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第21話 おっさん、危機感を求める
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アマヌ平原は、現地人にすら何もないと言われていた場所であるが、改めて見ると本当に何もない。
生えているのは背の低い雑草。よく見るとイヌフグリの花によく似た小さな青い花がちらほらと咲いているが、これはシズクの花と呼ばれるこの世界ではさして珍しくもない雑草らしい。
これだけ草が生えてるなら草食性の動物くらいいそうなものなのだが、この程度の植物など腹の足しにもならないと思われているのか、動物の気配は全くなかった。小さなバッタのような昆虫が時々草の陰から飛び出しては飛んでいくだけだ。
こんな何もない土地など制圧する必要もないと言っているかのように、虚無の姿も全く見えない。
平和なのはいいことだとは思うけどな。
そんな感じで街を出て南を目指して歩くこと一時間。
さして苦労することもなく、ダンジョンの入口に到着した。
ダンジョンには、街のような固有名詞は付いていない。大抵の場合はそのダンジョンがある土地の名前を取って名付けられているらしい。
アマヌのダンジョン、と呼ばれているそのダンジョンの入口は、見た目は小動物の巣穴をそのまま人間が入れるくらいの大きさに引き伸ばしたような、地面に空いた穴だった。
剥き出しの土が固められて形成された穴の幅は、約二メートルといったところか。奥に進めばその限りではないかもしれないが、中で妖異に遭遇することを考えたら心許ない広さである。
アルテマみたいな強力な魔法を壁とか天井にうっかりぶつけたら、崩落して生き埋めになる可能性がある。使う魔法はよく考える必要がありそうだ。
早いところ目的のバレット・マンドラゴラとやらを見つけて帰ろう。
……それは、良いのだが。
「うわぁ……真っ暗ね。ランプとか用意してくれば良かったわね」
「自然系のダンジョンなんですね。濃い土の匂いがしますね」
入口から中を覗き込んでいる、まるでピクニックを楽しんでいるかのような様子のフォルテとユーリル。
何で、この二人まで一緒に付いて来てるんだ?
「……なあ」
俺は腰に手を当てて、少し離れた位置から二人を見つめながら問いかけた。
「俺、言ったよな。何があるか分からないダンジョンでは流石にあんたたちを守り切る自信がないから街で待ってろって。聞いてなかったのか?」
街を出発する前に、俺は二人に言ったのだ。
ダンジョンは地上と違って危険な場所らしいし、妖異がどれほどの強さを持った存在なのか分からないから、安全を考慮してあんたたちは街で待っていてほしいと。
ヴァイスはこんな見た目でも召喚獣だから自分で身を守る能力くらいはあるだろう。しかしフォルテが使えるのは日本の物しか呼び出せない召喚魔法だけで、ユーリルに至っては魔法使いでありながら魔法が一切使えない。
それでダンジョンを歩くなんて、絶壁を命綱なしで登ろうとするようなものだと思うのだ。
いくら俺が二人を守るといっても、俺の身体能力にも限界というものがある。もしも複数の妖異が一度に現れて別々に襲いかかってきたら、その状況を何とかする自信は俺にはない。
だったら、最初から俺一人だけでダンジョンに潜った方がよほど安全だ。俺も自分の身を守ることだけに集中できるし、傍で大怪我されて動揺することもないから。
そんな俺の気持ちを知ってか知るまいか、フォルテはやけに自信たっぷりな様子で答えた。
「ハルにだけ仕事を押し付けるわけにはいかないもの。大丈夫、自分の身くらいは自分でちゃんと守るから」
「どうやって?」
「これで」
言って彼女が取り出したのは、腰に下げたベルトを編んで作ったような形をしたホルダーに納められていた白い革張りの書物。何に使うものなのか用途が未だに分からない彼女の愛用品である。
それを片手で掴んでぶんっとハンマーのように振り下ろし、彼女は笑った。
「思いっ切り殴るのよ」
……その本ってそういう風に使うものじゃないはずだよな?
