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春に生まれる
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「恭兄どうしよ。緊張してきた……」
翌日。新しいベッドで目覚め、朝食にトーストとたまごやきを食べて。今は電車に揺られているところだ。行き先は、神奈川にある朝陽の実家だ。
朝陽は大きなため息を吐き、扉のガラスにごつんと額をぶつけた。最近だと今年の正月にも一緒に帰省したが、今日の朝陽はお気楽な気持ちではいられない。それをよく分かっているから、恭生はそっと朝陽の指先を握った。握り返される力は頼りない。
「大丈夫だよ。きっとちゃんと聞いてくれる」
「……そうかな」
「うん。それに、オレは絶対味方だから」
「……うん」
朝陽はこの春、大学四年生になった。就職先はまだ決まっていない。カメラマンを本気で目指すと決め、多くの同級生たちとは違う道を歩き始めている。今日はその想いを両親に打ち明けるべく、実家に向かっているのだ。
一緒に来てほしいと朝陽に頼まれた時、恭生は二つ返事で頷いた。自分の力で一歩進もうとする朝陽の力になれるのなら、どんなことでもしたかった。
「なあなあ朝陽」
「ん?」
「おばさんたち、この手土産喜んでくれるかな。今人気のお菓子だって、お客さんに教えてもらったヤツなんだけど」
「うん、絶対好きだと思うよ。それに恭兄が選んだって言ったら、もっと喜びそう」
「はは、そっか」
朝陽の表情が和らぐ。人差し指の節を撫でると、くすっと笑ってくれた。
朝陽の実家へ、十四時頃に到着した。朝陽が言った通り、朝陽の母は手土産をずいぶんと喜んでくれた。朝陽の父は、さっそくひとつ食べたそうにしている。コーヒーと紅茶と緑茶、どれがいいかと尋ねられ、コーヒーと迷ったが恭生は紅茶をお願いした。
両親にどんなに歓迎されても、朝陽の表情は硬かった。ダイニングテーブルに四人で座って、朝陽以外の三人で他愛のない話をし十分ほどが経っている。
向かいに座っている両親の視線はずっと、俯いている朝陽を気にかけている。なにか大事な話があると察しているのだろう。ひそやかに漂っていた緊張感は、朝陽が顔を上げたのと同時にピークへと達した。
「あの、さ」
「うん」
朝陽がついに口を開く。声が掠れていて、ひとつ咳ばらいをした。両親ふたりが固唾を飲んで頷く。恭生もひそかに、膝の上でぎゅっと拳を握った。
「俺、やりたい仕事があるんだ。でも、それは、大学で勉強してきたことと、全然関係なくて……」
そこまで言って、朝陽は顔を上げた。それからハッと息を詰める。おだやかに微笑む両親に出会ったからだ。朝陽の瞳に、雫が浮かぶ。ゆらゆらと揺れていて、恭生もつられて目の奥が熱くなる。
「な、んで、そんな顔してるの?」
「なんでって、ねぇ? それで、朝陽はどんなお仕事がしたいの?」
「っ、俺、カメラの仕事がしたい」
「ほう、カメラマンか」
「……うん。写真スタジオの就職先を探そうと思ってる。でも専門的な勉強をしたわけじゃないから、厳しいと思う」
「へえ。いいじゃないか。応援するよ」
「……怒らないの?」
朝陽が恐る恐る尋ねると、ふたりは顔を見合わせた。朝陽のほうを向き直した時、朝陽の母は微笑みつつ、眉はしゅんと垂れ下がっていた。
「私たち、朝陽がかわいくてかわいくて。色々心配しちゃうのも、ずっと手を取って道を示してきたのも、これが愛情だって疑いもしなかった。でも……この家を出て、恭くんとちゃんと暮らしてて。朝陽はちゃんと大人になった、ううん、もうなってたんだなって。成長してないのは、私たちだったんだなって気づいたの。東京の大学に通っているのに、心配する私たちのために毎日帰ってきてくれてたし。窮屈な思いもさせたよね、ごめんね」
「っ、そんなことないよ。ふたりのこと、俺大好きだし」
「あら。ありがとう。私たちもずっと大好きよ。朝陽が自分で進みたい道を見つけて誇らしい。それを伝えてくれて、とっても嬉しい」
いよいよ鼻を啜った朝陽の頭を、よく頑張ったなと恭生は撫でる。恭兄~、としがみついてくる大きな弟を抱き止めながら、朝陽の両親と顔を見合わせて、みんなで泣きながら笑った。
