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「ノリくんお腹空いた? どこか寄って行く?」
三十分の先行上映の後、怜とノリは最後に劇場を出た。怜がすぐには立てなかったのだ。
外に出て時計を見ると十九時を過ぎていた。夕飯時だけれど、怜は胸がいっぱいでどうも何も口に出来そうにない。
けれどノリは空腹だろうし、どこか食べられるところに入って自分は紅茶でも飲もうか。
そう思った怜に、いたずらに笑うノリが今日は帰ると笑ってみせる。
「だってアニキ、梓くんに会いたいんじゃないっすか?」
「え……」
「そんな顔してるっすよ」
「…………」
ノリの言う通りだ、梓に会いたい。
けれど、どんな顔をして会ったらいいのだろう。思い出される後悔が、怜の足を行かせまいと掴んでいる。
梓のキスを拒めなかった瞬間。理由も言わず、もう会わないと突き付けた夜。
昨夜の梓が差し出してくれた想いを、出逢ってからの梓を信じていないわけじゃない。
怜は何より、自分自身が信じられないのだ。
けれどそれを見透かすように、落ちていってばかりの怜の思考をノリが引き止める。
「アニキ、変な事考えてるでしょ」
「……え?」
「もう自分は幸せになれない、って思ってるんじゃないすか?」
「…………」
「俺とか加奈とか、それから梓くんとか。みんな、アニキのことが大好きなんすよ。俺達が好きなアニキの事、アニキも大事にしてあげて?」
「……でも」
「素直になっていいんすよ。ワガママ言ってもいい。幸せになって、アニキ」
「ノリくん……」
緩んでばかりの涙腺が、ノリのあたたかさにまたぽろぽろと涙を零す。ずっと支えてくれていたノリの言葉だからこそ、まっすぐ胸の奥へと届いて怜を包むのだ。
「……また、人を好きになってもいいのかな」
「いいに決まってるっす!」
「……っ」
「恋愛って、別に絶対しなきゃいけないもんじゃないと俺は思うっす。でもアニキに好きな人が出来て、その人の隣でアニキが幸せになれるなら、手を伸ばしてほしい。梓くんなら俺も安心だし? あとはアニキ次第、でしょ?」
「っ、うん、うん……ありがとう、ノリくん。僕、頑張ってみるよ」
ノリの言葉がすっと染み込んで、怜に笑顔が戻る。
そうだ、ノリの言う通り、自分次第なのだろう。
頷いた怜は、照れくささにはにかみながら頬を拭う。
怜をアニキなんて呼ぶのに、ノリは兄の様な表情で怜の頭をぽんぽんと撫でて鼓舞する。
「明日の昼は屋上に集合っすよ、アニキ」
「駄目だった時はまた落ち込んでると思うけど、それでもいい?」
「もうーまた弱気」
「う、だって……」
「ふ、いいっすよ。とりあえず今は、アニキの分まで俺がアニキのこと信じてるから」
「うん、ありがとう」
右手を高く合わせ、じゃあねと手を振って駅へと向かうノリの大きな背を見送る。とうとう見えなくなり、怜は大きく息を吐く。
ここからはしっかり自分の足で、ひとりで梓と向き合う時間だ。
スマートフォンを取り出して、メッセージアプリの梓とのページを開く。ここに来る前に送ったメッセージは、まだ未読のままだった。
忙しいのだろう。もしかするとこの後は、打ち上げがあったりで会う事は叶わないかもしれない。
けれどそれでもいい。会わない方がいいと言って自分から突き放したのだから、いくらだって待てる。待つべきなのだ。
《梓くん、今日はご招待ありがとうございました。来て良かった。梓くんに会いたいです》
それだけ打って、何度も読み返しては送信ボタンの上を指がさまよって数分。
勇気を振り絞りやっとの思いで送信し、すぐにアプリを閉じた。
緊張に留まっていた息を吐きだし、スマートフォンを胸に当てて夜空を仰ぐ。
すごくこわい、本当は。
やっぱり自信なんてない。昨日くれた想いを梓が今日も持っているかなんて、梓自身にしか分からない。
それでも届けたいと、上を向けるほどの想いが怜にはあるのだ。
「はぁ……」
とりあえず帰ろうか。ここにいても仕方がないし。
熱い息を天に吐き、ゆっくり歩きだして駅を目指す。
一歩一歩がここに来た時までとは違う、新しく生まれた道を歩くような心地がした。
