おれより先に死んでください

星むぎ

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おれより先に、

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 電車が揺れ、朝陽の肩口に顔がぶつかった。ああ、これはまずい。朝陽の機嫌をよくしてあげたい、だがそれとは別に、恭生の中にははっきりと灯っている熱がある。

 一秒も待てない――朝陽のそのひと言が頭の中でリフレインし続けている。自分の感情に対処するだけでも精いっぱいだった。

 人波に押され、今度は朝陽の二の腕に密着してしまう。腹から火照った息が上がってくる。

 顔を上げられずにいると、押しつぶされた手を朝陽が探り当て、指を絡められた。朝陽の爪先が、手の甲を掻いてくる。
 
 ああ、恭生だってもう待てない。だが電車のスピードが変わるはずもなく、じれったさだけが募ってゆく。もうどうにでもなってしまえと額を擦りつけ、シャツ越しの朝陽の腕にこっそり齧りついた。


「あ、朝陽、手!」
「恭兄ごめん、離したくない」

 アパートの最寄り駅に到着すると、朝陽は恭生の手を掴み早足で改札を抜けた。道へと出てその手は離されるどころか、再び指を絡めるように繋がれてしまった。

「誰かに見られるの、困る?」
「……いや、それは大丈夫、だけど」

 男同士だからと人目を気にするつもりは、恭生にもなかった。敢えて宣言もしないが、誰かに付き合っているのかと聞かれたら胸を張ってイエスと答えたい。そう思っている。

 とは言え、繋がれた手にどうにも戸惑ってしまう。外で手を繋ぐのは初めてのことで、心臓がバクバクとうるさいのだ。

 立ち止まっていた朝陽が、一歩身を寄せる。

「恭兄」
「ん?」

 駅から家路をいく人たちが数人、横を通り抜けていく。それを横目に、月明りの下で朝陽は真剣な顔をしている。

「あの人とは……」
「え?」
「さっきの、橋本さん、だっけ。とは、こんな風に手繋いで歩いたりした?」
「……ううん、してない」
「ほんとに?」
「うん、ほんとだよ」
「ん。じゃあさ……」

 少し口籠った朝陽が、恭生の耳元へ口を近づける。

「あの人としてないこと、もっといっぱいしたい」
「……っ」

 誘惑するような仕草なのに、それでいて拗ねたような、懇願するような、甘えるような。その言いっぷりが、甘い熱を持って恭生の腹の奥に落ちてきた。

「あ、朝陽」
「うん」
「はやく、帰ろ」
「……うん」

 繋いでいる手を強く握り返す。気が急くままに進んだら、足がもつれそうになる。
 

 アパートに到着して、朝陽が鍵を取り出す。焦っているのか中々鍵穴に刺さらず、手を貸してどうにか開けることができた。

 中へ入り、扉が閉まるより先にくちびるを塞がれる。壁に背をぶつけながら朝陽の首に手を回すと、舌が入ってきた。

「あさ……んう」
「恭兄、恭兄」

 キスの合間に何度も名前を呼ばれる。朝陽の厚い舌で、口内がいっぱいになるのが堪らない。

 舌先で上顎をくすぐられ、おぼつかない舌で吸いつく。大きな手で腰を両側から掴まれると、それだけで腹の奥から指先、足のつま先へと電流のような快感が走る。力が抜けそうになり、足の間に割り入っていた朝陽の膝に、張り詰めたそこを擦りつけてしまう。

「あ、朝陽、待って」
「もういっぱい待った」
「そうだけど、ベッド行こ? な?」

 こんなところで果てたら、あられもない声が外を通る他の住民に聞かれてしまうかもしれない。朝陽のシャツを引いて訴える。朝陽のくちびるがむっと尖る。ぱくりと口を食まれたと思ったら、体を抱えあげられてしまった。

「わっ」
「掴まってて。靴脱がすよ」

 靴に指を引っかけられ、恭生も足を振って脱ぎ捨てる。言ってくれれば、自分で脱いだのに。しがみつく首筋は熱い、本当に数秒すらも待てないのだろう。

 ベッドへ下ろされ、先を急ぐ指がシャツに潜りこんでくる。恭生も朝陽の服へ手を伸ばし、脱がせ合う。下を脱ぐのに少し躊躇したが、下着ごといっぺんに引き抜かれた。同じく全て脱いだ朝陽と一緒に、ベッドへと倒れこむ。

 ベッドヘッドのライトがつけられて、くしゅっと寄った眉間が見えた。切なそうに愛しそうに、恭兄、と呼ばれる。その声が堪らなくて、鼻がツンと痛みだす。

「朝陽、こっち。ぎゅってさせて」
「ん……恭兄」

 朝陽の頭を抱きこむようにして、髪を撫でる。抱きしめ返され、朝陽の重みが心地よく圧し掛かってくる。

 どうしてだろう、肌が密着しているだけで、驚くほど気持ちがいい。細胞ひとつひとつが快感を拾っているみたいだ。お互いのそこはもうきつく勃ちあがっている。先走りが溢れてぬるつき、抱きしめ合った腹の間で挟まれているのが堪らない。

 熱い息を吐きながら、朝陽の頬にキスをくり返す。すると体を起こした朝陽が、恭生の膝を持ち上げた。恥ずかしいと思う暇もなく、朝陽が硬いそこを密着させてくる。

「あー、朝陽……」

 ん? とやわらかく微笑んで、恭生の頭の両脇に肘をつき、間近から瞳を覗いてくる。くちびるを食みゆっくり引っ張られたり、舌が入ってきたと思ったらねっとりと舐められたり。じっくりと味わうようなキスをしながら、張り詰めるそこをゆるゆるとこすり合わせ揺さぶられる。

「朝陽、それやばい」
「恭兄も腰揺れてるよ」
「だ、って、これ気持ちいい」
「うん。ねえ恭兄、あの人とはどこまでした?」
「へ……あの人?」
「……さっき、会った人」
「あ……キス、しかしてない」
「ほんと?」

 弱い刺激を送りながら、不安そうにそんなことを尋ねてくる。恭生のほうは、朝陽で頭がいっぱいなのに。

「ほんとだよ。なあ朝陽、もうオレ、朝陽のことしか考えたくない、はっ、気持ちいい……」
「恭兄……うん、気持ちいいね。あー、やば……」
「あ、うそ、イきそう、なんで、あ……っ」
「は、あ、俺も」

 こんなぬるい刺激で果てたことなんて、過去一度もないのに。互いに体を震わせ、恭生の腹がふたり分の欲に白く濡れた。体がおかしくなったかと思うほど、昂ぶっているのがよく分かる。
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