エンケラドスの女

高柳神羅

文字の大きさ
上 下
37 / 43

第37話 遊園地-告白-

しおりを挟む
 マップを開きながら道に沿って歩いていると。
 何処からともなく、アナウンスが聞こえてきた。

「只今より、ワンダーリゾートエンターテイメントショー『スプラッシュレインボー』を開催致します。水と光が作り上げる幻想の世界をどうぞお楽しみ下さい」

 賑やかな音楽が風に乗って聞こえてくる。
 これは……中央のエリアにある湖からだ。
「何だか楽しそうな音楽が聞こえてきますね」
「ショーだってさ。最初のエリアにある湖でやってるみたいだぞ」
 僕はマップを折り畳んで二人に問いかけた。
「見に行ってみるか?」
「はい!」
 僕の腕を掴んで駆け出すミラ。
 急に引っ張られたものだから、僕は石畳に靴の先を引っ掛けて転びそうになった。
「こらっ、急に走るな! 転ぶだろ!」
 抗議するが、彼女はまるで聞いていないようでネネと競うように走っていく。
 僕はマップを鞄にしまって、二人の後を懸命に追いかけた。

 ショーをやっている湖の周囲には、大勢の客がいた。
 道は人で埋め尽くされ、通り抜けることができなくなっている。あちこちに係員がいて、道を往来する人を誘導していた。
 こりゃ、まともに行ったところで湖の様子は見えないな。下手に近付くよりもわざと遠くから見た方が逆に見えやすいかもしれない。
「ミラ、ネネ、こっち」
 僕は人垣に突っ込もうとするミラたちを呼んで、湖からはちょっと離れた場所にある橋の上に移動した。
 此処は湖から遠いということもあって、人の数は湖の傍と比較すると少ない。その割に湖の様子はそれなりに見ることができるので、そこそこ良い場所じゃないかとは思う。
 湖の方では、何隻もの船がカラフルな旗を風にはためかせながら優雅に登場したところだった。
「綺麗な船」
 ネネは手摺りにしがみ付いて湖の方に注目し始めた。
 ミラは……僕の方を見ていた。
「櫂斗さん」
 何やら改まった様子で、僕の名を呼ぶ。
 僕は目を瞬かせて、彼女の顔を見た。
「何だよ」
「今日はこのような素敵な場所に連れて来て下さってありがとうございます」
 胸元に手を当てて、彼女は微笑んだ。
「私……嬉しいです。櫂斗さんとこんなに素敵な時間を過ごせることが。まるで夢のようで……叶うならこのまま覚めないでほしいと、思ってしまいました」
 強い風が吹く。
 それは僕たちの髪を揺らし、ミラのワンピースのスカートを大きく跳ねさせて、湖の方へと駆け抜けていった。
 その間に、ミラは行動を起こしていた。
 僕との距離を詰めて、顔を、重ねる。
 ──唇に感じた彼女の温もりは、木漏れ日のように優しい温かさだった。
「──ふふ」
 僕から顔を離して、彼女は悪戯っぽく笑う。
「やってしまいました」
 彼女の翡翠色の瞳が、太陽の光を浴びて透明に輝く。
「私……いつまでも、待ってますから。櫂斗さんが、私を抱いて下さるその日を。櫂斗さんの、お傍で」
 彼女は僕の手を取り、ぎゅっと強い力で握った。
「その時が来るまで……私と、一緒にいて下さい」
 ぱーん、と突き抜けるような音を立てて花火が撃ち上がる。
 眩い光の欠片は天に垂直に伸びていって、色鮮やかな光の花を湖の上に咲かせた。

 僕は彼女の言葉に応えられず、その場に棒立ちになっていた。
 唇に残った感触が、僕に語りかけてくる。
 いい加減、認めたらどうだと。彼女から手向けられる愛の言葉を、本心から興味ないと思ってはいないということを。
 ──僕は、いつの間にか。
 彼女に尽くされて、彼女と一緒にいるうちに、少しずつ彼女のことを考えるようになっていたのだ。
 これが、恋心というものなのか。
 それはまだ、分からないけれど。
 ひょっとしたら違うのかもしれないけれど。
 確かに、僕は彼女に興味を持っている。
 今まで二次元世界の女たちだけに向けていた感情を、彼女に向けているのだ。
 ──答えを出す時が、もうすぐそこまで来ているのかもしれない。
 背を向けてしまった現実世界に向き合って、一歩を踏み出さなければならない時が来たのかもしれない。
 そうするための、ひとひらの勇気を。答えを掴むための、ほんの僅かな勇気を。
 この小さな男に与えて下さいと、僕は神様にそう願ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...