確かに分厚いし固そうだし、角がヒットすればそこそこの衝撃は与えられそうではあるが……いやいや。
本を物理的な武器として使って戦うのはゲームの中のキャラクターだけで十分である。
「私は、ハルさんと一緒にいて学んだのです……魔法を会得するためには、自分の身をわざと危険に晒して体に危機感を覚えさせなければ駄目だと」
ユーリルはいつになく真剣な面持ちで、魔道大全集を抱く両腕にきゅっと力を込めた。
「ダンジョンに入って妖異を目の前にすれば、私の中に眠る魔法の力が目覚めるかもしれません。その可能性に賭けたいのです」
それは……あれか? わざと自分を追い込んで無理矢理やる気を出させる、テスト前の学生がよくやる最終手段みたいなものか?
その発想は、あながち間違いでもないとは言いたいが……自分の命を天秤にかけてまでやらないでほしいものである。
これは遊びじゃないんだぞ。下手をしたら死ぬかもしれない命が懸かった仕事なんだぞ。
そういうのとは一切無縁の生活をしてきた異世界人の俺よりも危機感がないなんて……大丈夫なのか、こいつらは。
俺は溜め息をついて、それまで俺の足下でずっと大人しく座っていたヴァイスの頭を撫でた。
「……俺の頼りはお前だけだ。宜しくな」
「わんっ」
ヴァイスは背筋をぴんと伸ばして元気の良い返事をした。
こいつが伝説の召喚獣らしい働きをしてくれることを期待しよう。
俺は大きく息を吐いて、右の掌を上に向けた。
掌の上に風船を浮かばせるようなイメージを脳内に描きながら、魔法を唱える。
「ライティング」
握り拳ほどの大きさの真っ白な光の玉が生まれ出る。
これは、照明魔法と言われるものだ。闇を照らすための光を生む、ただそれだけの魔法ではあるが、ランプの光よりも明るくより遠くを照らすことができるので使えるとかなり重宝する便利魔法のひとつである。
その光を顔の高さで掲げながら、俺はダンジョンの入口の中へ一歩を踏み出した。
「……行くぞ」
アマヌのダンジョン、探索開始である。
生えているのは背の低い雑草。よく見るとイヌフグリの花によく似た小さな青い花がちらほらと咲いているが、これはシズクの花と呼ばれるこの世界ではさして珍しくもない雑草らしい。
これだけ草が生えてるなら草食性の動物くらいいそうなものなのだが、この程度の植物など腹の足しにもならないと思われているのか、動物の気配は全くなかった。小さなバッタのような昆虫が時々草の陰から飛び出しては飛んでいくだけだ。
こんな何もない土地など制圧する必要もないと言っているかのように、虚無の姿も全く見えない。
平和なのはいいことだとは思うけどな。
そんな感じで街を出て南を目指して歩くこと一時間。
さして苦労することもなく、ダンジョンの入口に到着した。
ダンジョンには、街のような固有名詞は付いていない。大抵の場合はそのダンジョンがある土地の名前を取って名付けられているらしい。
アマヌのダンジョン、と呼ばれているそのダンジョンの入口は、見た目は小動物の巣穴をそのまま人間が入れるくらいの大きさに引き伸ばしたような、地面に空いた穴だった。
剥き出しの土が固められて形成された穴の幅は、約二メートルといったところか。奥に進めばその限りではないかもしれないが、中で妖異に遭遇することを考えたら心許ない広さである。
アルテマみたいな強力な魔法を壁とか天井にうっかりぶつけたら、崩落して生き埋めになる可能性がある。使う魔法はよく考える必要がありそうだ。
早いところ目的のバレット・マンドラゴラとやらを見つけて帰ろう。
……それは、良いのだが。
「うわぁ……真っ暗ね。ランプとか用意してくれば良かったわね」
「自然系のダンジョンなんですね。濃い土の匂いがしますね」
入口から中を覗き込んでいる、まるでピクニックを楽しんでいるかのような様子のフォルテとユーリル。
何で、この二人まで一緒に付いて来てるんだ?