翌日。新しいベッドで目覚め、朝食にトーストとたまごやきを食べて。今は電車に揺られているところだ。行き先は、神奈川にある朝陽の実家だ。
朝陽は大きなため息を吐き、扉のガラスにごつんと額をぶつけた。最近だと今年の正月にも一緒に帰省したが、今日の朝陽はお気楽な気持ちではいられない。それをよく分かっているから、恭生はそっと朝陽の指先を握った。握り返される力は頼りない。
「大丈夫だよ。きっとちゃんと聞いてくれる」
「……そうかな」
「うん。それに、オレは絶対味方だから」
「……うん」
朝陽はこの春、大学四年生になった。就職先はまだ決まっていない。カメラマンを本気で目指すと決め、多くの同級生たちとは違う道を歩き始めている。今日はその想いを両親に打ち明けるべく、実家に向かっているのだ。
一緒に来てほしいと朝陽に頼まれた時、恭生は二つ返事で頷いた。自分の力で一歩進もうとする朝陽の力になれるのなら、どんなことでもしたかった。
「なあなあ朝陽」
「ん?」
「おばさんたち、この手土産喜んでくれるかな。今人気のお菓子だって、お客さんに教えてもらったヤツなんだけど」
「うん、絶対好きだと思うよ。それに恭兄が選んだって言ったら、もっと喜びそう」
「はは、そっか」
朝陽の表情が和らぐ。人差し指の節を撫でると、くすっと笑ってくれた。
朝陽の実家へ、十四時頃に到着した。朝陽が言った通り、朝陽の母は手土産をずいぶんと喜んでくれた。朝陽の父は、さっそくひとつ食べたそうにしている。コーヒーと紅茶と緑茶、どれがいいかと尋ねられ、コーヒーと迷ったが恭生は紅茶をお願いした。
両親にどんなに歓迎されても、朝陽の表情は硬かった。ダイニングテーブルに四人で座って、朝陽以外の三人で他愛のない話をし十分ほどが経っている。
向かいに座っている両親の視線はずっと、俯いている朝陽を気にかけている。なにか大事な話があると察しているのだろう。ひそやかに漂っていた緊張感は、朝陽が顔を上げたのと同時にピークへと達した。
「あの、さ」
「うん」
朝陽がついに口を開く。声が掠れていて、ひとつ咳ばらいをした。両親ふたりが固唾を飲んで頷く。恭生もひそかに、膝の上でぎゅっと拳を握った。
「俺、やりたい仕事があるんだ。でも、それは、大学で勉強してきたことと、全然関係なくて……」
そこまで言って、朝陽は顔を上げた。それからハッと息を詰める。おだやかに微笑む両親に出会ったからだ。朝陽の瞳に、雫が浮かぶ。ゆらゆらと揺れていて、恭生もつられて目の奥が熱くなる。
「な、んで、そんな顔してるの?」
「なんでって、ねぇ? それで、朝陽はどんなお仕事がしたいの?」
「っ、俺、カメラの仕事がしたい」
「ほう、カメラマンか」
「……うん。写真スタジオの就職先を探そうと思ってる。でも専門的な勉強をしたわけじゃないから、厳しいと思う」
「へえ。いいじゃないか。応援するよ」
「……怒らないの?」
朝陽が恐る恐る尋ねると、ふたりは顔を見合わせた。朝陽のほうを向き直した時、朝陽の母は微笑みつつ、眉はしゅんと垂れ下がっていた。
「私たち、朝陽がかわいくてかわいくて。色々心配しちゃうのも、ずっと手を取って道を示してきたのも、これが愛情だって疑いもしなかった。でも……この家を出て、恭くんとちゃんと暮らしてて。朝陽はちゃんと大人になった、ううん、もうなってたんだなって。成長してないのは、私たちだったんだなって気づいたの。東京の大学に通っているのに、心配する私たちのために毎日帰ってきてくれてたし。窮屈な思いもさせたよね、ごめんね」
「っ、そんなことないよ。ふたりのこと、俺大好きだし」
「あら。ありがとう。私たちもずっと大好きよ。朝陽が自分で進みたい道を見つけて誇らしい。それを伝えてくれて、とっても嬉しい」
いよいよ鼻を啜った朝陽の頭を、よく頑張ったなと恭生は撫でる。恭兄~、としがみついてくる大きな弟を抱き止めながら、朝陽の両親と顔を見合わせて、みんなで泣きながら笑った。
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