【完結】仲良しルームメイトが抜き合いしたりする話

星むぎ

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全然大丈夫じゃない 〜絶賛片想い中の攻めvs恋心に気づく受け〜

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 秋の終わりに枯葉が転がるアスファルト、見てるだけでも寒い外を横目に、夕陽が射すファーストフード店は学生だろう人たちでそれなりに賑わっている。

 例に漏れず高校生のオレらも部活終わりのくたびれた体を引きずってやって来た。みんなはしょっちゅう来てるしオレも以前は毎回参加してたけど、今日は久しぶりでテンションが上がる。

 どちらもLサイズのメロンソーダとポテトを持ってテーブルにつくと、寒いのによくそんなん飲むよな、と先に座っていたチームメイトのタクが目を丸くした。

「オレ飲み物は冷たいのが好きだし」
「お子ちゃまだなあ純太は」
「じゃあタクはなに飲んでんだよ」
「コーヒー」
「うわ大人」
「だろ」

 他の仲間たちもやって来て四人掛けのテーブルが綺麗に埋まる。「そんなんで競ってる時点でふたりともお子ちゃまだよ」と言われ、言葉に詰まったタクにみんなで笑った。気心の知れた同い年のチームメイトは、一緒にいるだけで楽しい。


 このメンツが集まればまず話題に上がるのはサッカーのことだ。今日の活動内容を中心にああでもないこうでもないと真面目に議論し、それが尽きればやはり男子高校生と言うべきか。女の子の話だとか、いわゆるエロい話だとかに移る。そういう話題があまり得意じゃないオレは冷め始めたポテトに集中する。オレの性分をみんな分かって放っておいてくれるから気が楽だ。


 それなのにオレはつい、自分から話題に入ることになる。キスという単語が聞こえてきたからだ。

「キス……」
「お、どうした純太。お子ちゃまもついに興味が湧いたか?」

 茶化してくるタクをあしらいながら、オレはポテトをもうひとかじりして考え込む。こんなことを聞いてしまえば不審がられるだろうか。でも、他でもない凌平が“あるある”だって言うんだからそこまで驚かれはしないかも。

 ずっとずっと胸にひっかかっていることを解決したくて、オレは藁にも縋る思いだった。

「あ、あのさ、聞きたいことがあんだけど」

 からだをテーブルの中央に突っ込むようにして声を潜める。知識が浅いと言ったって大声で話すようなものじゃないことくらい分かっている。そんなオレにみんなが耳を寄せてくれて、緊張をごくりと飲み下す。

「ぬ、抜き合い、って……みんなしたことあんの?」
「……あ、そっち?」
「どっかの学校のマネが気になるとか言い出すかと思った」
「はは、俺も」

 けれどみんなは何だそんなことか、と言わんばかりにテーブル上の密接なミーティングは即解散となった。

 背もたれに寄りかかりながら脱力するタク、その隣のユウゴは頬杖をついてジュースをひとすすりして、オレの隣のショウが「それがどうしたの?」と続きを促してくる。

「え、めっちゃ普通ってリアクションすんじゃん」
「まあなー。珍しくもねぇだろ。そんで?」
「へ、へぇ、そうなんだ……それで、えっと……」

 疑っていたわけじゃないけれど、本当の本当に“あるある”らしい。緊張していたのが間抜けな気がしてきて、けれどこれは好都合だ。きっとオレの悩みをみんなが解決してくれる――そう思ったのに。

「そん時にキスってしたくなる?」
「は? いや、それはない」
「え。なんで? え、ショウは?」
「キスはしたくないよね」
「ええ……なあユウゴは!?」
「俺彼女いるからなぁ、そういうのは経験ねぇわ。でもまあ野郎とキスはねぇな」

 同意してくれる友は誰一人いなかった。 


 ええ、なんで? クエスチョンマークばかりが浮かび固まってしまったオレをみんなも不思議そうにしていて、隣のショウが「純太はするの?」とまたパスをくれた。

「いや、したことない、けど……」
「ないんかい」
「うん、ない……んだけどさ。だって変じゃん!」
「なにが?」
「順番おかしいじゃん。エロいことしてんのに」
「あー……あのな、純太」

