おれより先に死んでください

星むぎ

文字の大きさ
上 下
33 / 49
まだあげない

2

しおりを挟む
 アパートに到着し、鍵を開ける。ドアノブに翳した手に、背後から朝陽の手が重なった。

「朝陽? どうし……」

 恭生が振り向くより先に、ドアが開かれ中へと急かされる。驚く暇もないまま、玄関で背後から抱きしめられる。

「恭兄」
「……朝陽?」

 先ほどからどうしたのだろうか。理解できていないはずなのに、縋るような腕と声色に、鼻がツンと痛む。
 肩口にすり寄る朝陽の髪を後ろ手に撫でつつ、振り返る。背中に腕を回したら、もっととねだるように抱きしめられた。

「どうしたー、朝陽。甘えんぼか?」
「恭兄」
「んっ……」

 ちいさい頃のように、可愛い弟を甘やかすように。また髪を撫でつつ尋ねたら、不服そうに一瞬尖ったくちびるがそのまま押し当てられた。思わず一歩後ずさったのが許せなかったようで、抱擁は強くなってキスも止まらなくなる。

「あ、さひ」
「恭兄、好き」
「ん……」

 朝陽からの想いは、ちゃんと分かっているつもりだ。それは日々の生活の中に、凛とした瞳の奥にいつだって見えていた。だがこんなにストレートに、愛情をぶつけられたことはなかった。

 いつの間にか背は壁につき、朝陽の腕に囲われている。止まないキスに体が熱くなるのを感じながら、朝陽の名を呼ぶ。

「朝陽、ん、なあ、どうした?」
「なにが?」
「なにがって、こんな……あっ」

 シャツの上から腰を撫でられ、思わず上擦った声が出た。こんな風に触れられるのは初めてで。驚いて見上げると、頬にひとつキスをされた後、額同士がくっついた。腰にある指先でゆったりとそこを撫でながら、もう片手は恭生の手を絡めとる。

「俺、恭兄と付き合えてすごい嬉しくて」
「うん、オレもだよ。なあ朝陽、腰の手……」
「本当は……触ったりとか、したいのに。初めてだからどうしたらいいか分からなかったし、一緒にいられるだけで嬉しくて、ゆっくりでいいなとも思ってた。でも……」
「あ、朝陽、手……」

 おずおずとながらも、朝陽の手がシャツの裾から潜りこんできた。撫でられ続けて敏感になってしまったところに、今度は直接触れられる。体が跳ねるのを、どうにも止められない。

「昨日、あんなことがあって。恥ずかしがったりしてる場合じゃないな、って思った。俺、恭兄に触りたい」
「朝陽……」

 直球の懇願に、頬に熱が集まる。その一方で、昨日は気丈にしていた朝陽だが、様々なことを考えたのだなと切なくなる。

「恭兄、部屋上がろ」

 促されるままに靴を脱ぐ。改めてただいまと言う朝陽に、おかえりと返事をする。部屋の中へと進むと、また背後から抱きしめられる。

「おっと」
「恭兄~」
「はは、やっぱり甘えんぼじゃん」 

 甘ったるく呼ぶ声に、ちいさい朝陽を思い出さずにいられない。よくこんな風に呼ばれて、こんな風に抱きつかれていた。

 だが今は、あの頃のような戯れとは違う。抱きつかれたままふたりで進む足は拙くて、どこかペンギンみたいでくすりと笑みが出るのに。昔と同じようで同じじゃない、それが無性に照れくさい。

 ベッドまで進み、朝陽がそこに座った。ここに来て、と促されるのは朝陽の足の上だ。されるがままに、向き合うかたちで朝陽の太腿に腰を下ろす。

「座っちゃって重くないか?」
「全然」
「全然ってことはないだろ」
「いいから。恭兄」
「あ……」

 朝陽の親指が、ゆっくりと恭生のくちびるを辿る。思わず開いてしまったくちびるの中に指がもぐりこんできて、腹の奥から上がってきた熱い息で濡らしてしまう。
「えっちなことしたい、って言ったら、ひく?」
「……っ」

 直接的なワードが朝陽の口から出てきて、恭生はつい慄く。

 だって、こんな感情は知らない。たったひと言、そう言われただけなのに。体中が沸騰するように興奮して、この先を期待してしまっている。付き合ってきた元カノたちに求められても、こんな風になったことはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...