87 / 113
縄張り争い(1)
しおりを挟む
ハセは、入店してから初めて長谷川の顔を見た
長谷川はその視線だけで金縛りにあったようになった
「こないだ行ってきたけど、いい店だな。あれが今時の流行りってやつ?」
開いて置かれた雑誌には、丸々1ページ使って、ミナミのカフェが掲載されていた
店内やテラス、フードメニューの写真の他に、小さくだが、笑顔で写るミナミの写真が載っていた
「何を…言いたいんですか」
身体の震えは抑えることはできても、声の震えは抑えることができない
ハセは細い目をさらに細めて
「この店くれればチャラ」
と微笑んだ
「それは…」
「ここにバイトの女がいるだろ?」
「は?」
急に話の矛先が変わって、長谷川は対応しきれずにいた
「前に【マイン】で働いてた女だろ。俺に黙って足抜けさせたのか?ババアの店なんかより、それが許せねえ」
ハセの声が次第に低く、鋭くなっていった
アイナのことだ、と気づいた
それを見透かすかのように、鋭い眼光を長谷川に放った
しかし、一瞬で元の表情と声に戻すと、
「実務はあいつらに任せるから、準備しとけよ」
カウンターの二人を見て、席を立った
「うまかったよ」
「じゃーな」
カウンターの二人も、ハセが席を立つと同時に席を立った
「あ、お会計…」
スタッフの一人が、店を出る3人に声をかけようとすると、ボックス席から戻ってきた長谷川が遮った
「そのお客さんはもらってるから大丈夫だよ」
長谷川はそう言うと、マサトの横に座り、ウイスキーのダブルを注文すると、まだジンバックの残っているマサトのグラスを見た
「ジンバックのカクテル言葉は【正しき心】だったか」
「…」
「俺はどうすべきだ?マサト」
マサトを見る長谷川の目は、まっすぐに自分の進むべき道を見つけた目だった
「知ってることを全部話してください。そうですね…2016年3月19日から」
その日付を聞いた長谷川の瞳が揺らいだ
以前は、厚顔無恥も甚だしい、人を食って掛かるような態度だったのに…
(それだけ堪える何かを言われたってことだ)
マサトの頭にミナミがよぎった
(ミナミを人質に取られた?…いや、まさかな)
マサトはその馬鹿げた考えを打ち消した
長谷川のような男が1年以上も彼女持ちのノンケの男を想い続けるなんてあり得ない
長谷川は、スタッフに「しばらく頼むな」と言うと、マサトをバックヤードに連れていった
そこはVIPルームでも応接室でもなく、空いた瓶を入れておくケースが重ねて置かれた、ただの倉庫だった
「普通の店なんですね」
マサトは薄汚れたコンクリートの床を足の爪先でこすった
「なんだと思ってたんだよ」
「怪しい取引が行われる部屋とか…」
「ねーよ。バーなんて、プッシールームと違ってカツカツだっての」
長谷川はマサトに、伏せたケースを勧めた
マサトはそこに腰かけた
長谷川はタバコの箱を取り出すと、マサトに勧めた
マサトがそれを断ると、長谷川は自分だけタバコを咥えたが、火はつけなかった
そして唐突に喋りだした
「…あの日、ハセが逮捕された日、俺はハセがその日抱く女を調達してた。最高ランクの女を捕まえるために、【THEATRO】の知り合いに頼み込んで店に入れてもらったんだ、そこで目をつけたのが滋さんだよ」
マサトはじっと長谷川を見た
マサトが聞きたいのはそんなことじゃなく、その後のことだ
マサトの視線に促される形で、長谷川は話し続けた
「滋さんを酔わせて、ハセと落ち合う予定だったホテルに連れ込んだ。その時、お前から電話がかかってきた。俺がマネージャーのフリをして嘘をついたのは、まあ、お前も知っての通りだけど、その直後、仲間の一人から、ハセが逮捕されたと電話があったんだ。だから俺は眠っていた滋さんを残してホテルを出た」
ハセが逮捕された日付を聞いた時から、淡い期待を抱いていた
真実は、いま、長谷川が言ったようなことだったかもしれないと
「…本当だった」
マサトは、鳩尾の底の方から、涙がせり上がってくるのを感じた
滋は傷つけられてなどいなかった
そんな過去を含めて愛していたが、全く気にならないと言えば嘘になる
例えば寝ているとき、滋はうなされることがある
例えば祝いの席、滋は酒を飲まない
例えばセックスのとき、滋はつらそうな顔をすることがある
でもそんなときでも、うっすらと目を開けて、マサトの顔を見てにこりと笑う
だからマサトは、滋を本気で抱くことをしなくなった
こんな健気な女を、一体誰が自分の手で、さらに傷つけることなどできるだろうか