 なるほどなるほどとわざとらしく頷くタクが鼻につく。そんなタクはオレのポテトを一本盗んで、ぴょんぴょんと振って説明を始める。まるで小学生を相手にする教師のように、ゆっくりと丁寧に。腹立つ。

「そういう順序ってのは、恋人同士のもんなの」
「……恋人同士」
「おう。ここまではオッケー?」
「……オッケー」

 それは確かに、オレだって分かっている。抜き合いなんてものを知らなかったオレの頭には恋人同士のコミュニケーションの知識しかなくて――それもたかがしれているが――、それをなぞるような妄想を凌平相手にしたことが事の発端だ。

 だけど、凌平とそうするのは自然な気がしたから。冬がすぐそこに待ち構える今になってもただ触れ合うだけなのが寂しいのだ。


「抜き合いはただの抜き合い。ただの処理を他人の手でしてもらって、こっちもやってやってるだけ。お互い様だからウィンウィンだろ。それで終わり」
「……キスしたくなんねぇの?」
「ないない、むしろ無理。なぁ?」

 タクの言葉にユウゴもショウもうんうんと頷いている。考え込むオレにタクが続ける。

「じゃあ聞くけど純太、俺とやってキスできんの?」
「…………え? タクと? いや無理。てか触るのも嫌かも」
「お、お前なぁ……なんで俺がフラれたみたいになんなきゃなんねぇんだ、よ!」
「いったぁ!」

 軽く放たれたデコピンに反射的に額を抑え、オレは薄らと浮かんでしまった涙をぐすんとすする。でも正直助かった。そっか、凌平も単純にオレとキスすんのは無理なんだ、ってショックで泣きそうだったから。

 ただはっきりとしたことがひとつある、凌平としかそもそも抜き合い自体したくないってこと。そう言ったことだってあるけど、ちょっとリアルに想像して途中で投げ出すくらいにはそうなんだって再確認できた。


 ショックを隠し平気なふりでオレは納得したように薄くなったメロンソーダをすする。

「でもやっぱ変じゃね。キスよりエロいことしてんのにキスは無理って」
「純太、それは間違ってんな」
「え、なにが?」
「抜き合いなんかより、キスのほうがエロい」
「おい純太、お前のせいでユウゴのマウント始まったぞ、どうにかしろ」
「キスのほうがエロい? なんで?」
「聞くんかい」

 ふふん、と得意げに口角を上げたユウゴがテーブルの中央へとオレを手招く。耳を寄せれば今度はユウゴ先生のありがたい授業の開始だ。なんだかんだでタクと、それからショウもオレたちを静観している。

「そもそも純太はキスってどんなか知ってんの?」
「知ってるし。馬鹿にすんな」
「そうかー? 口くっつけるだけじゃねえぞ?」
「それも分かるっつの! でぃ、ディープってやつだろ」
「お、思ってたより大人じゃん。じゃあちゃんと想像してみ。相手の口ん中にベロ入れんだぞ」
「…………」
「やっこいけど弾力もあんだよな。味がすんし、あっついし、ぐにぐにしてっから段々、」
「っだー! 分かった! も、もう分かった!」

 ユウゴの説明は生々しくてオレは早々にギブアップしてしまった。熱い気がする顔を手で扇いでいると、タクはどうやら友だちのそういうのを聞くのが嫌だったらしくげんなりした顔をしている。ショウは反対に涼しげな顔だ。

「な? キスもエロいっしょ」
「っす、さすがっすユウゴ先生」
「分かればよろしい」
「でも……あーいや、なんでもない」


 それでもオレは、むしろ……そこまで考えて、うっかり滑りそうになった口を閉じた。メロンソーダもポテトもほっぽいてうんうんと唸るオレに、さっきとは打って変わって優しい声がユウゴから届く。

