上 下
21 / 26
-5-

20

しおりを挟む
「ノリくんお腹空いた? どこか寄って行く?」

 三十分の先行上映の後、怜とノリは最後に劇場を出た。怜がすぐには立てなかったのだ。
 外に出て時計を見ると十九時を過ぎていた。夕飯時だけれど、怜は胸がいっぱいでどうも何も口に出来そうにない。
 けれどノリは空腹だろうし、どこか食べられるところに入って自分は紅茶でも飲もうか。
 そう思った怜に、いたずらに笑うノリが今日は帰ると笑ってみせる。

「だってアニキ、梓くんに会いたいんじゃないっすか?」
「え……」
「そんな顔してるっすよ」
「…………」

 ノリの言う通りだ、梓に会いたい。
 けれど、どんな顔をして会ったらいいのだろう。思い出される後悔が、怜の足を行かせまいと掴んでいる。
 梓のキスを拒めなかった瞬間。理由も言わず、もう会わないと突き付けた夜。

 昨夜の梓が差し出してくれた想いを、出逢ってからの梓を信じていないわけじゃない。
 怜は何より、自分自身が信じられないのだ。
 けれどそれを見透かすように、落ちていってばかりの怜の思考をノリが引き止める。

「アニキ、変な事考えてるでしょ」
「……え?」
「もう自分は幸せになれない、って思ってるんじゃないすか?」
「…………」
「俺とか加奈とか、それから梓くんとか。みんな、アニキのことが大好きなんすよ。俺達が好きなアニキの事、アニキも大事にしてあげて?」
「……でも」
「素直になっていいんすよ。ワガママ言ってもいい。幸せになって、アニキ」
「ノリくん……」

 緩んでばかりの涙腺が、ノリのあたたかさにまたぽろぽろと涙を零す。ずっと支えてくれていたノリの言葉だからこそ、まっすぐ胸の奥へと届いて怜を包むのだ。

「……また、人を好きになってもいいのかな」
「いいに決まってるっす!」
「……っ」
「恋愛って、別に絶対しなきゃいけないもんじゃないと俺は思うっす。でもアニキに好きな人が出来て、その人の隣でアニキが幸せになれるなら、手を伸ばしてほしい。梓くんなら俺も安心だし? あとはアニキ次第、でしょ?」
「っ、うん、うん……ありがとう、ノリくん。僕、頑張ってみるよ」

 ノリの言葉がすっと染み込んで、怜に笑顔が戻る。
 そうだ、ノリの言う通り、自分次第なのだろう。
 頷いた怜は、照れくささにはにかみながら頬を拭う。
 怜をアニキなんて呼ぶのに、ノリは兄の様な表情で怜の頭をぽんぽんと撫でて鼓舞する。

「明日の昼は屋上に集合っすよ、アニキ」
「駄目だった時はまた落ち込んでると思うけど、それでもいい?」
「もうーまた弱気」
「う、だって……」
「ふ、いいっすよ。とりあえず今は、アニキの分まで俺がアニキのこと信じてるから」
「うん、ありがとう」

 右手を高く合わせ、じゃあねと手を振って駅へと向かうノリの大きな背を見送る。とうとう見えなくなり、怜は大きく息を吐く。
 ここからはしっかり自分の足で、ひとりで梓と向き合う時間だ。
 

 スマートフォンを取り出して、メッセージアプリの梓とのページを開く。ここに来る前に送ったメッセージは、まだ未読のままだった。
 忙しいのだろう。もしかするとこの後は、打ち上げがあったりで会う事は叶わないかもしれない。
 けれどそれでもいい。会わない方がいいと言って自分から突き放したのだから、いくらだって待てる。待つべきなのだ。

《梓くん、今日はご招待ありがとうございました。来て良かった。梓くんに会いたいです》

 それだけ打って、何度も読み返しては送信ボタンの上を指がさまよって数分。
 勇気を振り絞りやっとの思いで送信し、すぐにアプリを閉じた。
 緊張に留まっていた息を吐きだし、スマートフォンを胸に当てて夜空を仰ぐ。

 すごくこわい、本当は。
 やっぱり自信なんてない。昨日くれた想いを梓が今日も持っているかなんて、梓自身にしか分からない。
 それでも届けたいと、上を向けるほどの想いが怜にはあるのだ。

「はぁ……」

 とりあえず帰ろうか。ここにいても仕方がないし。
 熱い息を天に吐き、ゆっくり歩きだして駅を目指す。
 一歩一歩がここに来た時までとは違う、新しく生まれた道を歩くような心地がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お前はオレの好みじゃない!