三十分の先行上映の後、怜とノリは最後に劇場を出た。怜がすぐには立てなかったのだ。
外に出て時計を見ると十九時を過ぎていた。夕飯時だけれど、怜は胸がいっぱいでどうも何も口に出来そうにない。
けれどノリは空腹だろうし、どこか食べられるところに入って自分は紅茶でも飲もうか。
そう思った怜に、いたずらに笑うノリが今日は帰ると笑ってみせる。
「だってアニキ、梓くんに会いたいんじゃないっすか?」
「え……」
「そんな顔してるっすよ」
「…………」
ノリの言う通りだ、梓に会いたい。
けれど、どんな顔をして会ったらいいのだろう。思い出される後悔が、怜の足を行かせまいと掴んでいる。
梓のキスを拒めなかった瞬間。理由も言わず、もう会わないと突き付けた夜。
昨夜の梓が差し出してくれた想いを、出逢ってからの梓を信じていないわけじゃない。
怜は何より、自分自身が信じられないのだ。
けれどそれを見透かすように、落ちていってばかりの怜の思考をノリが引き止める。
「アニキ、変な事考えてるでしょ」
「……え?」
「もう自分は幸せになれない、って思ってるんじゃないすか?」
「…………」
「俺とか加奈とか、それから梓くんとか。みんな、アニキのことが大好きなんすよ。俺達が好きなアニキの事、アニキも大事にしてあげて?」
「……でも」
「素直になっていいんすよ。ワガママ言ってもいい。幸せになって、アニキ」
「ノリくん……」
緩んでばかりの涙腺が、ノリのあたたかさにまたぽろぽろと涙を零す。ずっと支えてくれていたノリの言葉だからこそ、まっすぐ胸の奥へと届いて怜を包むのだ。
「……また、人を好きになってもいいのかな」
「いいに決まってるっす!」
「……っ」
「恋愛って、別に絶対しなきゃいけないもんじゃないと俺は思うっす。でもアニキに好きな人が出来て、その人の隣でアニキが幸せになれるなら、手を伸ばしてほしい。梓くんなら俺も安心だし? あとはアニキ次第、でしょ?」
「っ、うん、うん……ありがとう、ノリくん。僕、頑張ってみるよ」
ノリの言葉がすっと染み込んで、怜に笑顔が戻る。
そうだ、ノリの言う通り、自分次第なのだろう。
頷いた怜は、照れくささにはにかみながら頬を拭う。
怜をアニキなんて呼ぶのに、ノリは兄の様な表情で怜の頭をぽんぽんと撫でて鼓舞する。
「明日の昼は屋上に集合っすよ、アニキ」
「駄目だった時はまた落ち込んでると思うけど、それでもいい?」
「もうーまた弱気」
「う、だって……」
「ふ、いいっすよ。とりあえず今は、アニキの分まで俺がアニキのこと信じてるから」
「うん、ありがとう」
右手を高く合わせ、じゃあねと手を振って駅へと向かうノリの大きな背を見送る。とうとう見えなくなり、怜は大きく息を吐く。
ここからはしっかり自分の足で、ひとりで梓と向き合う時間だ。
スマートフォンを取り出して、メッセージアプリの梓とのページを開く。ここに来る前に送ったメッセージは、まだ未読のままだった。
忙しいのだろう。もしかするとこの後は、打ち上げがあったりで会う事は叶わないかもしれない。
けれどそれでもいい。会わない方がいいと言って自分から突き放したのだから、いくらだって待てる。待つべきなのだ。
《梓くん、今日はご招待ありがとうございました。来て良かった。梓くんに会いたいです》
それだけ打って、何度も読み返しては送信ボタンの上を指がさまよって数分。
勇気を振り絞りやっとの思いで送信し、すぐにアプリを閉じた。
緊張に留まっていた息を吐きだし、スマートフォンを胸に当てて夜空を仰ぐ。
すごくこわい、本当は。
やっぱり自信なんてない。昨日くれた想いを梓が今日も持っているかなんて、梓自身にしか分からない。
それでも届けたいと、上を向けるほどの想いが怜にはあるのだ。
「はぁ……」
とりあえず帰ろうか。ここにいても仕方がないし。
熱い息を天に吐き、ゆっくり歩きだして駅を目指す。
一歩一歩がここに来た時までとは違う、新しく生まれた道を歩くような心地がした。
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