「で? どうよ」
「うん?」
「キスしないのはそれでも変?」
「それは……」
「まあ別に今すぐ判断しろとは言わんけど。もし変わんねえんならさ、それなりに考えてみんのもいいんじゃね」
「…………? ユウゴ先生ちょっと何言ってんのか難しい」
「そうかー? こっから先は自分で考えなさい。まあヒントとしては、少なくともタクとは抜くのすらナシなんだろ」

 ユウゴの手引きでなにかに手が届きそうで、オレより先に理解しているのか心臓がスピードを上げ始める。でもこれはもっとちゃんと、ひとりでじっくりと向き合うのがいい気がする。そんな予感を隠すように、ユウゴの問いかけに神妙な顔で即答した。

「うん、ナシ」
「おいさすがに2回目は傷つく」
「はは、傷ついちゃうんだ」
「ショウ~笑ってんじゃねぇぞ」

 また俺フラれたんだけど? と不服なタクにみんなで笑う。


 大好きなサッカーに同じ熱で取り組んで、こんな話だって笑いを交えながらもなんだかんだ真剣に聞いてくれる。

 こいつらと出逢えたオレの人生は、もうそれだけで花丸だ。
 

「そろそろ帰るかあ」
「外絶対寒い! 出たくない!」
「そう言えば純太も来たの久しぶりだったな」


 食べ終えたごみをきちんと捨てて、トレイを返して。寒い外に意を決して出る。腹の中のメロンソーダにまで凍えそうでオレはちょっとだけ後悔してきた。凌平もたまにコーヒーを飲んでたりするから、うん、やっぱりオレも飲めるようになりたいかも。

「確かに。ここ最近部活終わったら速攻帰ってたもんな」
「今日はルームメイトがいないからじゃない? たしか練習試合で一泊だったよね」
「は? 帰ってもひとりだし~とかそういう?」
「寂しがり屋かよ! やっぱり純太お子ちゃまじゃん」

 ちゃんとマフラーしてけよ、と言ってくれる凌平が外も暗いうちから出掛けてしまったから、オレはしっかりマフラーを忘れてしまった。まとわりつく風が氷のように冷たくて首を竦め、ついでに手はポケットに突っ込む。

「でもさ、ひとりの日って嬉しくね?」
「だなあ。俺も部屋のヤツとは仲良くやってる方だと思うけど、寂しいとかねぇな。純太の同室って誰だっけ」
「あーもう! 凌平!」

 寂しがって来たのがバレバレで恥ずかしくて黙っていたけど、凌平に話が及べばそうも言ってられない。自分のことのように鼻高々に答えれば、そうだったなとタクが頷く。

「野球部のキャプテンだったよな」
「そう!」
「キャッチャーだっけ」
「そう~!」
「あー、あのモテモテの」
「そうそう! ……え、そうなの?」

 なんでお前がドヤッてんの、と突っ込まれても仕方ないくらいふんぞり返っていたオレは、さらっと放たれたユウゴのひと言に立ち止まってしまった。こんなとこで急に止まんじゃねぇ! と叫ぶタクに背を押されて、だけどオレはそれどころじゃない。ザワザワと騒ぎ出した胸の意味が自分でも分かんないから。


 凌平がモテる? マジ? それは他校の女の子たちからってことなのだろうか。その答えは、俺の彼女が言ってたとのユウゴと、野球部のクラスメイトからも聞いたことあるというショウが教えてくれた。男子校だから校内に出逢いはなくとも、たとえば他校との交流の時なんかに機会がないわけじゃない。サッカー部だってそうだ、ユウゴもそれで彼女が出来た。

 そう、今まさに練習試合に遠征してる凌平にそのタイミングが訪れている、というわけだ。

「凌平が……モテモテ……」
「純太ー? おーい」
「こりゃ聞こえてねぇな」
「あー。そういうことねー」

 
 頭がぐわんぐわんと揺れているオレは、だからタクたちが何を言っているのか分からなかった。さっきの話ソイツとのことなんじゃねとか、つまり野球部のキャプテンに恋しちゃってんだな、とか。オレより先に答えにたどり着かれていることにも気づけない。


