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恋人カッコカリ
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悲しいだとか怒りだとか、そういった負の感情を朝陽に抱かせてしまうのが、恭生は昔からとにかく苦手だった。朝陽の目にちょっとでも涙が浮かぼうものなら、慌てふためくのが常だった。
朝陽の心はいつだって穏やかであってほしい。自分はどうあろうとも。
だが、なんでもしてあげたくなるのを慌てて制す。朝陽が言うならそうしよう、なんて。簡単に飲める提案ではさすがにない。
「なあ朝陽、オレたちは男同士だぞ」
「うん」
「……それに言ったじゃん、もう付き合うとかこりごりなんだって」
「うん、分かってる」
「…………」
幼い子に言い含めるかのように話す。だがそんなことは関係ないと言わんばかりに、朝陽は飄々と頷き続ける。本当になにを考えているのだろうか。
男同士でキスをしている自分を見て、避け始めたのは朝陽なのに。
――だからもう二度と、男を好きにはならなかったのに。
困惑する恭生とは違い、朝陽は至って真剣な顔をしている。からかわれているとはどうも思えない。
考えこんでいると、朝陽が口を開いた。
「付き合ったらさ、いっぱい会えるじゃん」
「……え?」
「恭兄の仕事が終わった後とか、休みの日とか」
必死な様子で、縋るような目を向けられる。
会えないのは寂しいと、確かに言ったけれど。
だから付き合う?
やはり、その真意がどうしても見えない。
付き合う、というのは本来、好き合っている者同士がすることであって。自分たちの間には、恋心なんて片道すらない。ましてや幼なじみとしての絆すら、心許ない細い糸しか残っていないのに。
「……意味分かんねぇ」
「どの辺が?」
「どの辺が、って。だって朝陽、オレのこと嫌いじゃん……」
自分で放った言葉が、自分の胸に突き刺さる。朝陽の顔を見ているのが怖くて、深く俯く。
「……え? なにそれ、嫌いだなんて思ってない」
「いいよ、嘘なんかつかなくて」
「嘘じゃない。そんな風に思ったこと、一回もない」
「…………」
怒っているとも取れる表情で、朝陽が強いまなざしを向けてくる。
嫌いじゃなかった? 本当に?
一瞬胸が明るくなるが、いやまさかと頭を小さく横に振る。もう何年も嫌われていると思ってきたから、そうすんなりとは飲みこめない。
「でも朝陽、ずっとオレのこと避けてただろ。朝陽が中学生になった夏の……あー、いや」
思わず口から出てしまったそれを、恭生はすぐに後悔した。出来ることならあの夏のことは、もう朝陽に思い出してほしくなかったからだ。
「それは……」
「オレはさ、朝陽とたくさん会えるんなら、すげー嬉しいよ。でもそんなの、朝陽にはメリットないじゃん」
なにか言いかけた朝陽を遮る。うっかりすれば泣いてしまいそうで、誤魔化すように捲し立てる。
「あるよ」
だが朝陽も、負けじと目尻をとがらせる。
「……どんな?」
「それは……内緒」
「は、なんだそれ。朝陽、別に男が好きなわけでもないだろ」
「……うん、そうじゃない」
「だよな」
話せば話すほど、朝陽が遠くなる。朝陽に寄り添いたいのに、その寄り添うべき心が見えない。
前髪を握りこみ、ため息として届かないように細く息を吐く。すると、顔を覗きこむようにして名前を呼ばれる。
「ねえ、恭兄」
「……なに?」
「俺と付き合ったら分かる、って言ったら? 恭兄のおじいちゃんが言ってた意味」
「……は?」
「大切な人が先に死んでよかった、がどういうことなのか。俺、分かってると思う」
「は? うそ……」
「ほんと。おじいちゃんに確かめられるわけじゃないから、もちろん憶測ではあるけど。こういう意味だろうな、ってのはある」
「マジ?」
「うん。すごく幸せな意味なんだと思う」
「……んだそれ」
「付き合う理由はそれじゃだめ? 知りたいんだろ、おじいちゃんの気持ち」
「それは……」
朝陽の真剣な表情に、嘘はひとつも見えない。
祖父とのあの会話から、もう10年以上経っている。恭生は未だに呪縛のように囚われているというのに、朝陽には意味が分かるというのか。しかも、それを幸せだと呼べるような。
理解できる糸口が見つかるなんて、考えたこともなかった。知りたい欲求は、抑えようにも溢れ出してくる。
「……朝陽と付き合ったら、オレにも分かるんだ?」
「うん」
「なんで?」
「それも……内緒」
「なんだよそれー……」
「全部種明かししたら、付き合ってもらえなさそうだから」
「…………」
朝陽の心はいつだって穏やかであってほしい。自分はどうあろうとも。
だが、なんでもしてあげたくなるのを慌てて制す。朝陽が言うならそうしよう、なんて。簡単に飲める提案ではさすがにない。
「なあ朝陽、オレたちは男同士だぞ」
「うん」
「……それに言ったじゃん、もう付き合うとかこりごりなんだって」
「うん、分かってる」
「…………」
幼い子に言い含めるかのように話す。だがそんなことは関係ないと言わんばかりに、朝陽は飄々と頷き続ける。本当になにを考えているのだろうか。
男同士でキスをしている自分を見て、避け始めたのは朝陽なのに。
――だからもう二度と、男を好きにはならなかったのに。
困惑する恭生とは違い、朝陽は至って真剣な顔をしている。からかわれているとはどうも思えない。
考えこんでいると、朝陽が口を開いた。
「付き合ったらさ、いっぱい会えるじゃん」
「……え?」
「恭兄の仕事が終わった後とか、休みの日とか」
必死な様子で、縋るような目を向けられる。
会えないのは寂しいと、確かに言ったけれど。
だから付き合う?
