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春に崩れる
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「恭兄、今日何時終わりだっけ」
「十八時。待ち合わせどうする?」
「十七時にはバイト終わるから、そっちに行く」
「了解。じゃあ駅前にするか」
「うん」
五月も下旬になり、半袖の服を着る日も増えてきた。
ゴールデンウィークには、朝陽と旅行に行ってみたかったのだが。あいにく恭生の仕事が忙しく、連休を取ることは叶わなかった。ごめんな、と言うと、謝ることじゃないと朝陽はむくれてみせたけれど。
自分の夢を、朝陽も大切にしてくれる。もちろんそれを幸せに思う。だがなによりも恭生自身が、朝陽とゆっくり過ごしたかったのだ。
「楽しみだな」
「うん、俺も」
久しぶりの、外で待ち合わせてのデート。だが今までのそれと、今回は一味違う。明日はふたりとも休日で、今日のうちから出掛けて一泊してみよう、という計画になっている。ゴールデンウィークの代わりに、というわけだ。
宿泊先は、都内の少しリッチなホテル。遠出する案もあったが、移動は最小限にし、その分のお金はホテル代につぎこむことにした。
立派なディナーと、朝食は豪華なバイキング。夜には朝陽がシャッターを切りたいほうへと気ままに出掛ける予定で、それも楽しみだ。
「じゃあそろそろ仕事行くわ」
「うん」
「戸締り頼むな」
「任せて」
玄関まで見送りに来てくれた朝陽から、頬にキス。朝陽の手にあるスマートフォンでは、相変わらずうさぎのキーホルダーが揺れていて。それを指先で愛でてから、恭生も朝陽の頬にキスをする。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
一泊分の着替えが入った小さいボストンバッグを抱え、玄関を開けて手を振る。朝陽がほんの少しだけくちびるを噛むのを見ると、いつも離れがたくなる。
恭生が小学生になった春の朝も、こんな顔をしていたっけ。頭を過ぎる懐かしい光景に、無性に抱きしめたくなった。でもキリがないな、とぐっと堪え、また後でともう一度手を振る。
今夜になれば明日までずっと、ふたりで過ごせるのだから。
十八時前、本日ラストの指名客を見送った。今日は残業をすることもなく上がれそうだ。
店内に戻り、使用していた鏡の前を掃除し、オーナーに声をかける。
「オーナー、そろそろ上がります」
「おう、今日もお疲れ様」
「お疲れ様です」
「あれ、兎野~その荷物なに?」
「あー、これは。今からちょっと旅行」
「旅行? さてはデートだな!?」
ボストンバッグを指さして、村井がニヤリと笑う。オーナーを交えてのこんな会話が、なんだか懐かしい。
そう言えば、村井との仲が深まるほど、話題は美容師談義に終始するようになった。恋バナなんてものをしたのは、もうずいぶん前のことだ。
「そう、デート」
「うわー……オーナー、今の兎野の顔見ました?」
「村井と兎野がここに来て四年くらいか? あんなしっかり恋した顔見たの、初めてだな」
「ですよね!」
「あー、はは……」
ふたりが大きな声を出すものだから、ちょうど客足の引いていた店内から他のスタッフも集まってくる。
しっかり恋をしている顔とは、どんな顔だ。店中にある鏡で確認する気にはなれず、皆の視線から逃げるようにスタッフ出入口へと向かう。
「兎野~! 今度ゆっくり聞かせてもらうからなあ!」
「村井と飲みに行くの、しばらくやめようかな」
「え! うそ! うそうそ! 聞かないから飲みは行こ!」
「はは、うん。また行こうな」
足早に出てきてしまったけれど、赤いだろう顔を見られて恥ずかしかったけれど。職場の雰囲気をこれほど愛しく思ったことはなかった。村井にはああ言ったが、大切な人がいるのだといつか聞いてもらおう。
「十八時。待ち合わせどうする?」
「十七時にはバイト終わるから、そっちに行く」
「了解。じゃあ駅前にするか」
「うん」
五月も下旬になり、半袖の服を着る日も増えてきた。
ゴールデンウィークには、朝陽と旅行に行ってみたかったのだが。あいにく恭生の仕事が忙しく、連休を取ることは叶わなかった。ごめんな、と言うと、謝ることじゃないと朝陽はむくれてみせたけれど。
自分の夢を、朝陽も大切にしてくれる。もちろんそれを幸せに思う。だがなによりも恭生自身が、朝陽とゆっくり過ごしたかったのだ。
「楽しみだな」
「うん、俺も」
久しぶりの、外で待ち合わせてのデート。だが今までのそれと、今回は一味違う。明日はふたりとも休日で、今日のうちから出掛けて一泊してみよう、という計画になっている。ゴールデンウィークの代わりに、というわけだ。
宿泊先は、都内の少しリッチなホテル。遠出する案もあったが、移動は最小限にし、その分のお金はホテル代につぎこむことにした。
立派なディナーと、朝食は豪華なバイキング。夜には朝陽がシャッターを切りたいほうへと気ままに出掛ける予定で、それも楽しみだ。
「じゃあそろそろ仕事行くわ」
「うん」
「戸締り頼むな」
「任せて」
玄関まで見送りに来てくれた朝陽から、頬にキス。朝陽の手にあるスマートフォンでは、相変わらずうさぎのキーホルダーが揺れていて。それを指先で愛でてから、恭生も朝陽の頬にキスをする。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
一泊分の着替えが入った小さいボストンバッグを抱え、玄関を開けて手を振る。朝陽がほんの少しだけくちびるを噛むのを見ると、いつも離れがたくなる。
恭生が小学生になった春の朝も、こんな顔をしていたっけ。頭を過ぎる懐かしい光景に、無性に抱きしめたくなった。でもキリがないな、とぐっと堪え、また後でともう一度手を振る。
今夜になれば明日までずっと、ふたりで過ごせるのだから。
十八時前、本日ラストの指名客を見送った。今日は残業をすることもなく上がれそうだ。
店内に戻り、使用していた鏡の前を掃除し、オーナーに声をかける。
「オーナー、そろそろ上がります」
「おう、今日もお疲れ様」
「お疲れ様です」
「あれ、兎野~その荷物なに?」
「あー、これは。今からちょっと旅行」
「旅行? さてはデートだな!?」
ボストンバッグを指さして、村井がニヤリと笑う。オーナーを交えてのこんな会話が、なんだか懐かしい。
そう言えば、村井との仲が深まるほど、話題は美容師談義に終始するようになった。恋バナなんてものをしたのは、もうずいぶん前のことだ。
「そう、デート」
「うわー……オーナー、今の兎野の顔見ました?」
「村井と兎野がここに来て四年くらいか? あんなしっかり恋した顔見たの、初めてだな」
「ですよね!」
「あー、はは……」
ふたりが大きな声を出すものだから、ちょうど客足の引いていた店内から他のスタッフも集まってくる。
しっかり恋をしている顔とは、どんな顔だ。店中にある鏡で確認する気にはなれず、皆の視線から逃げるようにスタッフ出入口へと向かう。
「兎野~! 今度ゆっくり聞かせてもらうからなあ!」
「村井と飲みに行くの、しばらくやめようかな」
「え! うそ! うそうそ! 聞かないから飲みは行こ!」
「はは、うん。また行こうな」
足早に出てきてしまったけれど、赤いだろう顔を見られて恥ずかしかったけれど。職場の雰囲気をこれほど愛しく思ったことはなかった。村井にはああ言ったが、大切な人がいるのだといつか聞いてもらおう。
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