「……なあ」
俺は腰に手を当てて、少し離れた位置から二人を見つめながら問いかけた。
「俺、言ったよな。何があるか分からないダンジョンでは流石にあんたたちを守り切る自信がないから街で待ってろって。聞いてなかったのか?」
街を出発する前に、俺は二人に言ったのだ。
ダンジョンは地上と違って危険な場所らしいし、妖異がどれほどの強さを持った存在なのか分からないから、安全を考慮してあんたたちは街で待っていてほしいと。
ヴァイスはこんな見た目でも召喚獣だから自分で身を守る能力くらいはあるだろう。しかしフォルテが使えるのは日本の物しか呼び出せない召喚魔法だけで、ユーリルに至っては魔法使いでありながら魔法が一切使えない。
それでダンジョンを歩くなんて、絶壁を命綱なしで登ろうとするようなものだと思うのだ。
いくら俺が二人を守るといっても、俺の身体能力にも限界というものがある。もしも複数の妖異が一度に現れて別々に襲いかかってきたら、その状況を何とかする自信は俺にはない。
だったら、最初から俺一人だけでダンジョンに潜った方がよほど安全だ。俺も自分の身を守ることだけに集中できるし、傍で大怪我されて動揺することもないから。
そんな俺の気持ちを知ってか知るまいか、フォルテはやけに自信たっぷりな様子で答えた。
「ハルにだけ仕事を押し付けるわけにはいかないもの。大丈夫、自分の身くらいは自分でちゃんと守るから」
「どうやって?」
「これで」
言って彼女が取り出したのは、腰に下げたベルトを編んで作ったような形をしたホルダーに納められていた白い革張りの書物。何に使うものなのか用途が未だに分からない彼女の愛用品である。
それを片手で掴んでぶんっとハンマーのように振り下ろし、彼女は笑った。
「思いっ切り殴るのよ」
……その本ってそういう風に使うものじゃないはずだよな?
確かに分厚いし固そうだし、角がヒットすればそこそこの衝撃は与えられそうではあるが……いやいや。
本を物理的な武器として使って戦うのはゲームの中のキャラクターだけで十分である。
「私は、ハルさんと一緒にいて学んだのです……魔法を会得するためには、自分の身をわざと危険に晒して体に危機感を覚えさせなければ駄目だと」
ユーリルはいつになく真剣な面持ちで、魔道大全集を抱く両腕にきゅっと力を込めた。
「ダンジョンに入って妖異を目の前にすれば、私の中に眠る魔法の力が目覚めるかもしれません。その可能性に賭けたいのです」
それは……あれか? わざと自分を追い込んで無理矢理やる気を出させる、テスト前の学生がよくやる最終手段みたいなものか?
その発想は、あながち間違いでもないとは言いたいが……自分の命を天秤にかけてまでやらないでほしいものである。
これは遊びじゃないんだぞ。下手をしたら死ぬかもしれない命が懸かった仕事なんだぞ。
そういうのとは一切無縁の生活をしてきた異世界人の俺よりも危機感がないなんて……大丈夫なのか、こいつらは。
俺は溜め息をついて、それまで俺の足下でずっと大人しく座っていたヴァイスの頭を撫でた。
「……俺の頼りはお前だけだ。宜しくな」
「わんっ」
ヴァイスは背筋をぴんと伸ばして元気の良い返事をした。
こいつが伝説の召喚獣らしい働きをしてくれることを期待しよう。
俺は大きく息を吐いて、右の掌を上に向けた。
掌の上に風船を浮かばせるようなイメージを脳内に描きながら、魔法を唱える。
「ライティング」
握り拳ほどの大きさの真っ白な光の玉が生まれ出る。
これは、照明魔法と言われるものだ。闇を照らすための光を生む、ただそれだけの魔法ではあるが、ランプの光よりも明るくより遠くを照らすことができるので使えるとかなり重宝する便利魔法のひとつである。
その光を顔の高さで掲げながら、俺はダンジョンの入口の中へ一歩を踏み出した。
「……行くぞ」
アマヌのダンジョン、探索開始である。
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