上 下
44 / 50

44. 十一日目夜➆

しおりを挟む
 抱きしめた父は、シウの記憶の中より痩せていて、弟も顔色が悪い。それでも、監獄の中でも上等な部屋を与えられていた彼らは、最低限の生活を保証されていたようだった。

 今は飛竜の背中の上。ヒバ、ゼン、シウ、そしてシウの弟と父が乗っている。弟が小柄とはいえ、ずいぶんと窮屈だ。飛竜の飛行高度も低く、速度も遅い。
 
「アクムリアには連絡済みで、虹の荒野まで迎えが来るはずです」
 
 親子の会話を飛竜の一番後ろで静かに眺めていたゼンは、殺気に振りむき、腰の剣を振るう。硬質な音とともに真っ二つに斬られた矢が落ちる。

 遠くに見えるのは、何頭もの飛竜。
 シルクスタの飛竜部隊だ。

 ヒバがバツが悪そうに頭をかいた。

「すんません、研究所で乗せる時に、ちょいと騒がれちゃったんすよ」

 中央医療研究所との交渉の末、シウは監獄への入獄証と偽装用の検体箱を手に入れた。それを使い、検体箱に父と弟を匿う形で、二人を脱獄させたのだった。
 脱獄させた二人をヒバに回収してもらってから、仮面舞踏会会場に迎えに来てもらったのだが、流石に大きな飛竜は目立ったらしい。

「多少は仕方ないです。向こうも今、いろいろ大変なはずなので、そこまでこちらに人員は割けないかと。って、意外といますね」

 あっという間に複数の飛竜に囲まれる。定員オーバー気味で速度の出ない黒樫ヒバの飛竜には、どうしようもない。

「伏せろ」

 四方八方から飛んでくる矢をすべてゼンがはたき落とす。落とした矢を投げ返すと、飛竜から複数の人影が落ちる。それに加えて、いくつもの爆発音が聞こえた。

「隊長相手に魔力火器使うとか、知らないってこわいっすね」
「もっと速度あがらないのか」
「さすがに、重くって」

 遠くには、あとからあとから増援にくる飛竜たち。
 
 一頭の飛竜が、黒樫の横に並び縄を投げてくる。飛竜自体を絡め取ろうという作戦だ。その縄をゼンが掴み、強く引っ張る。縄を持っていた男は引っ張られて飛竜から落ちた。

 虹の荒野までは、まだ距離がある。
 このままでは拉致があかない。

 ゼンは、奪った縄を乗り手のいない飛竜の首にかけた。無理やり引っ張って、飛竜を近づける。

「ヒバ! 俺が降りたら速度を上げろ!」
「ゼンさん!?」

 シウがゼンの服の裾をぎゅっとつかむ。
 
「シウ、俺が乗ってたら虹の荒野にたどり着けない」
「あとで、来てくれますか!? 虹の荒野に来てくれますよね!?」

 潤む琥珀色の瞳に、ゼンは走馬灯のようにこの数日間を思い出す。ほんの一時の、奇跡みたいな日々。

⸺人を殺すのには慣れましたから

 ふと、そうつぶやいた暗い瞳を思い出した。
 差し出しかけた手を、ゼンはきつく握りこむ。

「シウ、君の幸せを心から願ってる」
「嫌、嫌です! ゼンさんも、一緒じゃなきゃ嫌です」
 
 別離の予感に騒ぐシウを父親に渡す。父親は、ゼンを訝しげに見ながらも何も言わずにシウが乗り出さないよう、抱きしめてくれた。
 ゼンは懐から小さな黒いバッチを取り出し、シウの父親に握らせる。バッチを確認した父親が驚愕に目を見開くも、発する言葉を待たずにゼンはシウに背を向けた。
 ちらりとヒバに目をやり、彼が頷くのに合わせて、黒樫に負担をかけないよう飛び降りた。先ほど縄をかけた飛竜に器用に乗り込む。

「やだ、ゼンさん! ゼンさん!」

 ヒバが、飛竜に鞭を入れる。身軽になった飛竜は、ぐっと高度と速度をあげ、闇夜に滲む黒い飛竜の影が見る間に小さくなる。

「私は、今度こそ、あなたを幸せにしたかった!」

 最後に聞こえたシウの叫びは、風にかき消された。

 ゼンは器用に飛竜を操り、追手を次々に倒していく。黒樫を追おうとする飛竜に強引に乗り込み、乗り手を殺し、武器を奪い、次の追手を殺す。地道で果てのない作業。自身を攻撃してくる相手よりも、黒樫を追う相手を優先するため、いくつもの矢傷や刀傷がその身に刻まれた。

 怒号と血の匂いが、吹きすさぶ風に流される。
 身体を苛む痛みに耐えながら、ゼンはふと思った。

 あの地獄の中で、シウに会えたことだけが、自分の生きる意味だった、と。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~

泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳 売れないタレントのエリカのもとに 破格のギャラの依頼が…… ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて ついた先は、巷で話題のニュースポット サニーヒルズビレッジ! そこでエリカを待ちうけていたのは 極上イケメン御曹司の副社長。 彼からの依頼はなんと『偽装恋人』! そして、これから2カ月あまり サニーヒルズレジデンスの彼の家で ルームシェアをしてほしいというものだった! 一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい とうとう苦しい胸の内を告げることに…… *** ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる 御曹司と売れないタレントの恋 はたして、その結末は⁉︎

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

処理中です...