 間抜けなオレの心臓に季節外れの台風が到来。頭の隅の隅まで凌平でいっぱいで、どうやって寮に帰ったかもオレには分からない。


 寮に帰って「純太それだけで足りんの? 風邪でもひいた?」と誰かに心配されながら夕飯を食べ、風呂に入った。「それボディーシャンプーだぞ!」と慌てて教えてくれたのは誰だったっけ。どうりでキシキシするな、と感じることも出来ていなかったけど、大浴場に備え付けのシャンプーで洗い直した髪からは凌平と同じ匂いがして、キシキシのほうがまだよかったかも。


 寂しい部屋に戻って、主がいないのをいいことに床に座り込んで凌平のベッドに頭を預けた。シャンプーどころじゃない、凌平の熱い夏の太陽のような匂いにくるまれるみたいだ。堪らず零れたため息は戸惑いか、諦めか、嫉妬か……あるいはそれら全部か。得体のしれない感情をぐつぐつと煮詰めていたら目の奥がじんわりと熱くなって、慌ててきちんと整えられたシーツに鼻先をこすりつけた。

 詳しく語られるキスをあの時頭の中で再現したのは、オレと凌平だった。オレは単にキスがしてみたいんじゃない、“凌平と”したいのだ。ユウゴ先生が与えてくれたヒントが導く先をオレはきっともう分かっている。だってこんなの、凌平だけだから。
 

 だけどなんだってこんな日に凌平はいないのだろう。会いたくて、顔が見たくて、出来ることならくっつきたい。

 そこまで考えて寒空の下で聞いたあのワードがぐわんと頭に響く。凌平はモテモテ、そりゃそうだ、あんなに優しくてかっこいいヤツはそういないんだから。ただ、都合のいいオレの頭はあの甘美な優しさがオレだけのものだと思い違いをしていたのだ。知ってるくせに、凌平が先輩からも後輩からも、先生からだって慕われていることを。それが誇らしくすらあったのに。

 オレだけじゃなかったんだって、会ったこともない多くの女の子たちが色めくまなざしを凌平に向ける様を想像して、遠ざけたいなんて思ってしまった。

 涼しい瞳がこぼすやわらかな光も、武骨な指が与えてくれる甘やかな刺激も、からだの奥から放たれる熱さも。オレだけのものがよかった。

 
「りょーへい……」

 白いシーツに凌平を探すように、押し付けた鼻からゆっくりと強く吸い上げる。凌平のまぼろしをまぶたに映して、今度は頬を擦り付けた。こっくりと熱い息が抜けて、オレはパンツの上からゆるく勃ちはじめたそこに触れてみる。熱がたまったそこは布越しでもあつく、譫言のように凌平の名をくり返し呼んでしまう。触ってほしい、オレも触りたい、凌平だけだ――好きだから。

「りょうへい、ぐすっ、もう、なんで、いねえんだよぉ」

 本当は気づいていたくせに、「もしかして、」と留めていた答えをオレはいよいよ意味のある言葉にした。心の中に並べるだけでこみ上げてくる感情に、オレは鼻をすすりあげた。こんなのよく気づかずにいられたよな。キャパシティを弾けるみたいに超えてやっと気づく、友の助言の先で。情けなくて、ちょっと悔しくて、だけど凌平を好きな自分に出逢えてオレは嬉しかった。凌平はどうかな、知ったら困るかな、もう触ってくれなくなるかな。

 不安は少し快楽を遠ざけ、早く解放されたくてオレはパンツの中に手を忍ばせた。凌平がどんな風にオレを気持ちよくするか、からだがしっかり覚えている。それをなぞるように扱いて、先端につぷんと埋めた指でいじって……だけど。絶頂の予感はなかなかやってこない。

 ふと考えるのは、最後に自分でしたのはいつだったっけ、ってこと。記憶はとうとう夏の終わりまで遡って、ああ、オレの秘めた夜はもう凌平ばかりだったと気づいた時。パンツの後ろポケットに入れていたスマートフォンが着信を知らせ、オレは飛び上がった。


