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春に生まれる
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それから朝陽は、これからどうしていくつもりなのかを両親に説明した。
大学の勉強も一切手を抜く気はないこと。就職先が万が一見つからなかったら、今も師事している同級生の兄のプロカメラマンの元で、修行を積ませてもらう伝手があること。
険しい道だと理解していて、それでも踏ん張って進もうとする我が子の話に、ふたりは真剣に耳を傾けていた。
朝陽の撮る写真をふたりは見たことがなかったようで、照れくさそうにしながらも朝陽はタブレットでたくさんの写真を見せた。なにかと解説を求める父親と共にソファへ移動して、ふたりで頭を突き合わせながら話しこみ始める。
「恭くん、次はコーヒーどう? 好きだったわよね」
「あ、はい。ありがとうございます」
朝陽たちを微笑ましく眺めてから、朝陽の母が今度はコーヒーを淹れてくれた。それをありがたく頂いていると、どこか意味深な視線が注がれていることに気づく。
「…………? どうかしました?」
「恭くんが朝陽のそばにいてくれてよかったなって、しみじみしちゃって。ありがとうね、恭くん」
「いや、オレはそんな……」
まさかそんな風に言ってもらえるとは思ってもみなかった。朝陽を奪ってしまったような後ろめたさを、拭えずにいたからだ。さっきの話を聞いている限り、杞憂だったと理解したけれど。長年近くで見てきた愛情たっぷりの母親のまなざしを、恭生はよく知っている。
「あの子、生まれた時からずーっと、恭くんのことが大好きよね。そこは本当に、ずっと変わらない。なんだか兄離れできない弟みたいで、心配に思ったこともないわけじゃないけど。あの子は夢も大事な人も、自分で選べるようになったのね」
「……え?」
「ふふ。恭くん、朝陽をこれからも、末永く。よろしくお願いします」
「えーっと……」
末永く、が強調されていたのは、気のせいなんかではない。微笑む瞳には確かに朝陽とよく似た強い光があって、恭生を捉えたまま静かに頷いた。
自分たちの関係に気づかれている。全てお見通しなのだと理解するのに、それだけで充分だった。
「え、っと……もしかして、朝陽から?」
誤魔化すだけ無駄だと悟った恭生は、恐る恐るそう尋ねる。
「ううん。見てたら分かるわ」
「えー、マジ?」
「ふふ、うん。恭くんと暮らし始めるちょっと前から、朝陽は明るくなった。それから、どこか一皮剥けたというか。恭くんは逆に、ちょっと子どもみたいなところも出てきたわね。あ、もちろんいい意味でよ。肩の荷が下りたのかなあ、みたいに感じる。雰囲気がやわらかくなった」
自分のことをあまりに的確に言い当てられて、恭生は面喰ってしまった。
祖父に抱いていた疑念のこと。自由の影で、ひとつひとつの選択が自分に返ってくること。幸せとはこういうものだろう、と他人にも自分にも勝手に当てはめて、窮屈な恋愛をしてきたこと。
それら全てが圧し掛かって、人と距離を置くようになっていたと思う。
だが変わった。朝陽と恋をしたからだ。今は違うと自分でも感じることができる。
「オレもそう思う。全部朝陽のおかげだよ」
「あら、そうなの? あの子もやるわね」
「うん、朝陽はすげーいい男だよ」
「ふふ、知ってる」
体からみるみると力が抜けて、朝陽の母への話し方も昔のように砕けたものになってきた。
朝陽との関係を気づかれている、そう分かった瞬間、本当は咄嗟に謝ろうと思った。だが、そうしなくてよかった。朝陽を愛する人が、こんなにも信頼してくれているのだ。その想いをしっかり受け取って、大事にしていくのがきっといい。
「おばさん、ありがとう。今日、オレも来てよかった」
「私も。恭くんにも会えて嬉しかった」
大学の勉強も一切手を抜く気はないこと。就職先が万が一見つからなかったら、今も師事している同級生の兄のプロカメラマンの元で、修行を積ませてもらう伝手があること。
険しい道だと理解していて、それでも踏ん張って進もうとする我が子の話に、ふたりは真剣に耳を傾けていた。
朝陽の撮る写真をふたりは見たことがなかったようで、照れくさそうにしながらも朝陽はタブレットでたくさんの写真を見せた。なにかと解説を求める父親と共にソファへ移動して、ふたりで頭を突き合わせながら話しこみ始める。
「恭くん、次はコーヒーどう? 好きだったわよね」
「あ、はい。ありがとうございます」
朝陽たちを微笑ましく眺めてから、朝陽の母が今度はコーヒーを淹れてくれた。それをありがたく頂いていると、どこか意味深な視線が注がれていることに気づく。
「…………? どうかしました?」
「恭くんが朝陽のそばにいてくれてよかったなって、しみじみしちゃって。ありがとうね、恭くん」
「いや、オレはそんな……」
まさかそんな風に言ってもらえるとは思ってもみなかった。朝陽を奪ってしまったような後ろめたさを、拭えずにいたからだ。さっきの話を聞いている限り、杞憂だったと理解したけれど。長年近くで見てきた愛情たっぷりの母親のまなざしを、恭生はよく知っている。
「あの子、生まれた時からずーっと、恭くんのことが大好きよね。そこは本当に、ずっと変わらない。なんだか兄離れできない弟みたいで、心配に思ったこともないわけじゃないけど。あの子は夢も大事な人も、自分で選べるようになったのね」
「……え?」
「ふふ。恭くん、朝陽をこれからも、末永く。よろしくお願いします」
「えーっと……」
末永く、が強調されていたのは、気のせいなんかではない。微笑む瞳には確かに朝陽とよく似た強い光があって、恭生を捉えたまま静かに頷いた。
自分たちの関係に気づかれている。全てお見通しなのだと理解するのに、それだけで充分だった。
「え、っと……もしかして、朝陽から?」
誤魔化すだけ無駄だと悟った恭生は、恐る恐るそう尋ねる。
「ううん。見てたら分かるわ」
「えー、マジ?」
「ふふ、うん。恭くんと暮らし始めるちょっと前から、朝陽は明るくなった。それから、どこか一皮剥けたというか。恭くんは逆に、ちょっと子どもみたいなところも出てきたわね。あ、もちろんいい意味でよ。肩の荷が下りたのかなあ、みたいに感じる。雰囲気がやわらかくなった」
自分のことをあまりに的確に言い当てられて、恭生は面喰ってしまった。
祖父に抱いていた疑念のこと。自由の影で、ひとつひとつの選択が自分に返ってくること。幸せとはこういうものだろう、と他人にも自分にも勝手に当てはめて、窮屈な恋愛をしてきたこと。
それら全てが圧し掛かって、人と距離を置くようになっていたと思う。
だが変わった。朝陽と恋をしたからだ。今は違うと自分でも感じることができる。
「オレもそう思う。全部朝陽のおかげだよ」
「あら、そうなの? あの子もやるわね」
「うん、朝陽はすげーいい男だよ」
「ふふ、知ってる」
体からみるみると力が抜けて、朝陽の母への話し方も昔のように砕けたものになってきた。
朝陽との関係を気づかれている、そう分かった瞬間、本当は咄嗟に謝ろうと思った。だが、そうしなくてよかった。朝陽を愛する人が、こんなにも信頼してくれているのだ。その想いをしっかり受け取って、大事にしていくのがきっといい。
「おばさん、ありがとう。今日、オレも来てよかった」
「私も。恭くんにも会えて嬉しかった」
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