長谷川はその視線だけで金縛りにあったようになった
「こないだ行ってきたけど、いい店だな。あれが今時の流行りってやつ?」
開いて置かれた雑誌には、丸々1ページ使って、ミナミのカフェが掲載されていた
店内やテラス、フードメニューの写真の他に、小さくだが、笑顔で写るミナミの写真が載っていた
「何を…言いたいんですか」
身体の震えは抑えることはできても、声の震えは抑えることができない
ハセは細い目をさらに細めて
「この店くれればチャラ」
と微笑んだ
「それは…」
「ここにバイトの女がいるだろ?」
「は?」
急に話の矛先が変わって、長谷川は対応しきれずにいた
「前に【マイン】で働いてた女だろ。俺に黙って足抜けさせたのか?ババアの店なんかより、それが許せねえ」
ハセの声が次第に低く、鋭くなっていった
アイナのことだ、と気づいた
それを見透かすかのように、鋭い眼光を長谷川に放った
しかし、一瞬で元の表情と声に戻すと、
「実務はあいつらに任せるから、準備しとけよ」
カウンターの二人を見て、席を立った
「うまかったよ」
「じゃーな」
カウンターの二人も、ハセが席を立つと同時に席を立った
「あ、お会計…」
スタッフの一人が、店を出る3人に声をかけようとすると、ボックス席から戻ってきた長谷川が遮った
「そのお客さんはもらってるから大丈夫だよ」
長谷川はそう言うと、マサトの横に座り、ウイスキーのダブルを注文すると、まだジンバックの残っているマサトのグラスを見た
「ジンバックのカクテル言葉は【正しき心】だったか」
「…」
「俺はどうすべきだ?マサト」
マサトを見る長谷川の目は、まっすぐに自分の進むべき道を見つけた目だった
「知ってることを全部話してください。そうですね…2016年3月19日から」
その日付を聞いた長谷川の瞳が揺らいだ
以前は、厚顔無恥も甚だしい、人を食って掛かるような態度だったのに…
(それだけ堪える何かを言われたってことだ)
マサトの頭にミナミがよぎった
(ミナミを人質に取られた?…いや、まさかな)
マサトはその馬鹿げた考えを打ち消した
長谷川のような男が1年以上も彼女持ちのノンケの男を想い続けるなんてあり得ない
長谷川は、スタッフに「しばらく頼むな」と言うと、マサトをバックヤードに連れていった
そこはVIPルームでも応接室でもなく、空いた瓶を入れておくケースが重ねて置かれた、ただの倉庫だった
「普通の店なんですね」
マサトは薄汚れたコンクリートの床を足の爪先でこすった
「なんだと思ってたんだよ」
「怪しい取引が行われる部屋とか…」
「ねーよ。バーなんて、プッシールームと違ってカツカツだっての」
長谷川はマサトに、伏せたケースを勧めた
マサトはそこに腰かけた
長谷川はタバコの箱を取り出すと、マサトに勧めた
マサトがそれを断ると、長谷川は自分だけタバコを咥えたが、火はつけなかった
そして唐突に喋りだした
「…あの日、ハセが逮捕された日、俺はハセがその日抱く女を調達してた。最高ランクの女を捕まえるために、【THEATRO】の知り合いに頼み込んで店に入れてもらったんだ、そこで目をつけたのが滋さんだよ」
マサトはじっと長谷川を見た
マサトが聞きたいのはそんなことじゃなく、その後のことだ
マサトの視線に促される形で、長谷川は話し続けた
「滋さんを酔わせて、ハセと落ち合う予定だったホテルに連れ込んだ。その時、お前から電話がかかってきた。俺がマネージャーのフリをして嘘をついたのは、まあ、お前も知っての通りだけど、その直後、仲間の一人から、ハセが逮捕されたと電話があったんだ。だから俺は眠っていた滋さんを残してホテルを出た」
ハセが逮捕された日付を聞いた時から、淡い期待を抱いていた
真実は、いま、長谷川が言ったようなことだったかもしれないと
「…本当だった」
マサトは、鳩尾の底の方から、涙がせり上がってくるのを感じた
滋は傷つけられてなどいなかった
そんな過去を含めて愛していたが、全く気にならないと言えば嘘になる
例えば寝ているとき、滋はうなされることがある
例えば祝いの席、滋は酒を飲まない
例えばセックスのとき、滋はつらそうな顔をすることがある
でもそんなときでも、うっすらと目を開けて、マサトの顔を見てにこりと笑う
だからマサトは、滋を本気で抱くことをしなくなった
こんな健気な女を、一体誰が自分の手で、さらに傷つけることなどできるだろうか
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる