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こっちから願い下げだと言い捨てて、肩を竦めて見せ三条は去ってゆく。
階段を下り、道の向こうへ消えてゆくのをしっかり見届けると、怜は力が抜けてしまった。へなへなとしゃがみこむと、梓が慌てて怜の体を支える。
「わっ、大丈夫ですか!?」
「あ、はは、ごめん……ほっとしたら力が抜けちゃったみたい」
「怜さん……中入ってもいいですか? 俺につかまって」
「へ……え、あの、梓くん!?」
断りを入れてから、梓は怜の膝の下に腕を通していとも簡単に抱き上げた。思わず首にしがみつき、密着した体に怜の心臓は跳ね上がる。戸惑う怜の心は置き去りに、切なくて速いリズムを刻んでしまう。
無理やり下りるわけにもいかず、玄関から短い廊下を通り扉の先のリビングに入ってもらった。クッションの上にゆっくりと下ろされ、梓も隣にしゃがんで怜の顔を覗きこんでくる。
「え、っと、梓くん、近いよ」
「目、赤くなってます」
「あ、うん。泣いちゃったから……恥ずかしいからあんまり見ないで」
「髪の毛ちょっと濡れてませんか?」
「それは……お風呂あがったところだったから」
「それじゃあ冷えちゃってますよね? もう一回温まったほうがいいんじゃないですか? それに、さっき外で座っちゃったから服が汚れ……」
「あ、梓くん!」
伝えなきゃいけないことがある、何度言っても足りないありがとうだとか。けれど梓は怜のことばかりで、どこか聞く耳持たずだ。
しゅんと下がっている眉が、怜を気遣っていると分かる。無下にはしたくないけれど、一心に優しくされる事に躊躇い、遮らずにいられなかった。
きょとんと目を丸くした梓は、とびきり柔らかい声で「どうしましたか?」と問う。
「梓くん、あの、また迷惑かけて本当にごめんなさい」
「もう謝るのはなしだって言いましたよね? 俺、迷惑だなんて思ってませんから」
「でも……ん、そっか。梓くんは本当にやさしいね。ありがとう、すごく、すごく助かった」
向けてくれる優しさを否定することはしたくないと、これ以上の謝罪をありがとうで包んで怜は差し出す。
もう三条がここに来る事も、傷ついた心を抉られる事もないような気がしている。それは全て梓のおかげなのだ。
何度伝えても伝えきれない。もう一度ありがとうと口にすると、また溢れてしまった涙を梓の指が掬ってゆく。
「手、震えてますね」
「あ、ほんとだ。はは、本当情けないね」
優しくとられた両手は確かに震えていて、梓にそう言われるまで気がつかなかった。
怜は気恥ずかしさに顔を伏せようとしたが、梓の手が頬に添えられ、それを阻まれる。
「ねぇ怜さん、抱きしめてもいいですか?」
「へ? ……あ、えっと、梓くんなに言って……」
「こっち」
「あっ」
突然の事に怜は呆気にとられる。けれど、いいかと窺ってみせながらも答えを待たずに、梓は怜を抱きしめた。
ラグに腰を下ろした梓の頭はクッションに座っている怜より少しだけ下にある。頭に添えられた手にそっと誘われ、梓の肩に額を預けるかたちになる。
一体何が起きているのだ。混乱しているはずなのに、確かなぬくもりと梓の優しさに、みるみると体から力が抜けてゆくのが怜は分かる。
あぁもう、これ以上泣きたくなんかないのに。また溢れだすそれを止める術が見当たらない。
「すごく頑張りましたね」
「ぐすっ、なに、それ」
「俺が見た怜さんの苦しみは、きっとほんの少しでしょうけど。それでも辛そうなのが分かりましたから。それをああやって言えて凄いです、かっこ好かった」
「ひっ、あ、梓く……」
「泣いても大丈夫です、恥ずかしくも情けなくもないですよ」
誰かに抱きしめられるなんていつぶりだろう。怜は梓の背中にそろそろとしがみつく。
過去を振り払おうと立ち上がった怜に添えてくれた手が、今はその傷をも融かそうと包んでいる。
体中から染みこんでくる梓の体温が、頭をくり返し撫でてくれる手が、やっぱり陽だまりのようだとしゃくり上げるほど泣きながらも怜は思う。
階段を下り、道の向こうへ消えてゆくのをしっかり見届けると、怜は力が抜けてしまった。へなへなとしゃがみこむと、梓が慌てて怜の体を支える。
「わっ、大丈夫ですか!?」
「あ、はは、ごめん……ほっとしたら力が抜けちゃったみたい」
「怜さん……中入ってもいいですか? 俺につかまって」
「へ……え、あの、梓くん!?」
断りを入れてから、梓は怜の膝の下に腕を通していとも簡単に抱き上げた。思わず首にしがみつき、密着した体に怜の心臓は跳ね上がる。戸惑う怜の心は置き去りに、切なくて速いリズムを刻んでしまう。
無理やり下りるわけにもいかず、玄関から短い廊下を通り扉の先のリビングに入ってもらった。クッションの上にゆっくりと下ろされ、梓も隣にしゃがんで怜の顔を覗きこんでくる。
「え、っと、梓くん、近いよ」
「目、赤くなってます」
「あ、うん。泣いちゃったから……恥ずかしいからあんまり見ないで」
「髪の毛ちょっと濡れてませんか?」
「それは……お風呂あがったところだったから」
「それじゃあ冷えちゃってますよね? もう一回温まったほうがいいんじゃないですか? それに、さっき外で座っちゃったから服が汚れ……」
「あ、梓くん!」
伝えなきゃいけないことがある、何度言っても足りないありがとうだとか。けれど梓は怜のことばかりで、どこか聞く耳持たずだ。
しゅんと下がっている眉が、怜を気遣っていると分かる。無下にはしたくないけれど、一心に優しくされる事に躊躇い、遮らずにいられなかった。
きょとんと目を丸くした梓は、とびきり柔らかい声で「どうしましたか?」と問う。
「梓くん、あの、また迷惑かけて本当にごめんなさい」
「もう謝るのはなしだって言いましたよね? 俺、迷惑だなんて思ってませんから」
「でも……ん、そっか。梓くんは本当にやさしいね。ありがとう、すごく、すごく助かった」
向けてくれる優しさを否定することはしたくないと、これ以上の謝罪をありがとうで包んで怜は差し出す。
もう三条がここに来る事も、傷ついた心を抉られる事もないような気がしている。それは全て梓のおかげなのだ。
何度伝えても伝えきれない。もう一度ありがとうと口にすると、また溢れてしまった涙を梓の指が掬ってゆく。
「手、震えてますね」
「あ、ほんとだ。はは、本当情けないね」
優しくとられた両手は確かに震えていて、梓にそう言われるまで気がつかなかった。
怜は気恥ずかしさに顔を伏せようとしたが、梓の手が頬に添えられ、それを阻まれる。
「ねぇ怜さん、抱きしめてもいいですか?」
「へ? ……あ、えっと、梓くんなに言って……」
「こっち」
「あっ」
突然の事に怜は呆気にとられる。けれど、いいかと窺ってみせながらも答えを待たずに、梓は怜を抱きしめた。
ラグに腰を下ろした梓の頭はクッションに座っている怜より少しだけ下にある。頭に添えられた手にそっと誘われ、梓の肩に額を預けるかたちになる。
一体何が起きているのだ。混乱しているはずなのに、確かなぬくもりと梓の優しさに、みるみると体から力が抜けてゆくのが怜は分かる。
あぁもう、これ以上泣きたくなんかないのに。また溢れだすそれを止める術が見当たらない。
「すごく頑張りましたね」
「ぐすっ、なに、それ」
「俺が見た怜さんの苦しみは、きっとほんの少しでしょうけど。それでも辛そうなのが分かりましたから。それをああやって言えて凄いです、かっこ好かった」
「ひっ、あ、梓く……」
「泣いても大丈夫です、恥ずかしくも情けなくもないですよ」
誰かに抱きしめられるなんていつぶりだろう。怜は梓の背中にそろそろとしがみつく。
過去を振り払おうと立ち上がった怜に添えてくれた手が、今はその傷をも融かそうと包んでいる。
体中から染みこんでくる梓の体温が、頭をくり返し撫でてくれる手が、やっぱり陽だまりのようだとしゃくり上げるほど泣きながらも怜は思う。
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