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恋人カッコカリ
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「そんなこと言ったっけ。んー、覚えてない……」
「だよな。朝陽、こーんなちっちゃかったし」
「でも、ぬいぐるみのこととか、恭兄のおじいちゃんにもらったことはちゃんと覚えてるよ。……中学くらいまで、飾ってたし。あと、おじいちゃんがいい人だったのも覚えてる」
「……いい人、ねえ」
「恭兄?」
恭生の脳裏にふと、胸の詰まるような思い出が蘇る。
祖父がなにを考えているのか分からず、恐ろしくなった日――そうだ、先ほどみていた夢もそれだった。
「あー、さっき嫌な夢みたの思い出した」
「さっき? 定食屋で寝てた時?」
「うん。じいちゃんさ……ばあちゃんが亡くなった時に言ったんだよね。『ばあさんが先に死んでよかった』、って」
祖母が他界した時、恭生は十歳だった。告別式を終え、言いようのない喪失感に打ちひしがれた。優しくて、いつもあたたかい笑顔で“恭くん”と呼んでくれる祖母が大好きだった。
もう幾度目かも分からない、まぶたを熱くする涙に、ぐすんと鼻をすすった時。隣にしゃがんだ祖父が、恭生の頭を撫でながら言ったのだ。
『なあ恭生、俺はなあ、ばあさんが先に死んでよかったと思ってるよ』
あんなに仲がよかったふたりなのに、一体なにを言っているのか。思わず体が震え、固まったのを覚えている。だが怯える恭生をよそに当の本人は、震えるくちびるを必死に堪えるようにして、微笑んでいた。確かに恐ろしいことを祖父は言ったのに。
寂しい、つらい、もっと一緒にいたかった――
苦しい感情で祖父はいっぱいなのだと、伝わってくる表情だった。だからこそ、余計に祖父のことが分からなくなった。
それからほどなくして、祖母を追いかけるかのように、祖父も天へと旅立ってしまった。
「なんであんなこと言ったんだろうな。オレ、すげーショックでさ。じいちゃんのこと大好きだったけど、なんか怖くなって……結局、最後まで意味を聞けなかった」
「…………」
「オレはじいちゃんとは違う。絶対に、この人を失いたくないって思える恋をするんだー、って……思ったりしたんだけどな。それももう無理だなあ」
じいちゃんは間違っている。大切な人を失ってよかっただなんて、そんなことあるわけがない。
それを証明しようと、躍起になっていたのかもしれない。だから、告白されれば必ず付き合ってきた。自分の中に恋心なんて、芽生えていなくとも。
だがそんなことはもう、続けられそうにない。
「なんで?」
「だってマジで懲りたもん。オレ、恋愛向いてないわ。いつも同じ理由で振られるし。私のこと本当に好きだった? って。まあ始まりはさ、両想いってわけじゃないけど。オレなりに誠実だったつもりなんだけどな。そうは見えないらしい。もう疲れた」
少しぬるくなってしまったコーラをぐいと呷る。
これから先、ひとり寂しい瞬間があるとしても、きっとこれが最適解だ――と、本当にそう感じたのだが。
この決断で失うものは、恋人だけではないことにふと気づく。
「あー……でもそしたら、朝陽とも会えなくなるのか」
「え?」
「だって朝陽とは、オレが振られた時しか会えないだろ。それはちょっと、いや……かなり寂しいなあ」
「恭兄……」
眉尻を下げた朝陽の表情に、胸の奥がツキリと痛む。
そりゃそうか、嫌っている相手にこんなこと言われたって困るよな。
身勝手な感傷で、大切な幼なじみを苦しめたいわけではない。
「あー、はは、ごめん。今のは忘れ……」
「なあ、恭兄」
「うお、どうした」
これ以上嫌われるのは絶対にごめんだ。話を終わらせようとした恭生を、けれど朝陽が遮った。
ぐっと寄せられた顔につい距離を取ると、その分また詰められる。手にあったグラスは奪われ、テーブルへと戻されてしまった。
「あのさ、恭兄。俺と……付き合ってみない?」
「…………は?」
たっぷりと間を置いた後、まぬけな声が零れた。朝陽がなにを言っているのか、全く理解できないからだ。
いや、言葉の意味は分かる。ただ、そんな提案が朝陽から出てくる理由を少しも推測できない。
「朝陽、自分がなに言ってんのか分かってる?」