やはり、その真意がどうしても見えない。
付き合う、というのは本来、好き合っている者同士がすることであって。自分たちの間には、恋心なんて片道すらない。ましてや幼なじみとしての絆すら、心許ない細い糸しか残っていないのに。
「……意味分かんねぇ」
「どの辺が?」
「どの辺が、って。だって朝陽、オレのこと嫌いじゃん……」
自分で放った言葉が、自分の胸に突き刺さる。朝陽の顔を見ているのが怖くて、深く俯く。
「……え? なにそれ、嫌いだなんて思ってない」
「いいよ、嘘なんかつかなくて」
「嘘じゃない。そんな風に思ったこと、一回もない」
「…………」
怒っているとも取れる表情で、朝陽が強いまなざしを向けてくる。
嫌いじゃなかった? 本当に?
一瞬胸が明るくなるが、いやまさかと頭を小さく横に振る。もう何年も嫌われていると思ってきたから、そうすんなりとは飲みこめない。
「でも朝陽、ずっとオレのこと避けてただろ。朝陽が中学生になった夏の……あー、いや」
思わず口から出てしまったそれを、恭生はすぐに後悔した。出来ることならあの夏のことは、もう朝陽に思い出してほしくなかったからだ。
「それは……」
「オレはさ、朝陽とたくさん会えるんなら、すげー嬉しいよ。でもそんなの、朝陽にはメリットないじゃん」
なにか言いかけた朝陽を遮る。うっかりすれば泣いてしまいそうで、誤魔化すように捲し立てる。
「あるよ」
だが朝陽も、負けじと目尻をとがらせる。
「……どんな?」
「それは……内緒」
「は、なんだそれ。朝陽、別に男が好きなわけでもないだろ」
「……うん、そうじゃない」
「だよな」
話せば話すほど、朝陽が遠くなる。朝陽に寄り添いたいのに、その寄り添うべき心が見えない。
前髪を握りこみ、ため息として届かないように細く息を吐く。すると、顔を覗きこむようにして名前を呼ばれる。
「ねえ、恭兄」
「……なに?」
「俺と付き合ったら分かる、って言ったら? 恭兄のおじいちゃんが言ってた意味」
「……は?」
「大切な人が先に死んでよかった、がどういうことなのか。俺、分かってると思う」
「は? うそ……」
「ほんと。おじいちゃんに確かめられるわけじゃないから、もちろん憶測ではあるけど。こういう意味だろうな、ってのはある」
「マジ?」
「うん。すごく幸せな意味なんだと思う」
「……んだそれ」
「付き合う理由はそれじゃだめ? 知りたいんだろ、おじいちゃんの気持ち」
「それは……」
朝陽の真剣な表情に、嘘はひとつも見えない。
祖父とのあの会話から、もう10年以上経っている。恭生は未だに呪縛のように囚われているというのに、朝陽には意味が分かるというのか。しかも、それを幸せだと呼べるような。
理解できる糸口が見つかるなんて、考えたこともなかった。知りたい欲求は、抑えようにも溢れ出してくる。
「……朝陽と付き合ったら、オレにも分かるんだ?」
「うん」
「なんで?」
「それも……内緒」
「なんだよそれー……」
「全部種明かししたら、付き合ってもらえなさそうだから」
「…………」
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