【完結】一瞬にかけた流れ星、或いはロードスター 〜たった一度だけ雑誌で見た憧れの人とシェアハウスすることになる話〜

星むぎ

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ex.ヒカリが射す

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 熊本県内にある、某ショッピングモール。柊吾しゅうごたけるは、昨日この地へとやって来た。

 まだ開店前の早朝だが、八月の太陽は容赦なく照りつけている。すぐ近くに取ったホテルから歩いてきたのだが、じっとりと汗をかいてしまった。柊吾は手で顔を扇ぎながら、昨日のうちにセッティングを終えた店内をもう一度確認して回る。借りているのはほんの小さなスペースだ。

椎名しいなさん、レジも準備オーケーです」
「サンキュ、尊」
「いよいよっすね」
「ああ。こんな日が来るとは思ってなかったよ」

 ふたりの視線は自ずと、レジ後ろに貼ったモノクロのポスターへと向かう。柊吾が立ち上げたアクセサリーブランド、naturally。そのカタログのために撮影されたものだ。

 
 今年の春に出したnaturallyのカタログは、大きな話題となった。中でも特に注目を集めたのは、男性同士の恋人の甘いショットの数々だ。その主役を務めたのは、モデルの南夏樹みなみなつき。カタログの公表日と同じくして、有名なメンズファッション誌の専属デビューを迎えたことが、naturallyにも大きな波を引き寄せた。

 それでいて、夏樹の新しい魅力を世に知らしめるのに、naturallyのカタログが一役買ったといっても過言ではない。快活なイメージの強い夏樹が奥底に持っていた、男としての色気。業界に走った衝撃はなかなかに強かったと、柊吾の幼なじみで夏樹の先輩である人気モデル、晴人はるとは語っている。

 相乗効果によって知名度を上げた、南夏樹とnaturally。その結果、naturallyへの来店者数は飛躍的に増え、問い合わせのメールも毎日送られてくるようになった。それらのほとんどは、アクセサリーを購入したいのに難しい、というものだ。カタログの話題を機にnaturallyを知り、アクセサリーに興味を持ってもらえても、店舗は都内の一店のみで、通販も行っていないからだ。

 多くの人に知ってもらいたい気持ちはもちろんある。売り上げだって伸ばしたい。それでも手に取ってくれる人の顔が見たい、きちんと対面で販売したいからと決めたこの営業スタイルは、柊吾のこだわりだった。経営者兼デザイナーであることを隠してまで店頭に立っているのも、それが理由だ。

 遠方の人たちには申し訳ないが、どうにか都内の店舗まで足を運んでもらうか、諦めてもらうしかない。柊吾はそう考えたのだが。周りの反応はというと、全く違うものだった。naturallyはもっとたくさんの人に愛されるべき――スタッフたちにそう言われた時、熱くなった心を柊吾は今も覚えている。自身は諦めかけたというのに、日々共にしているスタッフたちは、このチャンスを手放す気は更々なかったのだ。
 

 そうして行き着いた、ポップアップショップというかたち。どうしてもゆっくりにはなるが、全国各地を回っていけたらと考えている。皆の想いで切れたスタートが柊吾は誇らしい。

 もっとも、日程こそこの一週間しか調整できず、ひとつだけ心残りがあるけれど。


「楽しみっすね。きっとメールくれた人たちも来てくれるんだろうし」
「だな。尊たちに背中押してもらえて感謝してる。これからも頼りにしてます」
「それはどうも。でもまあ、熊本からってのがまたいいっすね。夏樹の影響って感じが」
「……バレてた?」
「椎名さん隠す気ないでしょ。……あ、噂をすれば」

 開店したばかりのショッピングモール内、BGMをかきわけるように軽やかな足音が近づいてくる。尊と共にそちらに顔を向ければ、大きく両手を振る夏樹の姿があった。

「柊吾さーん! 尊くーん!」
「アイツ今日も元気っすね」
「だな」

 新しい試みのスタート地点に選んだ、夏樹の生まれ故郷である熊本の地。ブランドの名が全国に響き渡ったのは夏樹のおかげだからと、そう取り繕うことだって出来るが。尊の指摘通りだ。自分の地元の人たちにもnaturallyを届けたい――かわいい恋人からそんな風に言われれば、わざわざ他の地を選ぶ理由なんてなかった。