「……当たり前」
朝陽のくちびるが不服そうに尖り、恭生の胸は不規則な音を立てはじめる。
「だよな。朝陽、こーんなちっちゃかったし」
「でも、ぬいぐるみのこととか、恭兄のおじいちゃんにもらったことはちゃんと覚えてるよ。……中学くらいまで、飾ってたし。あと、おじいちゃんがいい人だったのも覚えてる」
「……いい人、ねえ」
「恭兄?」
恭生の脳裏にふと、胸の詰まるような思い出が蘇る。
祖父がなにを考えているのか分からず、恐ろしくなった日――そうだ、先ほどみていた夢もそれだった。
「あー、さっき嫌な夢みたの思い出した」
「さっき? 定食屋で寝てた時?」
「うん。じいちゃんさ……ばあちゃんが亡くなった時に言ったんだよね。『ばあさんが先に死んでよかった』、って」
祖母が他界した時、恭生は十歳だった。告別式を終え、言いようのない喪失感に打ちひしがれた。優しくて、いつもあたたかい笑顔で“恭くん”と呼んでくれる祖母が大好きだった。
もう幾度目かも分からない、まぶたを熱くする涙に、ぐすんと鼻をすすった時。隣にしゃがんだ祖父が、恭生の頭を撫でながら言ったのだ。
『なあ恭生、俺はなあ、ばあさんが先に死んでよかったと思ってるよ』
あんなに仲がよかったふたりなのに、一体なにを言っているのか。思わず体が震え、固まったのを覚えている。だが怯える恭生をよそに当の本人は、震えるくちびるを必死に堪えるようにして、微笑んでいた。確かに恐ろしいことを祖父は言ったのに。
寂しい、つらい、もっと一緒にいたかった――
苦しい感情で祖父はいっぱいなのだと、伝わってくる表情だった。だからこそ、余計に祖父のことが分からなくなった。
それからほどなくして、祖母を追いかけるかのように、祖父も天へと旅立ってしまった。
「なんであんなこと言ったんだろうな。オレ、すげーショックでさ。じいちゃんのこと大好きだったけど、なんか怖くなって……結局、最後まで意味を聞けなかった」
「…………」
「オレはじいちゃんとは違う。絶対に、この人を失いたくないって思える恋をするんだー、って……思ったりしたんだけどな。それももう無理だなあ」
じいちゃんは間違っている。大切な人を失ってよかっただなんて、そんなことあるわけがない。
それを証明しようと、躍起になっていたのかもしれない。だから、告白されれば必ず付き合ってきた。自分の中に恋心なんて、芽生えていなくとも。
だがそんなことはもう、続けられそうにない。
「なんで?」
「だってマジで懲りたもん。オレ、恋愛向いてないわ。いつも同じ理由で振られるし。私のこと本当に好きだった? って。まあ始まりはさ、両想いってわけじゃないけど。オレなりに誠実だったつもりなんだけどな。そうは見えないらしい。もう疲れた」
少しぬるくなってしまったコーラをぐいと呷る。
これから先、ひとり寂しい瞬間があるとしても、きっとこれが最適解だ――と、本当にそう感じたのだが。
この決断で失うものは、恋人だけではないことにふと気づく。
「あー……でもそしたら、朝陽とも会えなくなるのか」
「え?」
「だって朝陽とは、オレが振られた時しか会えないだろ。それはちょっと、いや……かなり寂しいなあ」
「恭兄……」
眉尻を下げた朝陽の表情に、胸の奥がツキリと痛む。
そりゃそうか、嫌っている相手にこんなこと言われたって困るよな。
身勝手な感傷で、大切な幼なじみを苦しめたいわけではない。
「あー、はは、ごめん。今のは忘れ……」
「なあ、恭兄」
「うお、どうした」
これ以上嫌われるのは絶対にごめんだ。話を終わらせようとした恭生を、けれど朝陽が遮った。
ぐっと寄せられた顔につい距離を取ると、その分また詰められる。手にあったグラスは奪われ、テーブルへと戻されてしまった。
「あのさ、恭兄。俺と……付き合ってみない?」
「…………は?」
たっぷりと間を置いた後、まぬけな声が零れた。朝陽がなにを言っているのか、全く理解できないからだ。
いや、言葉の意味は分かる。ただ、そんな提案が朝陽から出てくる理由を少しも推測できない。
「朝陽、自分がなに言ってんのか分かってる?」
「……当たり前」
朝陽のくちびるが不服そうに尖り、恭生の胸は不規則な音を立てはじめる。
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