆け出していく。
「あ、こら! カムイ!」
アンドレが慌てて呼びかけるが、その時には既にカムイの姿は建物の中から消えていた。
カムイは、冒険者が日々どれほどの過酷な生活を送っているかを知らない。このまま無理矢理青年に付いて行って、彼は果たして何を目にしてどんな思いを胸に抱くのだろうか。
何でもいいから怪我だけはしないでほしいと独りごちて、アンドレは深く溜め息をついたのだった。
街の隣に広がるこの森は、魔物狩りのために冒険者が頻繁に足を踏み入れている場所ではあるが、その環境は決して穏やかなものではない。
深く入り組んだ地形、そこかしこに身を隠して獲物を狙うために目を光らせている魔物や野生の獣たち……自然の驚異に翻弄されて命を落とした人間は決して少なくはない。
そんな天然の迷宮とも呼べる鬱蒼とした緑の世界を、青年は無言のまま草を掻き分けながら進んでいく。
その後ろを必死に付いて歩くのは、青年の背中しか目に入っていない冒険者志望の少年。
青年は、自分の背後を歩くカムイの存在に気付いていた。
本当は、街中で気配に気付いていた時点で彼を追い返すべきだったのだろう。その気になれば自分の能力を使って彼を撒くことも十分にできたはずだ。
何故、それをやらなかったのか。わざわざこうして彼を連れ歩くような状況を作り出してしまったのか。
今となっては、分からない。しかし今からこの一般人同然の少年をこんな環境の中に置き去りにするわけにもいかず。
遂に観念した彼は、歩の速度を遅めてカムイの横に並び、声を掛けた。
「……僕は、君の先生には相応しくはないよ」
唐突にそんな言葉を掛けられたからか、カムイが不思議そうな顔をして青年の顔を見つめている。
青年は自嘲気味に力のない微笑を零して、言った。
「僕が世間で何と呼ばれているか知ってるかい。『孤高の死神』というんだ」
そういえば冒険者ギルドにいた冒険者が彼のことをそんな名前で呼んでたな、とカムイは思った。
「過去に僕に関わった人間は、全員死んだ。それは一緒に魔王と戦ってくれた仲間たちも例外じゃない。戦いの末に満身創痍になった皆を殺して、その命を糧にして僕はただ一人生き残ったんだ。そうしなければ、僕は帰ってくることができなかったから。……分かったかい、僕は、人から尊敬されるような人間なんかじゃないんだよ」
仲間殺しという汚名を着た英雄。その名を聞いた者は、皆例外なく震え上がる。
彼に関われば自分も殺されると誰もが恐れ、そうして、彼の名を知る者は彼から距離を置くようになった。
それは、ある意味──魔王と同じなのではなかろうか。
だから彼も、自分から必要以上に他人と関わりを持とうとはしない。仲間を作らず、一人の力だけで今までを生きてきた。
誰にとってもそれが最良なのだと、思っていたから。
「だから、お帰り。街に戻って、僕のことは忘れるんだ。……此処からならまだ街は近い、今から送ってあげるから」
「……嫌だ。帰らない」
カムイは頑なに首を振った。
彼は眉間に力を入れて、言った。
「オレは先生以外の人を先生にするなんて考えてない。先生が死神? 関わった奴は全員死んだ? そんなの、オレもそうなるなんて決まったわけじゃないだろ。先生が本物の死神かどうかはオレが自分で見て決める。……先生は優しい人だ、それくらいはオレにだって分かるよ。先生が人殺しなんかには見えない。今までの奴が死んだ理由だって、きっと何かあるんだ。オレはそう思ってる」
「……殺人鬼は、自分が殺人鬼だって人が見てすぐに分かるような顔をしないものだ。一見温厚そうに見える人間が、実はとんでもない悪人だったって話は世間にごまんとあるんだよ。僕がそういう人間じゃないってどうして言いきれるんだい? 君は何か思い違いをしているよ」
「先生、一生のお願いだ。いや、一生のお願いです! オレを弟子にして下さい! オレはどうしても世界一の冒険者になりたいんだ、そのためだったら、どんな辛い訓練にだって耐えてみせるから! お願いします!」
「…………」
腕を掴まれ、揺すられて。縋るような目で見つめられて。
それほどまでに必死になっている少年を諦めさせる言葉が、青年には見つからなかった。
青年は深い溜め息をついて──口を、開いた。
「君は、多分後悔することになるよ。僕が何故英雄になったのか、そこに至るまでに僕がどんなことをしてきたのかを知ったら。……それを知っても、それでもまだ僕の弟子になるという決意が変わらないと君が言うのなら、その時は僕も責任を取ろう。君を一人前の冒険者として育てると、約束してあげる」
「……はい!」
ぱっ、とカムイの顔が明るく輝いた。
彼は青年から手を離して、頭を下げた。
「宜しくお願いします、先生!」
「うん、その『先生』というのはちょっとね……ノエルと呼んでくれるかい。名前で呼ばれた方が、僕も気が楽だ」
青年──ノエルは頬を掻きながら、笑った。
彼が今までにどんなことをしてきて英雄となり、果てに死神と揶揄されるようになったのか、その穏やかな態度からは全く想像が付かない。
しかしそれが例えどんなに酷い話であったとしても、彼を師として仰ぐ気持ちは決して変えないと、カムイは小さな決意を胸中に抱くのだった。
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