 シンプルで、ある意味身勝手でもある経緯を、否定する気になれないのは確かな事実だ。

「尊くん久しぶり!」
「お、っと。夏樹お前、危ないって」
「へへ、ごめん。会うの一ヶ月ぶりくらいかな」
「そうだな」

 走ってきた勢いそのままに、夏樹は尊に抱きついた。再会を喜び、そしてその瞳が柊吾へと向けられる。

「柊吾さんとは昨日ぶりっすね」
「ん。ちゃんと朝ご飯食べたか?」
「コンビニで買ったおにぎり、飛行機の中で食べました!」
「そ。……夏樹、ちょっとこっち」

 たった一日ぶりとはいえ、再会の喜びが心臓いっぱいに沁み渡る。もっと浸りたいとそう思うのだが。尊に抱きついたままでいるのが柊吾は面白くなかった。さりげなく引き剥がし、さてどうしたものかと思考を巡らせる。恋人と後輩に、大人げない心境を悟られたくない。

「…………? 柊吾さん?」
「あー……ほら、サングラス。ちゃんとしといたほうがいいと思って」

 ふと目に入ったのは、夏樹の頭に乗っかっているサングラスだ。助かった。それを手に取り、夏樹の目元に掛けなおす。

「平気っすよ」
「だーめ。こっちだと余計騒ぎになるかもだろ。夏樹の地元なんだし」
「へへ、そうかな」
「あれ、そのサングラス椎名さんのっすか? 見たことある気がする」
「尊くん正解! 柊吾さんにもらったんだ~」

 専属モデルになってすぐの頃、ふたり出掛けた先で夏樹はファンに囲まれた。ひとりひとりに丁寧に対応し大切にする、夏樹のその心まで好きだが、どこに行ったってこれでは夏樹が休まらないのではないかと心配になった。自分が身につけていたサングラスを貸しつつ、新しいものをプレゼントすると提案したのだが。「これがいい」と言った夏樹の淡く色づいた表情は、今も記憶に鮮やかだ。

 ひとしきり尊に自慢した瞳が、柊吾へと返ってくる。サングラス越しでも、自分に向けられる光は甘く緩むのが分かる。それを見られただけで、芽生えてしまった嫉妬は一時休戦とばかりに小さくなった。

 初めての恋は、心がどうにも忙しい。余裕のない自分を、柊吾はふたりに悟られないようにと小さく笑った。

 

 モール内に徐々に人が増えてゆく。naturallyの前で足を止めてくれる人は多く、その度に丁寧に接客をする。自分も手伝いたいとの夏樹の申し出には、少し悩んだ。メンズファッション誌への専属が決まったのを機に、夏樹はnaturallyのバイトを辞めている。だが恋人の必死な瞳にはどうしたって負けてしまう。さすがにサングラスはまずいと代わりにキャップを深く被らせた。

 昼前に一旦ピークを迎え、それが落ち着いてきた頃だった。少し離れた場所から夏樹のポスターを見上げ、どこかおずおずとした様子で近づいてくる若い男女。恋人同士だろうか。

「お気軽に見ていってくださいね」

 招き入れ、見やすいようにとショーケースの前から一歩下がる。するとレジのほうから慌てて夏樹が出てきた。

「あ……!」

 どこか悲痛な声で夏樹は駆けてきて、男に抱きついた。夏樹の勢いによろめいた男の目には、涙が浮かんでいるように見える。

「来てくれんかもって思っとった。ありがとう……。綾乃あやのちゃんも」
「……うん」

 綾乃。その名前に柊吾は静かに目を見張った。夏樹の元恋人の名だ。つまりは昨年の夏、夏樹を裏切ったふたりだ、ということだ。泣きじゃくって苦しそうにしていた夏樹の顔は、今もありありと思い出せる。もっとも、夏樹に言わせれば悪いのは夏樹のほう、らしいけれど。

 腹の底にじわじわと怒りの火種が点る。ふたりが夏樹にしたことを、簡単に許せはしない。だが柊吾は知っている。あれ以降夏樹がずっと、元恋人と友人を気にかけていたことを。たまに連絡を入れ、返ってはこない返事に落胆していたことを。そっとしておいたほうがいいのかな、と流れる涙を拭いてきたのは柊吾だった。

 夏樹のためを思うなら、今出来ることはひとつだろう。微かに震えている背中に近づき、手を添える。

「夏樹、どこかでゆっくり話して来れば?」
「柊吾さん……でも」
「店なら平気だから。今は客もいないし」
「…………」

 なみなみと潤んでいた瞳が、柊吾を映した瞬間に雫をこぼす。それに思わず手を伸ばすと、夏樹の手が重なってきた。きゅっと握りこまれ、夏樹は再び友人たちのほうを振り返る。繋いだままの手を背中に隠して。

「えっと、まだ時間ある? この中にファミレスあったよね、そこ行かん?」
「うん、行くか」
「へへ、やった。じゃあオレもすぐ行くけん、先に行っとって」
「わかった」

 友人たちを見送って、夏樹がこちらを向く。薄く赤らんだ頬が、キャップの鍔で影が差していてもよく分かる。

「連絡してたんだ?」
「返事はなかったんすけどね」
「そっか。会えてよかったな」
「っす。ちょっとだけ行ってきます」
「ちょっとじゃなくていいよ」
「ううん。こっちにいられるの今日だけだし。その、出来るだけたくさん柊吾さんといたいから」

 えへへ、とはにかむ頬へキスしたい衝動に強く駆られる。それに勘づかれてしまっただろうか。きょろきょろと辺りを見渡した夏樹は、代わりにとでも言うように指と指を絡ませて、ほんの一瞬だけ柊吾の胸元に額を寄せてきた。ああ、もう。本当は行かせたくない、その言葉が喉のすぐそこまでせり上がってくる。ぐっと堪え、再びサングラスをその顔にかけて見送った。
 

「椎名さん、余裕ないっすね」
「……うん、全然ない」

 一部始終を見ていた尊が、積まれたカタログを整えながら茶化してくる。図星をつかれ誤魔化そうかと思ったが、無駄だと悟りやめた。

「可愛かったよな、さっきの子。気持ちはどうだったとしても、付き合ってたんだよなあ、って。夏樹を疑ってなんかないけど、送り出すのはちょっとザワザワする」
「あ、そっち?」
「そっちって?」
「まあ確かに元カノってのは複雑でしょうけど。夏樹が抱きついてたから、男のほうにも妬いてんのかなって」
「……尊ってこわい」
「はは、やっぱり」
「そりゃそうだろ。あとこの際だから言うけど、尊にも妬いたから」
「俺?」
「朝抱きつかれてたじゃん。今度“ちー”が店に来たら言ってやろ」
「あ……ちーって言うのやめてくださいって。仕返しが幼稚っすよ」

 それから一時間ほど経った頃合いで、夏樹は戻ってきた。どこか晴れやかな顔をしていて、いい方向に話が出来たのだろうと窺える。

「今日はもう帰ったけど、ポップアップやってる間にまたふたりで来るって言ってました」
「え、夏樹は今日だけってちゃんと言ったか?」
「もちろん! ふたりとも、naturallyのアクセサリーに興味があるみたいっす」
「そっか。それは嬉しいな」
「オレもめっちゃ嬉しいっす! あ、ふたりから誕プレまでもらっちゃいました」

 はにかんだ顔が手に持っていた小さな袋を掲げる。ああ、やっぱり余裕なんてない。先を越されたと腹の中で小さく焼けた心地がして、柊吾はそれを笑って誤魔化した。



 ショッピングモールの閉店に合わせ、naturallyポップアップショップの初日も幕を閉じる。三人でお疲れ様と労い合った後、尊は恋人の千歳がもうすぐこっちに来るからと迎えに出掛けていった。

 さて、と夏樹と向かい合い、この日程でしか予定を組めなかったことに改めて強い後悔が駆け巡る。初日である今日がまさに夏樹の、二十歳となる誕生日なのだ。本当は夏樹の行きたいところにどこへだって連れていって、とびきり美味しいレストランを予約して、一日中ふたりきりで過ごしたかった。

 つい黙りこんでしまっていると、夏樹が顔を覗きこんできた。心配そうな表情を覗かせつつ、柊吾のシャツをそっと摘まむ。

「柊吾さん、夕飯行きましょ? オレ、おすすめのところがあるんすけど」

 夏樹の案内で向かった先は、ラーメン店だった。県内でも夏樹の実家とは離れた地だが、数回訪れたことがあり、東京にいてもたまに食べたくなるらしい。こじんまりとした店構えで、優しそうな年配の店主に出迎えられる。夏樹のおすすめだというチャーシューラーメンを柊吾も注文した。先ほどまでの憂いた気持ちがチャラになった、とまではさすがにいかないが、疲れた体にいい塩梅のあたたかいスープが染み渡る。ひとくち啜って思わず顔を見合わせた時、得意そうに鼻を鳴らした夏樹は堪らなく可愛かった。

 ラーメン店を出て、夏樹の希望でコンビニへ立ち寄る。手を引かれた先は、アイスケース。これも東京にはないのだという夏樹一押しご当地アイスをふたつ買って、食べながらホテルへと向かった。
 

 昨日から滞在しているホテルに、夏樹もチェックインする。今日の日を同じ部屋で過ごせるようにと、ふたり用の部屋を取ってあった。明日からはシングルの部屋へ移る手筈になっている。

 室内に入った夏樹が、大きな窓へと駆け寄る。

「うわあ……街が全部見える! すごいね柊吾さん! 部屋広いし、ベッドもでかあ……」
「気に入った?」
「気に入った……こやん凄かとこ、泊まったことなかもん。すげー……」
「それならよかった」
「……エレベーターで柊吾さんが最上階押すからびっくりしたんすけど、この部屋、もしかしてオレのために?」
「本当はさ、今日は夏樹の好きなところに連れてって……とか考えてたんだけどな。こんなことくらいしか出来なかった」
「柊吾さん……」

 ベッドに腰かけている柊吾の元へ、夏樹が近づいてくる。背負っていた大きなリュックを床に落とし、あたたかい手が柊吾の頬を包みこむ。

「オレ、最高の誕生日だなって思ってますよ。柊吾さんがnaturallyと一緒に熊本にいて、オレもそこにいられて。ラーメンもアイスも、柊吾さんと食べたいなってずっと思ってたから、めっちゃ嬉しかった」
「夏樹……」

 心からの言葉を伝えたい、そう思ってくれているのがよく分かる。きゅっと寄った眉間、しゅんと下がった眉尻。瞳は陽の射す海のようにキラキラと光って、一心に柊吾を照らしている。

 柊吾も夏樹の頬へと手を伸ばすと、ほんのり染まったそこを摺り寄せられる。夏樹の仕草ひとつひとつの愛しさに、熱いものがこみ上げてくる。それを誤魔化すように夏樹を見上げ、額をくっつけるよう促すと、指先にピアスが触れた。上京したばかりの頃、モデルの給料でnaturallyのアクセサリーを買うのだと宣言した夏樹は、それを実行した。選ばれたのは、カタログ撮影時にふたりでつけたそれだった。頼まれて柊吾が開けた穴に、自分のデザインしたものが飾られている。何度見ても堪らなくて、それを摘んで指先でもてあそぶ。

「夏樹が喜んでくれててよかった。でも俺は……ふ、随分欲張りだったみたいでさ。それでも一日中ふたりっきりがよかったなあ、とか。考えてる」
「ええ、柊吾さんかわいい……」
「いやかわいくはねぇだろ。こういうのは大人げないって言うんだよ」
「いや違うっすね、絶対にかわいいです。だってオレ、今堪んないもん」

 夏樹はそう言って、柊吾の頬にひとつキスをした。くちびるはすぐに離れたが、やけに熱い吐息が柊吾の肌を撫でる。お返しに、と夏樹の頬へキスをし、いちばん近くから夏樹の瞳を見上げる。

「でもこれ聞いたらさすがに引くかも」
「なんすか?」
「……今日、すげー妬いた」
「妬いた?」
「夏樹が……尊とかダチにばっか抱きついてたから」
「へ……」
「俺にはしないのにな」

 本当に、本当に大人げない。そう分かっているのに夏樹にはどうにも曝け出してしまう。困らせたくないと思っているのに、今日は夏樹の誕生日なのに。試すようなことをして、赦されようとしている。

 情けない自分を隠すように視線を逃がそうとしたが、夏樹がそれを良しとしない。強い瞳に捉えられる。ああ、これだ。この光にずっと惹かれ続けている。早川モデルエージェンシーに送られてきた写真を見たあの時から。

「柊吾さん、大好き」
「ん……」

 柊吾の上に乗り上がるようにベッドに膝をついて、キスをくり返してくる。

「柊吾さんごめんなさい。本当は柊吾さんにも抱きつきたかったよ。でも、柊吾さんは違うもん、好きな人だもん。だけん、皆の前では出来んかった。絶対離れたくなくなるもん。このふたりはそういう関係なんだなって、通りすがりの人にも絶対に気づかれるよ。そんくらい、いっぱいいっぱいになるくらい、柊吾さんが好きだから。でも、妬いてたって言われて、今もっと好きになった。妬くのってしんどいのにね、ごめんね?」
「っ、夏樹……は、やば、俺もすげー好き」

 必死になりながら、瞳いっぱいに涙を溜めながら夏樹はそう言った。どうしようもない自分まで愛されて、柊吾だって泣きそうだ。 

 熱い息と共に覗いた舌が、柊吾の口内に入れてと急かす。もぐりこんできたそれに舌を絡め吸い上げると、中心を硬くした夏樹の腰が揺れ始める。

「は、あ……柊吾さん、どうしよう」
「ん?」
「えっち、したい……」
「夏樹……」
「でも、洗うのに離れるのもいやで、どうしたらいい? 我慢出来ん~……」
「んっ、夏樹、やばいって……」

 懸命に求められ、昂ぶったそこを擦りつけられて、柊吾の性感も強く引き上げられる。しがみついてくる体を抱き返し、柊吾も腰を揺らすと、耳元で夏樹の声が甘く崩れる。

「夏樹……一回抜く?」
「あ……じゃあオレ、してほしいの、ある」
「なに?」
「……でも、恥ずかしい」
「そんなん大丈夫。どんな夏樹だって好きだから、言って?」
「っ、んう、柊吾さん……じゃあ、絶対引かんでよ?」
「うん、約束する」
「あ……っ、そこ、噛むのやばい」

 柊吾の肩に隠れて、かと思ったら物欲しそうに見下ろしてきて。相変わらず一秒ごとに愛おしくて、シャツ越しに小さく尖っている胸にやんわり齧りついた。催促するように見上げ、今度はじゅるっと吸い上げる。

「言うまでやめない」
「わ、分かった! 言う、言うから……あ、あの、初めて触りっこした日のこと……覚えてる?」
「うん。夏樹がチョコで酔っ払った時、だよな」
「ん……あ、あの時、パンツの中に入れられたの、すごい好き」
「……マジ?」
「男同士のこと、まだ何も知らんかったとに、なんか、セッ、クス……みたいって思った。オレの中に柊吾さんがいるって錯覚して、はあ……あれ、してほしい」
「っ、夏樹!」

 早くしないと、一秒でも急がないと、このまま放ってしまいそうだと柊吾は焦った。そのくらい、目の前の光景に強くあてられている。真っ赤に滲む頬、ついに零れた涙が本当に恥ずかしそうで。でもそれを越えてでも欲しがられているのだと、堪らない。

「シャツ持ってて。下、これだけ脱がすな」
「ん……柊吾さん、柊吾さん」

 早急に夏樹のハーフパンツを引き抜き、柊吾は下に履いているもの全てを脱ぎ捨てる。夏樹の下着の裾を引っ張ると、湿った空気が香り立つ。痛いほど昂ぶった自身を太ももにすりつけ、ふと見上げると。物欲しそうにぐずぐずに濡れた赤い瞳と、わななくくちびるが見えた。か細く聞こえる、早く、と。

「夏樹、キスして」
「んっ」
「ん……いくぞ」

 夏樹の腰を持ち上げ、すき間に宛がって、勢いよく落とした。ずるりと中に滑り入り、夏樹のものを擦り上げる。すると夏樹は体を大きく震わせた。その振動が今度は柊吾を煽る。

