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第12話 残念朴念仁の嫉妬は兄弟も食わない

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 とりあえず紅茶でも淹れて一息つくか、と居間に移動しようとする一同。
 と、浴室と脱衣所がある部屋へと繋がる扉の前を通り過ぎようとしたところで、けたたましい音を立てながらそれが全開になり、中から随分と慌てた様子のセトが飛び出してきた。
 ろくに拭いてもいないのか全身ずぶ濡れで雫が滴っており、服も着ていない。腰にタオルを巻いただけの随分と寒々しい格好で、彼は戸口を塞ぐようにそこに立って肩を上下させている。
 竜人ドラゴノアは、世界の秩序と平穏を守るために時に己の体を張って脅威と戦う存在である。十ある種はそれぞれ持っている特性や能力が異なるのと、やはり多少は年齢の影響や個体差があるため全員一概にとも言えないが、長時間の激しい動きにも耐えられるように全身鍛えられ引き締められているのが共通事項なのだ。そこは男女による差はない。
 普段は礼服の下に隠されていて見えないが、厚い胸板や美しく割れた腹筋、雄々しい二の腕……まさに男としての理想そのものを形にしたような体を目の当たりにして、ミラは小さく声を漏らすと顔を一気に真っ赤にさせた。ふしゅぅ、と俯いた頭の先から湯気さえ出ているような気もする。
「ホルスは! あいつは、どうした!?」
「せめて全身拭いて下着くらい穿いてから出て来いよ……百歩譲ってミラちゃんはいいとしても、此処には他にも女性がいるんだぞ。最低限のマナーくらいは守れ」
 ファズは眉間の皺を深くして天井を仰ぎながら溜め息を漏らすと、背後で目を丸くしている使用人たちにお茶の仕度をしておいてくれと告げた。
 使用人たちが早足でこの場から去っていく。残されたミラとシュイを除く兄弟たちは、セトと真正面から向き合う形になった。
「ホルスは帰らせた。近隣住民にも迷惑を掛けるようなら本格的に対処するところなんだが、今のところはうちの玄関先で騒いでるだけだからな……物的な被害らしい被害も出てないから、こっちとしても強くは出られん。一応向こうの家に一筆書くつもりではいるが、多分あの様子だと効果は薄いだろうな」
「…………」
 セトは水を打ったように急に静かになると、ゆっくりと背筋を伸ばして何処かへと視線を向けた。
 瞳からはハイライトが消えており、虚ろだ。何だか混沌とした空気が辺りに漂っているような気さえする。
「……あいつとは、一度腰を据えてじっくりと話し合う必要がありそうだな……」
「話し合いって、それって絶対物理だよな? やめろよ、お前に本気で暴れられたら冗談抜きで庭がなくなる」
 ファズは肩を竦めてセトの背を軽く叩いた。
「……とりあえず、服を着て来い。居間で茶にしよう」
「……ああ」
 一応は兄の言い分に納得してくれたのか、セトは小さく返事をすると脱衣所へと戻って行った。
 発生源たる彼がこの場から去ったことによって次第に薄れ霧散していく『何か』の様子を感じ取っているのか、ナギが微妙に呆れた様子でぼやいている。
「ったく、朴念仁のくせしてミラちゃんに対する執着心と独占欲だけは人一倍っていうか……野郎としてのスペックは高いくせに残念だよな、あいつ。どうしてあれが女の子にモテてるんだろうなー、俺、全っ然理解できない」
「普通にしてる分にはただの真面目でデキるイケメンだしね。さり気ない気遣いとかも普通にできる奴だし。それでコロッといっちゃったって子は多いんじゃない? 加えて次期王様候補ともなれば、下心全開でお近付きになろうって考える子だっていなくはないだろうしね」
 ナギのぼやきにウルが笑っている。
 セトは、控え目に言ってかなりモテる男だ。顔立ちが整っていて他人に対する気遣いができて子供にも優しい、務めに対して真面目に取り組み、単純に竜人ドラゴノアとしての能力値も高く……その上家柄にも恵まれていて将来はこの国の王となるかもしれない人物、ともなれば、何とかして彼に取り入ろうと考える者も自然と多くなるわけで。
 彼の兄弟たちは彼がミラ絡みの事に対しては残念レベルの腑抜けになることを知っているため、彼に対する評価は今ひとつのようだが。それはさておき。
「同じイケメンでもシュイとは雲泥の差だよなぁ。シュイは顔だけだったらセトよりいいってのに、あいつには浮いた話全然ないもんな」
「まあ、シュイは……ね。当人が色恋に対して興味持ってないし、性格がああだし。けど、あいつにも浮いた話が全然ないってわけじゃないよ? あいつにどうにか振り向いてもらおうと頑張ってる子はそこそこいるんだよ、まぁ俺が知ってる限りでの話だけど」
「そうなの?」
「うん。とはいっても、シュイがああいう性格だってことは周知されてるから、メンタル粉砕されてまでアタックしようって考える子は流石にいないみたいだけど」
「……それって浮いた話があるって言えるの?」
 ナギのツッコミに、ウルはさぁ?ととぼけるように言って肩を竦めた。
 そんな二人の遣り取りを横で聞いていたミラが、かなり遠慮しながらも言葉を挟んでくる。
「私は……素敵な男性だと思っていますけれど……シュイさんは……もちろん、シュイさんだけじゃなくて、ナギさんも、ウルさんも、ファズさんだって素敵で魅力的な男性だと、思ってます……」
『…………』
 彼女の言葉に、二人は顔を見合わせて。
 破顔して、ミラの頭をぽふぽふと撫でた。
「うん、ありがとね、ミラちゃん。俺たちのことまでそんな風に評価してくれるなんて嬉しいよ」
「やったーミラちゃんに褒められた! 俺、他の女の子にモテなくてもいいや! ミラちゃんが傍にいてくれれば一生契りを結べなくてもいい!」
「ひにゃっ!?」
 がば、と真正面から抱きつかれ、ミラはびくんと身を跳ねさせた。
 ナギはそんな彼女に頬ずりしかねない勢いで彼女をぎゅうぎゅうに抱き締めている。
 と。
 そんな彼の癖毛頭を、背後からわっしと問答無用で鷲掴みにした手があった。
「……ミラに何をしている。いい度胸だな、ナギ」
 手に込められた力が徐々に強くなっていく。ぷるぷると小刻みに震え始める己の手をじっと見つめながら、着衣を整えたセトが混沌とした表情でそこに佇んでいた。
 ナギは人間の男と比較すると長身ではあるが、百九十近い身の丈のセトからしてみれば頭ひとつ分くらいの身長差があるので、相手を上から見下ろすような格好になっている。威圧というよりももはや殺気そのものと言っても過言ではない気を孕んだ眼差しで睨まれて、掴まれた己の頭が嫌な軋み音を立て始めたことも手伝って、ナギは悲鳴を上げた。
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめて俺の頭はリンゴじゃないってば! ちょっと、ウル! ファズ! 見てないで助けてよぉ!」
「……俺は普段からお前に言ってるじゃない。セトの許可なくミラちゃんに抱きついちゃ駄目でしょって。自業自得なんだから自分で何とかしなよ」
「悪いが俺もウルと同意見だな。そこできっちり反省しとけ」
 兄弟たちからの無慈悲な返答に、ナギは涙混じりの声で絶叫した。
「酷い、薄情者! にゃあああミラちゃぁぁぁぁん! 助けてぇぇぇぇ!」
「……あ、あのっ、セトさん! 私、別に何も変なことされてませんから! だからナギさんを離してあげて下さい! セトさん!」
「──うるさいぞ、お前たち! 今何時だと思っている! 夜に騒ぐな、近所迷惑だ!」

 最終的に、ミラがセトにしがみ付いて全力で彼をナギから引き剥がそうとしたことと、肩を怒らせたシュイが何処からともなく怒鳴り込んできたことによって、騒動は強制的に終了させられたのだった。
 因みに、騒動の原因となったナギは、茶にありつくことなくシュイに個別に別室へと連れて行かれ、三十分近く懇々と彼から説教をされた上に罰として皆が使った後の茶器の後片付けを命令されていた。
 シュイは他人に対してとにかく容赦がないため一族からは『澆薄ぎょうはく賢者』などと呼ばれ恐れられているが、身内に対しても十二分に発揮されるその性分に、ナギは一人台所に軟禁されて渋々と食器洗いをしながら、彼の悪口をぶつぶつと呟きつつ溜め息をついていた。自分がミラに遠慮なしに抱きついたことに関しては、これっぽっちも反省はしていないようだった。
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