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第3話 ダンジョンへの誘い

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 階下に下りた僕を待っていたのは、立派な鎧に身を包んだ若い男だった。
 冒険者としてそこそこ場数を踏んでいるであろうことが、佇まいから滲み出る雰囲気で分かる。

「初めまして。冒険者のラーシュ・イグニトンです」

 彼は名乗りながら右手を差し出してきた。
 剣ダコが目立つ立派な掌だ。デスクワークをしている僕とは大違いである。

「鑑定士のイオ・ラトンです。宜しく」

 僕はラーシュさんの手を握り返し、名乗った。もちろん笑顔も忘れない。

「立ち話も何だから、こっちの席を使ってちょうだい」

 ヘンゼルさんが交流スペースの空いているテーブル席を勧めてくれた。有難い。
 僕とラーシュさんはテーブル席に移動し、腰を下ろした。

「早速なのですが」

 席に着く早々、ラーシュさんは本題を切り出した。

「イオさんは、この街の傍に新しくできたダンジョンのことは御存知ですか?」
「ダンジョンですか?」

 ダンジョン。それは魔物が多く棲む自然の迷宮である。
 中には放置された砦や城といった人工的な建造物がそうなっている場合もあるのだが、それはこの際置いておく。
 ダンジョンを探索するのは冒険者の生業のようなもので、難易度の高いダンジョンを踏破することは彼らにとって重要なステータスとなる。高難易度のダンジョンを踏破したという実績があれば、それだけ冒険者としての信頼度が上がり実入りが良い仕事にありつきやすくなるからだ。
 ダンジョンが自然に発生する原理は明確に解明されてはいない。自然界の歪みがダンジョンを生むのだと言う者もいれば、魔法的な要素が影響しているのだと言う者もいる。
 つまり、よく分からないということらしい。
 ラーシュさんが発見したのは洞窟型のダンジョンで、見たところそこそこの深さがありそうだということだった。
 深さがあるということは、その分宝物なんかも期待できるということで。
 宝が発掘できるダンジョンとなると、冒険者ギルドとしても無関係とは言えない。
 ダンジョン絡みの取引で、仕事が増えそうだな。
 などと僕が考えている前で、ラーシュさんは紙筒を何処からか取り出し、テーブルの上に広げて置いた。

「実は、国からの依頼で私たちのパーティがダンジョンの調査をすることになったんです」

 紙面には国からの書簡であることを示す紋章が刻印されていた。
 文章の方は、簡単にまとめるとダンジョンの調査を正式に依頼します云々といった類のことが記されている。確かに、国から直々に依頼された仕事のようだ。
 基本的に、冒険者向けの仕事は冒険者ギルドが依頼者と冒険者との間を仲介する形でギルドから『クエスト』として受注書を発行し、斡旋している。国そのものが直接何かを依頼してくることは稀なのだが、そういうことがあった場合、その依頼は指名制となる。
 冒険者ギルドを介して仕事を請け負ってくれる者を探すこともあるが、殆どは請負人に求められる技能や諸々の要素が一般レベルを遥かに超えた一流の実力者でなければ受注の条件を達成できないので、単に名指しをしていないというだけで指名制に限りなく近いと言っても過言ではない。直接名指しをしている場合は言わずもがなだ、そういう依頼が国から出ていること自体を普通の冒険者たちが知ることはない。様々な方法で、その話は指名された者の元へと届けられる。
 どういう経緯でこの依頼が国から彼の元へと届けられたのかは分からないが、直々に指名される辺り、彼は僕が思っていた以上の熟練者のようだ。

「ダンジョンの構造、魔物の分布、得られる宝や素材についてを記録しなければならないのですが」

 ラーシュさんはそこで一旦言葉を切り、僕の顔をじっと見つめて、続けた。

「より詳しい記録を取るために、鑑定魔法を使える方に同行してもらおうという話になりまして」

 鑑定魔法は、基本的に鑑定士しか使うことができない。
 ……と言うよりも、鑑定魔法を使える者は大抵鑑定士になると言った方が正しいか。
 稀に冒険者の中にも鑑定魔法が使える者がいるらしいが、それは本当に稀だ。僕は見たことがない。
 鑑定魔法を扱える者を探そうと思ったら、冒険者ギルドに勤めている鑑定士を当たるのが早い。ラーシュさんもそう思って此処に来たのだろう。
 ……ちょっと待て。となると、この流れって……
 そんな僕の胸中に生じた危惧を読み取ったかのように、ラーシュさんはその言葉を口にした。

「単刀直入に言います。イオさん、私たちのダンジョン調査に同行しては頂けませんでしょうか?」
「……はい?」

 僕は、自分でも呆れるくらいの間の抜けた声を発して、目を何度も瞬かせていた。
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