「あっ、あ、ああー……っ、すぐイッちゃったぁ……」
「気持ちいいな?」
「うん、うん、きもちいい、これ好き、しゅうごさん、大好き」
「ん、俺もイく……」

 布が張りつく狭い中で、ふたり分の愛が絡み合う。ふうと息を吐いたのに、離れがたくてゆるゆると擦りつけ合うのをやめられない。ずっとイッているかと思うほど気持ちがいい。たっぷりとキスをして、たっぷりと好きだと囁いて。とろ火にかけられた果実みたいに、ふたりの魂が混ざり合った。



 あれから一緒にシャワーを浴び、先に出ていてと言われるがままにそうすると。今度は最後まで、とねだられた。

 とことん愛して愛されて、直接触れるシーツの肌触りに身を委ね、今はふたりで眠ろうとしているところだ。だが、夏樹は熱心に手の中にあるアクセサリーを見つめている。日付が変わる前にと柊吾が渡したばかりのプレゼントだ。自分だから贈れるものをと考えた時、やはりアクセサリーが頭を離れず、今回も手作りにしたイヤーカフだ。涙を浮かべてまで喜んでもらえて柊吾はほっとしたが、これだけでは満足できない自分がいる。

「なあ夏樹、俺が東京帰ったらどこか行こうか」
「え、いいんすか?」
「もちろん。それで、どこか美味いレストランで夕飯食べて、ケーキも食べような」
「へへ、デートっすね」
「どこかリクエストある?」
「うーん、なんでもいい?」

 枕についた肘で自分の頭を支えつつ、仰向けに寝転ぶ恋人の髪を撫でていたのだが。ふと起き上がった夏樹は、シーツの上にあぐらを掻いた。どこかもじもじと足首を掴み、体を揺らしながらそう聞いてくる。

「なんでもいいよ」
「じゃあ……夕飯は柊吾さんの手作りがいいです。ケーキも作ってほしい!」
「マジ? いいけど、それじゃいつも通りじゃん」
「そうなんすよね……オレってすげー幸せ者だなって今思ってました。だって誕生日にねだりたいもの、いつももらってるんすよ」
「…………」

 あまりにまっすぐにそう言うものだから、柊吾は呆気に取られてしまった。それからこみ上げてくるのは、涙を奥に隠した幸福な笑みだ。

「ふ、あはは」
「ちょ、なんで笑うんすかあ!」
「いや、俺こそ幸せ者だなと思って。夏樹、おいで」

 飛びこんできてくれた夏樹を抱きしめ、夏樹の髪の中に鼻先を潜らせる。ゆっくりと、深く息を吸って瞳を閉じる。

「夏樹」
「はい」

 この腕の中にあるのは、愛そのものだ。それを簡単に諦めたガキだった頃の自分に教えてあげたい、人生捨てたもんじゃないぞと。けれどなにかひとつでも違う道を選んでいたら、出逢えなかったのかもしれない。流れ星のように現れて、ロードスターのように導いてくれる、この青年に。

「夏樹~」
「ふふ、なんすか。柊吾さーん」
「はは、最高」
「オレも最高!」

 恋人にキスをひとつして、手の中からイヤーカフを奪う。そのまま耳に飾ると「似合う?」と聞かれたので、もちろんと答えた。

「柊吾さん、嬉しそうっすね」
「んー? うん、嬉しいよ」
「プレゼント貰ったのオレなのに?」
「うん。夏樹が喜んでくれたし、込めたものもあるしな」
「…………?」

 流れ星でロードスター。そんな恋人に、最近はまた違うものも感じていたりする。あたたかく届けてくれる想いは太陽のようだ、と。光に照らされている、だから立っていられる瞬間がある。その心強さを夏樹にも返していけたら……そう思ったから刻んでみたのだ。幅の広いイヤーカフ、その内側に小さく太陽のマークを。夏樹ならきっと、そう遠くない未来に見つけるだろう。その時には話そう、夏樹の存在が、どんなにかけがえのないものなのかを。

 でもきっと、それじゃあ柊吾さんも太陽だねとまた照らされてしまう。そんな気がしている。
 

「そろそろ寝るか、明日も早いし」
「っすね。でも寝て起きたらバイバイだし、寝たくないかも……」
「ん、分かる。でもまあ、夏樹がモデルで忙しいのも、naturallyを熊本の人に届けられるのも嬉しいな」
「うう、それはオレもっす。柊吾さん大好き」
 
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