 突っ込んでいた手も引き抜いて、慌てて確認すると凌平からの連絡だった。無機質なはずの、ただの文字の羅列にすら胸は高鳴る。応答のボタンをタップして耳にあてれば、鼓膜にきちんと響く凌平の声に泣きそうになった。

「凌平」
『もしもし。純太?』
「うん」
『もしかして寝てた?』
「ううん、起きてたよ」
『そっか。今平気か?』
「ん、平気」

 朝はちゃんと起きれたか? と聞いてくれる出来たルームメイトは、いい成果が得られたのだと練習試合の手ごたえを話し始める。うん、うん、と頷きながらオレは目をつむって凌平の声に集中した。だけどもっと近くに感じたい、たとえば一緒にいる時、くっついている時みたいに。どうにか出来ないかと考えて、オレはすぐに名案を思いついた。リュックの中を探ってイヤホンを引っ張り出す。

『あれ? 純太、声がなんか』
「イヤホンにした。聞こえづらい?」
『そっか。平気、ちゃんと聞こえる。てか夜にごめんな、そろそろ切るか?』
「だ、だめ!」
『そう? じゃあもうちょっと』

 ぎゅっと耳の奥につっこんだイヤホンから、体内に直接響くような凌平の声が堪らない。ひと声発せられる度、凌平がふっと笑う度に腰が震えて、オレはとうとう我慢できなくなった。中途半端になっていた熱がぶり返してきて、オレは後ろめたさを感じながらもまたパンツの中に手を入れた。触れているのは変わらずオレの手だけど、凌平の声があるだけでこんなに違うものか。とろとろと零れる先走りをすくう動作すらしびれるくらい気持ちが良くて、漏れる声が隠せない。

『……純太? どうかしたか? なんか息苦しそうだけど』
「ん、だい、じょうぶ……な、凌平、名前」
『名前?』
「呼んで、オレの名前、聞きたい、おねがい、りょうへ、」
『っ、純太、お前……』

 ――ひとりでしてんの? 

 たったそれだけ問われただけでイきそうになって、オレは慌ててパンツの中でぎゅっと握りこんだ。全然イけなくて困っていたのが嘘みたいで、でもまだその瞬間は欲しくない。もっと凌平を感じたいから。


「電話かかってくる前、してたんだけど、オレ、イけなくて……」
『っ、』

 電話の向こうでかみ殺された息が、遠く離れたオレの耳にやって来る。まるで一緒にいるみたいだ。そんな錯覚が羞恥心を奪って、みっともなく醜態を晒す。

 なあ凌平、オレひとりでイけない。凌平がいないとダメになっちゃった――

 ぐずぐずと崩れた声でそう言うと、今度は慌てた足音と扉が閉まるような音、それからガチャンという金属音が聞こえた。

『お、前なぁ……』
「凌平?」
『部屋からいちばん遠いトイレに来た。純太のそんなん聞いて……むりだろ』
「っ、りょ、へいも、触んの?」
『うん、俺もする……はは、もうすげーわ、ガチガチ』
「ひっ! や、ばい、凌平、りょうへいっ」
『ん……純太、気持ちいいな?』
「あ、あ、りょうへい、はあっ」

 イヤホンから届く凌平の甘くかすれた声と、ちいさく聞こえるのはぐちゅぐちゅという濡れた音。沸騰するような興奮にからだ中を支配されて、オレは膝立ちになって凌平のシーツに額を擦り付ける。無意識に左の人差し指を横から食んで、ぼやけた頭で凌平のくちびるを思い描いた。

 キスしたい、凌平のベロでぐにぐにってオレの口の中をかき混ぜてほしい。

「りょーへい、名前、よんでほし、」
『ん、純太……純太はなにが好き?』
「へ……好き? えっと、りょーへい?」
『…………? どんなやって触られんのが好き?」
「あ……オレ、りょうへいのといっしょに、こすんの好き」
『あー、分かる。俺も好き。俺のも純太のもガチガチで、でもぬるぬるしてて……堪んねぇよな』
「あっ、ば、っか」