河合青
BL
三本恭一(みもときょういち)は、ある日行きつけのゲイバーで職場近くの定食屋でバイトしている大学生の高瀬陽(たかせはる)と遭遇する。 ゲイであることを隠していた恭一は陽にバレてしまったことで焦るが、好奇心旺盛で貞操観念の緩い陽はノンケだが男同士のセックスに興味を持ち、恭一になら抱かれたい!と迫るようになってしまう。 しかし、恭一は派手な見た目から誤解されがちだがネコで、しかも好みのタイプはリードしてくれる年上。 その辺りの知識は全く無い陽に振り回され、しかし次第に絆されていき……。 R指定のシーンはタイトルに★がついています。 【攻め】高瀬陽。大学生。好奇心旺盛でコミュ強。見た目は真面目で誠実そうだが特定の彼女は作らない。ゲイへの知識がないなりに恭一のことを理解しようとしていく。 【受け】三本恭一。社会人。派手な見た目と整った顔立ちからタチと勘違いされがちなネコ。陽は好みのタイプではないが、顔だけならかなり好みの部類。

山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜

ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。 高校生×中学生。 1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。

【R18】しごでき部長とわんこ部下の内緒事 。

枯枝るぅ
BL
めちゃくちゃ仕事出来るけどめちゃくちゃ厳しくて、部下達から綺麗な顔して言葉がキツいと恐れられている鬼部長、市橋 彩人(いちはし あやと)には秘密がある。 仕事が出来ないわけではないけど物凄く出来るわけでもない、至って普通な、だけど神経がやたらと図太くいつもヘラヘラしている部下、神崎 柊真(かんざき とうま)にも秘密がある。 秘密がある2人の秘密の関係のお話。 年下ワンコ(実はドS)×年上俺様(実はドM)のコミカルなエロです。 でもちょっと属性弱いかもしれない… R18には※印つけます。

好色サラリーマンは外国人社長のビックサンを咥えてしゃぶって吸って搾りつくす

ルルオカ
BL
大手との契約が切られそうでピンチな工場。 新しく就任した外国人社長と交渉すべく、なぜか事務員の俺がついれていかれて「ビッチなサラリーマン」として駆け引きを・・・? BL短編集「好色サラリーマン」のおまけの小説です。R18。 元の小説は電子書籍で販売中。 詳細を知れるブログのリンクは↓にあります。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

桜並木の坂道で…

むらさきおいも
BL
《プロローグ》 特別なんて望まない。 このまま変わらなくていい。 卒業までせめて親友としてお前の傍にいたい。 それが今の俺の、精一杯の願いだった… 《あらすじ》 主人公の凜(りん)は高校3年間、親友の悠真(ゆうま)に密かに思いを寄せていた。 だけどそんなこと言える訳もないから絶対にバレないように、ひた隠しにしながら卒業するつもりでいたのに、ある日その想いが悠真にバレてしまう! 卒業まであと少し… 親友だった二人の関係はどうなってしまうのか!?

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

女王蜂

宮成 亜枇
BL
”オメガバース” そんな、やっかいなものが存在する世界。 オメガ性を持つ者は、世間から差別され、蔑視される。 それが当然だと、誰もが信じて疑わない。 しかし。 それに抗おうと、必死に生きるオメガと。 オメガが差別される世界は間違っていると主張し、世間を変えようと奮闘するアルファもいる。 オメガであるにも関わらず、強く逞しく生き抜く叔母に育てられた青年と。 アルファでありながら、自らの立ち位置を決められず、差別をなくそうとする友人に誘われるまま、共に行動するもう一人の青年。 彼らは。 『運命』と言うイタズラの元、引き寄せられる……。 ストーリー重視のため、過激な描写はあまり(ほとんど?)ありませんが。 知り合いにジャッジして貰ったところR18の方が良い、と判断されたので、R18設定にしています。 ご了承ください。 また、お話は基本8時と20時に更新しています。 ※表紙は『かんたん表紙メーカー』にて作成しています。

処理中です...