エンケラドスの女

高柳神羅

文字の大きさ
上 下
26 / 43

第26話 計り知れない妹

しおりを挟む
「櫂斗さん、遅いです!」
 帰宅した僕を、ミラは肩を尖らせながら出迎えた。
 薄く漂ってくる素朴な匂い……この匂いは肉じゃがか。
 僕は悪かったと謝りながら部屋の中に入った。
「残業だったんだよ。寄り道してきたわけじゃないんだからそんなに怒るなって」
「せっかく作ったお料理、冷めてしまいました……出来立てを櫂斗さんに食べてもらいたかったのに」
「そんなの温め直せばいいじゃないか」
 肩を竦める僕。
 全くもう、と言いながら、ミラは頬をぷくっと膨らませた。
「これからは遅くなる時は一言教えてほしいです」
「そうだな。これからは電話するようにするよ」
 電話よりもスマホでメールの遣り取りをする方が僕にとっては楽なのだが、ミラはスマホを持っていないから仕方がない。
 僕の名義でもう一台スマホを買ってミラに持たせるのはありかな……と、そんなことをちらりと考えた。
「ミラ姉様」
 僕の陰からひょっこりと顔を出す小さな姿。
 そういえば、もう一人いたのを忘れていた。
 僕は横にずれて、ネネを室内に招き入れた。
「会いに来たよ。元気そうだね」
「ネネ!?」
 ミラは酷く驚いた様子で、ネネに注目した。
 この様子……知らない相手、というわけではなさそうだ。どうやらネネが言うミラの妹という話は本当のことのようである。
「どうしてネネが此処にいるの!?」
「姉様のことが心配で見に来たに決まってるじゃない」
 ネネは腰に手を当てて、僕のことをちらりと横目で見た。
「姉様がどんな男を選んだのかも気になってたし」
 さわり。
 彼女の小さな掌が僕の尻を撫でる。
 ……おい、何で尻を触ったんだ、こいつは。
 女の子は普通そういうことに対しては恥じらいを見せるものなのだが、彼女はどうも女の子としての常識が欠如しているようである。
 この姉にして、この妹あり。普通じゃない、この姉妹。
「姉様がちゃんと子作りに励んでいるか、しばらく観察させてもらうから。宜しくね」
「……おい、ちょっと待て」
 僕は眉間に皺を寄せてネネを見た。
 尻を撫でる手をぴしゃりと叩いて追い払い、尋ねる。
「その口ぶりだと、あんた、しばらくこの家に住むみたいな風に聞こえるんだが」
「だから、そう言ってる」
 それがどうした、とでも言わんばかりにネネは即答した。
「貴方、男なんだからそれくらいの甲斐性はあるでしょ。私一人くらい増えたところでどうとも思わないはず」
「此処は迷子預かりセンターじゃないんだよ!」
 僕は思わず大声を上げていた。
「あんたには常識ってもんがないのか!? 男の家に上がり込むことに少しは危機感を覚えろよ! もしも僕が誰彼構わず襲うような奴だったらどうする気なんだよ!」
「私たちの目的は子供を作ることだから、それはそれで構わない。姉様でなく私に子供ができても父様たちは喜んでくれる。万々歳ってやつ?」
 駄目だこいつ。ミラ以上に常識が欠如してる。
 僕は子供相手に欲情するほど腐ってるわけではないが、この無防備さは危ないんじゃないかって思いたくなる。
 一体どういう育て方をされたらこんな性格になるんだ。
「そういうわけで、此処に住むから。私がそう決めたの」
「決めたのって、家主の僕の了承もなしに……」
「これも全て姉様のため。宜しくね、櫂斗さん」
「…………」
 僕は俯いて髪をくしゃりと掻いた。
 女ってのは計り知れない生き物だ。
 僕ってつくづく女運がないんだなと、思った。
「ねえ、私お腹が空いたんだけど、何か食べるものを頂戴」
「今料理を温めるから、皆で御飯にしましょう。良いですよね、櫂斗さん」
「……好きにしてくれ」
 勝手に部屋に上がるネネの後ろ姿を見ながら、僕は溜め息をついた。
 今度の休日にネネが使う布団とか服とかを買ってやらなきゃな……
 何で僕ばかり、こんな目に遭うのだろう。

 そんな感じで、僕の家に同居人が増えた。
 姉妹揃って同じ嘘をついている電波娘なのか、それは分からない。
 ただ何であれ、確かに彼女たちは僕の家の同居人になったわけであって。
 彼女たちを泣かせることだけはしないようにしよう、と僕は半ば諦め混じりの気持ちで自分に言い聞かせたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...