 尋ねられる好きを勘違いして、やっと理解して届ける好きに本当の気持ちを混ぜこむ。

 俺も好き? うん、オレも好き。

 夢みたいなことを考えながら、オレはぐちゅぐちゅに濡れたそこをいっそう扱き、食んでいた指を口の中に入れてみた。

 凌平はどんな風にキスするんだろう。好きな子にキスをする時、どんな風に可愛がるんだろう。それがオレだったらどんなにいいか。

 舌を捏ねていた指がふいに上あごに触れた時、くすぐったいような感覚に声が上擦ってしまった。

『純太? もしかしてイきそう?』
「りょーへい、オレ、今指くわえてて」
『……え?』
「口の上んとこ、こすんの気持ちいい、なに、これ」
『っ、』
「あ、あ、やら、りょうへいに、これしてほしい 、りょうへい、ぐすっ、りょうへいにくっつきてぇよぉ」
『くそっ、純太っ! 俺も、俺も純太に触りてぇよ、は、あ、』
「っ、はぁっ、りょうへい、オレ、も、だめ、イッちゃう、りょうへいっ、んんんっ――……!」
『っ、くっ――……』

 凌平の余裕のない声にみるみると感度は跳ね上がって、腰はぶるぶると跳ねた。いつも凌平の肌でそうしているみたいに、シーツに顔を押し付けて声をどうにかかみ殺す。電話の向こうで凌平もイッたようで、低く唸る声にオレのそこはもう一度ぴくんと震えた。




 
 とんでもないことをしちゃったなとぼんやりとした頭でも分かる。オレたちには珍しい気まずい空気、それでもじゃあねなんて言いたくなかった。

「凌平~いつ帰ってくんだよお」
『明日だな。言ってなかったっけ』
「ううん、聞いた」
『だよな』
「それじゃ遅いって意味」
『……浮かれそうになるからやめろ』
「……? それはどういう意味?」
『さあなー』
「……ねえ凌平」
『んー?』

 好きだよって言ってしまいたい。オレの中で育った心を凌平に知ってほしい。だけどそれはどうしても怖くて、言葉を飲みこむ。こんな苦しいんだな、恋をするって。凌平もそうだったらいいのに、オレにじゃないと嫌だけど。


「やっぱりなんでもない」
『ふ、なんだそれ』
「凌平。りょーーへーー」
『はいはい、なんだよ純太。じゅんたーー』
「あはっ! オレたちバカみたいじゃん」
『だな』
「うん。ねえ凌平」
『またなんでもない?』
「ううん。はやく帰ってきて」
『…………』
「凌平がいないとすげーさみしい、むり」
『……泣きそう』
「え、なんで?」
『なんでだろうな。なあ純太』
「んー? なんでもない?」
『ううん、俺もさみしい、純太に会えなくて』
「っ、やめて」
『え、ひど』
「だって……オレも泣きそう。あと、また勃ちそう」

 こんなにこんなに会いたいのに、明日はきっとどんな顔をしていればいいか分からない。凌平のことが好きで好きで、きっと全然大丈夫じゃない。だから今はちょっとだけ、この遠い距離に甘えて素直になってみたい。


 会いたいよ、寂しい、ほんとのほんと。――あと声聞くだけでまた勃ちそうなのも、ほんと。


『純太ほんと黙って』
「えー……ひどい……」
『だってお前、俺まで……どうしてくれんの』
「え……も~! 凌平瞬間移動してきて!」
『ふは、なんだそれ』
「だって……ぐすっ」
『泣いてる?』
「泣いてねーし」
『そっか。明日、秒で帰るわ』
「おねがいします」
『おう』
 

 どんな未来が待っているのか知ることは出来ないけれど。きっとずっと、凌平はオレの大好きな人なんだろう。気づいたばかりの心が強くそう言うから。凌平もそうだったらいいのにって、夢みたいなことを願う。


「あ! でももうちょっと切らないで、いい?」
『うん、いいよ』
「……凌平」
『はいはい、なに?』
「ん~なんでもない!」

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